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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第十章 吸血鬼の花嫁

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第四百五話 滅びの武器

 薄氷を踏むような拮抗状態の中、レオーネの体がまたしても砕かれ、キルケが魔術で再生させる。キルケの仕事はそれだけに限っていたが、幾たびも繰り返すごと、その顔に疲れの色が浮かんできた。ガスコインはやっかいなバルドよりもレオーネの方を狙うことが多い。


 自分を含めた魔術師たちの消耗度合いを測ったルドルフの頭に潮時という言葉がよぎった。限界が訪れる前にセラとキルケを逃がすべきかもしれない。これは一応打ち合わせ済みのことである。


 レオーネとキルケはそろって西方大陸へ転移すればそれでいい。セラは北方大陸へ。ガスコインが万一北方へも転移できる可能性を考え、確保した退避場所にはストーラウとアンブローが控えている。


 三人が抜けてしまうとこの場を維持することは難しくなるが、守る相手がいなくなったことで逆に逃走もしやすくなる。そのままガスコインを引き付けて南へ向かい、後続と一刻も早い合流が果たせれば御の字だ。


 しかし一方で目標を失ったガスコインは自分の館へ戻ってしまう可能性もある。そうなるとセラをおとりに苦労した意味もなくなる。今後の戦いのことを考えると、やはりガスコインには一度ここで始末をつけておきたい。悩ましいところである。


 少し考えた後、ルドルフはキルケに中魔石のいくつか入ったポーチを渡した。これら魔石の魔力が尽きたところを目安にしようと決める。


 傾く月はいよいよ西の山のへと近づいていた。気づいたガスコインが哀れげな声をあげる。


「あアァ……せっかく満ちた月が沈んでしまウ。婚礼の儀を早ク……早く執り行わなくてハ……」


 初めて聞くガスコインの弱々しい声。その様に気の緩みがでてしまったのかもしれない。ルドルフたちは不意に狙いを変えたガスコインの動きに対応できなかった。


 それはもう何度繰り返されたかわからない。再び憤怒の形相となったガスコインがワンパターンに繰り出す攻撃。同じように突撃してきたガスコインが揉み合いの末にやがてコウモリの群れと化すと、ルドルフらはセラとキルケを手厚く守る態勢を取った。


 しかし今度の狙いはその二人ではなかった。コウモリたちはルドルフらの間を飛び交って一同を攪乱したかと思うと、防備の輪からわずかに外れたラエルの周りにたちまち渦巻いた。そしてその場で元の吸血鬼として実体化した。目と鼻の先。ガスコインが背後からラエルを捕まえ、その手を首にかけて顎を持ち上げている。


「てんメェ!!」


 アクィラが怒りの声をあげたが、その周囲を囲むルドルフたちをも含め、何をすることもできない。砂の精霊がひと足遅くまとわりつき防ごうとするが、ガスコインの手はびくともしなかった。今ガスコインが軽く手を捻ればラエルは死ぬ。


 ガスコインが勝ち誇るでもなく言った。


「さア、キルケにセラ。この小僧を殺されたくなけれバ、大人しく従うのでス。今すぐに婚礼の儀を行いましょウ。このような雑然とした場所で行うのは不本意ですガ、仕方ありませン。披露の宴はまた機会を改めて盛大に執り行いますかラ」


 今度はルドルフがギリっと奥歯を噛んだ。セラもバルドも同様に悔し気な表情を浮かべている。究極の二択である。セラとキルケを犠牲にしてラエルを助けるか、ラエルを犠牲にしてセラとキルケを助けるか。


 もちろん当事者であるセラに後者を選ぶことはできなかった。肩を落とし、ガスコインの方へと一歩を踏み出す。ルドルフはその肩を抑えようとして、しかしその手を止めた。


「うーん。こうなっちゃったかぁ。まあ、それもありなのかなと、ちょっとは考えていたけど」


 状況に似つかわしくないそのお気楽な声は、当のラエルが発したものだった。誰もが、ガスコインまでもが訝しげにその言葉に耳を傾ける。


「師匠、もし僕が死んじゃったら、きちんとアクィラと同じにしてよね」


 そう言うなりラエルの足下から無数の岩の槍が飛び出て、ガスコインの体のあちこちを貫いた。


「こノォ!」


 だがそのラエルの攻撃はガスコインの手を振り払うには至らず、怒りに染まったガスコインが手に力を込めた拍子にラエルの首はポキッとあらぬ方向を向いていた。


「ちくしょう!」


 アクィラが我を忘れて飛び掛かる。ガスコインがそちらに向けてラエルの体を無造作に投げつけると、アクィラはとっさに槍を捨ててそれを受け止めた。見事に抱き留めはしたが、投擲の勢いを殺しきれず、二人は絡まり合ったまま闇の中へと転がって消えた。


