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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第二章 聖剣の神子

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第六十一話 母竜の心

 うーん、と少し考えてルドルフはひとつアイデアをひねり出した。


「そこの骸を使ってもかまわないか? 俺ならお前のその魂を再び骸に戻して、どこへでも自由に動けるようにできる。つまり肉体を持つアンデッドにするということだが……」


「……もはや死霊に堕《お》ちた身じゃ。我が子の命をつなぐのにそれしかないなら、かまわぬ」


 一瞬の逡巡《しゅんじゅん》を経て黒竜は同意した。


 竜は極めて誇り高い存在だ。なので生きた死体にするなどダメ元で言ってみたことだったが、ここに至っては誇りよりも我が子への愛が勝ったようだ。


 黒銀の剣をかざしたルドルフが黒竜の骸を前にして死霊魔術の呪文を唱える。少し長めの呪文を唱え終わると目の前にいた女性の姿がフッと消えてなくなった。


『まさか我がこのようなアンデッドになるとは思わなかった。これも何かの因果かの』


 黒竜の骸がのっそりと立ち上がり、竜語でそう口にした。


 黒竜はこうして『ヨミガエリ』というアンデッドとなった。


 ヨミガエリは死者の魂をその屍に再び宿らせることによって生み出される存在で、意思のないゾンビなどとは違って、生前と同等の意思と能力を持っているのが特徴である。それは心臓が動いていないことをはじめとしたいくつかのことを除けば、生き返ったのと変わりがないともいえる。


 ヨミガエリとなりそのついでに首の傷もきれいに修復された黒竜は、ゴーストであった時よりも一段と凄まじい力を感じさせる。アンデッドとして作り出したのがルドルフなので今は一応主人と配下という繋がりができていたが、理不尽な要求をすれば、その支配は紙のように食い破られるだろう。


 実際のところ配下というよりちょっとお願いを聞いてもらいやすい、くらいの間柄といえる。そして万が一機嫌を損ねて暴れられたら、逃げ切る自信はあるが勝てる気はしない。これを殺すという竜殺しの存在が信じられない。


 不意にその巨体が消えたかと思うと黒竜は人型を取っていた。肉体を持ったままでも変わらず人の姿になれるようだ。美しい女性の姿になった黒竜はゆっくり歩いて卵の前まで行くと、それを抱きしめて泣きそうな顔となった。アンデッドゆえ涙は流れない。


「またこうして我が卵に触れることができようとは……」


 黒竜がそうしている間にふと竜殺しの剣がルドルフの目に入った。おもむろに手に取って次元収納にしまう。ついでに竜殺しの遺骨もいっしょに回収しておく。なかなか偉丈夫の骨格だ。これは特別なスケルトンの素体になるかもしれない。


 こないだサイラスに配下は作らないと言ったばかりなのに、粛清《しゅくせい》対象にされたりしないかちょっと心配になる。いやあこの黒竜は緊急避難のようなものだし、スケルトンの方も一体や二体ならなんとかセーフだろう。


 ルドルフは竜の卵を運ぶ先として第十二層の地脈の部屋を選択した。あそこはいわくつきの場所ではあるが、なにこの黒竜なら仮にダークエルフが来ても余裕で食べてしまえるだろう。むしろ食べてしまって欲しい。


 肝心の卵はなんだか次元収納に入らなかったので、ルドルフは背負子《しょいこ》を取り出すとそれに卵を乗せて背負った。生物は駄目とはいえ、いつもは生まれる前の卵なら収納できるんだが。さすがに竜の卵ともなると特別なのかな。さておき、普通の人間の子供の背丈ほどもある巨大な卵でも、ルドルフならそれほど無理なく背負うことができる。


「そういうわけで俺は第十二層までこの卵とエレイースを案内してくる。ここの宝はそのあと俺がまるっと回収するが、何かめぼしいものがあれば持って帰ってもいいぞ。お前らはお前らで気をつけて帰れよ。お前もそれでかまわないな?」


「うむ。ここの宝は約束通りそなたらの好きにするといい」


 黒竜エレイースは上機嫌でそう言った。


「では、ついて来てくれ。俺は卵を守るから道中の魔物を片付けるのはすべて任せるぞ」


「承知した」


「ところでずいぶん自然と人の姿を取るのだな」


「窮屈《きゅうくつ》な姿ではあるが、狭いところで過ごすには便利であるからな。そなたらを踏みつぶさないように気を遣っているのじゃ。感謝するがいい」


 ルドルフとエレイースはそんな会話をしながら歩いてその部屋を後にした。


 あとに残された四人は脱力してへたりこみ、しばらく動けなかった。


 間もなく第八層の転移門から第十二層の地脈の部屋へとあっさりたどり着く。エレイースはあふれる魔力に目を輝かせた。


「おお、転移する前の場所もよかったが、ここはさらによさそうじゃ」


 ルドルフは卵を背中から降ろして部屋の奥に安置する。エレイースは竜の姿に戻ってその卵を守るように抱えて寝転んだ。


 センスマジックの魔術を使うと、卵に吸い込まれていく魔力の流れが見えた。竜の卵はまだ死んでいなかったようだ。この勢いだとこの層に行き渡るはずの魔力が枯渇してしまうので、以前から設置していた魔石製造機は片付けた。魔力備蓄のスポットがひとつ減ってしまったのは残念だが、代わりに黒竜の貯め込んでいたお宝をもらえると思えば悪くはない。


