第六十七話 仕切り直し
「来るぞ!」
サイラスが声を上げ聖剣をかまえる。こちらに気がついた三体のトロール・ウォリアーが向かってきている。重量感のある大岩がゆっくりと迫ってくるような迫力を前にサイラスは敢然と立ち塞がった。
接敵までの間にエレノアの守りの法術がメンバー全員の防御力を上げる。魔術師たちが前衛にフィジカルエンチャントの魔術をかけ、ベルタの槍とリズの双剣がエンチャントファイアによって炎をまとう。この炎は攻撃力を高めるとともにトロールの再生能力を無効化するためのものだ。
ラエルとルドルフは邪魔にならないよう脇によけて見学している。ルドルフはサイラスがどう戦うのかを興味深く見守っていた。剣を振るうのはこれまで幾度か目にしたが、アンデッド以外と戦う様を見るのは初めてである。
サイラスの持つ聖剣は幅広の両手剣だ。アタッカーとして両手剣を持つ聖騎士も珍しくはないが、アンデッドを相手にするとき以外のサイラスの役割は盾役であるという。両手剣で敵の攻撃を受け止め防ぐ盾役をどうこなすのか。
そんなルドルフの視線を知ってか知らずか、サイラスが防御の構えを取る。サイラスが両手で聖剣の柄を絞るように握ると、うっすらと光輝く力場が展開してトロール・ウォリアーの振り回す戦槌や戦斧をことごとく弾いた。そういえばルドルフもかつて見た聖剣のもうひとつの力である。なるほど、攻防のスイッチにコツは要りそうだが、これならば剣と盾を同時に持っているようなものだ。
同時に閃光の法術を使って三体の魔物の目をくらませて挑発し、敵の目をすべて自分に引き付けている。聖騎士は戦いに特化した法術の使い手であり、そうした敵の注意を引く手管もお手の物である。ただしサイラスがトロール・ウォリアーに与えた手傷はすぐにトロールならではの再生能力で回復されてしまっていた。聖剣が武器強化の魔術を受け付けないので、再生を防ぐための火炎付与ができないのだ。
その分の攻撃役はベルタとリズが担った。炎をまとった武器でまず一体のトロール・ウォリアーを集中攻撃し、その体力を着実に削っていく。それでもトロール・ウォリアーはしぶとく容易には倒れないが、サイラスは三体のトロール・ウォリアーの攻撃を完璧に封じていて、戦局は極めて安定していた。
ルドルフが見るにアタッカーとしてのベルタとリズを比較するとベルタの方が数段上のようだ。もともと三人で第十一層まで戦い抜いてきた実力に、今日はセラの支援魔術が加わり、頭ひとつ抜けた動きをしている。考えてみれば魔術の支援なしに第十一層を踏破していることが驚きである。敵が強くなればそれだけ魔術による強化の有無は大きいのだ。
リズはといえば、ベルタの火力が上と見るやサポート的な動きに切り替え、うまくトロールたちに隙を作り出している。一方で彼女もかつてルドルフが与えた双剣黒白によって、決して無視できない攻撃力を誇る。トロールが彼女への警戒をおろそかにしようものなら、自ら痛打を与える力は持っていた。
そうして難無く一体のトロール・ウォリアーを倒した時、中衛で様子をうかがっていたメアが警告を発した。
「後ろから何か来る。おそらく二体。トロール・ウォリアーだろうね」
一行の背後から鎧を揺らして走る音が聞こえる。バックアタックである。
「すまん、前はまだ手が離せない。少しの間持ちこたえてくれ」
サイラスが指示を飛ばす。前方の戦闘は決着までもう少し時間がかかりそうだ。
その指示を受けてセラが上級魔術のシールドの呪文を唱えた。緑色にうっすら輝く巨大な盾が通路を塞ぐ。上級魔術にも関わらずその呪文の詠唱はかなり短い。修練の賜物である。
「上級魔術、ほんとに使えるのか」
ザイオンが薄ら笑いとともに漏らした。使えると聞いてはいたが、セラの年齢で上級魔術を使うというのは常識ではあり得ないことだ。
背後からやってきたトロール・ウォリアーたちはシールドに気がつくと手にした戦槌でそれを力いっぱい殴り始めた。一撃一撃でシールドが揺らぐ。中級魔術のシールドならもう破られてしまっていただろう。とはいえ、上級魔術のシールドでも第十二層の魔物相手にはそれほど長くは持たない。シャーロットの岩槍が地面から飛び出しいくらか手傷を与える。その傷はすぐに回復してしまうが、動きを阻害しシールドへのダメージを軽減することには成功していた。
セラは続いてエクスプロージョンの魔術を唱えはじめる。これはさすがに少し詠唱に時間がかかる。
「そうだな、ここは出し惜しみしている場面じゃない」
ザイオンもエクスプロージョンの魔術を唱え始めた。多くの魔術の中でも特に大きな破壊力を持つ火属性の上級魔術である。ルドルフでもこれをまともに食らうと割と痛いというくらいの威力がある。少なくともローブは駄目になってしまうので絶対に食らいたくない。
セラの張ったシールドの向こうで爆発が二度巻き起こり炎が周囲を包んだ。トロール・ウォリアーたちが爆発に翻弄されて左右によろめくとともに、力を失い弱まっていたシールドが破れる。