 こちらの陣容が薄くなった隙にガスコインは二体のマローダーを次々と蹴飛ばし、手を伸ばしてセラに迫った。ルドルフが立ち塞がるもやはり一蹴される。バルドが反対側から手を伸ばすが間に合わない。ガスコインの顔が喜悦に染まった。しかしその魔手がセラを捕まえんとした時、指輪の展開した結界がその手を弾いた。吸血鬼の喜悦の表情はもう何度目かわからぬ驚愕へとその色を変えた。


 刹那、どこからともなく赤く光の尾を引く一本の矢が飛来した。


 それはガスコインの顔を背後から見事に貫き、そして爆裂した。顔をなくしたガスコインはよろめき、その間に殺到したバルドとレオーネが、吸血鬼の体を蹴って跳ね飛ばした。


 その跳ね飛んだ先で再生したガスコインの首がすぐさま落ちる。闇の中から繰り出される槍の連撃が次いでその手足をバラバラにする。ガスコインはたまらずコウモリとなってばらけ、闇に溶けて姿を消した。


「見た見たー? 金貨十枚の魔導矢の威力ー」


「悪い! これでも全速力で飛ばしてきたんだ」


 光球の照らす光の中に現れたのはメアとベルタである。


「間に合った!?」


 続いて大剣を背負ったアリアナが姿を現し、セラの姿を見て安堵の表情を浮かべた。


 ルドルフはラエルのことを考えると複雑な気持ちだったが、そのすぐ後ろから顔を出した者の姿を見て思わず同じことを口にしていた。


「ああ、なんとか間に合ったようだな」


 ウルムト王にして聖剣の神子サイラス。その左右には冒険者だった頃のいでたちをしたリズとザイオンが控えている。


 少し離れた場所にガスコインが再び姿を現した。赤く裂けた口で笑う。


「人質が増えたのはありがたイ。次は簡単には殺さないようにいたしましょウ」


 そう言いつつも用心深いガスコインは新手の顔をひとつひとつじっくりと確かめ、その中にエルフがいるのを見てわずかに神妙な顔となった。


 吸血鬼の姿を認めたサイラスは白いマントをはためかせながらつかつかと前に出た。鎧姿に王の貫禄があふれている。随行するように後に続いたアリアナが大剣を背から降ろし、鞘を払い、両手で水平にかかげた。捧げるようにサイラスに差し出す。


「邪悪なるヴァンパイア、ガスコイン。大神官の勅命により、貴様を討つ」


 サイラスが大剣の柄に手をかけた瞬間、その剣が恐るべき正体を現した。うっすらと静かな輝きを帯びたそれは聖剣である。聖剣の神子が手にした時のみ凶悪な本性を現す、アンデッド滅殺のための必殺の兵器であった。


 その輝きを見るや、ガスコインはさっと顔に恐怖を浮かべ、無言で踵を返して逃げ出していた。アンデッドにとってあれほどおぞましいものはない。目にしただけで関わってはいけないものだと本能でわかる。その恐れは彼の花嫁への執着をも容易く凌駕した。


 来た時と同じに恐ろしい速さで闇の中へと遠ざからんとするガスコインの背を見ながら、ルドルフはおもむろに言った。


「サイラス、目の前に剣を突き出して待て」


「こうかな?」


 サイラスは言われるままに腰だめにして剣を突き出して構える。


「グッド」


 その様を確認したルドルフはいつの間にか左手の中指にはめた指輪を目の前にかざした。蟲穴の指輪である。


 と、その魔道具の発動とともにサイラスの目前におぼろげな半透明の輪が現れた。その輪はどこか離れた空間につながっている。次の瞬間、輪から全速力で飛び出してきたガスコインは、その勢いで自らの胸に深く刃を埋め、一言も発することなく塵と化して崩れた。


 どんな強大な力を持つ者であろうと関係ない。聖剣に触れたアンデッドは例外なく滅びるのみである。

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