第四百十二話 後始末は軽く
数日後。
ルドルフとアリアナが枯死した森の中を歩いて行くと、そこにはディアドロとダムレイが並んで待っていた。
アリアナは冷たい目で一瞥をくれる。ダムレイが鋭い視線で受け止めた。
険悪な空気の中、ディアドロはルドルフを見て興味深げに目を見開いた。
「ダムレイ君、我々が差し違える覚悟でもそのエルフを倒すことはできませんよ。しかも今は恐るべき存在が横にいますからね」
ルドルフのその身にはいつかの死者の都市で見せたように膨大な魔力が宿っていた。
「まさかそのような手段でガスコインの棺の場所を見つけるとは」
ディアドロが感服したように言った。
ルドルフは儀式の場を一昼夜かけてしつらえ、リッチキング直伝の儀式魔術を行使してこの土地の主となっていた。二度と使うことはないと記憶の彼方に封印していた魔術だ。
ガスコインは聖剣に滅されたにもかかわらず未だこの土地に根を張っていたが、例によってセラの異能を使って土地の魔力の総量を上回ることで、その領有権を奪い取ることができた。
大魔術によって領地を得たルドルフはその中にいるすべての動きを把握できる。
地下迷宮の中にガスコインが復活するやその位置を掴むのは容易いことだった。地行の指輪を使ってその場所までまっすぐにたどり着く。己の棺を前にしたガスコインの抵抗は苛烈であったが、ルドルフは無尽蔵の魔力でゴリ押しした。
やがて戦いのさなかに棺も破壊され、千五百年の真祖は最期に最も古株の花嫁の名を哀れげに呼んで果てた。逃げようとはしなかった。どうやらすべての花嫁がいなくなったことを悟っていたようだった。
「おかげで速やかにガスコインを滅ぼすことができた」
ルドルフが地行の指輪を差し出し、ダムレイが無言で受け取る。
「いえいえ。こちらこそ面白いものを見せていただきました」
ディアドロが笑顔で言った。
ルドルフは笑いもせず告げる。
「約束だ。これでもうセラにはもう二度と関わるな。キルケの話も終わりだ」
「ええ、たしかに。勝負はそちらの勝ちです」
これで用事は終わり。しかしルドルフには最後にもうひとつ確かめなければならないことがあった。
「聞きたいことがある。セラのことを最初にあいつらに教えたのはお前らか?」
フィーネはルドルフが不死の神子の師であることを知っていた。そしてさらに多くのことも。フィーネはダークエルフからは大した情報は得ていないような口ぶりだったが、仮にその端緒がダークエルフだとしたら、それはひとつ許されざることだ。
だがディアドロはきっぱり否と返した。
「フィーネはとんでもない情報通なんですよ。あれは我らの諜報にも劣らない目と耳を持っている。真祖の能力で小動物や虫を使役して情報を集めていたのだろうとは推察できますが、それにしたってとんでもない細かさと範囲なんです。ガスコインが千五百年安穏と過ごせたのも八割、いや九割方は彼女の功績といえるでしょうね」
なるほど。それは誰もが翻弄されるわけだ。フィーネの何もかもを見透かしたような行動にも納得である。
ルドルフが黙ってそんなことを考えていると、ディアドロはニコニコしながら言った。
「嘘だと思うならば、封印を解いて彼女自身から聞いてみては?」
それはとても試す気にはなれないことだ。ガスコインを滅した者を、彼女は決して許さないだろう。
シュウがキルケを捕えた時、とっさに交換条件として彼女の復活を申し出てしまったが、あれはまったく賢明な判断ではなかった。どうしてあの時そう言ってしまったのか不思議に思うほどだ。
ディアドロが話のついでに語るには、新しい花嫁候補を連れてきてガスコインに与えるのも彼女の仕事だったという。一方では花嫁が増えることを嘆きながら、甲斐甲斐しくその世話を焼く献身っぷりはなんだったのであろう。
「男女の形というのは様々ですからね。いくら長生きしたとて理解できない在り方もあります」
ディアドロは眉を上げて呆れ笑いの顔を作った。
ガスコインと同じ場所にフィーネの棺はなかった。ディアドロも彼女の棺に関しては知らないという。
聞くことを聞いたルドルフは踵を返そうとしたが、ディアドロはもうひとつ言葉を投げかけた。
「それにしても己の滅びを覚悟してまで脅しをしかけてくるとは。 あなたらしくもない。こちらがその気になれば最終的に破滅するのはそちらだとわかっていたでしょう?」
それはまさしくその通りだった。
ダークエルフを真っ向から敵に回して長生きできると思うほどルドルフは物知らずでも自信家ではない。
一方でもしそうなったならば、魔王一人分や二人分よりは確実に損をさせてみせる。それくらいの嫌がらせをする手段や自信はある。
それを相手がどう評価するかの賭けだった。交渉相手の選択によっては、取り引きは双方が多大な損失を出す結果に終わっていただろう。
ルドルフが答えずにいると、ディアドロはひとつパンと手を打ち、身を乗り出すようにして言った。
