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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百六十九話 波乱のふた月

 一月の半ば。ふた月ぶりとなる会合のためにルドルフがホームに戻ると、遅刻しがちのアリアナが珍しく約束の時間よりも前に来ていた。


「ごめんなさい!」


 アリアナは開口一番にこちらを拝むようにして謝ってきた。


「実は竜殺しの剣をよそに奪われてしまったの。でも絶対に取りもど……」


「ああ、それならもう取り返した」


 謝罪にかぶせたルドルフのこともなげな言葉にアリアナはキュッと口をつぐんだ。


 何から話したらいいのか。前回の会合からたった二ヶ月とは思えないほどに様々なことが起きている。


 ルドルフからはガディレルムが北からトロール兵団に、南から東アストル将国に攻められたという話をすると、アリアナからも将国が王国を滅ぼし、その足で向かった西の魔王の軍勢との決戦に大敗したという話が出た。


 ルドルフの話にアリアナは苦い顔をしたが、アリアナの話にまたルドルフも苦い顔をした。


 我々を見事に翻弄してくれた諸々について色々と整理しておきたい。


 トロール兵団の話。王国と将国の話。そして西の魔王の軍勢の話。


 まずトロールたちの一連の動きについて。


 それはガディの館の会議においてジゴが詳しく説明してくれた。


 西の魔王から依頼を受けたトロール兵団は、魔王軍と呼応して中央大陸を脅かす尖兵として駆り出されたのだという。その最初の兵が全滅したと知った兵団頭領ボルドールは、依頼の続きを果たすべく、追加の派兵を決意。白竜とともに流氷の海を渡る軍を送り込んだ。


 その結果は見てのとおりである。


 再度敗北したトロール兵団がまたやってくるかという問いに対しては、ジゴはどちらとも言えないと答えた。傭兵稼業は信用も大事だが、損得を度外視するわけにもいかない。今回の失敗は敵戦力の見積もりを誤ったクライアントにも責はある。


 ただこのたった一年で兵団は人員の半数近くを失った。北方大陸の土地を抑えるにも兵員は要る。少なくとも同じ規模の派兵は不可能だ。


 またいずれにしろ今は海を渡る手段がない。西の魔王から貸与された戦船も白竜もトロールたちは失った。ゆえにしばらくは安泰であろうと言うのがジゴの見立てである。


「ずいぶんと周到にやってくれるじゃないの」


 話を聞いたアリアナは苦い顔をした。


 次に王国と将国の話。


 これについては実はルドルフもノルダの関の投降兵からある程度聞いていたが、しかしアリアナから改めて詳細な経緯を聞くと、それはより非道な話だった。


 ノルダの関で投降してきた四万の兵は、実は東アストル将国の兵というよりも、北アストル王国の兵だった。関に押し寄せた兵士の八割方がそうだったという。王国はつい先日、将国に滅ぼされて、彼らもその軍門に下っていたのだ。


 その亡国の顛末には将国の大きな裏切りがある。


 反転攻勢に勢いづいた王国が西の魔王の軍との決戦に臨むべく救援要請を出すと、将国はこれを快諾した。かの国もまた西の魔王の軍勢と勢力圏を接し、魔物との小競り合いが起きるようになっていたからだ。


 将国はほぼ全軍を派遣し、国内の様々な場所から発した将国軍は、距離の都合で半ばは直接戦場を目指し、半ばは王国領を通って王国軍と合流する。足並みをそろえて行軍するはずであった。


 ところが合流した将国の軍は、王国軍の指揮官らを酒の席で毒殺すると、その生じた混乱に乗じて王国の首都アルバーグを急襲。出兵で手薄になっていた一帯を制圧して、そのまま王とその一族を人質に取った。そしてなすすべなく降服した残りの王国軍を完全に傘下に収めるや、人質とした王族を皆殺しにしてしまったのだった。ここに五十年続いた北アストル王国は滅亡した。


「援軍を呼びかけたのはジオラダ。けれどまさかエルフの要請がこんな形で踏みにじられるとは、思いもしなかったでしょうね。私だってまさかよ」


 もともと両国の仲は険悪だったが、よりによってエルフの取り成しを逆手に取ってまでだまし討ちをするとは思いもよらぬことであった。しかも西の魔王率いる軍勢がすぐ隣にいるというこの時に。


 ともかくも、そのどさくさに紛れて王国出身の迅雷の神子も殺され、竜殺しの剣はディケンズに奪われた。


 そしてディケンズはその剣を手に狩るべき竜を求め、併呑した王国の兵の半ばを率いてノルダの関に向かったのだった。なお、ルドルフの前では十万の兵とうそぶいたが、実際はその半数ちょっと、六万程度の兵であったらしい。


 アリアナは険しい顔で続けた。


「エルフとしてはいい面の皮。うちの長老も激怒してたわ……まあ、その怒りの相手が早速、風前の灯火になってしまったのはまたどうしたものかといったところだけど」


 王国を飲み込んだ将国は、その勢いを駆って、王国が挑むはずだった決戦に代わりに挑んだ。予定が遅れ真冬となったにもかかわらず進軍を続け、旧王国領と将国領の二方面から寄せた兵は実に十五万もの数となった。


 決戦の地は、中央大陸のほぼ真ん中に位置するベルイン平原。


 端的に結果だけを言うとその戦いでは西の魔王の軍勢が大勝し、将国の軍は文字通りに全滅の憂き目にあった。


 エルフの物見の話によれば、将国の全軍はすっかり敵をあなどって無造作に進み、見えている包囲の真ん中に自ら飛び込むような不可解な動きをして、ほとんど一方的に鏖殺されてしまったという。戦場は凄惨な虐殺の舞台となり、まさしく屍山血河と呼ぶにふさわしい地獄がそこに現出した。


