第三百三話 トロールたちの計画
「アタシが最初に出した案と何が違ったんだ?」
ニヤニヤしながらアクィラが言った。ルドルフは返す言葉もない。
結局、城壁の内部の大部分が火災で焼失している。わざわざアンデッドを大量に生み出して走り回ったのが馬鹿みたいである。
坦々としてストーラウが言った。
「だが澱みがほとんど消え去っている。単に炎で焼き尽くしただけではこの結果は得られなかっただろう。不幸中の幸い、いや、怪我の功名か」
いったん澱みと化した土地を浄化するには本来神官の力が必要だ。しかも一朝一夕にはならず、いくらか年月をかける必要がある。しかしルドルフがその澱みを燃料にアンデッドを生み出し続けたことで、不浄の気配はほとんどが消え去っていた。
もっともそんな余禄を誇る気にはまったくなれないルドルフであったが。むしろ醜態をさらした恥ずかしい気持ちしかない。死霊を使うつもりが、逆に死霊に使われてしまったようなものだ。
さらにストーラウが「ボルドールの前に貴殿と戦う羽目にならなくてよかった」と生真面目に言ったのを聞き、頼まれても二度と澱みには手を出すまいと心に決めた。
死霊魔術の粋とも言えるリッチへの転化の法。それを果たした自分はすでに熟達の死霊魔術師だと勘違いしていたが、どうやらまだまだ知らないことも多い新米にすぎなかったようだ。
なお作戦開始前のストーラウの「念のために聞くが、本当に大丈夫なのか」は、多くの死霊と交わることで正気をなくす死霊魔術師は多いが大丈夫なのか、ということであったらしい。
このエルフは本当に言葉足らずの時が多い。
ともあれ、城壁の外の東街区は戦火を免れている。多少荒れてはいるが、ほとんどの建物は無傷だ。その日の夕方前に町まで引き返してきたキランカの民は、その東街区に落ち着いた。久しぶりに温かな食事を口にし、安らかに眠れる寝床を得た。明日からのことは忘れ、今夜ばかりは身を寄せ合ってぐっすりと眠った。
この町にはもうオークやトロールはいない。原型を保っている死体は自分の足で歩き、すべて町の外に追い出されていた。
しかしただ一体だけ、町中に滞在を許されたオークがいた。とある建物の一室で腕を組んで立っている。
オークの大将にして西の魔王の眷属、ディルグである。
エグダルに脳天を割られた傷もすっかりなくなっていて、生気を感じない血の気のなさをのぞけば健常そのものの姿だった。例の鎧は着ておらず、血まみれの肌着がその筋骨隆々な肉体の上下を覆っている。
ディルグはその目に反抗的な光を宿しながら、目の前に立つリッチを睨んでいる。だがその体を動かすことはできない。動くなと命じられているからだ。彼は意思を持ちながらも、主人に逆らうことはできない。そういうアンデッドにされてしまったのだ。
『誇り高きオークの戦士にこの所業。貴様、ろくな死に方はせんぞ』
「悪いが、人間の言葉で話してくれ。オークの言葉を理解できる者ばかりじゃないのでな」
オーク語ですごむディルグにルドルフが言った。同席しているストーラウとゼレク、それにアクィラへの配慮である。
「誇り高きオークの戦士にこの所業。貴様、ろくな死に方はせんぞ。クソ! 今すぐにも殺してやる!」
ディルグは命令に逆らえず、律儀に人間の言葉で言い直した。余分に悪態を添えて。
「誇り高いと言う割には、ずいぶんと下卑た真似をしてくれたそうじゃないか。オークにとっては敗者の尊厳を冒すのが誇り高い行為なのか?」
「バカバカしい。弱いのが悪いのだ」
「ならお前も敗北した弱者としてしおらしくするんだな。あ、これは別に命令ではない」
「虚仮にしおって。だいたい虫けら同然の人間どもに尊厳など片腹痛いわ! いずれは魔王様が我の仇を取ってくれるだろう。その貧相な首を洗って待っているがいい」
死にたてのディルグをヨミガエリにできたのは僥倖だった。
口を開けばついて出る憎まれ口が少し鬱陶しいが、こちらとの会話で考えたこと思い浮かべたことを包み隠さずすべて話せと命じている以上、仕方がない。変に制約をかけて真実を聞き逃す方が困る。
