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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第二章 聖剣の神子

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第六十二話 転移門の開放

 その年の秋の終わり。ルガルダのダンジョンに大きな変革が訪れていた。


 第一層の入り口広間の外壁に沿ってぐるりと十二個の魔法陣が等間隔で並んでいる。その魔法陣に足を踏み入れて姿を消す者、また突如として魔法陣の中から姿を現す者、ひっきりなしに行き交っている。


 冒険者ギルドの差配とエルフの助けによりいにしえの転移門が復旧し、それらがすべての冒険者たちに開放されたのだ。


 十二個の魔法陣は第二層から第十三層までのそれぞれの最初の部屋に繋がっていて、そして転移した先の部屋にも第一層への転移門が設置されている。これにより深い層へ往復する移動時間が劇的に短縮され、ダンジョン探索のあり方が変わりつつある。


 たとえば中級の冒険者たちに比較的よく探索されている第七層まで行くとすると、これまでは往復の移動だけで都合十二日間かかっていた。この十二日は基本的に無収入だ。かつその無収入期間の補填ほてんとして第七層では一週間なり二週間なり腰を据えて大きく稼ぐ必要もあった。


 転移門のおかげでその往復の移動時間がまるっとはしょれるインパクトは大きい。気軽に行けるのだからもぐった先の層で無理に長期間稼ぐ必要もなくなる。


 転移門の鍵となるクリスタルの価格は銀貨五十枚。これは六回しか使えないが、使い終わったものを購入元のギルドに返却すると銀貨二十枚が戻ってくるので、実質銀貨三十枚。つまり一回につき銀貨五枚、一往復につき銀貨十枚のコストとなる。銀貨二十枚あれば町の庶民がひと月暮らせることを考えるとそれなりに高額だが、ハイリスクハイリターンの生活をしている冒険者にしてみれば妥当かむしろ割安な必要経費だった。


 第七層くらいになると日帰りで毎日銀貨十枚を消費したとしても収支はいくらかプラスになる。第八層以下ならば余裕でかなりのプラスだ。それより浅い層ではさすがに毎日使うと赤になるが、毎日とはいかなくても転移門は日常的に使われるものとなり、冒険者が一回のダンジョン探索にかける時間は数日から一週間程度が主流となっていった。


 数週間の探索が当たり前だったことを考えると大きな変化である。実力はあるのに長い期間の探索を嫌って第五層あたりで稼いでいた冒険者たちが、もっと深い層にもぐるようになったりもしている。


 これらの転移門は一度行ったことのある層にしか行けないようになっているので、つまり一度は自分の足で行きたい層まで訪れる必要があったが、それは逆に言えば実力に見合った層にだけ行けるということにもなる。いきなり深い層に挑戦するような無謀な冒険者が出ないように、というかえって行き届いた仕様となっていた。


 こうした変化によりダンジョンからもたらされる富の総量も増え、現在グラナフォートの町は活況をていしている。その話を聞いた他の地域の冒険者や商人たちも集まって来ており、グラナフォートとルガルダのダンジョンは好循環のただなかにあった。


「それにしても『復旧』とはよく考えたものだな」


 寺院の一室でお茶を囲みながらルドルフがアリアナに言った。香りだけでも楽しもうと、ルドルフの前にもお茶を満たしたカップが置いてある。


 普通の冒険者たちにも転移門を使えるようにしてくれ。


 そうアリアナが頼んできたのは先の冬のことだ。しかも第十三層までの各層を結んで欲しいという。ルドルフはもちろんそんなに働きたくないと難色を示したが、結局はアリアナの押しの強さに負け、とびきりレアな魔道具を報酬に話を受けたのだ。


 要するにこれらの転移門はすべてルドルフの仕事であった。


 だが新しく作ったとなるとそれは騒ぎが大きくなりすぎる。どこにでも転移門が作り放題となれば、国中どころか世界中の様々な場所から声がかかるだろうし、逆にそんなことをされてはたまらないと転移門の作成者を消しにかかるものすら現れかねない。世界もルドルフの生活も大きく変わってしまう。


 そこでアリアナは穏便に帳尻を合わせた。もともとあった古い転移門を復旧したということにしたのである。その帳尻合わせに必要な口八丁はこの女エルフの得意とするところだ。


「聖剣旅団が転移門を使い始めてから急成長したじゃない? だからほかの冒険者たちも使えるようにしたらどうかと思ったけど、こんなにうまくいくなんてね」


 アリアナは極めて上機嫌だった。転移門の鍵の販売マージンという資金源を手にしたこともあったが、それよりも大きな収穫はダンジョンの富による町や人々の発展である。昨年から冒険者ギルドにも根回しをして、時間と手間をかけた甲斐があったというものだ。


