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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第十章 吸血鬼の花嫁

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第四百三話 救出作戦

 目の前の炎と煙の向こうに遠く、不意に年代物の館が小さく姿を現した。


「当たりだ。アタシらが一番乗りだ!」


「やったねっ!」


 アクィラとラエルがそれぞれ上げた右手を高らかに打ち付け、そのままグッと腕を組む。その背後には焦土と化した森が広がっていた。彼らはこの二日間、ずっと南から森を焼きながら進んできたのだ。アクィラの起こす火をラエルが火と風の精霊に呼びかけて増幅するというコンビネーションはなかなかに凶悪だった。


 北からは赤竜グレアズが、西からは青銅竜ベルポラスが、東からは白銀竜フォルエラと黒竜エレイースが、同じように森を焼き、あるいは薙ぎ倒し、あるいは消滅させていた。業火の神子と精霊使い、それに四竜によって、旧将国領の北東部に広がる広大なガスコインの森はすでに半分以上が灰燼に帰し、その面積を急速に狭めている。


 ルドルフらが森に足を踏み入れても、侵入者を許さないはずのガスコインが現れる気配はなかった。きっと婚礼の準備で忙しいのだろう。向こうにしてみれば今かまう必要はない。よそ者を阻む迷いの森は、婚礼が終わるまで招かれざる参列者を寄せ付けないはずだ。


 だがルドルフは何があろうとも推して参る所存だった。森を抜ける道順がわからないのならば、森をなくしてしまえばいい。それがなりふり構わぬリッチの結論だった。


「ご苦労だった。さて、早速次の段階に進むぞ」


 ルドルフはそう言って、次元収納から鳥かごに入った伝書バトを取り出す。


 救出作戦の第二段階。これからルドルフとバルドをはじめとする少数精鋭であの館に乗り込み、この伝書バトを頼りにセラとキルケを見つけ出して連れ出す。できれば隠密のうちにそれを果たしたいが、場合によっては早くも戦いになることも覚悟している。最初の正念場だ。


 その段取りの確認のためにみなを集めようとしたその時である。


 不意に煌めいた転移の光とともにすぐ目の前に現れた二人の少女を見て、ルドルフは何が起きたのか理解できず固まった。


「セラ!」


 素早く駆け寄ったバルドがその名を叫び、ぐったりとキルケに寄りかかっているセラを抱えるようにして引き取る。そしてそのまま固く抱き締めた。


「バルド……?」


 目を開けたセラはそうつぶやくと安心したように表情を緩め、そっとバルドの背に手を回した。


「まさか自力で逃げてくるとはな。お前には驚かされてばかりだ」


「師匠……えへへ……」


 ルドルフがその傍らに立つと、セラは疲れ果てた顔で力なく笑った。ラエルとアクィラもその周りを笑顔で囲む。


 キルケは離れた場所からその様子をやや切なげな顔で眺めていた。するとその背後から彼女の聞き覚えのある声がかかった。


「キルケ」


 弾かれるように振り返ったキルケの目がみるみる潤んでいく。


「先生……?」


「キルケ。無事でよかった」


 それはてっきり命を落としたものと思っていたレオーネである。キルケの両目から涙が筋となって流れた。


「先生!」


 キルケもレオーネの胸に飛び込み、固く抱き締める。そのまましばし師のローブに顔を埋め「先生! 先生!」と呼びながら嗚咽の声を響かせた。レオーネは慈しむような、しかしどこか哀し気な目でその頭を撫でる。


 キルケの喜びの顔は、間もなくとある違和感に曇った。レオーネのローブ越しに伝わってくるはずの体温が感じられないことに気づいたのだ。顔も青い。ふとその腕に触れると、いよいよキルケの表情は凍りついた。


「先生、死んで……るの?」


「ああ、無理を言ってルドルフ殿に仮初の命をつないでもらったのだ。だが今はそんなことよりもここから逃げよう。さあ」


 作戦の次のプランは逃走だ。


 キルケにはここでさっさと転移魔術で西方大陸へと帰還してもらいたかったが、レオーネが説いても彼女は首を縦に振らなかった。レオーネが残ると聞いたからである。涙ながらに「なら自分も残る」と先生にしがみついて聞かなかった。


 ルドルフとしてはレオーネにはまだやってもらいたいことがあるゆえ、彼をいま帰すわけにはいかない。レオーネもキルケを救う機会をもらった恩を返すまで帰る気はなかった。そして駄々をこねる子供と同じになったキルケの説得にかまけている時間はない。


 半ばこうなるのではないかと、想定もしていた。ルドルフはため息とともに彼女の同行を了承し、一行はそろって南への逃避行を開始した。


 先頭にバルドとアクィラが並び、中ほどを行くルドルフの肩にセラが、二体のマローダーにそれぞれラエルとキルケが乗っている。殿しんがりはレオーネである。焼け野原の中を飛ぶような速度で走っていく。


 霊薬により魔力を回復させ、少し休んだセラは元気を取り戻し、今はルドルフの頭にしがみついている。彼女は最初から転移魔術で戻る予定ではない。逃げ出してきたばかりのところを酷だが、セラにはガスコインをおびき寄せるおとりとなってもらう算段だった。


 ヴァンパイアは獲物と定めた相手に魔術的なマーキングを施す。もちろんそれを解除することも可能だが、今はそれを逆手に取ってやろうというわけだ。そこからの作戦の一部始終を聞くと、セラは決意の目でうなずいた。


 今後枕を高くして眠るためにも、ルドルフはガスコインをここで完全に滅ぼすつもりだ。


 そのためにはまずは逃げて逃げて、ガスコインを倒すための戦力と合流しなくては。セラが休んでいる間に各所へ転移して飛行して連絡は済ませた。ルドルフらはとにかく急いで一路南へと向かった。


