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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第十章 吸血鬼の花嫁

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第四百八話 亡者の泥

 ラエルが地の精霊に呼びかけて泥を堰き止め、ルクリアが繰り返し光の剣を投射して亡者の勢いを弱める。それにより一同はなんとか高台に逃れることができた。やがて竜たちも空を飛んで合流する。アクィラも黒竜の足の爪にぶら下がってこちらにやって来た。


 高台から見下ろす異様な景色は一同を言葉少なにさせた。


 血の色を含んだ黒泥は間もなく周囲の一面を覆い、丘はまるで海原に浮かぶ孤島のような有様となっている。そしてその赤黒い海はさらに広がり続け、森を飲み込みながら四方八方に流れつつある。泥に触れた木々は瞬く間に枯れて葉を落とし、辺りは真っ白な枯れ木の森となった。


 どうにも難を逃れたというよりも追い詰められてしまったという体だ。


 強壮の霊薬により顔色の戻ったルインがどこか呆然として言う。


「あれに捕まった時、エナジードレインされた時みたいに体から力が抜けて行った……」


 みたい、ではなくあれはアンデッドのエナジードレインそのものだ。亡者の一体一体は痩せこけて非力に見えるが、それでいて生者を容易く死に至らしめる力を持っている。命を吸い尽くされた者はもしかするとお仲間にされてしまう線もあり得る。


 さしもの聖剣もあの数の敵には分が悪い。四竜のブレス、アクィラの炎、ルクリアの光の剣をもってしても焼け石に水といった数である。さらにルドルフが冥王の杖を振って亡者たちの支配を奪おうと試みてもうまく行かなかった。


 そしてその亡者の主たるフィーネは未だ本館跡で泥の上に立ち、黙ってこちらを見上げている。遠くて表情はよく見えないが、その距離からでも暗いオーラがその体から立ち上っているのがわかった。以前エクトルの関で抱いた怪物の印象がよみがえる。


 膨大な澱みの力を吸収し、その力をもって莫大な亡者の群れを操る、千五百年の死霊魔術師。


 なるほど圧倒的不利とはこのことである。


 あの正体不明の泥、仮に亡者の泥と呼ぶことにするが、あれだけでも相当なのに、それを操る術者もまた一筋縄ではいかないのだから、これはもう圧倒的不利で何の異論もない。


 だがこの状況をどうにかしなければ復活したガスコインによってこちらは破滅。否応なしに腹を括るしかない。


 そこにフィーネの愉悦の声が響いた。怪物がいつの間にか丘のふもとまでやって来ている。


「「「見なさい、キルケ。これがあなたのせいで死んで迷った者たち。あなたひとり大人しく死んでいれば彼らはこんな有様にはならなかった。自分が生き残るために百万を、千万を殺すとはなんという悪い子でしょう」」」


 わざわざ攻撃の射程内までやってきたフィーネに今度はルクリアの光の剣が降り注ぐ。泥をまとった女吸血鬼は意に介さず棒立ちで受けた。何度も光に貫かれ弾けては、何度もまた別の泥の上に姿を現す。そして何事もなかったかのように語りかけを続けた。


「「「亡者たちはあなたをお仲間に加えたくて仕方がないようです。さあおいでなさい。あなたも我々の一部にしてあげましょう。同じ苦しみを千年にも万年にもわたって味わわせてあげますよ」」」


 レオーネに抱えられたままのキルケは目つきを鋭くして叫んだ。


「うるさい! そんなこと私の知ったことじゃない。死にぞこないの人間ども、すべてまとめて消し去ってあげるわ!」


 そう言って古代魔術の詠唱を始めようとする。が、その詠唱は始まる直前、衝撃に見開いた目とともに中断された。


 亡者の中に人間ではない者たちが混ざっている。ゴブリン、オーク、オーガ、コボルト、様々な魔物たち。


「「「あなたの配下たちがこうなっているのも全てあなたのせい。あなたがいたからこうなっている。ふふ。ふふはははは! さあ、どうしますか。王様ならば彼らと苦楽をともにすべきではありませんか!? 生も死もともにすべきなのでは!?」」」


 哄笑するフィーネ。不意にその真後ろにおぼろげな輪が現れ、そこから飛び出した輝く切っ先が彼女の胸を貫いた。フィーネは塵と消え去る。


 蟲穴の指輪と聖剣の合わせ技だ。


 だが時を置かずにフィーネはまたしても泥の中から復活した。


 この亡者の泥を止めるには先ほどアクィラが言ったように術者を叩くほかあるまい。だがああして復活されてしまうのでは如何ともしがたい。いったい今のフィーネはどういう状態なのだ?


