第六十三話 二十一番目の魔術
またひとつセラに新しい魔術を教えることになった。
ルドルフが以前セラのために作った百十四の魔術のリストを出してきて、何を習得したいかを選ばせる。これはちょっと楽しい時間である。
リストは属性別に無・地・水・火・風・雷・氷・光・闇の九枚。魔術師ギルドで知ることのできる魔術の大部分が記してある。すべてルドルフが実際に使用可能な魔術である。このリッチは有り余る時間と暇に任せて魔術の生き字引、いや死に字引になっていた。
さっきからセラは真剣な顔でリストの紙を手繰って手繰って何周もしている。すでに習得済みのものに関しては線で消してあり、その数は二十に及ぶ。とうに並の魔術師が一生涯で習得するよりも多い数である。
若干十六歳の魔術師としては嘘としか思えない数だが、発動した魔術の呪文を聞いただけで習得できるという特別な才能がそれを真実のものとしていた。
ややあってセラがリストから顔を上げて言った。
「ウォーターショットやエアロショットはどうなんでしょう?」
「そのふたつは殺傷能力が低い。相手になるべく傷を与えず制圧したい時などに有効だ。とはいえお前には属性の縛りもないし、制圧目的ならもう雷属性のスタンが使える。習得の優先度は低いな」
ルドルフはやんわりとそれらの選択を否定した。
「ほかのショット系でなにかおすすめはありますか?」
「まあすでに使える三つがあれば十分だ。ファイアショットとストーンショットは中級までしか使えなかったな。この際、両方とも上級を覚えるのもよかろう」
ショット系とひとくくりにされる魔術は、属性に応じた魔力の塊を飛ばしてぶつける攻撃魔術だ。最大射程は五十メートルほどであるが、的が遠くなるほど威力が減衰し、命中精度も低くなる。実際的な有効射程は二十メートルといったところだ。なお反動に巻き込まれることを考慮に入れなければゼロ距離が最大威力となるが、生身の人間におすすめできる芸当ではない。
そのうちセラはエナジーショット、ファイアショット、ストーンショットを会得している。打ち出すのは魔力の塊、炎の塊、岩の塊である。
攻撃用途の観点で見るとショット系に限らず火属性と地属性の魔術は単純に殺傷力が高く、水属性と風属性は低い。ウォーターショットやエアロショットも上級魔術ともなれば恐るべき威力を発揮するが、やはり火や地より魔力効率は悪い。
水属性はどうしようもないが、風属性で殺傷力を求めるならばエアロショットの代わりにエアロエッジがある。鋭利な風の刃は何かを切断するのにも使えるため、初級でも扱えると便利である。
ライトニングショットは高い殺傷力に加えて雷撃で相手を痺れさせたり昏倒させる効果を持つが、殺傷力ならすでに習得済みのものでいいし、敵を行動不能にしたいならやはりスタンがある。それなら広範囲を巻き込むライトニングバーストの方がほかとは別の使い方ができていい。
アイスショットは高い殺傷力にプラスして標的に凍傷を負わせたり凍結させる効果を持つが、殺傷力に関しては同上。あとは氷属性としての特徴を活かせるかどうか。
ライトショットは熱と光で相手を怯ませるが、ルドルフの見立てではファイアショットの下位互換だ。ダークショットは重力の塊。こちらもストーンショットの下位互換である。
属性ごとに効き目の高い相手やシーンもあるので、それらがまったく無駄というわけではない。が、熟練度を高めるための手間と時間を考えれば、覚える魔術は選ぶべきだろう。たとえセラが容易く新たな魔術を習得できるとしてもだ。
ほかのショット系の解説とアドバイスを聞いたセラはつぶやいた。
「ライトニングバーストですか……そういえばバースト系は五属性しかないんですね。ファイア、ストーン、エアロ、ライトニング、アイス」
「水属性だとウォータースプラッシュがそれと同じ広範囲にまき散らす魔術だな。似た効果でも名前が違っていたりとかはある。地属性のロックバーストは正直ストーンバーストと違いがわからんので省いてある。ライトバーストやダークバーストも昔はあったと聞く。おそらくはあまり有用でないので使い手も少なかったのだろうな。ゆえに今は伝わっていない」
かつてあった魔術文明の全盛期はもう数千年の彼方のことになる。現在使われている魔術の数もその頃に比べればほんのわずかだ。
魔術師ギルドが提供する百二十七の魔術。それらはここ五十年の間に彼らが収集しまとめ上げたものである。大戦でさらに散逸したものをできるだけ集めたのだ。魔術は新しく生み出すこともできるので、減っていく一方というわけでもないのだが、あまりに多くの魔術が歴史の流れの中に消え去っている。
「だから属性ごとに魔術の数に偏りがあるんですね」
「そうだ。希少属性にはなるが空属性など一般に伝わっているのは転移魔術たったひとつだけだからな」
ルドルフの操る次元収納や空間拡張なども同じく空間を司る空属性の魔術であるが、それらは一般には知られていない魔術だ。
「転移魔術の使い手が少ないのは純粋な習得難度の問題もあるが、転移魔術のためだけに空属性の文字を覚えても、ほかに習得できる魔術がないという事情もある」
並の魔術師が扱える属性は無属性のほかに基本四属性のうちひとつを加えた二属性が相場だ。上位属性の有無は問わず三属性なら優秀。四属性ともなればかなり上澄みの方に類する。
なんとなれば新しい属性に手を出すのはそれくらい大変なのである。余裕で年単位の時間がかかる。特に空属性のようなひとつの魔術しかない属性に時間を費やすというのは、なかなか思い切りのいることであった。
なお五属性以上となると本来は酔狂や道楽と取られる。あまり多くの魔術を会得してもそれぞれの熟練度を十分に高められないからだ。異なる属性に手を伸ばすのに必要なコストを考えると、魔術師仲間からも呆れられる所業である。その薄ら笑いを黙らすには、すべての属性の魔術を十分に使いこなす必要があるが、定命の者にとってそれはほとんど不可能に近い。
一応生前のルドルフは六属性魔術師であったが、十分な熟練度を持つ魔術は火、地、水の三属性にしかない。風、雷、光は文字通りの酔狂だったのだ。空属性に関しては生きていた頃はまだ研究半ばで、何ひとつ扱える魔術はなかった。
だが使いこなせる三属性に加えて、リッチとなる秘術を行使するために死属性もかなり修めていたので、実質は四属性ということになるか。あれ、改めて考えると意外と悪くない魔術師だったかもしれん。
それはさておき。
助言を終えた師匠を前にして、少女は再び長考に入った。
ルドルフが黙って見守る中、セラは選択肢として外れる属性のリストを机の上に除け、やがて二枚を両手に睨んだ。ややあって思い切ったようにうち一枚を置き、最後に残った一枚の中からひとつの魔術を指差す。
「ではこれで……まだ早いでしょうか?」
ルドルフはセラが選んだ魔術の名前を確認した。
「転移魔術が使えるのだ。どんな魔術でも早いということはない」
ルドルフは笑みを含んだ声で弟子の選択を肯定した。
エクスプロージョン。
爆炎の魔術。最大威力を誇る火属性の上級魔術である。
やがて来るリッチキング並びにその配下たちとの戦いにおいては間違いなく必須となる魔術だ。今から慣らしておいて悪いことはなかろう。




