第四百十九話 弟子からは逃げられない
ラエルとアクィラが不死鳥の炎によってそろって赤子に生まれ変わったのは、セラの卒業パーティーの翌々日のことだった。
すでに周囲も含めてすっかり整理はついていて、最後はひどくあっさりとしたものだった。
「じゃあ、あとをよろしく。僕とアクィラのこと、くれぐれも頼むよ」
「世話になったな。いや、これからまた世話をかけることになるんだが……」
見守るルドルフとセラ、バルドの前でそう言い残すと、アクィラの生み出した赤く輝く炎に巻かれた二人はあっという間に燃え尽き、やがて灰の中からふたつの産声があがった。
その二人の赤子のうち、セラが女の子を、バルドが男の子を取り上げた。
それから三年が経ち、セラとバルドはウルムトの一角で新居を構えて暮らしていた。せっかく建てた湖畔の塔は今はほぼ倉庫のようになっている。
「子育てするには町の方が何かと便利ですから」
そう言う彼女の足もとには幼児が二人しがみついている。ラエルとアクィラである。セラはバルドといっしょに彼らを引き取って、我が子も同然に育てていた。
なぜそうするのかと問うとセラは言った。
「師匠とアリアナさんが私にくれたものを、私も誰かに返していきたいんです」
ふうむ。俺は報酬ありきでやっただけなので、そんな殊勝な言葉を聞くとなんだかこそばゆい気がしてくる。
ラエルはもとの天才精霊使いとしての片鱗を見せ始めていて、火や風や水や土をはじめとした様々な精霊と遊んでいる。彼を生んだ母親の話からすると「今はまだ可愛いだろうけど、いたずら盛りになったらそれはもう大変なことになる」とのことだった。
ラエルが赤子に戻る前に相談に行くと母は言った。
「ひぇー、この歳になってあれをもう一度はさすがに無理!」
セラたちがラエルを引き取りたい、と言うと、彼女は諸手を上げて賛成してくれた。「分別が付いたらたまに顔を見せておくれよ」と、ほかに六人の兄弟姉妹がいるせいもあってか、そのあたりは割とさばさばしていた。久々に帰ってきた息子がアンデッドになっていることもさして気にする様子はない。父親の方は何か言いたげであったが、妻の言うことには逆らえないようだった。
アクィラの方は神子としての力をすっかり失っていた。髪色も黒。あの赤い髪は業火の神子となって炎に触れるうちに染まったものだったという。
生まれ変わりにより、そこはリセットされてしまったようだ。とはいえ、アリアナに言わせると素質は変わっていないとのことで、再び神子になるならまったく同じ力が備わるという。今後彼女がまた神子になるのかどうかはわからない。
それはそうとして、活発でよく動くラエルに比べると、アクィラはやや引っ込み思案で大人しかった。ここから果たして同じような性格に育つのかどうか、やや興味深いところである。
それでも短い腕をつたなく振り回して体をぶつけあい、激しく罵りあって兄妹喧嘩しているところなどを見ると……生まれ変わる前の二人の目論み通り、きちんと恋仲になれるかどうかは怪しく思える。
まあ永遠の愛を誓っておいて泥沼の憎み合いになって数年で別れるなども世の中には珍しくないので、場合によっては知らせないでいてやる展開もありかもしれない。
そんな二人の幼児の声が、今日もルドルフのホームに響いている。
「うちは託児所ではないんだが」
不意に書斎に侵入者が駆け込んできたことでルドルフがぼやく。すると三人目の侵入者たるルクリアが言った。
「えー、いいじゃん。かわいいでしょ」
ルクリアもアクィラから生まれ変わりに誘われていたが「うーん、別にいいや。ルドルフとアリアナもいるからこのままでも退屈しなさそうだし」と言って、それを断っていた。ゆえに彼女は赤い瞳のヴァンパイアのままここにいる。
彼女はエネルギー全開で走り回る幼児らの面倒を見ながら、自分も楽しそうに笑っていた。
「ほんとうに食べちゃいたいくらいかわいい!」
「噛むなよ」
「失礼な。成人で同意がないと私は噛まないよ」
「同意があってもご近所トラブルはやめてくれよな。あと俺の書斎には入って来るな。ここが俺の最後の砦なんだ」
「申し訳ございません。いますぐに外に連れて行きます」
そう言いながらルクリアの後から顔を出したのは、メイド服のホムンクルスだった。サーヤという。彼女はデダルスの隠れ家からセラとバルドの家に職場を変え、家事の壊滅的なセラに代わって家の中を快適に保っている。
そして子供たちが外出すれば、その面倒を見るためにこうしてついてくるのだった。
セラは二人の子供をルクリアとサーヤに預けて、今日も一身に己の研究に勤しんでいた。
彼女が志向する分野は『呪い』である。