『石の床の上に直、というのはどうも落ち着かんのう』


 竜の姿になったのでエレイースの話す言葉も竜語になっている。ルドルフも竜語で応じた。


『わかったわかった。今度何か敷物をもってきてやる。それとも金貨でも敷き詰めた方が落ち着くか?』


『そうよなぁ。あの宝はそなたらにやると言っておいてまことにすまないのだが、いくらかの金貨銀貨で寝床を作ってもらえるとうれしい』


 なるほどそういうものか、とルドルフは思わぬ竜の生態を興味深く感じた。


 それからルドルフは魔術で大岩を出して部屋の入り口を塞いだ。魔術で出した岩はいずれ空気に溶けて消えてしまうが、間に合わせとして数日の間は持つだろう。後日、外からはこの部屋があるとわからないように本格的にカモフラージュするつもりだ。万が一にも人間が入り込むとやっかいなことになる。特に聖剣の神子とは絶対にかち合って欲しくない。


『何もかもかたじけない。無事にこの子が生まれたら是非この借りを返させて欲しい』


 エレイースはすっかり安心したようで、どこか言葉も柔らかくなっている。まるで別の竜のようだ。が、死しても我が子を思う一念だけで長い間ゴーストとして留まっていたのだと思うとこの変化もうなずける。


『すでに報酬はもらっているのだ。貸し借りなどない』


『それでは我の気がすまぬ』


『では俺のことはかまわないので、先ほどの子供たちになにかあれば力を貸してくれるか』


『子供……そうか、あれはそなたの子らだったのか。子供たちを脅してすまないことをした。人間の大きい小さいはよくわからぬ』


 スケールの大きな生き物らしいことを言って何か勘違いしているが、訂正するのも面倒くさいのでそのままにしておく。


『だが承った。同じ子を持つ者としてそなたの気持ちは痛いほどわかる。時が来れば我がそなたの子たちを助けよう』


 その前にうちの子らが生きている間にそっちの子が生まれるのかなぁ、などと思いつつも、ルドルフは余計なことは言わなかった。


 ルドルフが竜の宝を回収して寺院に戻ったのは、その日の夕方前である。子供たちとメアだけでなく寺院で休養していたベルタやシャーロットも待ちかねたかのように集まってきた。


「あの竜なら無事に第十二層に送ってきた。宝も回収してきたぞ。もう安心して大丈夫だ」


 竜の宝は一応セラたちが見つけたものなので、ゆくゆくはそれを踏まえて分配するつもりであったが、ひとまずはすべてルドルフの預かりとなった。子供たちに大金を持たせても仕方ないし、メアも受け取りを辞退したからだ。


「今回のことはうちの失態だ。この子らを連れて未知の場所に踏み込むべきじゃなかった。本当に申し訳ない」


 メアが珍しく真剣な顔で頭を下げて謝った。


 とはいえ、ルドルフもメアの立場ならどうしていたか。結局は無事に済んだのだからと、誰も責める気はなかった。そもセラたちは第九層もずいぶんと余裕で進んでいたという。今回のことはダンジョンが本来危険な場所だと知らしめる上ではかえってよかったやもしれぬ。


 そう告げた後、ルドルフはひとつだけ冗談めかして付け加えた。


「ただこの娘はどうやら隠し部屋で色々と引き当てる才能があるからな。今後セラといっしょの時はいっそうの覚悟を決めてから行った方がいい」


 それを聞いたセラがフフっと笑った。第四層の隠し部屋でルドルフと会った時のことを思い出したのだ。


 一段落してみなが解散してから、ルドルフは黒竜の部屋を発見した顛末について気になっていたことをセラに尋ねた。


「竜語などどこで覚えたのだ?」


「えっと、なぜか聞いただけで言葉の意味がわかったんです。あれは竜の言葉だったんですね」


 セラ自身も少し戸惑っているという風だ。


 理解できるだけでなく、一度聞いた言葉なら真似することもできると言う。


 それを聞いてルドルフはセラが魔術を覚える時との関連を強く感じた。ひょっとしてセラは語学の天才で、言語を覚えるのと同じ感覚で魔術を覚えているのだろうか? しかしいくらなんでもそんなめちゃくちゃな才能があるか?


 ルドルフはなんだか急に我が弟子が謎多き存在に思えてきた。

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