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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第十章 吸血鬼の花嫁

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第四百七話 花嫁は一人

「これは、いったい……」


 ルドルフたちは思いもよらぬ光景に立ちすくんだ。


 黎明を切り裂く朝日が照らし出しているのは、まだくすぶっている無惨な焼け跡であった。ガスコインの館のあった一帯は、本館も、いくつかあったという別館も、庭園のあったとおぼしき広場も、すべてが黒々とした炭や灰にまみれた殺風景な有様となっている。


 アクィラが生み出し、ラエルの煽った炎がここまで飛び火したのであろうか。いや、それは考えにくい。館の周囲の森はそれほど燃えておらず、アクィラたちの炎が達した場所からは歩いて二時間は離れている。


 いったいここで何が起きたのか。


「おや、まだこちらに何か御用ですか? これはまたずいぶんと大勢でいらっしゃって」


 その答えを知るであろう人物がどこからともなく現れた。周囲の黒焦げの景色から浮き上がって見えるような可憐な白いドレス姿。フィーネである。


 一同は武器を構え、臨戦態勢を取った。フィーネだけでなく、周囲へも警戒を配る。本来ならばまだほかの花嫁たちもいるはずだ。


「なに、ちょっとした後片付けにな。だがいったい何があった。ほかにも客が来たのか?」


 ルドルフの問いにフィーネは答える。


「いいえ、今のところお客様はあなた方だけです。ああ、後片付けならばおかまいなく。もう私だけでほとんどやってしまいましたから」


 彼女は眠たげな眼を細めて自らをうっとりと抱き締めた。


「お礼を言わせてください、ルドルフさん。そしてお連れの方々。これであのお方の花嫁は私一人。これからまためくるめく愛の毎日が始まるのです」


 ルドルフはあえて確認した。


「ほかの花嫁はどうした」


「ですから片付けたと言ったでしょう」


「そんな……どうしてなの、フィーネ」


 ルクリアが珍しく哀しげな目をしている。


「おや、駄目ですよ。ルクリア。戻ってきてはいけないと言ったじゃないですか。でなければあのお方がお目覚めになる前に、あなたも片付けなくてはいけなくなる」


 フィーネは笑みを消し、軽くたしなめるように言った。


「いずれにせよ、もう彼女たちはいません。あ、どうぞ手柄はあなた方にお譲りしますよ。あのお方を倒した後、ここまでやってきて火を放ったのはあなた方。語り継がれし伝説のヴァンパイアの血族はここに滅びたのです」


「手柄を譲る、ではない。罪をなすりつけるの間違いだろう」


「ふふ、報復を心配なされているのですね。心配はご無用です。復活したあのお方は失意のあまり百年は立ち直れないでしょう。その間、私がずっとなぐさめて差し上げるのです。ああ、今からその甘くとろけるような生活がとっても楽しみ。うんと甘やかしてあげなくちゃ」


 恍惚として悦に浸るフィーネを見て、ルドルフは目の前の女の話に付き合うのはもう十分だと判断した。この女はまた人を手のひらの上で転がそうとしている。言うことを鵜呑みにすれば確実に馬鹿を見る。


「ガスコインの棺の場所を教えろ。そうすればお前は見逃してやる」


 言うとともにルドルフは一歩踏み出した。フィーネが何か魔術を使おうとするなら、その前に抑えるつもりだ。


 その様にフィーネは表情を変えた。表れた感情は失望。


「それはあまりに身の程知らずな考えかと。どうしても最後までやる気なのですか? ほどほどに勝ったところでやめておくのが身を持ち崩さないコツというものですよ」


「白々しい。最後までやりきらなければ俺たちは遠からず破滅だ。話す気がなければそれでもかまわない。お前を滅ぼした後でゆっくりと探させてもらう」


 ルドルフの不敵な物言いにフィーネはため息をついた。


「わかりましたよ。ではこちらへ」


 交渉決裂かと思いきや、意外にも素直に応じた彼女に対し、ルドルフは訝しげな目を向けた。ほかの者たちもほとんどは警戒を解かず身構えたままだ。


「なんですか、その顔は。教えろと言ったから教えると言うのに。教えたところでどうせ無駄ですから。でも教えるには教えるのですから、私を滅ぼすなどと恐ろしいことを言うのはやめてくださいよ。約束ですよ」