 時々背後を振り返り追って来る者がないか確認するが、まだ明るい空の下には何の人影も見えない。「そういえば」とセラが話してくれた灰色の男の姿もなかった。


 黄昏を前にしてわずかに休憩を取り、携帯食で腹を満たした後、再び走り始める。


 やがて日が落ち、東の空から満月が昇った。延々と続く焦げた大地に宵闇が訪れる。吸血鬼たちの時間である。


 ルドルフはライトの魔術を唱え、満月よりもずっと明るい光球を灯してそのまま先を急いだ。忍ぶ意味はない。どうせガスコインはセラとキルケをめがけて一直線に追いかけてくる。


「師匠、来ました」


 ルドルフの指示で後ろを見張っていたセラが不意に告げた。すでに満月は中天を過ぎて西に傾いている。ルドルフが振り向くと、月光の焦土の中を漆黒の人影が走って近づいてくるのが小さく目に入った。


「ガスコインだけだな。悪くない」


 ルドルフは確かめるように言った。それはいくつか立てた想定の中でも最良に近い。追いつかれる時間も言うことなしだ。セラが自ら脱出してきたおかげで、思ったよりも遠くまで逃げることができている。


「アリアナたちもこちらへ向かっている。ここで耐えるぞ」


 ガスコインほどの敵を相手に戦いながら退くのは難しい。あとは後続の方からここに来てくれるのを待って耐えるのみだ。


 神鉄の鎧に身を包んだバルドが敵を迎え撃つべく、矢面に立って群青の剣を抜いた。自ら唱えたヴォーパルエッジの魔術により刀身が魔力の輝きを帯びる。


 ほかの者は突出したバルドから少し離れた背後に固まり、頭を白獅子に変化させたレオーネが守りの要として前面に立つ。装甲を増したマローダー・ワンとマローダー・ツーがその左右に控え、ともにルドルフらを守る態勢である。アクィラだけは遊撃として少し離れた場所にいる。


 バルドにフィジカルエンチャントをかけるセラの手には魔杖エンハンサーが握られている。左手の人差し指にはいつもの結界の指輪。鈴なりの魔石のついたベルトを白いドレスにたすき掛けにして、魔力の準備も万端である。


 立ち止まって待ち受けていると、ガスコインは驚くべき速度でぐんぐん近づいてきた。そのままの勢いでバルドめがけて突撃し、出会い頭に合わせたバルドの剣を受けて、斜め真っ二つになって勢いよく地面に転がった。


 一瞬の出来事。


 だが決着がついたと油断する者は誰もいなかった。


 ふたつに分かれて転がったガスコインの体は間もなく無数のコウモリと化し、バルドを無視して背後のルドルフらに迫った。しかしルドルフ、セラ、キルケがシールドの魔術でその行く手を塞ぎ、アクィラの炎がコウモリたちを包むと、それを嫌うようにやや離れた場所にわだかまって、再びガスコインの姿をとった。


 ひょろ長い黒ずくめのヴァンパイアの顔は忌々しさに歪んでいる。


「お戻りなさイ、セラ。さもなくバ、お前の町を今すぐ燃やしに行きまス」


「行くがいい。その間に俺はお前の花嫁をすべて滅ぼすとしよう。ルクリアのようにな」


 ガスコインがさらった時と同じ脅しをセラに投げると、ルドルフもカウンターの脅しで応じた。ガスコインは鬼気迫る形相となり、凄まじい歯ぎしりの音がギシギシと夜の闇に響く。


「それに今のウルムトは神殿騎士と神官たちでいっぱいだ。大神官の法術にも耐えられるかどうか、せっかくだからちょっと行って試してこい」


「忌々しイ、若輩のリッチめガ」


 吐き捨てたガスコインはレオーネの背後に守られるキルケに目を向けた。そのギラギラとした赤の眼光が怪しく光る。


「キルケ、まずはお前だけでもこちらニ」


 魅了の魔眼だ。しかしキルケは何事もなかったかのようにガスコインに嫌悪の視線を向けている。キルケの指にはまる魔道具の指輪が魔眼の力を弾いていた。その力は恐るべきものだが、来るとわかっているならば、対抗のすべを用意することは可能だ。作戦に関わる全員がその備えをしている。


 魅了が効かないことに気づいたガスコインは奇声をあげながら地団駄を踏んだ。比喩ではなく、本当に駄々っ子のように踏んでいる。


「何なのですカ、貴様らハ! 人の婚礼を邪魔しテ!」


「誘拐婚なんてのは今日日きょうび流行らないんだよ。少しは時流を読め。この骨董品が」


 ルドルフは珍しく思う様相手を煽った。事ここに至っては怖いものなど何もない。相手の頭に血が上ればそれだけ与しやすくなる。それにこいつがやろうとしたことを考えると、いくら罵っても飽き足りないというものだ。


「キイイィィィーーーーーッ!」


 ガスコインは絹を裂くような悲鳴にも似た声をあげ、両手で頭を抱えてのけぞった。怒り、悔しさ、恥辱、その顔はおそらく様々な感情によって複雑に歪んでいる。時々どもりながら口汚く罵る様には余裕のひとかけらもない。その情緒不安定な伝説の真祖に対し、ルドルフも「馬鹿」「阿呆」「老害」などの稚拙な罵倒でひとしきり応戦した。


 そうして互いに最高位のアンデッドとしての威厳をかなぐり捨てた後、ガスコインはわなわなと震え、次の刹那、もはや意味をなさない奇声とともに飛び掛かってきた。

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