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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第十章 吸血鬼の花嫁

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第四百四話 常識外の存在

 ガスコインの怒りは何よりもまずルドルフへと向いた。突風のようなスピードで一直線に駆け、骸骨の頭をかち割ろうとする。


 しかしバルドがその前に颯爽と割り込み、剣戟で縦横にガスコインを切り裂く。横槍を入れられたガスコインはルドルフのことなど忘れたかのように直情的にバルドに怒りを向け、鋭い爪を振り回してバルドとやりあい始めた。


 ガスコインは暴風のごとし。連続して繰り出される爪や蹴りはまさしく目にも止まらぬ速さだ。それは武術としての型も何も成していないが、とにかく凄まじい速度と腕力は技などなくとも敵を粉砕するに足る。


 ところがバルドはその攻撃のすべてをいなし、弾き、真っ向から受け止めさえしていた。そして繰り出す反撃の刃はしばしばガスコインの体を深く断ち切った。互角どころかこの攻防の応酬は明らかにバルドの方が優勢に見える。


 しかしながらガスコインの持つ再生能力が両者の間に拮抗状態をもたらしている。いくらバルドが敵の体を切り刻もうと、あるいは胴を両断した時でさえ、その傷は瞬時に閉じ、ガスコインはもとの健常な姿へと本復した。戻らないのは服だけだ。


 ヴァンパイアもリッチと同じく魔力がある限りはその体を再生し続けられる。それは逆に言うと、まったく効いていないように見えても、再生できなくなるまでダメージを与え続ければ倒せるという道理だ。だがその時が来る気配は微塵もなかった。


 むしろバルドとの一騎打ちが長引くにつれ、ガスコインは余裕の笑みを浮かべ始めた。今は好き放題やらせているが、相手は所詮人間。いずれは疲れ果てる。一方、ヴァンパイアでありアンデッドであるガスコインは疲労で動きが鈍ることもない。時間は彼の味方なのだ。


 しかしさらに時が過ぎるにつれて、ガスコインの表情は余裕から疑問へと変わった。目の前で坦々と剣を振るう男の表情は依然として涼しいままだ。おかしい。いくらなんでもただの人間がこのように動き続けられるわけがない。


 標的がこちらへ向かないようにあえて一騎打ちを見守るルドルフには、そんなガスコインの心の動きが手に取るようにわかった。軽い愉悦が胸中に踊る。


 ガスコインはたしかに常識では測れない。しかしバルドもまた常識では測れない存在なのだ。剛力の神子の二つ名を彼に与えた異能は、尋常でない身体能力とスタミナをもたらす類のものである。


 やがてガスコインの動きが目に見えて変わった。その攻撃はさらに強引さを増し、防御をまったく顧みないものになった。いわゆる肉を切らせて骨を断つというやつである。その前のめりなガスコインの爪が初めてバルドの胸をまともに捉えた。


 口角を歪めて勝ち誇った笑みを浮かべるガスコイン。しかし普通ならばあり得ぬことにその鎧は真祖の爪を当たり前のように跳ね返していた。跳ね返された爪の方が折れているのを見た時、ガスコインの表情は苦痛と戸惑いに染まった。


「何なのですカッ! 貴様はいったい何なのですカッ!」


 吸血鬼の真祖は飛びのき、憤怒の形相で不服を申し立てた。


 ようやく単純な暴力ではどうにもならないと知ったガスコインは魔術に訴えた。鮮やかな高速詠唱で放たれた特大のエナジーショットが続けてバルドを撃つ。しかし結果は何も変わらなかった。鎧はその尋常ならぬ魔術をも軽々と跳ね返した。


 身にまとう神鉄の鎧は物理に対しても魔術に対しても恐るべき防御力を彼に与えている。それはある意味ガスコインの再生能力にも引けを取らぬものである。


 無傷のバルドは大きく息を吐くと無言で剣を構え直した。


 唖然としたガスコインはぎょろりと目を動かし、刻々と傾きつつある月を見た。それからバルドの背後に視線を向けた。セラ、次いでキルケの姿を確認する。どうやら容易に屠れぬ敵を前に、一番の目的を思い出したようだ。


 次の瞬間、ガスコインはバルドを無視してその背後、キルケを目がけて突進した。


 バルドがその進路を妨害して刃を振るうが、腕が切り落とされるのにもかまわずガスコインは勢いを緩めない。


 ルドルフ、セラがそろってシールドを張るが、ガスコインの膂力の前には紙も同然である。次いでアクィラが繰り出した炎もものともせず飛び込んで来た。


 そのままの勢いでキルケを捉えんとしたところで、その足元が陥没してガスコインは失速した。ちょうど足一本分の深い穴に膝まで埋まっている。ラエルの精霊の仕事だ。


「小癪ナァッ!」


 ガスコインはほんの一瞬だけコウモリの群れに姿を変えて穴を脱する。その前にレオーネが両腕をあげて真っ向から立ち塞がった。そしてその胴に組みつき、動きを完全に停止させる。獣人としてのもともとの膂力、そしてアンデッドとしてルドルフに施された耐久向上の刻印がそれを可能としていた。