 フィーネは軽く手招きすると、そのまま館の本館の焼け跡へと足を向けた。足を高く上げて腕を大きく振る。弾むように歩く様はまるで大きな楽しみを前にした少女のようだ。


 ルドルフたちはぞろぞろとその後に続いて歩きだす。その時だった。


 不意に黒く焦げた地面から立ち上がった影たちがセラに向けて一斉に飛び掛かった。逆の方向にいたキルケにも同様の刺客たちが紫色に濡れたナイフを手に襲い掛かる。


 しかし一方ではバルドとアリアナ、ベルタが狼藉者を切り伏せ、もう一方では立ち塞がったレオーネが体でそのナイフのすべてを受けた。奇襲に失敗した曲者たちが下がろうとしたところをベルポラスの拳がまとめて叩き潰す。襲撃者は全員がほとんど同時に地面に転がった。わずか一瞬の間の出来事である。


「フォルも殴りたかった……」


 力を発散する機会を逃したフォルエラが指をくわえている。


 倒れているのはいずれも人型ながら異形と言っていい者たちだった。手足が妙に長く、青白い肌。覆面で顔は見えない。フィーネの手下のアンデッドだろう。素早い動きからなかなかの手練れと見えたが、瞬く間に全員が物言わぬ死体と化している。


 ルドルフが気づけば、フィーネはすでに飛びずさり、大きく距離を取っていた。ひとり本館の跡地の上に立っている。


「うーん、やっぱり無理でしたか。二人を殺すには供回りが多すぎますね。これで終わってくれれば私も楽だったのですが、どうにもあっさりとはいかないものです」


「貴様」


「私も最後までやりきっておきたいんですよ。後始末を。だってせっかくあのお方を一人占めできるようになったというのに、また余計の花嫁が増えてはたまらない」


 フィーネはセラとキルケをも亡き者にする気だ。もしかするとルクリアも。それが彼女の目指す真の総取りというわけだろう。


「圧倒的不利の割には余裕だな。まだ何かを企んでいるのか」


「圧倒的不利?」


 笑みを浮かべるフィーネの声に嘲りの色が混じった。


「それはあなた方のことですよ!」


 その言葉とともに、フィーネの足下から何かがじわりと湧き出した。みるみるうちに赤黒い泥があふれ四方に流れ広がり始める。見るからに禍々しい色をした泥の中には、無数のうごめく亡者たちがおぞましくも宙に手を伸ばしている。さながら地獄があふれ出したかのような景色である。


 正体不明の現象を眺める一同の間にざわめきが広がった。


 ルドルフはその尋常ならぬ光景に『澱み』に似た気配を感じ取っていた。いや、あれは間違いなく澱み由来の何かだ。澱みに沈む死者たちの力を使って生み出された何者か。


 アリアナが尋ねる。


「あれは何?」


「わからん。だがひとまず下がった方がよかろう。触れてただで済むとは思えん」


 ルドルフがそう答える一瞬の間にも泥はするするとこちらに迫って来る。


「いったん高台へ!」


 叫びつつルドルフが指差したのは、セラとキルケが囚われていたという別館跡の裏。少し小高い丘になっている。一同はその声に従い、アリアナを先頭に一目散に駆け出す。あの泥と亡者の様を見てその指示に異論を覚える者はいない。ルドルフは殿しんがりとしてその場に残って様子を見守った。


「絶対に逃がしません。キルケは特に」


 言い放つフィーネの声にいつかのごとく老若男女の怨嗟の声が重なった。


「「「いいえ、逃げてもかまいません。どこまでもどこまでも、どこまでもどこまでも、我々は追っていきますから!」」」


 遠ざかっていく一行をはるかに見やり、フィーネは狂気の高笑いで勝ち誇る。


「「「ふふ。はは、あはははは! どうしたのです? あのお方の棺はそちらにはありませんよ!」」」


 しかし刹那、そのフィーネを、白く一直線に輝く炎が包んだ。その煌めく炎はアクィラの突き出した右手から伸びている。その輝きが過ぎ去った後、フィーネのいた場所には何もなくなっていた。


 が、間もなく赤黒い泥の上に一糸まとわぬ姿となったフィーネが実体化した。ドレスは蒸発したようだ。彼女は己の体を見つめ、残念な顔を見せる。間髪入れずして再び同じ閃光が走る。再び直撃した白い炎は周囲の亡者もろともフィーネを消し去った。


 ルドルフとともにその場に留まっていたアクィラがフンと鼻で笑った。


「何かは知らんが、術者をやっちまえばいいんだろ?」


 しかし泥は未だにもがく亡者たちを抱えながら広がり続けている。


 またフィーネもいつの間にか少し離れた泥の上に復活していた。


「チッ、浅かったか」


「いや……」


 たしかに白い炎はきれいにフィーネを捉え焼き尽くしていた。どうやって耐えたのか、すぐには見当がつかない。高位ヴァンパイアの再生能力でもあれに耐えられるかどうか。一度ならともかく二度は確実に無理だ。