 何をするにももう少し情報が欲しい。どうやって相手を探るか。


 そんなルドルフの思案がまとまらないうちにフィーネが動いた。


「「「さあ、そろそろ片付けを終えてしまいましょう。あのお方を迎える準備もしなければいけませんし」」」


 その一言とともに、今まで丘の周りで渦を巻いていた亡者たちがまるで荒海を思わせる波を成し、絶え間なく押し寄せて来た。後続に押されつつじわじわと丘を登り始め、ゆっくりとだが着実に近づいて来る。


 ある程度のところで四竜がブレスを吐いて遠ざけるも、亡者たちの数は無尽蔵である。


 やがて脅威は地面ばかりでなく空中からも現れた。スペクターやウィル・オ・ウィスプといった実体を持たないアンデッドが宙を埋め尽くす勢いで飛び交い始める。


 丘の上でもにわかに戦闘が始まり、セラが魔術を使い、バルドが剣をふるう。ほかの者たちも銘々に武器や能力をふるってアンデッドらを撃ち落とした。しかしこちらも地上の亡者に負けない数だ。サイラス、ルクリア、アクィラがまとめて屠るが、こちらも後から後からやって来る。


 その騒ぎの真ん中でキルケは茫然自失として動かず、レオーネは彼女を守りながら立ち回っている。


 フィーネはその様を濁った目と歪んだ笑みで見守っていた。あえて獲物が足掻くのを楽しんでいる。そんな顔だ。


「このキリの無さ。どこかリッチキングとの戦いを思い出すねぇ。旦那ぁ」


 魔術でサイラスたちの援護をしながらザイオンが笑った。


「あんなの二度とごめんだと思ってたが、似たような状況になってみると、意外と懐かしいもんだね」


「思い出は美しいってやつじゃない?」


 ベルタとメアが絶え間なく武器をふるいながらもどこか呑気に言い交わしている。


「俺らが食い止めてるうちにまたなんとかしてくれるんだろ?」


 ザイオンが締まらない顔で飄々と笑った。


 周囲を膨大なアンデッドに囲まれた絶望的な状況の中、戦い続ける者たちの士気は一向に衰えない。


 ルドルフはその過剰な期待にため息をつきつつも、地道に状況の整理を続けていた。


 色々と試した結果、亡者たちは泥を介して複数がまとまった状態、群体の状態では多くの魔術に耐性を持つようだ。さっき支配の術が弾かれた理由がわかった。攻撃魔術は普通に効くが、支配や石化、面白いところでは強化なども弾く。


 一方で泥から引きはがして孤立した状態にした亡者は難なく支配することができる。ほかの魔術も普通に効く。さっきから亡者の何体かを骨の手でつかみ上げ、サンプルとしていくつか魔術の効きを確かめたのでこれは確実である。

 

 そして言動の端々からフィーネも同じ状態である可能性は高い。ならば何をするにもまず泥から引き離してからだ。


 ここに至ってルドルフはひとつ切り札を切ることを決意した。だがそれを実行するには自分だけの力では難しい。


 ルクリアとアクィラを目の前に呼ぶ。


「わずかの間でいい。あれの周りから泥を取り除いてくれないか。あれを孤立させてくれ」


 その言葉とともに各自に担当の仕事を説明した後、最後にルドルフが問うた。


「やれるか?」


「おっけーい。まーかせて!」


「ガッテン! 誰に物を言ってんだ」


 ルクリアは屈託のない、アクィラは不敵な笑みを返すと、ルドルフの召喚したマローダー・ワンとマローダー・ツーにそれぞれ飛び乗った。泥の中でも力強く進む巨大な骸骨の肩の上に立ち、フィーネ目がけて進んで行く。


 その様を眺めたフィーネは勝ち誇った声で言った。


「「「おや、何をする気なのでしょう。無駄なあがきですか?」」」


 次の瞬間、ルクリアの光の剣がフィーネの全身に叩き込まれ、フィーネは跡形もなくなる。ややもせずして少し離れた泥の上に復活していた。


「おい、消滅させてどうする」


「ごめん、ちょっと狙いを間違った。もう少し近づかないと駄目みたい」


 アクィラの呆れ声にルクリアが軽く笑いながら謝った。


 フィーネは笑う。


「「「ふふふ。まさしく無駄ですね。今の私を殺しても亡者たちの魂が代わりに燃えるだけ。すべての泥を消し去らなければ私は倒せませんよ」」」


 ご親切にも復活のからくりを自ら教えてくれる。


 なるほど、それは絶望的な事実だ。おそらく今のフィーネは無限に『魂の器』を持っているようなものなのだ。亡者たちを復活の触媒としている。あの亡者の泥と存在を同じくするほど深くつながっているのだろう。


