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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第八章 北のトロール兵団

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第三百二話 応報

 己れを取り戻したルドルフの目の前にはひときわ勇壮なオークの姿があった。


 他とは一線を画す立派な体格に、滑らかな黒の板金の鎧を身に着けている。その手にした戦槌も明らかに業物だとわかる見事なこしらえである。その背後には側近と思しき屈強なオークの一隊と、ローブ姿の魔術師と思しき二人のオークが控えている。


 それと対峙するルドルフをオークの兵士たちが遠巻きに取り囲んでいる。目につく場所にいたオークゾンビやスペクターはすべて倒されてしまったようだ。


 周囲に霊たちはいない。エグダルもいない。


 おかげで自分は死霊たちから解放されたのだ。と、ルドルフは悟った。皮肉にもオークたちの奮戦のおかげだ。そしてぼうっと抜け殻のようになっていた自分を繰り返し呼ぶ弟子の声。そのおかげで自分が何者なのかを思い出すことができた。


 魔術師ルドルフ。それが自分の名前だ。


 正気を失っていた間の記憶もおぼろげながらに思い出すことができる。熱に浮かされた悪夢のような記憶だった。


 使役するはずの死霊の想念に翻弄されてしまったことにルドルフは内心忸怩たる思いだった。ひそかについて来ていたはずのセラやバルドはどこにいるだろうか。あの声はどこから。


 軽く辺りに目を走らせる。はるか遠くの物陰からのぞくセラたちと目があった。セラとバルドのほかにストーラウの顔も認めたことで、ルドルフは改めて自分がやらかしてしまったことを悟った。


 わざと派手にアンデッドを繰り出して敵の耳目を引き付け、人々が逃げる時間を稼ぐ。万が一にも逃げられないように港で船を焼く。それから本格的にやりあう。それが最初の段取りだった。


 その段取りの半ばまではなんとかやり遂げたようだ。オークの大将らしき者がこうして目の前にいるし、船は何だか知らないが消え去っている。沖に船影もない。


 ただ余計なものとして、燃え盛る町並みが背後にあるわけだが。


 ルドルフがそんな自身の状況を把握した時、辺りに太く堂々としたオーク語が響いた。


『敵は最早そやつだけだ。落ち着いて押し包めば討ち取るのは造作もない。今しばし我が号令を待て』


 その声に従い、周囲のオークたちは整然と武器を構えて待機した。先ほどゾンビたちを蹴散らした突撃、そして今は一糸乱れぬ統率。かなりの練度をもった兵たちと見受けられる。


 オークの将は険しい顔で目の前に立つローブ姿の骸骨に語り掛けた。今度は人間の言葉だ。声には激しい怒りが込められている。


「我が名はディルグ。貴様は何物だ? なぜ我らの土地を襲った」


「我らの土地」


 ルドルフはその物言いに皮肉のこもった失笑をもらした。ディルグは鋭い視線のまま、黙って続きを待っている。


「殺されたこの町の住民たちに頼まれてな。そちらに襲われる覚えはなくとも、どうやらたっぷりと恨みを買っているらしいぞ」


「そんな与太話はいい。本当の理由を教えろ。なぜこれだけのことをしでかしたのかをだ」


 ルドルフがどう返したものか沈黙していると、ディルグはひときわ険しい表情になった。


「本当にそんな理由なのか?」


 そして忌々しげに言った。


「弱き者めらが。往生際が悪いとはまさにこのことだ。まさか得体もしれぬアンデッドに復讐のよすがを求めるとは」


 今度はルドルフの方から聞いた。


「お前らこそなぜこの土地を襲ったのだ。西の魔王の眷属よ。わざわざ海を渡ってまで罪もない人々をいたぶりに来たのか?」


「そしてまさかまさかそれに応えるお節介者がいたとはな。本当につまらぬことがあったものだ」


 だがディルグはルドルフの問いには答えず、サッと右腕を振り上げた。配下に突撃を命じようという構えである。


 ルドルフは間髪入れずショートリープの魔術を使い、すぐわきにあった倉庫の屋根に飛び上がった。二階建ての倉庫の上からは、オークが埋め尽くす港を一望できる。


 どうやらここに残る兵たちの数は千五百といったところか。こっちにはセラとバルドとストーラウもいる。これくらいならやれるだろうか。だがあの大将は単独でもやっかいそうだ。


