第四百六話 計画は半ば
一夜明けて。
焼け落ちた森の中に張られた小さなテントの中には、広々とした宿の一室のような空間が広がっている。並べられたベッドの中でセラはすうすうと穏やかな寝息を立てていた。キルケはしくしくと泣きながらレオーネと何やら話し込んでいたが、今は眠気と疲れに屈して横になっている。二人はガスコインから与えられた白いドレスは脱ぎ捨て、普段通りの衣服に着替えていた。
「アンデッドってこんなかんじなんだねぇ」
ラエルが血の気のない顔で感心したように言う。その頭をアクィラが無言でぽかっと殴った。
ラエルは死んでヨミガエリになってしまったことも「予定とはちょっと違うかんじになったけど、二人で生まれ変わればいいじゃん」と気にしていない。アクィラはそんな彼を「心配かけやがって! 阿呆! 阿呆!」とぽかりぽかりと殴っている。
「すまない。少し遅れてしまったようだ」
「まあ、大したことはない。十分間に合ったと言って大丈夫だと思うぞ」
サイラスは神妙な顔で頭を下げたが、命を落とした当人が相変わらず恋人とイチャイチャしているのだから、ルドルフとしては苦笑するしかない。
後続の一行は聖都から借り受けた聖剣が大樹海の竜の遺跡まで運ばれてくるのを待っていた。それで時間を食ってしまったのだが、やって来たそれを受け取るや否や、一方通行の転移門でガスコインの森の近隣へ飛び、最大速度でルドルフらを追ったのだった。
計画の半ばまでを順調に進めたルドルフらは青空の下で車座になってこれからの話をしている。
ガスコインは滅びた。しかしそれは仮初の滅びだ。大詰めはこれから。
かの真祖を完全に滅ぼすにはその棺の在り処を探し出し、それを破壊する必要がある。そうしなければ一週間を経ずしてガスコインは復活し、ルドルフたちは逆に追い詰められる。
ヴァンパイアの真祖の棺はリッチの魂の器とは違い、復活のために使われても作り直す必要はなく、時とともに自ずと大地の精気を貯め込み効果を取り戻す。隠された棺をどうにかして壊さない限り、ガスコインは真の意味で不滅なのだ。よって復活したものをもう一度倒せばいいという話でもない。
さておき、棺は魂の器のようにどこに置いてもかまわないが、ほとんどのヴァンパイアは住処の近くにそれを隠す。ガスコインもそれは例外ではないだろう。花嫁への執着さえなければ極めて臆病で慎重な男である。まったくほかの場所に置いているとは考えづらい。
ルドルフたちはその最後の仕上げのため、館を占拠して捜索にあたる予定である。
「僕は戦力に数えないでよね。くれぐれも」
サイラスの隣でそう言うのはルインであった。彼もある意味重要な人材の一人だ。棺の捜索における働きを期待されている。
サイラスたち聖剣旅団は、かつて別のヴァンパイアの真祖を聖剣で滅ぼしたことがある。その際、棺はやはり本拠地の地下に念入りに隠されていたが、それをルインがあっさりと発見したらしい。腕利きの盗賊がその止めの牙になるとは、聞いたルドルフにも意外な話であった。
「何か来たら絶対に守ってよ。僕はアンデッドになんてなりたくないから」
ルインがラエルの方を見ながらやや怯えた顔で小さくなる。たしかにまだ敵がすべていなくなったわけではない。
ガスコインの館にはまだフィーネを含む花嫁たち、六人の高位ヴァンパイアが残っている。それぞれがルクリアにも劣らぬ能力を持つ強者ぞろいだというのだからまだ安心はできない。また後顧の憂いを断つためには、彼女らもすべて聖剣の錆にしておきたかった。
「ちょっといい?」
手を挙げたのはルクリアだ。もろもろの理由からガスコインの前には出さずに待機させていたが、今はアリアナの横で話を聞いていた。ちなみに昼間であるにもかかわらず眠そうにしていないのは、この一週間の間に睡眠の周期を朝型に調整したからである。
一同の注目の中、その朝型のヴァンパイアが続ける。
「みんなを私みたいにルドルフの支配下に置くことはできないの?」
ガスコインとはともかく、花嫁同士はそれなりに仲良くしていたようで、ルクリアとしては六十年ともにすごした彼女らに情が湧いている。
ルドルフはまず思ってしまった。また面倒な。が、久々のルクリアの頼みとあれば、なにやら無下にもできない。アリアナはやめろというオーラを放っている。が、口に出さないと心は伝わらないのだぞ。うむ、面接くらいはしてみてもいいかな。
ルドルフがガスコインから花嫁の支配権を奪えるのはルクリアで実証済みだ。ただ相手も高位のヴァンパイアである。アンデッドとしての格が高すぎて、支配するといっても無理に言うことを聞かせられるほどの強制力はない。花嫁がガスコインに背くのを望まない場合、自らの意思でガスコインに再度その身を捧げるだろう。それを考えると――
「だがフィーネは少し難しいのではないか。あのガスコインを崇拝する様を見ていると、本人が納得するとも思えない」
「そっかぁ。うーん。たしかにそうかも。困ったな。フィーネだけは本当にガスコインのこと大好きだからなぁ」
ルクリアはどうもフィーネのことも好きらしい。一方でガスコインへの感情は特にないらしい。好きでも嫌いでもない。無である。
「結婚てもともとそういうもんでしょ?」
ルドルフはルクリアの意外とドライな結婚観に少し驚いた。たしかに結果的にそうなる結婚もあるだろうが、普通はもう少し期待してもいいというものだ。特殊な生い立ちであるとは昔からなんとなく察している。おそらくはそのためなのだろう。