生物、器物、時によっては環境までをも作り変え変質させる呪いという概念。原因は魔術によったり神力によったり死者の念によったりと色々だが、未だ体系化された研究はなされていない。セラはまず魔術の方面からその骨子作りにアプローチしてみるつもりのようだ。
呪いは基本的に神官の法術で解くことができるが、中には魔王の呪いのように神力ではまったく歯が立たないものもある。ゆくゆくはすべての呪いを解くための糸口をつかみたいとも考えている。ヌイや不治の短剣などはちょうどいい研究サンプルだ。
バルドはほかにも手がかりになるような魔道具を探し求めて日々飛び回っていて、今日は北方大陸のダンジョンへと足を運んでいる。ちょうどアンブローからの依頼もあるという。
セラはもともと住んでいた一室を研究室代わりにして、何かあればその部屋から出てルドルフに質問をしに来るのだった。
この師弟の関係、昔と比べて何が変わったのかというと、こうした質問に答えるのと引き換えにお金を払う契約を結んでいる。要するに「師匠」としてではなく「顧問」としてその質問に答えていた。
しかしセラの持つ財産からするとその金額も微々たるもので、フェアなはずの顧問契約に応じたルドルフはここのところ少しアンフェアを感じつつある。
何よりもあれだけしっかりとお別れしたにもかかわらず、以前と立場が変わっていないような気のするのに、やや思うところがあった。
「あらあら、今日も賑やかね」
「アリアナー。久しぶりー」
「ありあなー」
「ひさしぶりー」
転移門を通ってアリアナが顔を出したようだ。ルクリアの言葉をラエルとアクィラが真似ている。彼らは先ほど書斎から出て行ったが、ドアが開けっぱなしなのでその声はよく聞こえた。
アリアナはあれからエルフの第二席となった。
北方、中央、南方の三大陸を統括する地位についていて、最近その忙しさは増すばかりらしい。が、前と同じように月に一度は必ずここに顔を出しているので、その愚痴が本当かどうかはわからない。
間もなくセラの声も聞こえて、それから彼女はルドルフの書斎にひょいと顔を出した。
「師匠、アリアナさんが来たのでお茶にしましょう」
その肩と腕にしがみつく幼児らを装備している。義母ながらもきちんと母の体力、なかなかのものだ。
ルドルフは「ふぅ」とため息をついて席を立った。
広間に行くとテーブルにはすでに人数分のお茶と菓子が準備してある。サーヤの仕事だ。
幼児らは母親の関心を我先に引こうと、一生懸命にしゃべりかけたり、その服の裾を引っ張ったりしている。セラは母の顔で耳を傾けたりたしなめたりしながら、それに付き合っている。
育児って大変だなぁ。ルドルフがそんなことを思いつつ見ていると、アリアナがいい笑顔になって声をかけてきた。
「ところでルドルフ。久々にひとつ相談があるのだけれど。ちょっとしたお茶の話題にちょうどいい程度のことなのだけれど」
「断る」
ルドルフの拒絶は電光石火だった。しかしこの程度で引き下がるアリアナではない。
「さすが、師匠の鑑ね。セラちゃんにひとつレッスンよ。交渉事は断られてからが勝負、という練習台になってくれる男があそこにいる」
「ね、あそこのお姉さんと、お骨さんがしゃべるのを見てようか」
子らは母の言葉に素直に従い、静かになってこちらを見つめた。
それは教育上どうなのだろうか。
「それは本当に今しなきゃならない相談なのかね」
ルドルフが物申すにもかかわらず、アリアナは語り始める構えだ。
そろそろ一度姿を消してもいいのではないか。
頬杖しながらそんなことを思い始めたルドルフの窮地を救ったのはラエルの一言だった。
「おとうさん!」
その視線の先には軽装の冒険者装備に身を包んだバルドがいた。その左手の薬指にはかつて祖母が孫を思って託した銀の指輪が光っている。
ラエル、そして少し遅れてアクィラが父に駆け寄る。
そこでルドルフはアリアナの話題をそらすかっこうの話のタネを思い出した。
「アリアナよ。そう言えばまだ聞いてなかったろう」
続くルドルフの言葉を聞いたアリアナは、さっきまでの話を放り出してセラとバルドを祝福した。
「どうして早く言ってくれなかったの!」
バルドが両手にラエルとアクィラを持ち上げる横で、セラは顔をほんのり赤くしてうつむきがちに照れている。
外見からはまだわからないが、セラはその体の中に新しい命を宿していた。
ルドルフは話の中心から解放されて一息つき、にわかに笑顔に包まれた空間を眺めた。髑髏の眼窩に緑の炎が穏やかに灯っている。
そして思った。
まあこんな生活も当面は悪くはないかもしれない。どうせ時間はいくらでもあるのだ。