 しかしルドルフはその一言にむしろそこはかとない安心を覚えていた。怪物が己の秘密を明かしてはいけない。


 そんな敵の心境の変化も知らずにフィーネは大物の余裕で言った。


「「「でもだからと言って痛い思いをさせられたのには腹が立ちます。そちらにも少し痛い目を見てもらいましょうか。それが公平というものですよね?」」」


 その声と同時に本館の焼け跡があった場所の泥の下から新手が姿を現した。数だけの亡者たちとは違う、錚々たるアンデッドの数々が泥をかき分けて立ち上がる。


 首なし騎士デュラハン、黒衣をまとったスケルトン・ウィザード、様々な巨大魔獣のゾンビたち。ルドルフにとって見覚えのあるラミアクイーンと配下のラミアたちの姿もあった。フィーネが幾星霜をかけて営々と貯えてきた戦力というわけだろう。


 だがそれらは出現するや否や、光の剣の雨に薙ぎ倒された。


「うわー、なんか懐かしい奴がいたような」


 再びルクリアが右手を天にかざすと、またしても無数の光の剣が宙にフッと現れた。腕を前に振ると光の刃が束となって飛ぶ。それは続けて現れんとしていたアンデッドたちをまたしても瞬殺する。


「それそれー」


 緊張感もなくルクリアが両手で代わる代わる同じ動作を繰り返すと、新手のアンデッドたちは何もできないまま続々と泥の中に沈んでいった。殲滅の神子の本領発揮である。


「「「っ……でもまだとっておきがありますから!」」」


 やや上ずった声でフィーネは言った。その言葉に答えるかのように今度はひときわ巨大な竜の頭が並々ならぬ存在感とともに泥の下から姿を現した。その顔を見たベルポラスが呻いた。


『アルザンド。このようなところにいたのか……』


『お、黄金竜っ!?』


 グレアズも頓狂な声をあげる。


 黄金竜アルザンド。千年も前に姿を消した王竜の格を持つ強大な竜である。黄金竜ペレディルスの盟友として、のちに仇敵として、広大な土地土地を焦土に変えながら激しく争ったといわれる。


 同じ竜であるフォルエラとエレイースも、そして竜以外の者たちもその威容に息をのんだ。


「むっ、かたそう」


 だがルクリアはやはり軽い調子でそう言うと、今度は両手を天にかざした。まるで塔のような巨大な剣がその頭上に形成されていく。そして両手を振り下ろして投射。ようやく泥の中から全容を現したばかりの王竜のゾンビの首がきれいに落ちた。誰もがそのでたらめな技に瞠目する。


「「「ルクリアァ! あなた! さっきから卑怯ですよ! あれほど面倒を見てやったというのに、恩を仇で返す気ですか!」」」


「ごめんね。でも今の私の仕事はこれだから」


 ルクリアはいつものごとく少し困ったように笑った。


 さすがに余裕をなくしたフィーネが慌ててリストアアンデッドの魔術を使うと、竜のゾンビの頭はきれいに元の位置に収まった。が、次の瞬間、今度はその体ごと塵と化して消滅していた。


 空間に空いた穴から顔を出しているのは聖剣の切っ先だ。ルドルフとサイラスが丘の上で仕事をしていた。悪いが個体のアンデッドならどんな一点物が出てこようと関係ない。


 フィーネは小さく口を開け、唖然としている。


「そらっ、今度はアタシからいくぞ! そっちもしっかりやれよっ!」


 高みの見物を決め込んでいたアクィラが声をかける。それとともにフィーネが赤い炎に燃え上がった。まとっていた泥が燃え尽き、白い裸身があらわになる。だが炎はその肌を焼いてはいない。泥だけを焼き尽くしていた。


 同時にフィーネの周囲に光の剣が殺到し、亡者たちを散らす。剣が消え去った後には泥のない大地が姿を現した。


 己が周りに降った剣に思わず防御の体勢を取るフィーネ。その背後に巨大な影が現れた。ローブ姿の巨漢の骸骨。ルドルフである。再び周囲の泥が寄る前に、再びフィーネの足下から泥が生み出される前に、間髪を入れずして三つの黒い楔が地に打ち込まれる。


「「「なっ……」」」


 フィーネが驚愕に呻く。


 一度限りの奇襲が見事に決まった。


『縛鎖の楔』。


 こいつの効果はほかならぬルドルフ自身が身に染みて知っている。


 フィーネは周りを三角に囲む楔の作り出した結界に囚われ、動きを完全に封じられた。指一本動かすことができない。魔術を使うことも不可能だ。すべての力を封じられ、亡者の泥も動きを止める。


 殺せばほかで復活するなら、殺さないで動きを封じればよい。


 残った泥の中から手を伸ばす亡者をルドルフは軽く振り払い、今や虜囚も同然となったフィーネに正面から相対した。

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