 オークたちは手の届かない場所に逃れた巨漢の骸骨を見上げて騒いでいる。


 ディルグがルドルフに向けて吠えた。


「これだけのことをしておいて、ただでは逃がさんぞ。たとえ逃げようとも、地の果てまで追い詰めて殺してやる」


 その隣の魔術師たちがなにやら呪文を唱え始めたので、ルドルフは下がって屋根の死角に入った。あれらもなかなかやりそうな雰囲気だ。手練れの魔術の直撃を受けたくはない。


 さて、ここからどうしたらいいだろう。ひとまず陽動と破壊工作は終わっている。ストーラウに救出活動の進捗を聞きたかったが、今ここで合流するのはあまりよくなさそうだ。助けを期待しつつ、削れる限り敵を削るか。


 高いところに現れたルドルフを目印に見つけたのか、遠くから霊たちがちらほらと集まって来る。だがルドルフはもうその力を借りる気にはなれなかった。恨みを溜めに溜めた亡者は死霊魔術師とて侮ることはできない。教訓である。


 代わりにいつものおなじみの手段を使った。どこからともなく取り出した竜の牙をバラバラと撒く。呪文とともに四体ずつ現れる異形の骸骨たち。剣と盾を持った竜牙兵が二十体になったところでルドルフは仕掛けた。そのすべてを一時に屋根の上から投下する。


 たちまち辺りは戦の喧騒に満ちた。その後もルドルフは引き続き竜牙兵を生み出し続け、最終的には合計百体の竜牙兵が次々と屋根から飛び降り、オークたちと戦い始めた。


「頼むぞ、マローダー・ワン、マローダー・ツー」


 仕上げに次元収納から二体のマローダーを召喚し、戦線に投入した。


『屋根の上にいる術者をやれ!』


 ディルグのオーク語が響く。ルドルフは再びショートリープを唱え、さらに離れた屋根の上に移動した。ここならば魔術師の魔術も届くまい。


『屋根の上にいる術者はここだぞ!』


 おちょくるように自ら存在を誇示すると、ディルグの周囲から十余りの弓兵オークが矢を飛ばしてくる。同時に二体の魔術師オークたちがルドルフを魔術の射程に捉えようとこちらに向かってきた。矢をシールドの魔術で防ぎつつ、敵の魔術師が距離を詰めたのと同じだけ遠ざかる。


 その間にもマローダーと竜牙兵たちは遮二無二切りかかり、オークたちとぶつかり合う。


 数では劣るが恐れを知らぬ竜牙兵、圧倒的な膂力で辺りを蹂躙するマローダー。激しい乱戦の中、大小の骸骨たちは精兵のオークたちに何度も砕かれながらも死体を量産した。


 そして倒れたばかりのオークたちはルドルフの新たな兵となった。側の屋根に転移して素早く漆黒の杖を振る。魂の宿らぬ死体のなんたる素直さよ。ルドルフは精神に影響を受けることなく己の手勢を増やした。こうして倒した敵はこちらの駒となり、圧倒的な数の差をわずかずつ詰め始めた。


 ある程度ゾンビたちが増えて戦線が安定したところでマローダーたちを魔術師たちに向かわせる。将のもとを離れていた魔術師は周囲のオークともどもたちまち切り殺されて果てた。


 ここに至って損害の大きさに顔をしかめたディルグが近衛たちとともに前面に来て戦い始める。その圧力はすさまじく、ゾンビはたちまち潰され数を減らし、竜牙兵は何もできないうちに何度も砕かれる。やがて再生しない個体が出てきた頃、ディルグはマローダーたちと真っ向からぶつかり合った。


 どうやら魔王の眷属という肩書は伊達ではないようだ。なんと二体のマローダーと互角。ひとりで抑えている。


 その様を遠巻きに眺めながら次の手を考えるルドルフの隣に転移の光がきらめいた。現れたのはセラとバルドだ。


「師匠、大丈夫ですか?」


「手筈と違ってしまってすまん。もう大丈夫だ」


 はっきりした受け答えにわずかに安堵の顔を見せた後、セラは再び表情を引き締めて言った。


「港にスコーチドアースを使ってもかまわないそうです。ストーラウさんが」


「ストーラウは?」


「もうずっと遠くに離れました」


「よし、ならばその大役はお前にまかせた。俺はもう魔力を使い過ぎた。バルドとともに詠唱中のお前を守る役に回る」


「はいっ!」


 目標たるオークの大将を見据えるセラにルドルフが声をかける。


「マローダーは巻き込んでも大丈夫だ。まだ再生できる」


「じゃあ……やります!」


 意を決したセラは先日手に入れたばかりの短杖を構えた。目を閉じ、精神を集中し、神子としての己の異能を呼び覚ます。その体の内側から無尽蔵の魔力が眠るいずこかへのパスがつながった。今のセラはどんな魔術でも自己の魔力を消耗せずに行使することができる。


