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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第二章 聖剣の神子

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第六十話 死せる黒竜

 ルドルフが書斎で魔道具のナイフをいじっていると、ダンジョン実習に行っていたはずのセラが駆け込んできて急を告げた。


 ダンジョンに竜が出て、しかもそれがゴーストだったなどとはルドルフの耳にも突拍子がないことで、最初はセラが何を言っているのかわからなかった。が、その慌てぶりからして何かとんでもない面倒が舞い込んできたことだけはすぐに理解できた。


 残された三人が危ない。待たされている黒竜がいつしびれを切らすかもわからない。ルドルフはすぐさま行動を起こし、ダンジョンの中を猪のような勢いで走った。その懐にはセラが必死にしがみついている。


 ものの三十分も経たないうちに現れたルドルフにメア、バルド、ラエルはややほっとした様子を見せる。


 底知れない力を秘めた黒ずくめの女性と、暗い眼窩に緑の光を宿す巨漢のリッチ。それははたから見れば互角の対峙に見えた。


 しかし一方のルドルフは竜の亡骸の前に立つ女の姿を見て内心戦慄(せんりつ)していた。


 おいおいおい。なんてものを引き当ててるんだ。


 ルドルフの目からはそのゴーストがすさまじい力をもっていることが、他の誰よりもはっきりと見てとれた。一応アンデッドではあるが存在の格が高すぎて死霊魔術で干渉することも到底不可能だろう。


「ほう。リッチか。これは意外な存在が来たものじゃな。しかし定命じょうみょうの者と違ってしかと頼りになりそうじゃ」


 ところが幸いにも黒竜はなぜかルドルフの姿を見て明らかに上機嫌になった。それでルドルフもいくらか冷静になる余裕を得る。


「話は聞いている。そちらの望みを聞くのはやぶさかではないが、まず竜の卵に魔力を注ぐとは具体的にどのようにすればいいのだ?」


「文字通りそなたが卵に直接魔力を流し込んでくれてもいいが……それでは時間がかかりすぎるじゃろうな。一番いいのはこのダンジョンの地脈の近くに置くことじゃ。もともとはここにも地脈が通っていたのじゃが」


 黒竜の話ではもともと地脈の通るこの場所に根城を構えたのだが、その地脈がいつしか移動して消えてしまったのだという。たしかに地脈の位置はたまに前触れもなく移動することがあると聞く。ともかくそれで孵化に必要な魔力がなくなってしまったため、そこの竜の卵はずっと長いまま孵らない状態であるらしい。果たしてそんな卵がまだ生きているのだろうか。


 いつ頃からこのままなのかと聞くと、ゴーストとなってからの年月は曖昧でどれくらい前のことかは見当もつかないという。ただ数十年では利かないだろうとのことだった。


 その時期を探るべく黒竜の死の経緯を聞くと彼女は忌々し気に言った。


「竜殺しじゃ」


 竜殺しといえば文字通り竜を殺した者に与えられる称号で、人間からすると英雄と呼びならわされる。だが竜の方からしてみれば迷惑極まりなき存在にほかならない。黒竜がさっきから人間嫌いな様子を見せているのも、自分が人間である竜殺しに殺されたせいかもしれない。


 それからしばらく、黒竜の竜殺しへの罵倒ばとうの言葉が続いた。人間には関わらないようにひっそり暮らしていたのに、竜と見れば殺しに来る頭のおかしいやつら、というのが黒竜の竜殺しへの恨み節であった。


 竜はこのとおり必ず財宝を持っているし、その死体も竜に捨てるところなしといわれるほどの宝の山だ。狩る力を持っていれば自分も狩るだろうな、とルドルフは考えたが、もちろんそんなことを口には出さない。それに今や同じ魔物の身としては狩られる方の気持ちもちょっとわかる。


「ちなみにその竜殺しはどうなったのだ?」


 ルドルフが聞くと、女はあごで部屋の一角を示した。そこにはひとつの白骨死体が転がっていた。その骨は金属でできた軽装の鎧を着ていて、傍らには鮮やかな赤い刀身の長剣が無造作に落ちている。黒竜は竜殺しに殺された後にゴーストになって殺し返したらしい。そういえば卵を持つ竜には決して手を出してはいけないと聞いたことがあるが……。


 竜殺しが消息を絶ったという話をたどれば黒竜が死んだ時期もわかりそうだったが、竜が伝説級の存在なら竜殺しも伝説の彼方の存在だ。すぐには見当もつかないので、探るのはひとまずあきらめた。


 話を肝心の方向へと戻す。


「いいだろう。このダンジョンの地脈のある場所はいくつか知っている。そこにこの卵を運べばそれでいいかな」


「だめじゃだめじゃ。加えて無事に孵るまでしかと見守るのじゃ。それに孵ったあとも仕事はある」


「孵化まではどれくらいかかるのだ?」


「それは我も卵を産むのは初めてなのでな。わからないというのが正直なところじゃが……」


「卵が孵るまでずっと見守り、さらにそのあとの面倒も見ろと?」


「当たり前じゃ。片時もそばを離れるな。じゃが百年はかからんと思うから安心せい。人間が来た時は心許なく思うたが、そなたなら我が卵を見守るにはうってつけじゃ」


 黒竜がなにやらうれしそうに言ったが、百年は勘弁願いたい、とルドルフは思った。


「地脈のある場所までは卵を運ぶし案内もするので、見守るのはお前が自身で、というわけにはいかないか? 俺もそれほど暇ではないのだ。特にこのところは所用が立て込んでいてな」


「我の言葉に物申すとはな。まさかそなたらに選択肢があるなどと思っているのではないだろうな。言う通りにするか死ぬか。それだけじゃ」


 黒竜からのプレッシャーが増したがルドルフは平静を装った。人外との交渉には職業柄まあまあ心得がある。動揺を見せてはならない。


「急いてはかえって元も子もなくなるぞ。我々をここで片付けたとして、次に誰かがここに来るのはいつになるかな? 卵がそれまで生きているとも限らない、と俺は思うがね」


「ぬ……」


 それは黒竜にとって弱みのど真ん中だった。先ほどセラがルドルフを呼びに行くのを許可したのも、悠久の時を経て訪れた千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを逃したくない気持ちがあったからだろう。


「…………我としても己で卵を見守りたいのは山々じゃが……どうしたことかこの場所から離れられないのじゃ」


 絶対強者として終始上からの物言いだった黒竜が打って変わって悲しそうな顔を見せた。


 なるほど地縛霊じばくれいというやつか。


 ゴーストにはいろいろな存在の仕方があって、ふらふらとあちこちただようものや、人や物に憑くもの、土地に憑くものなど様々だ。


 いや、しかしこの黒竜は卵に執着があるはずなのでは……と、ルドルフは卵に憑いている可能性も口にしたが、竜は己が土地に縛られていることがわかるのだと言った。


 この場所から動けないのなら、引き受けた振りをしてそのまま卵をパクってしまったらどうなのだろう、などという不届きな考えが頭をかすめる。だが死んだ後に竜殺しを殺し返した母竜の執念を思うと、もしやの事態が怖すぎて試す気にはなれない。

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