 守るものを抱えつつガスコインを食い止めるならば、バルドと同じくガスコインを受け止められる前衛がもう一人必要だ。それがルドルフがレオーネに期待する役割であった。


 ガスコインが両手を組んでハンマーのようにレオーネの背に振り下ろす。さっき切り落とされた腕は当たり前のように再生していた。


 渾身の一撃を受けたレオーネの背が裂け、ひしゃげた背骨が顔を見せた。


「きゃああ! 先生!」


 曇った顔で戦いを見守るだけだったキルケの悲鳴があがる。


「キルケ、この魔術を覚えろ」


 ルドルフはそう言ってひとつの呪文を唱えた。先生の死に傷心のところ悪いが、この娘にも仕事をしてもらわねば。聞いて覚えさせるために高速詠唱を使わないので少し時間がかかる。


 その間にバルドの剣がガスコインの首を刎ねるが、体は首のないまま動いて再び両拳を振り下ろす。衝撃でレオーネの体がさらに破壊され崩れそうになる。だがルドルフが呪文の詠唱を終えると、その崩れかけた体はすっかり元通りに直った。リストアアンデッドの魔術である。


 その間にバルドに腕と足も切り落とされたガスコインはたまらずコウモリの群れと化し、キルケにまとわりついたが、その周りでスクラムを組むマローダーズとルドルフに追い払われた。このコウモリの一匹を握りつぶした時もヴァンパイアが苦痛を覚えるのはルクリアに確認済みである。


 ほんのわずかな間の目まぐるしい攻防。再び距離を取って実体化したガスコインには元通りの頭が乗り、その目は怒りで血走っていた。瞳の赤が濁って暗さを増している。


 ぞっとするような奇声が夜空をつんざく。


 そこからは息もつかせぬ戦いの始まりだった。


 ガスコインは執拗にセラとキルケを狙い、せめてどちらかでも取り戻そうと死に物狂いである。バルドだけが相手をしていた時とは違い、ガスコインが突進してくるたびにこちらも死力を尽くして応戦しなければならない。


 シールドは無意味とわかったので諸々の攻撃魔術をぶつけて対抗するが、こちらの攻撃をどれだけ当ててもまた無意味だとわかっている。それはあくまで防御のための攻撃である。当たれば少なくともその行動を邪魔して遠ざけられはする。


 先ほどガスコインがバルドと一騎打ちをしている間に、ルドルフはガスコインに流れ込む魔力の渦を確認していた。


 予期していた通り、焦土にはなっても森の跡地は未だガスコインの領地だった。かつてリッチキングと戦った時のように、土地がこの吸血鬼に無限の魔力を供給している。瘴気の土地にはなっていないので、また別の魔術によるものだろうが、とにかく領地にいる限りこいつは正真正銘の不死身だ。


 その不死身が並の人間など触れただけで肉塊となる力を躊躇なく振るう。言動こそ小物じみているが、その身に満ちる力はまさしく千五百年の真祖にふさわしいものだ。


 もっともその有り余る力ゆえにこの吸血鬼の行動には工夫がない。攻撃は相変わらず力任せで、ひたすら耐える戦いに慣れてくると、意外にも手堅く凌げるようになってきた。


 ガスコインにとって傷つけられない二人がいるため、爆炎の魔術のような範囲攻撃魔術が飛んでこないのも幸いだったといえるだろう。エナジーショットのような単発の魔術だけでも脅威だったが、それも魔術の防御を重ねて防ぎ、防ぎきれないものはレオーネや骸骨たちが体を張って受け止めている。


 この調子で順当にいけば朝まででも耐えられそうか。


 ルドルフが戦況をそう測った時だった。ガスコインが初めての行動を見せた。コウモリと化して上空に飛び上がり、バルドとレオーネを避けて一行の背後に回り込む。


「少しは頭を使うようになったか!」


 揶揄するように言うや否やルドルフは黒銀の剣を構えた。目はすぐ前に実体化したガスコインの姿を捉えた。しかしそれ以上の反応はできない。その瞬間、意識が刈り取られていた。


 潰された頭が再生してルドルフが意識を取り戻した時、マローダー・ワンは遠くまで吹っ飛ばされ、ガスコインの行く手を阻むのはマローダー・ツーだけだった。そこに横合いから飛んできたアクィラが槍でガスコインの爪と切り結び、炎でこれを遠ざける。


「死人の女はお呼びではありませン!」


「こっちだっててめえなんぞお呼びじゃねえ! さっさと死ねっ!」


 二人が罵りあう間にセラとルドルフがそろって魔術を使い、敵をさらに遠くまで押し戻した。

 

 怖い。順当になどと言って気を抜いてはいられない。


 セラに、あるいはキルケに血走った目を向け、ガスコインが絶え間なく仕掛ける。あるいは正面から突破を図り、あるいはコウモリの群れと化してこちらを攪乱し、あるいは恐ろしい速度で回り込んで隙を狙う。


 なりふり構わぬ真祖の攻撃にマローダーたちは代わる代わる遠くまで吹っ飛ばされ、ルドルフもさらに二度ほど、頭を潰されて意識を飛ばした。レオーネが大きく傷つくたびにキルケはリストアアンデッドの魔術を必死で唱えた。


 延々と続く瀬戸際の防戦にないはずの胃がキリキリと痛む気がする。


 これを朝まで耐えるなど冗談ではない。


 アリアナ早く来てくれ。そして今すぐ俺たちを助けてくれ。

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