「いやはや、あの大胆なアプローチ……もしかしていつか私があなたのファンと言ったのを覚えていてくださったんですかね。ああも思わせぶりに活躍を見せるなどと言われては、私も釣られるほかありませんでした。ええ、あのように言われては」
その戯言にしばし動きを止めたままでいた後、ルドルフはおもむろに握手の手を差し出した。ディアドロはわずかに首を傾げつつも笑顔で握り返す。そのダークエルフを不意のエナジードレインが襲った。ダムレイはアリアナに睨まれ動けない。
目を見開くディアドロが立っていられなくなって膝をついたところでルドルフは手を放した。
「あまり人を舐めるな」
静かに言い放ったルドルフが今度こそ背を向けると、跪いたままのディアドロは再び笑顔を作り、その背に向かって言った。
「またお会いしましょう。ルドルフ殿。今度はあなたの弟子やそのエルフがいないところで」
「断る!」
ルドルフは振り返りもせずに片手を大きく振り上げて即答し、そのままアリアナとともにその場を去った。
やがて焼け跡生々しいガスコインの館の跡地まで戻ると、待ちわびたようにセラとバルドが寄ってくる。
「終わったんですか?」
「ああ、終わった」
セラの問いに、ルドルフは短く答えた。
その向こうにはルドルフの知らぬ人だかりがふたつある。
片方のひとつの中心は人型を取った竜たちだった。なぜかいつの間にかペレディルスが来ていて、グレアズがペレディルスに九十度のお辞儀をしていた。それからベルポラスも加わり、ペレディルスと何か物語っているようだ。フォルエラもお爺の周りにまとわりついて、側に微笑むエレイースがいる。
ルドルフがもうひとつの人だかりの中にいるルクリアと目を合わすと、コウモリの群れと化した彼女がそのままこちらに飛んできて実体化した。
「おかえりー」
腕を首に回してしがみつく。
それを追いかけてのしのしとやって来たのはガーモントである。
「こら、話の途中だというのに!」
「だってさっきから説教ばっかなんだもん」
「まだ納得の行く説明を聞いとらんぞ。なぜわしに相談もなくガスコインのもとへなど行ったのだ!」
叱りつけるガーモントの顔には流したばかりの涙の痕がある。
遅ればせながらに五十名の神殿騎士と神官団とともにやってきた大神官は、ルクリアの顔を見るなり神に感謝を述べ感涙にむせんだが、それからすぐにこうして怒り始めたらしい。
その冷めやらぬ怒りは引き続きルクリア本人にぶつけられ、次いでルドルフも「黙ってないでお前も何か言え!」と怒られてしまった。その何かを言う前に「再会した時になぜすぐにわしに知らせない!」と、また怒られた。それからアリアナに対しても怒る。とにかく怒った。
ルドルフが青筋の立ったハゲ頭を見て、このまま血管が切れて死んだりしないだろうなと心配していると、ガーモントは不意に静かになった。静かにはなったが、宙を睨むその目にはまだ怒りがなみなみと満ち溢れている。
「ぬう。わしもガスコインのクソ野郎をこの手で殴りたかったわい。おい、ルドルフ。奴を一回くらい復活させろ。今からでも」
神殿の最高責任者ではなく、ならず者の親分そのものの口調でガーモントは凄み、ルドルフに無理を言った。なおルドルフがガスコインと相対した時に「ウルムトに大神官がいる」と言った、あれはブラフである。
ややもしてルドルフは改めて一同を集め、すべてが無事に終わったことを告げた。吸血鬼たちは滅び、ダークエルフたちは去った。セラも無事に救出することができ、あとは帰るだけだ。
焼け跡に張った天幕の中には大樹海のメアの村につながる転移門をすでに作成してある。この場に集った者たちは銘々に別れを口にしてその転移門の中に消えていった。
ヴァルターを背に乗せたグレアズ、それにベルポラスは己の翼でそれぞれ北と西へと去っていく。
徐々に少なくなっていく人々の中にレオーネの姿は初めからない。キルケを亡くしたその日のうちに、彼女の亡骸を抱いて転移魔術で西方大陸へと帰還していた。
転移門の傍らで去る者たちを見送るルドルフの前に、最後、幾人かが残った。
アリアナとセラとバルド。そしてサイラスと付き従うザイオンにリズ。ルクリアとガーモントもいる。
ルドルフは言った。
「さ、ひと思いにやってくれ」
「承知した」
いつかとは違い、聖剣を手にしたサイラスはあっさりと返事をした。
明るい日差しの下、聖剣が輝きを放つ。アンデッドにとっては実におぞましき光である。
これが嫌だったんだ。何の因果で何回もこの剣に滅されなければならんのか。だが土地に縛られた状態から解放されるためにはこうするしかない。
聖剣の光を前に目を眇める師匠を前に、セラは少し上の空だ。その顔にもう涙は見られないが、どうしようもない憂いが張り付いている。
そのセラに向かってルドルフは言った。
「また数日の後に会おう。ローブは拾っておいてくれ」
それと同時に、差し出していた骨の手の甲に聖剣のほんの刃先が当たった。「コッ」という軽い音。
ルドルフの意識はそれきり消失した。