 勝利を収めた西の魔王の軍勢はそのまま将国領へと雪崩れ込み、今は敵する者のない将国の地を好き放題蹂躙しながら進んでいる。


「敵の勢いを止めて押し返したと思ったら、またひっくり返されてしまったわけか」


「悔しいけれどね。なんとか手を打ちたいところだけど、当面はお手上げの状況。西アストル公国も唯一残った最後の竜に邪魔されて動けないし、せめてあんたんとこのガディレルムができるだけ長く持ちこたえてくれることを祈るばかりよ」


「いずれやられるみたいな言い方はやめてくれ。別に俺んとこってわけでもないが」


「まあ、こんな状況でも最初の想定よりはマシ。そう思うしかないでしょう。ずいぶんと格差のある形になりはしたけど、今でも三勢力が争う構図で踏みとどまっているのはまだ救いがある。やっかいな竜も残り一体ではあるしね」


 現在の状況をそう割り切ったアリアナの声に打ちひしがれたような色はない。過ぎ去ったことは忘れて、すでに次の方策を考えているのだろう。おそらく南方大陸の防備を固めるという話も引き続き裏で進めている。


 その話を聞きながらルドルフはあることをじっと考えていた。


 今、膨大な兵たちが露と消えたベルイン平原は、死霊魔術師にとって比類なき触媒の地となっている。自分ならば強大な死者の軍勢を組織することも可能だ。仮にそうしたならば、この勢力図はどう書き換わるだろう。


 そこで不意にアリアナがたしなめる口調で言った。


「やめなさいよ。死んだ将国の兵をすべてアンデッドにしてしまおうなんて考えるのは」


 ここでルドルフの考えそうなことは彼女にはお見通しだった。たしかにそれは大きな一手だ。しかしルドルフ自身の危険性を自らアピールする一手でもある。


「町や砦をひとつ落とすのとは話がまったく違ってくる。それは駄目」


 一拍の沈黙の後、ルドルフは肩をすくめて答えた。


「やらんよ」


 それからルドルフは話題を変え、どうしても確認しておきたいことを尋ねた。放置しておくと嫌なことになりそうな話だ。


「そういや、将国の奴ら、ガディレルムに俺や神子、セラとバルドがいることを知ってたんだが。ついでに赤竜がいるのも知っていた。エルフからそういう情報が将国に伝わる可能性はあるか?」


「それはありえない。あなたたちがガディレルムにいたことはエルフの中でも知る者は少ない。それにあなたたちがいると将国に伝える理由もない」


「死人になった総大将を尋問したら、情報は将国の上からもたらされたものだと言っていた。攻撃の期日も細かく示し合わせていたようだ。よりによってトロールたちが来たのと同日にな。よそに決戦を控えていたにもかかわらず、わざわざノルダの関までやってきた、というのもずいぶんときな臭い話じゃないか」


「……」


「俺はダークエルフの仕業ではないかと思っている。十月にディアドロがガディに会いに来た話はしたろう。その時、俺たちは顔を見られている」


「ディアドロ……黒ネズミどもの第二席、ね」


 ルドルフは直截に将国とダークエルフとの繋がりを示唆した。聞いたアリアナは軽く目を閉じ片手で頭を抱えた。しばらく思考に集中する。


「やはり人……」


 ルドルフはそう言いかけて黙った。


「やはり、何?」


「いや、なんでもない。俺の勘違いだ」


 アリアナが怪訝な顔で尋ねるのに、ルドルフは素っ気なく答えた。


 正直言って、エルフたちはずいぶんとダークエルフどもに好き勝手やられている。だがそれにはひとつやむを得ない事情もあった。


 先の極北の大戦でエルフはかなり数を減らしている。終結から六十年近くが経っていくらかマシになりはしたが、彼らはその減少した人員をいまだ補いきれていないのだ。なにせ長命種のエルフは普段からあまり積極的に子供を作ろうとしない上に、その必要が生じてもなかなかできにくい。


 第四席であるアリアナは実は南方大陸を統括する立場といっていいが、その彼女があちこち休みなく動き回っている理由もそれである。本来ならば色々と部下に任せるべきところ、任せられる人材がいない。さらにさかのぼって言えば、アリアナが第四席になったのも上役が次々と命を落として、席が次々と空いたせいだった。


 ルドルフとしてはそういった事情を知っているので「やはり人手が少ないことが響いているのか」と思わず口に出そうになった。だが藪蛇になりかねないと気がついて黙ったのだ。


 ところがアリアナはお見通しのようににんまりと笑って言った。


「そう。悔しいけど私たちは手数で負けている。だからとっても忙しいのよ。死者の手も借りたいほどにね」


 今度はルドルフが軽く頭を抱える。


「……まあ、報酬次第だが」


 控え目にそう言った。余計な仕事は御免被りたいが、とはいえ我が家の安全も大事である。


 アリアナはその笑顔のままでさばさばと言った。


「将国の件はジオラダに報告しとくわ。よく考えたら私の担当じゃないし、あんまり差し出がましいことして睨まれるのも嫌だしね」


 それきり肩の力を抜く。今度はすっかり世間話の顔となった。


「ところでセラちゃんはどう? 元気でやってる?」


「ああ、元気だとも。そういえば大きな一段落の後だ。今日は連れてきてもよかったかな。あれも今回の戦いではだいぶ働いてくれた。なかなか聴きごたえのある武勇伝を持っているぞ」


「それは是非聞きたいわね。次は連れてきてくれる? 久しぶりに顔も見たいし」


 それから二人はずっと取り留めのない雑談に終始した。


 テーブルの上にはルドルフの入れた茶が湯気を立て、王都の名店の焼き菓子が並んでいる。アリアナにとっては貴重な息抜きの時間である。

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