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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
エピローグ

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第四百十七話 とある男の葬送

 数えきれないほどの墓石が立ち並んでいる。五月の柔らかな陽光が降り注ぐ中、広大な墓地の一角では、大勢の参列者を集めた葬儀そうぎ粛然しゅくぜんり行われていた。


 ルドルフは墓地のすみに身をひそめて、遠くそれを眺めている。


 神官が鎮魂ちんこんの祝福を唱えている。その前に並べられた棺の数は十四。それはバフラムで犠牲ぎせいとなった魔術部隊の隊員のものである。うちひとつはシュウのもののはずだ。


 居並ぶ参列者の中には魔術部隊の制服を着用している者たちが目立って多い。次いで命を落とした十四名の遺族が子供から老人まで喪服もふくに身を包んで涙している。そして最前列には西アストル公国の元首である大公を筆頭ひっとうに、大臣や将軍などのお歴々(れきれき)が並び、西の魔王との最後の戦いで命を落とした英雄たちに最大限の敬意を捧げていた。


 本来ならば外で浮かれて酒でも飲みたくなるような陽気だ。沈痛ちんつうな面持ちで故人をいたむ人々をよそに花は咲き乱れ、鳥はかしましく鳴き交わしている。


 しかしすべての棺が墓穴に収まり、すっかり埋葬まいそうが終わってしまうと、人々の多くは涙のあとを残しつつも、ひとつ重荷を下ろしたかのようにせいせいした顔となった。それはうららかな春の気候に似つかわしい。


 悲しいことがあれば、喜ばしいこともある。戦争が終わったのだ。


 帰りにつく人々は口々に亡くなった十四名を讃えている。たったそれだけの犠牲でバフラムの数万以上にも及ぶ魔物たちを殲滅せんめつせしめた、という物語は、いくらかの尾ひれとともにいずれこの国の伝説となっていくことだろう。


 くだんのアンデッドが西の魔王を追い詰められたのも、彼らの活躍があってこそ。少なくともこの国ではそう語り継がれていくはずだ。


 西アストル公国は近々アストル王国と名前を改めることになっている。ルドルフはその首都リメスに足を運んでいた。


「総隊長と副長にはあの世で怒られちまうな。結局は俺もずいぶんと早くに死んじまって。後任がリーリエってのはちと心許ないが……ま、なんとかするだろう。しばらくは戦もないだろうしな」


 認識阻害の面をかぶったルドルフの隣に、ひとりの男が立っていた。葬儀を終わりまで黙って見届けた今、感慨深げにつぶやいている。フードを目深まぶかにかぶった灰色の外套がいとう姿。その声はシュウのものである。


 まだ正式な墓石も立っていない新しい墓の前で、未だ立ち尽くす若い男女の隊員がいる。シュウの目は彼らに注がれていた。


「シャノンとエリオットが無事で本当に良かった。あんたにはつくづく世話をかけっぱなしだ」


 その視線の先にはもう一人、喪服姿の初老の女性が背を丸めて立っていた。シュウのたった一人の肉親である。母親は息子の遺品のみが納まった棺の埋まった場所を途方とほうに暮れたように見やっている。


 やがてシャノンとエリオットがシュウの母親の左右に寄り添うようにして、そろって墓地を後にした。沈黙のままにそれを見送ると、シュウは大きくため息をついた。


「悪かったな。ルドルフさん。忙しい時だってのに、自分の葬式を見たいなんてわがまま言っちまって」


「かまわんよ。ジオラダと話をつけに来たついでだ」


 あの日、レオーネに打ち倒されたシュウはまだかろうじて滅びてはいなかった。ルドルフはひそかにそれを助けていた。シュウほどの男があれで終わりというのはあんまりだと感じたからだ。せめて心の整理をつけるための時間を作ってやりたかった。


 今のシュウはフィーネの作り出したヨミガエリである。ルドルフはその支配を外し、自らの支配のかせを取りつけていた。


 ルドルフからキルケの顛末てんまつ一切合切いっさいがっさい聞くと、シュウはあっさりと言った。


「かまわんさ。俺はたしかにあの娘を一度殺した。みなの仇を討った。それから先がどうなろうと知ったことじゃない」


 しかしそれは昔のやや自信過剰じしんかじょうながらも憎めない青年の表情とは少し違っていた。その唇はシニカルに歪んでいる。かつてのシュウには見られなかった笑みだ。


 キルケが世界を旅して回るつもりだという話にも鼻白はなじらんだ顔をするだけで興味を示さない。


 これからシュウが何をするのか。ルドルフはそれを完全にシュウ自身にゆだねている。この場でシュウが終わりたいと言えば、即座に塵に戻してやるつもりである。


 それをにおわす言葉をさりげなくルドルフが伝えると、シュウは傲然ごうぜんと言い放った。


「俺の復讐はまだ終わっちゃいない」


 それからシュウはルドルフが何か口を開く前に先回りしてさえぎった。


「違う。西の魔王のことじゃあない。その裏にいる奴らの話さ。元凶がのうのうと生きているのには我慢がならん」


 ルドルフは唖然あぜんとした。


「無茶だ」


 魔王の裏にいる者たち。それはダークエルフにほかならない。


 シュウは坦々と言葉をいだ。


「どうせもうなくした命だ。捨て身でやればせめて奴らの肝を冷やすくらいのことはできるだろうさ。なに、あんたに迷惑はかけない。その時が来たら自ずと朽ち果てるだけだ」


「それはいよいよ修羅の道だぞ」


「俺を修羅にしたのは奴らだ」


 シュウはそれから大きく嘲け笑った。


「俺も西の魔王と同じかもな。奴らにこんな有様にされたという点では」


 笑い止むとギラギラとした目つきで言う。


「だが今度はその刃が自分たちに向かう様をとくと味わってもらおう。俺は一人でも多くのダークエルフを殺す。これから俺はただそれだけの存在として在ると決めた」


 容易く言うが、それは恐るべき難事である。ダークエルフと会うだけでも普通は不可能だ。仮に首尾よくダークエルフを殺せたとしても、待っているのは確実な報復と破滅だけである。


「そいつはいい。どうにかして一人殺せばあとは向こうからやってきてくれるってわけだ」


 ルドルフの忠告にシュウは再び唇を歪めた。


 ルドルフはそれ以上シュウを止めることはなかった。止めてどうなるだろう。もうとっくにこの男は破滅しているのだ。おそらくシュウは遠からずその存在を終える。だがそれこそ彼にとっての幸いなのかもしれなかった。


「本当に世話になった」


 その言葉を最後にシュウは去った。それきり彼の行方はようとして知れない。

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