ガスコインの支配を外した後でルクリアには色々と聞いたが、すべてを根掘り葉掘り聞いたわけではない。いずれ落ち着いたらまたゆっくりと話す時間を取りたいものだ。その時は自然と話したいと思うことだけを話してくれればいい。
「私には結婚なんてものより、仲間と一緒にいる方が楽しいってわかったよ」
とりあえずルクリアはそう言って笑った。
もろもろの話は昼前にだいたいまとまった。出発は明日。今日は残りの戦力の集結を待ちつつ休んで英気を養うこととなった。
ガスコインと戦った者たちの消耗はもちろん、後続もかなりの強行軍でやって来たため疲労の蓄積が馬鹿にならない。森を消滅させるのに働き続けた竜たちにも休息が必要だ。
話が決まって間もなく、セラとキルケを起こして昼食とする。
ラエルが整地した平坦な場所に置かれた食卓の上には日よけのタープが広々とかかっていて、ちょっとしたお店のテラス席のような雰囲気をかもしだしている。
今日はルドルフではなく料理人のベルタが腕を振るった。セラは朝食を食べる間もなくパタリと寝てしまったので、久しぶりのまともな食事だ。こちらもちょっとしたお店のような手の込んだものが並ぶ。
「とてもおいしいです! 野外料理なのに、すごい」
セラがビーフシチューを口に含んだ瞬間、ぱぁっと美味の笑顔を見せると、ベルタはニヤリと笑った。
「ははっ、道具も食材もみんな旦那がきちんとしたものを出してくれるからね。槍の腕はだいぶ鈍っちまったが、こんなことでも貢献できてなによりだ」
昨晩ガスコインを刻んだ手並みは極めてたしかなものだったと思うが、本人としては納得できないものがあるようだ。
ベルタはあの偽ルドルフ騒動の時にすぐにセラたちに同行しなかったのを今でも気に病んでいて、今回セラを救うために人手が必要だと聞くなり、真っ先に手をあげてくれた。あのシチューも起きたセラにうまいものを食わせたいと朝方から仕込んでいたものだ。
それから間もなく青銅竜ベルポラス、白銀竜フォルエラと黒竜エレイース、そして赤竜グレアズとその背の鞍に乗ってヴァルターが次々とやってきた。ヴァルターは何かあった場合のグレアズの護衛も兼ねている。
ベルポラスはルクリアに負かされた後、大人しく敗北を認めた。そしてルドルフから霊薬の治療を受け、命を救われた借りをひとつだけ返すと約束していた。竜は通常の魔物とは違って力でねじ伏せても従えることは難しいが、そういうわけで今はフォルエラ、エレイースとともに人の姿でセラの側に控えている。
自分よりもはるかに格上の竜たちを前に、グレアズはその周りをうろつきながら、極めて腰の低い応対をしている。
「アニキも口を利いてください」
通りがかったルドルフにそんなことを頼んだ。上位の竜とお近づきになりたいらしく、何かと話しかける機会をうかがっている。
「よう」
グレアズをベルポラスに引き合わせたところで、ヴァルターが近くに寄ってきた。
「またずいぶんと複雑なことになってるみたいだな」
彼がそう言って親指で指すのは、セラとキルケだ。
セラはキルケに甘い焼き菓子を持っていったが、キルケは反応を示さず、黙ってレオーネによりかかり、その胸に顔を埋めている。目覚めてからというもの、キルケはまるで幼児返りしたかのようにレオーネにしがみついて離れなかった。
一方、そのキルケに冷ややかな視線を送るエルフがいる。アリアナである。レオーネはずっと白獅子の頭のままそのアリアナを警戒している。冷気と熱気が火花を散らすようだった。
一触即発の空気に耐えきれなくなったルドルフは、アリアナの腕を引っ張って脇に連れて行った。
「お前があれらに納得できないのはわかるが、ガスコインの件が片付くまでは自重してくれ。昨晩はレオーネの力があったからなんとか凌げたんだ」
アリアナはルドルフにも鼻白んだ冷たい視線を向けたが、不承不承に答えた。
「了承したわ」
「終わった途端に後ろからぐさーってのもなしだぞ」
「あんた私をなんだと思ってるの。わかったって言ってるでしょ」
そんなことを話している間にフォルエラが興味深げにキルケに近づき、声をかけている。ルドルフはややこしいことになる前にそれを引き離し、「大変なことが続いて弱ってるからそっとしといてやってくれ」ともっともらしいことを言って接近禁止令を出した。
「お前さんも大変だな」
もろもろを落ち着かせてルドルフが戻ると、一部始終を見ていたヴァルターが苦笑した。
辺りを見渡せば、神子やら従士やら魔王やら竜やらエルフやらアンデッドやらで、ひとところに集まっているのが不思議な大所帯ができている。休息のひと時、普段顔を合わせぬ者と交流を深めたり、一人寝っ転がっていたり、二人でくっついていたりと、銘々が思い思いに過ごしていた。
ヴァルターが感心したように言う。
「それにしても大したもんだ。よくもこれだけの面子が集まったもんだな」
「セラを助けるためならと無理を押して集まってくれたのだ。おかげで昨日に間に合った。後で改めて礼をしなくてはな。もちろんお前とガディにも」
「……礼なんていらんさ。やりたくてやってることだ。みんなきっとそうじゃないのか」
ヴァルターは人懐こい顔をくしゃっとさせて笑った。
明日は無理せず日中一日をかけてガスコインの館に近づき一泊する予定だ。そしてその翌早朝にはガスコインの館を急襲。残ったヴァンパイアたちを制圧する。