かつて実際にその命を手中につかむまでに至ったにもかかわらず、西の魔王の確たる正体はつかめなかった。
しかし眷属ならばさすがに有用な情報を持っているだろう。自分は関わりたくない案件だが、こいつの身柄をアリアナに渡せばまた大きな貸しが作れるのは間違いない。
同じエルフがすぐ隣にいるが、ストーラウの関心は北方大陸のことだけに絞られていた。
「お前たちはこの大陸に何をしに来たのだ?」
問うその表情はいつもと同じ平静に見えるが、声色はいくらか険しさを帯びている。
「我らのすることは決まっている。人間どもを殺しに来たのだ」
ディルグが不敵に言い放った。その底意地の悪そうな笑みにルドルフが問う。
「この大陸の人間たちはすべてトロールたちの所有物のはずだ。お前らが好き勝手できるものではないだろうに」
「これはボルドール殿も了承済みの話だ。失った戦船の代わりにこの町は好きにしてかまわぬとな」
その答えにストーラウが眉をしかめる。隣のゼレクが眉根に作るしわもまた同じくらいに深い。
ディルグはかまわず話を続けた。
「それに、ハッ、レジスタンス! こらえ性のない愚かな人間どものおかげで話は思いがけない方向に進んだ。ボルドール殿に知らせたところ、なかなか面白い展開になったぞ」
そこまでは気持ちよく話したディルグだが、話しすぎたと思ったのか、急に真顔になって黙った。だがルドルフがさらに話しすぎるよう促すと、その要求に抗うことができず、忌々しげに続けた。
「ボルドール殿は、この大陸の人間たちを半分ほど間引くと決めた。兵団の人員が半分になった分の釣り合いを取るおつもりだ。今や極北の魔王の恐怖を知る世代も少ない。その恐怖も更新してやらねばなるまい、とな」
ストーラウがギリッと歯ぎしりする音が聞こえた。ルドルフも驚きを隠せない。
レジスタンスの情報はまず間違いなく漏洩している。となれば、トロール側もそれに対抗する手段は練っているはずだとは考えていたが……まさかそこまでの大量殺戮を念頭に置いていたとは慮外の話だ。
ディルグの次の言葉はさらに衝撃的だった。
「魔王様との会談を了承したのもレジスタンスの話を聞いてからだ。殺戮の喜びを思い出したボルドール殿は、やがて正式に我が王の傘下に入ることとなるだろう。当然、トロール兵団もともにだ」
ボルドールとトロール兵団が西の魔王の傘下に入る。それはこの北方大陸が西の魔王のものとなる、というのと同義だ。
ストーラウもルドルフも、中央大陸における西の魔王の支配領域で人間たちがどうなったか、よく知っている。それはここキランカと同じ、いやそれにさらに輪をかけた酷い有様だ。
半分を間引くどころではない。西の魔王がこの大陸に君臨すれば人間は一人たりとも生かされないだろう。
「ボルドールはどうあっても討たなければならないな」
ストーラウがつぶやいた。その顔からはすべての色が消えている。
トロール兵団は街道の雪解けを待ち、王都以外の四主要都市、ニカマス、ポルモア、クカマス、キランカに近隣の兵を集め始める。そして兵が集結したところで、まずはその都市で、続いて周りの町や村で、人口をきっかり半分にする予定である。それがディルグの知る限りのトロール兵団の今後の動きだった。
敵は人間たちの一斉蜂起まで待つ気はない。その前に反乱の芽を摘み取るつもりだ。
ディルグ自身もキランカから王都ラチルカまで自らの兵を率いて進軍し、道中の町や村をすべて滅ぼし尽くす許可を得ていた。
「俺たちはどうする。このまま王都にボルドールを討つか、それとも各地のレジスタンスを助けに行くか」
ルドルフたちは急ぎの選択を迫られた。すでに街道の雪は解けている。
風雲は急を告げた。
「ひとまず各都市に速やかなる連絡を。完全に不意を突かれることだけは避けなければなりませぬ」
「クァッハッハ! 今さら知ったところでもう遅い! お前らが知らせに行く頃にはもう他の都市はとっくにめちゃくちゃになった後だ! このキランカのようにな!」
ゼレクの言葉にかぶせるようにディルグが愉悦の笑みを浮かべる。
ルドルフは言った。
「そいつはたいへんだー」




