第四百十八話 魔王の後継
西の魔王の軍が完全に姿を消し、中央大陸には平和が訪れた。ガディレルムとアストル王国はともに空白地帯となった土地に進出することに躍起となっているが、当面は大きく争うこともないだろう。両国ともに荒れ果てた土地を復興するだけで手一杯だからだ。
水面下では新しい国境を決めるための国家間交渉も始まっており、大雑把に言えば大陸は北西から南東にかけて斜めに切ったところで二分されると聞いている。
そんなある日。
ルドルフは相談を持ち掛けられて、ひとりガディレルムを訪れていた。
案内されるままに王宮の会議室へと向かう途中、ルドルフが正体をさらしていても特に驚く者はない。さすがは人間と魔物がともに暮らす多様性の国といったところか。
「待ちかねたぞ!」
会議室には国王であるガディが昔と同じ王冠をちょこんと頭に乗せて待っていた。椅子に座りながら尻尾をうれしげに一振りするのが見える。その左右にはヴァルターとスウェンが座っていて、彼らも王に続いてルドルフに挨拶した。
本題の相談事の前に雑談として色々な話を聞く。どうやら国家運営は上々といったところ。ガディもいっちょ前に一人称を「余」に改め、王らしく振る舞っている。それが背伸びに見えるのはいつものことだ。この場にいないダドリーは新たな国境を巡って、縄張りや拠点づくりの監督をしているらしい。
その雑談ついでにルドルフはなんとなく聞いてみた。
「そういえば気が早い話かもしれんが……この先後継者のことなどは考えているのか?」
ガディは意気揚々《いきようよう》と言った。
「いや国王は何十年先、百年先まで見通さなくてはならない。気が早いなどということはまったくないぞ」
それからそういえば見せたことがなかったと言って、その場に王妃を呼んだ。ドレスを着た可愛らしいコボルトの王妃様の腕に抱かれているのは、ガディよりもさらに小さく愛らしい赤子のコボルトである。
いずれもルドルフからすれば「いつの間に」という話であった。
驚くルドルフを見てヴァルターが「ちょくちょく顔を見せないからだぜ」と笑った。
ガディは誇らしげに尻尾をブンブンと振り回しながらまずは王妃を紹介する。「思えばルドルフとセラが余と妃の縁を結んでくれたようなものだ」と感謝を述べた。なんでも彼女は南方大陸から来たコボルトの娘だったらしい。当の王妃も黙って会釈する。
次に王子を紹介しながら有頂天になったガディの横で、しかしルドルフは「少し質問が曖昧だったか」とひそかに反省していた。
彼が気にしたのは魔王の後継だ。魔王の力は親から子に自然と引き継がれるものではない。ガディの言う「世継ぎ」は、ルドルフが尋ねた意味での「後継者」ではなかった。
とはいえ、ルドルフもそれ以上突っ込んで聞くことはなかった。それは彼らの問題であって自分の問題ではない。国の栄枯盛衰は世の常だ。下手に突っついて藪から蛇が出ても困る。
やがて王妃と王子が去り、相談はいよいよ本題に入った。
「すべての種族が話せる共通語を定めようと思っている」
ガディが高らかに告げ、そこから先はスウェンが説明したそれは、図らずもルドルフが気にしていた後継者問題と類を同じくするものだった。
魔王であるガディが死ねば、やがて互いに言葉の通じぬ者たちはバラバラとなり、この国も崩壊することだろう。それはもとはスウェンの懸念したことだったが、ガディはその懸念を深く受け止め、それを解決するため、自分の世継ぎやその世継ぎまでもが末永く安泰に暮らせる道を模索していた。
そこで共通語の話が出てきたというわけだ。
とはいえ、一から新しい言葉を作るというのも難しい。
ゆえに今は語彙に富む人間の言葉を最有力の候補として調整しているとのことだった。ガディの魔王のカリスマが通じない人間たちを相手にするにも無難な選択だろう。魔物たちはガディが言えばその言語がなんであれよろこんで身につけようとする。
まあ言語が同じでも争っていた人間たちを見るに、新たな魔王を据えるには劣るが、それでも面白い落としどころだ。
これは国家百年の計に類する気宇壮大な話である。
いや、ガディレルムのみならず、世界が大きく変わる可能性すらある。
「そこでルドルフに頼みたいことがあるのだ」
そう言ったガディの代わりにスウェンが説明するには、その事業を推進しようにも、それを成すための人材がいない。ヴァルターやダドリーを含めた眷属たちならば言語を越えた橋渡しをすることが可能だが、それぞれが今の仕事に忙しく、また頭を使った仕事が得意な者も少なかった。
そこで外部の者に協力を頼もうと、ルドルフに白羽の矢を立てたのだ。
ガディは堂々と言った。
「どれだけかかる話かもわからない。意外とすぐにできるかもしれないが、あるいは余一代ではとても無理な話かもしれない。そのためにも不死者であるルドルフがこの事業に取り組んでもらえると助かるのだ」
ルドルフに相談したい内容、期待する役割とは要するにそれであった。
ルドルフは「んー」と唸りながら、少し考えてからガディに言った。
「お前を不死にすることもできるがな」
これはもちろん冗談だったが、ガディは縮こまって「キューン」と怯えた顔となった。
「恐ろしいことを言うな! それでは余が偉大なる祖霊の列に加われないではないか。いくら国のためとはいえ、それは困る」
ルドルフは「ははは」と高笑いでその言葉を受け止めた。
国のことにはなんでも前向きなガディだが、さすがに自分が不死になることには気乗りしないらしい。
とはいえ、ルドルフは国のことに関わる方に気乗りしない。
早くもどう断ろうか考え始めた矢先、ふと閃くものがあった。
セラとヌイにはまだ眷属の枠がある。机仕事の得意そうな者を眷属にすれば、その者が仕事をできるではないか。
あるいは不死で多言語に堪能な者にならほかに心当たりがある。その者を代わりに紹介してやるのもいいかな。
そのことをガディらに伝えるついでに現在のガディの眷属が誰なのかを確認した時、ルドルフはヴァルターや各種族の代表の中に並んで出てきた思わぬ名前に固まった。
ダドリー?
一拍遅れて尋ねる。
「ダドリーはヌイの眷属だったはずだが……鞍替えしたのか」
「鞍替えではない。ダドリーが言うに今のあれは我が眷属であり、そのヌイとやらの眷属でもあるそうだぞ。さすがに股肱の臣が余の眷属でないのは恰好がつかないので眷属にしてみたらそうなった」
屈託なく言うガディ。そうなったんだ。へぇ。眷属は掛け持ちありなのか。魔王の力も奥が深い。まあそういうことならそういうものと飲み込むしかないだろう。
それにしても、とルドルフは朗らかに大笑するダドリーの顔を思い浮かべていた。
二君どころか三君に深い忠誠を捧げるあの男の精神性もなかなか謎である。