 ルドルフは往復二十四個の転移門をのべ三ヶ月で作った。この作業は夜の間だけ行ったので、セラの育成などほかの生活に支障はきたしていない。


 皆が寝静まる夜の間にも寝ずに延々作業できるリッチの強みが生きたといえるだろう。我ながらずいぶんと勤勉なことだと呆れる。


 さらにこれを他の町やダンジョンにも広げていけば……とアリアナは構想を語るが、それを聞くルドルフとの間にはだいぶ温度差がある。アリアナが持っていためぼしい魔道具はすでに手札として放出してしまったので、ルドルフをうんと言わせる条件を出すのもなかなか大変になりつつあった。


 アリアナがひとしきり有頂天を発散したところでルドルフは話題を転換する。


「ところでセラの出自のことだが……何かわかったか?」


「それね……」


 セラが初めて聞く竜語をなぜか理解できたという話が改めて不可解だったため、ルドルフはアリアナに相談してセラのルーツについて調べてもらっていた。


 祖母が亡くなって天涯孤独てんがいこどくになってしまい、もともと住んでいた村には頼れる人もないので、魔術を頼りに冒険者になろうとグラナフォートに出てきた。それがルドルフがセラから聞いている話だ。祖母は魔術師だったらしい。あまりそれ以外のことは話したがらないので、ルドルフも深く聞くことはなかった。


 アリアナは調べたことをもう少し詳しく語ってくれた。


 セラはグラナフォートから王都方面に歩いて三日ほどの場所にある東の村の出で、セラの祖母はある日一人の幼子を抱いてふらりとその村に現れた。幼子の父母ははやり病で亡くなったという。その幼子とはもちろんセラのことだ。


 祖母の名はディーレ。その名前はセラからも聞いている。


 小さな村の人々はよそ者には冷たいものだが、ディーレは時間とともに村になじんでいったという。小さな村には珍しい魔術師で、薬草の知識で村人を治療したり、魔術で家畜を狙う狼を追い払ったりと、いつしか頼られる存在になっていった。


 だがそんなしたわれる人物の孫であるセラはといえば、村ではどうも疎まれていたらしい。セラのことを聞くとおおむね「醜くて薄気味悪い子」「可愛くないガキ」「ディーレさんの孫とは思えない」などといった冷たい言葉が返ってくる。だがそれ以外には特に印象がないらしい。同年代の子供たちとも疎遠そえんだったようだ。


「醜い?」


 ルドルフはその言葉に違和感を覚えた。そういえば最初にセラがやってきた時、見殺しにしようとしたガラの悪い男もセラを醜いと言っていたか。ルドルフはその時もおかしく感じたものだ。だがもしかするとアンデッドになって自分の美醜の感覚がおかしくなっている可能性もある。念のためアリアナに確認した。


「うーん、最初の最初は笑顔を見せない陰気な子だなとは思ったけど、醜いと思ったことはないわね。むしろ顔立ちは可愛い方じゃないかしら?」


「だよなぁ」


「ルドルフの弟子になってからはよく笑うようになったし、可愛さマシマシよ」


 腕組みしたアリアナがしみじみとうなずく。セラは可愛い。これは間違いない。


「まあとにかく村人は疎ましく思っていたってことじゃない? セラちゃんは進んで人の輪に入っていく性格でもないし」


 それとは別にルドルフが不思議に感じることがもうひとつあった。


 それはディーレがセラの魔術の才を伸ばそうとしなかったことだった。セラは祖母の使う魔術を見てエナジーショットを覚えたと言っていたので、ディーレもその才能には気がついていたはずだ。しかしセラの話では自分の孫が魔術を使うのをいとうていたフシすらある。


 だがまあこれは自分の孫にごく平凡に生きてもらいたかったのだと思うと理解できなくもない。魔術師というのはやはりそれなりに希少で変わった存在でもあるからだ。


「その祖母とは何者なのだ?」


 こうなるとセラのルーツを探る鍵はその祖母しかない。


 しかし思いつく限りの筋に当たってみてもディーレという名の魔術師に関する情報は見つからなかったという。そもそもディーレという名前が本名であるかもわからない。村人の話で大陸東部の出身であると話していたことがわかったくらいだった。


 大陸東部のどの辺りであろうか。実はルドルフももともとは東部出身なので具体的な場所が気になった。が、その先はアリアナにも追えていない。


 そこまでを聞いて神妙な顔をするルドルフに対してアリアナは言った。


「特に変な呪いとかにかかっている形跡もないし、心配ないとは思うけれどね」


 彼女は過去にも驚くような能力を持った人間を色々見てきているらしく、セラが竜語をすぐに理解したということもあまり気にしていなかった。


 アリアナにそう言われるとルドルフも自分が考えすぎなのかと思うほかなかった。

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