 あふれる魔力が満身に流れ込むのを感じつつ、セラはひとつの呪文を唱え始めた。その傍らでバルドは辺りに気を配っている。長い長いその詠唱が終わるまで、ルドルフもバルドの反対側でセラを守った。


 その詠唱が進むにつれてただならぬ大魔術の予兆が大気に満ち、眼下のオークたちがうろたえ始めた。ディルグも異常を感じてはいるが、二体のマローダーを相手に対応の動きを見せることができない。


『スコーチドアース』


 魔術の発動とともに戦の喧騒はかき消された。


 太陽にも負けない眩さの閃光が次々に煌めく。そして町中に響く轟音が連続で響いたかと思うと、爆風が遠く離れた屋根の上のルドルフらをも強く煽った。


 その風に思わず目を閉じたセラが再び魔術の目標地点を見ると、もうそこには何も存在していなかった。港が広い範囲にわたってすっかり更地となっていて、さらにその周囲の建物までが大きく崩れている。直撃を受けなかった者たちも余波で倒れており、再生する力を残していたはずのマローダーたちもどこかへ吹き飛んで行ってしまったらしい。


「うむ、見事。大したものだ」


 ルドルフはそう言って淡々と褒めたが、その凄まじい威力の前に、セラは軽々にはしゃぐ気持ちにはなれなかった。しかもセラは己の体内にあふれる魔力をすべて使ったわけではなかった。魔杖エンハンサーを通して術式にものすごい勢いで魔力が流れ込んでいく感覚に途中でなんだか怖くなり、思わずその流れをセーブしてしまったのだ。それにしたってこの威力である。


「おいおい本気か? あいつまだ生きてるぞ」


 己の成したことに半ば呆然としていたセラは、しかしそのルドルフの一言で我に返った。


 閃光や爆風にもかまわず古代魔術で辺りが消し飛ぶ瞬間を凝視していたルドルフは、その爆発とともに一体のオークが自分たちとは反対方向へと一直線に飛んでいくのを見ていた。


 遠く離れた倉庫の壁に叩きつけられ、崩れた壁に埋まる。そして今、その瓦礫を持ち上げて姿を現したそれは、よろよろと立ち上がって辺りを見回している。


 オークの将、ディルグである。


 さすがにふらついてはいるが、どうやらその全身を覆う鎧はまったくの無傷だった。古代魔術を受けてあの様子と言うのは、よほどの逸品である。「あの鎧、欲しいな」ルドルフは思わず口にした。


 もはやこの場に残る敵はあれただ一人だ。


「行くぞ。あいつを片付ける」


 ルドルフは屋根の上から地に飛び降り、ディルグに向けて走った。セラとバルドもショートリープで屋根から下り、ルドルフの後を追う。


 それからややもせずしてルドルフらは標的の前に立っていた。


 頑強な鎧に守られたとはいえ、あれだけ飛ばされればディルグもさすがにノーダメージとはいかず、その顔には頭から流れる血の筋ができている。足元は定まらず、兜はその足元に転がっていた。


『貴様ら……ただではすまさんぞ。できるだけ惨たらしく、たっぷりと後悔させてから殺してやる』


 人間の言葉を話す余裕もないのか、先ほどとは違い、オーク語でうわ言のようにつぶやき、気力を振り絞ってルドルフを睨んだ。武器を求めて腰に手をやったが、愛用の戦槌ばかりでなく予備につけていて小剣もどこかへ失われている。鎧以外はすべてが消し飛んでいた。


「俺が前に出ます」


 そう言って剣を構えたバルドに、ディルグがなんとか拳を構えて向き合った時だった。


 いつの間にかディルグの背後にひとつの人影があった。その者はゆらりと剣を振り上げたかと思うと、無防備なディルグの脳天に業物の剣を思い切り叩きつけた。頭を割られたディルグは声もなくゆっくりと倒れ、血だまりの中に沈んだ。


 そこにはずぶ濡れになったエグダルが立っていた。その首は折れてかしいだまま。見事に復讐を遂げた男は、自らも仇敵に覆いかぶさるように倒れた。そしてそのまま二度と動くことはなかった。

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