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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百六十九話 ガディの決断

「我が国は南に打って出ようと思う」


 ガディが高らかにそう宣言したのは、将国の軍がベルイン平原にて壊滅したとルドルフから聞いた翌日のことだった。


 主だった者が呼び出されたこの場で、驚いた様子を見せているのはルドルフだけだ。


 ヴァルター、ダドリー、スウェン、他の眷属たち、居並ぶ面々は当然の顔をしている。議論はすでに昨日のうちに尽くされていたのだろう。その話に参加していたのか否かは知らないが、二体のマンティコアも素知らぬ顔で暖炉の側に寝そべっている。


 それが何を意味するかわかっているのか、ルドルフは念のため尋ねた。


「西の魔王と正面から事を構えることになるが」


「僕だって魔王だぞ。対等に競り合うのは望むところだ」


 ダドリーがガディの凛々しいひと言に感涙している。やれやれ、敵の陣容もろくにもわからないと言うのに。


 とはいえ、将国の兵はほぼ全軍が消滅した。現在、ガディレルムの南側には無防備の土地が大きく広がっているのだ。これをただ誰かが取るに任せて見ているだけ、というのも一国としては消極的に過ぎる。


 加えてガディの決意はただ利得からのものではなかった。


「それに無辜の民が、弱き者たちが殺されるのを黙って見ているわけにはいかない」


 西の魔王の軍勢が征服した土地土地で人間を徹底して皆殺しにしているというのは、もはや誰もが知る話だ。


 魔物と人間が相争う仲とはいえ、通常、そこまで極端にやる者はなかなかいない。最終的に殺すにしろ、支配下に置いて搾りカスになるまで搾取することもできるし、あるいはそこまで気の利いたことをしなくとも、せめて消耗品の奴隷として利用価値がある。


 だが西の魔王はどうやら人間を完全に根絶やしにしようとしている。冷徹さだけで言えば、極北の魔王の軍すらかすむほどだ。


 それがこの小さなコボルトの魔王にはどうにも許せないらしい。大した義の心である。


 ガディレルムの現況を振り返れば激戦からまだ半月余り。


 勝利したとはいえ、ザマルの防衛についていた兵たちの被害は甚大で、すぐには動けない。降った将国軍の神官から治癒の法術を受けても、戦線復帰が可能な正規兵の数は三千に満たなかった。


 しかしながら戦いが終わってから周辺の土地より集まって来た五千の志願兵は無傷で、帰順してきた精強なトロール兵七千もいる。それらを使って行動を起こすことは十分に可能だ。


 そして四万の元王国兵。


 将国のもとで使い捨ての兵として扱われていた彼らは、ノルダの関で同胞が戦死した怒りや悲しみもすべて将国に向けていた。ディケンズを殺して反乱のきっかけを与えてくれたガディの軍にはむしろ恩を感じている。ガディレルムの在り方にはまだ馴染みきってはいないが、少なくとも大きな反発はない。


 彼らは故国の地を取り戻す機会と知れば、奮い立って力を発揮するだろう。事実、向こうからそのような嘆願を寄せてきているほどである。


 ふむ。整理してみれば、むしろいい材料の方が優勢か。


 また自分にとってもこれは好機かもしれないとルドルフは考えた。ガディの国が大きく領土を得て安定すれば、もはやトロールもおいそれと手は出せまい。ルドルフらの助けは不要となり、アリアナの依頼も果たしたことになるはずだ。


 そう考えればこの話、決して悪くはない。


 ルドルフが内心そう結論付けたちょうどその時、ガディが言った。


「ルドルフには各地の偵察を命ずる」


 なぜか知らないが相変わらず人のことを配下と勘違いしている。だがルドルフからするとタダでその命令を聞く筋合いはない。


「報酬次第だが」


 協力するのはやぶさかでないが、それはあくまで依頼である。


 不遜なルドルフの態度にガディがムッとした顔を見せ、ダドリーも同じ表情をしたが、そこからはスウェンが話を引き取り「十分な物をお出しできるかと」と請け合った。


 スウェンの用意する条件ならば自分を失望させることはないだろう、とルドルフはその依頼に応じた。この商人は経営する商会の資産から私財までをも投げ打ってこの国を支えている。聞けば「このような大商いはない」と、人を信用させる爽やかな笑顔でそう言うのだ。


 作戦に必要な情報を得る目途が立ったところで、話題は南の土地をどう抑えていくかという具体的な議論に移った。


 まず第一に目指すべきは元王国の首都アルバーグである。そこは誰の意見も一致するところだった。


 ノルダの関からアルバーグまでは通常ならば街道を南西に進んで二週間ほどの距離だ。


 しかし今はまだ冬の盛りである。ザマル周辺ほどではないにしろ、あの辺りも積雪は珍しくない。もし雪中の移動となるなら五割増しから倍程度の時間を見なければならない。ここは多めに見積もって一ヶ月といったところか。


 この中で中央大陸の地理に最も詳しいルドルフがそう説明したところでヴァルターが言った。


「ついでに転移門も作ってくれんかな~」


「言っただろう。それはそう簡単にはできんと」


 そこに関してはルドルフは渋った。むやみやたらと転移門を作っていたらアリアナに怒られてしまう。特に積極的軍事利用をしたとなると、後で何を言われるかわからない。これまでの転移門はやむを得ず認められているだけだ。


 そこでガディが言った。


「だがそうしている間に西の魔王の軍勢がアルバーグに迫ったらどうするのだ。アルバーグだけではない。ベルイン平原からアルバーグに至るまでの町や村の人々の命も、今まさに危険にさらされているのだぞ。なんとかできないのか」


 ルドルフは考えた。膨大な人命救助。それならばやむを得ずの範疇だろうか。先だってアリアナから釘を刺された、将国兵すべてをアンデッド化する案よりはマシなはずである。


「どうなんだ」


「報酬次第だ」


 考えの途中でヴァルターが迫ってきたので、ルドルフはワンクッション置くつもりで口癖のようなひと言を発した。するとガディはまたか、という顔をしたが、スウェンは涼しい顔で言った。


「この状況でひと月の時間は千金でもまかなえない価値があります。兵糧も大きく節約できるでしょう。ルドルフ殿との交渉はすべて私にお任せください」


 深く考えずに判をつくように口にしてしまったことだったが、スウェンが速やかに応じたので断れなくなってしまった。エルフに怒られたら後で壊す。そのことは条件に入れておくかな。


 転移魔術を使った偵察に三日、転移門の作成に二日。ルドルフがそれをする五日の間にガディらは出陣の準備を整えると言うことで話はまとまった。


 セラにはまた師匠業のお休みを伝えなくてはならない。

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