 言い交わすルドルフとアクィラの横から竜の声がした。


『何の小細工か知らんが、まとめて消し飛ばしてやろう』


 その言葉とほぼ同時に、復活したばかりのフィーネを熱と衝撃が押し流した。竜の姿となったベルポラスの口から放たれたブレスが泥もろともに辺りを空白の更地と化す。呼応するように黒竜、白銀竜、赤竜もブレスを吐いてこちらに向かってくる泥を薙ぎ払った。


 突然巻き起こった破壊の嵐にルドルフはかえって目をむく。だがその驚きはまたしても迫る泥と、その泥の中から現れたフィーネの姿に上書きされた。白い肢体が赤黒い泥の上に映えている。


 いったい何が起きている?


 ルドルフが考えるわずかの間にフィーネは赤黒い泥を己の体にまとわりつかせてその裸体を隠した。


「「「素晴らしい力。こればかりはあなたに礼を言わなければなりませんね、キルケ。あなたがたくさん殺してくれたおかげです」」」


 今やその異形の一部と化したようなフィーネの声が響く。


 同時にサッと扇ぐように手を振った。すると赤黒い泥がざあっとうねり、大波となってルドルフらを飲み込まんと迫る。


 四竜が迫る泥に向けて再びブレスを吐く。しかしやはり泥が消えるのは一瞬だけ。すぐに新たな泥が二波、三波とやってくる。


『何度でも消し飛ばしてやる』


『フォルだってまだまだ行けるよ!』


 立て続けにブレスを吐いたベルポラスおよびフォルエラが目を光らせてそう言ったが、これはどうやらキリがない。今のところは泥を退けられているが、ほかの者が高台に逃げた後は竜たちもいったん退避した方がよさそうだ。


 と、その時、不意に背後からセラの声が響いた。


「危ない!」


 振り返ったルドルフは目の光を動揺に明滅させた。


 四方八方に広がった泥が回り込んでアリアナやセラたちの方に流れ込んでいる。しかも悪いことに丘の手前までは下り坂になっており、泥はかなりの速度で側面から襲い掛かる。瞬く間に一行の前方と後方を分断した。


 泥中の亡者に囲まれた後方の組はたちまちのうちに混乱の様相となった。


「うわっ……ぁぁ……」

 

 後方の中ほどを走っていたルインが数体の亡者にまとわりつかれ、あっという間に血の気を失った。サイラスが無言で切りつけると、亡者らはたちまち塵と化したが、そのサイラスも「ぐっ」と呻いたかと思うと青い顔で膝をつく。見れば足下に一体の亡者がしがみついていた。


 リズの双剣が素早くその亡者を払ったが、サイラスは聖剣を支えにしても立つことができない。ルインは倒れている。ザイオンのファイアバーストが近づく泥を一掃する。が、早くも次の泥の波がすぐそこまで迫っていた。


 セラはシールドの魔術を繰り返して泥を押しとどめているが、すべてを堰き止めるのはとても無理だった。バルドは恐ろしい速度で剣を振るい、セラと自分に近付く亡者を片っ端から切って散らしている。


 萎えた足で最後尾を走っていたキルケは肩で息をしていたが、レオーネがその太い腕でかかえてショートリープを使い、間一髪のところで手を伸ばす亡者から逃れた。


 誰もが己の目の前をなんとかするので手一杯といった有様だ。


 前方にいた者たちは引き返して泥に囲まれた仲間を救わんとしたが、そちらにはそちらでまた別の亡者たちが押し寄せる。こちらもかなりの密度だった。ルクリアがとっさに手を天にかざして数十の光の剣を生み出すが、これでもすべてを消し飛ばすことはできないだろう。


「ルドルフ!」


 アリアナが叫ぶのとほぼ同時、その狂騒の只中に転移の光が煌めいた。


 後方の側に姿を現したルドルフは二体のマローダーを召喚し、それぞれサイラスとルイン、リズとザイオンを両肩に担ぎ上げる。自身はセラとバルドを持ち上げた。


 三体の骸骨たちの足下にも泥の亡者がまとわりついたが、どうやらこいつらはアンデッドには無害だ。


 ルドルフとマローダーズは泥と亡者を踏み付けて歩き、なんとかアリアナたちと合流した。

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