その間にエレノアとバルドは余裕をもって後方に移動し、背後の敵を迎え撃つ構えを取っていた。
トロール・ウォリアーたちは大きな火傷を負って満身創痍。傷の回復もできずかなりのダメージを負っているはずだが、まだ油断ならない威圧感を発している。
「無理をしないでください。いざとなれば私が二体とも足止めくらいは」
エレノアがやや緊張の面持ちで頭に浮かぶままに早口で言葉を並べる。その横にバルドは無言で立つ。一対一の対峙がふたつできた格好だ。
全身火傷で動きの鈍ったトロール・ウォリアーに対してエレノアは互角、否、やや優勢に戦いを進める。戦槌と戦槌がぶつかり合う。ザイオンが目ざとくかけたフィジカルエンチャント、それに相手が弱っているせいもあるが、怪力のトロール相手に力負けしていない。神官にしておくのがもったいないくらいの腕力だ。
ルインの投げた短剣がトロールに命中するとともに雷撃を発し、その動きを一瞬停止させた。その隙にエレノアは大きく振りかぶった渾身の一撃でトロール・ウォリアーを大きく吹き飛ばした。
無様に転倒するトロール・ウォリアー。それに刺さったままだった短剣がおもむろに抜けてルインの手元に舞い戻る。いつかルドルフからもらった魔道具の短剣、リターニングライトニングをルインはすっかり使いこなしていた。
一方のバルドはトロール・ウォリアーの戦槌を幅広の曲刀で受け止めるとそのまま押し合い、力比べを楽しんでいた。純粋な力と力のぶつかり合いだ。その顔には猛々しい笑みが浮かんでいる。
「やるじゃないですか」
エレノアは横目でバルドを見て少し安心し、再び立ち上がってくる自分の相手の方に視線を戻した。
セラのエンチャントファイアの魔術でバルドの曲刀の刀身が燃え上がる。次の刹那、一押しでトロール・ウォリアーは弾き返され、バルドから離れたタイミングでメアが放った矢がその片目を潰した。思わず顔を抑えてのけぞるトロール・ウォリアー。その隙だらけの胴体にバルドが思い切り曲刀を叩き込むと、トロール・ウォリアーは鎧ごとほぼ水平に両断されてそのまま動かなくなった。恐るべき膂力のなせる技である。
「すまない、待たせた」
前方のトロール・ウォリアーたちを片付けたサイラス、リズ、ベルタが駆け付け、残りの一体を五人で取り囲む。最後のトロール・ウォリアーはあっけなく沈んだ。
「やっぱり第十二層の魔物は強いねぇ。しぶといったらありゃしない」
「強かったですね~」
戦いの後の緩んだ空気の中で、ベルタとシャーロットが言葉の内容とは裏腹にどこかうれしそうに言葉を交わす。今日やっと戦った気になっている。
その隣ではザイオンがセラに話しかけていた。
「お嬢ちゃんつらくないか? 上級魔術の連発はさすがにきつかったんじゃ?」
「大丈夫です。師匠に鍛えられてますから。まだまだ行けます。いざとなれば魔石と魔力回復薬もありますし」
それがやせ我慢でないことはそのケロリとした表情から見てとれる。セラが手際よく続けざまに支援魔術をかけているだけでも驚いたものだったが、さらに上級魔術の連続使用となるとザイオンも脱帽せざるを得なかった。
今の戦いの感想を聞きに師匠の方へ向かっていくセラを見送りながら、ザイオンはひとりごちた。
「俺もリッチの旦那に魔術の修行つけてもらおうかなぁ……」
少し離れた一角ではリズがバルドに両断されたトロール・ウォリアーの死体を見下ろしている。
聖剣旅団の面々はバルドが戦うのをきちんと見るのは初めてだ。春のアンデッド掃討の時は自分たちとは反対側の敵を迎え撃っていたのでその戦いぶりをよく見ていなかった。実際に見た限りでは一行にくっついてきてごった煮を配っていた無口なセラのお兄さんという印象しかない。
それがこれほどの力を秘めているとは。バルドが神子であることは知っていたが、その腕力を目の当たりにして目を見張っていた。
「君、強いんだね」
リズはニコッ笑ってバルドを褒めた。いつもあまり表情を出さないリズが見せる笑顔はかえって印象的で、少年をドキッとさせる。
「いや、これくらい大したことないですから」
バルドはちょっと照れてぶっきらぼうな口調になった。
「ずるいぞ! 僕の方がもっと強いんだから、バルドより僕を褒めて!」
いつの間にかそばに寄ってきていたラエルがリズとバルドの間に割り込んで騒ぎ出す。
リズが「えらいえらい」と笑いながらラエルの頭を撫でると、ラエルは「へへー」と満面の笑みを見せた。
「あそこの子供たちは計り知れないな」
サイラスが周りを眺めて戦闘を軽く振り返りながらそう口にした。少し楽しそうだ。
一方、傍らにいるエレノアは少し釈然としない顔をしていた。子供たちが持ち上げられることに不満があるわけではあるまい。おそらくはその子供たちがよりによってリッチのもとにいるのが不満なのだ。




