第二百六十七話 竜の視界
ルドルフは珍しくガディレルムの幹部たちが集まる会議に参加していた。いつもは誘いが来てもスルーしているが、今回は先の戦を総括して今後に備えたい、ということで当事者中の当事者として、是非もなくガディの館に連行されている。
集まっているのはガディ、ヴァルター、ダドリー、グレアズ、スウェンと言う古くからの面子と、最近ガディの眷属になったというゴブリン、オーク、オーガの代表、それにノルダの関のトロール兵たちを束ねるジゴが末席に控えていた。
会議はガディが戦った者たちを改めてねぎらう言葉から始まった。スウェンが議長となり、まずザマルでの戦い、次にノルダの関での戦いについて推移と結果を整理していった。論功行賞などは別の場ですでに終わっている。
会議の中では北のトロール兵団、南の人間たちの国の現状が明らかとなり、このガディレルムの置かれた立ち位置が浮き彫りになってきた。当面の危機は乗り越えたと言ってよさそうなので、詳細はさておく。
ノルダの関の投降兵の話を聞いたガディが何か考えていそうなのが不穏ではあったが。
その会議の終わりに近くなった頃、そのガディがふとルドルフに尋ねた。
「ところであの白竜たちはどうしたのだ?」
「もう眠らせて弔った。戦いに勝つためにやむを得ずアンデッドとしたが、誇り高き竜をあのような形で使役し続けるわけにはいかない」
本音はあまり調子に乗り過ぎて多方面から目を付けられるのが怖い、といったところだが、ここは神妙な顔をしておいた方が株が上がるところだ。弔ったイコール素材としてありがたく活用したと言うことなのだが、それもあえて口にしはしない。野暮なので。
「そうか。僕も竜に乗って飛んでみたかったのだがな……」
ルドルフから白竜がもういないと聞いたガディは耳と尾を垂らして少ししょんぼりとした。
「竜ならそこにもいるではないですか」
その姿を見かねたダドリーが、なぜか得意げにグレアズの方へ腕を差し伸べた。
グレアズが一瞬嫌な顔をして舌を出したが、ルドルフの方を見て戸惑い、その挑発的な態度を引っ込めた。
「言っただろう。竜は誇り高いと。竜が自ら乗せたいと言うならともかく、無理矢理乗ろうなどとはとんでもない話だ」
「アニキ……」
グレアズはルドルフが己を尊重してくれたことに感激した模様だ。
ついでにヴァルターも補足するように言った。
「まあグレアズがいいっつってもガディには無理だろう。とてもあの時のルドルフみたいにできるとは思えんぜ。あんな風に頭の角をつかんで乗るのはけっこう力が要りそうだし、バランスを取るのも大変そうだ。風に逆らってしがみつくのもきっとつらいぞ」
「ああいう乗り方はたしかに難しいな。だが竜の背に乗るための鞍なんてのもある。それがあれば子供でも乗れるぞ」
ルドルフはこともなげにそう言った。
「へぇ、そんなほんとに鞍があるのかい?」
「見るか?」
そしてヴァルターが興味深そうに尋ねるのに応えて、次元収納から大きな何かを取り出し自分の横に置いた。それは人の背丈の半ばほどもあろうかと言う革製の巨大な鞍である。
そのまさに竜のサイズの鞍を見たグレアズが「あれ?」と言う表情になる横で、ヴァルターは目を輝かせた。
「こいつを使わせてくれんのかい?」
「いや、こう言う品もあると出してみただけだ。言っただろう。竜は誇り高いと。滅多なことではその背に人を乗せることなどせん」
これは本当に事実確認として出してみたに過ぎなかった。ちょっと自分の持つ魔道具を見せびらかしたい衝動にかられたというのも否めないが。
しかしルドルフがその鞍をしまおうと手を伸ばすと、すかさずヴァルターがそれを押さえた。
「おいおい、そんなもの出しておいて使わせないなんて話があるか? 見ろ。うちの王様のあのかわいそうな顔を。なあ、グレアズ。お前もそう思うよな」
すっかり興味に目が輝いている。
グレアズはぐっと言葉を飲み込んだ。つい先日から彼はヴァルターにも逆らい難くなっている。獣化したヴァルターもまた恐ろしい男なのだ。逆らえない相手その三である。ちなみにその二はアクィラだ。
ヴァルターはうつむきがちにしているグレアズと肩を組んでニヤニヤ笑っている。ルドルフにはわかっている。こいつは自分が竜に乗って飛んでみたいだけだと。
「いやいや、グレアズが嫌がってるだろう。竜を舐めるな」
グレアズは常にルドルフを怖がっているが、ルドルフとしては最初に会った時以外、脅した覚えはない。それでいて自分のことをアニキと呼ぶグレアズをちょっと舎弟のようにも感じてきている。魔物の上下関係で言うことを聞かそうとしているヴァルターの魂胆がなんとなく気に入らないこともあり、とっさに脅されている舎弟をかばった。
しばらくルドルフとヴァルターの押し問答が続く。間に挟まれたグレアズはかえって青い顔をしている。
「やめろ! グレアズが可哀想だろう」
そこにガディが割り込んで来て、小さな体で両手を広げてルドルフとヴァルターを押しのけた。
「実はグレアズにはもう断られているんだ。だいたい配下の誇りを踏みにじってまで、僕は空を飛びたいとは思わない」
凛々しい一言である。だがそう言ってグレアズを見上げるつぶらな瞳はどこか寂しげであった。
それを見たグレアズは不意にはたかれたような顔になると、やがて己の頭を大きく掻いて、観念したように言った。
「はぁー……なんだかんだ、あんたは俺の主です。それ乗せるのに、別に誇りがどうこうってことはない。ヴァルター……さんの言う通り、アニキみたいにして飛ぶのは無理だと思ってただけです」
しばらくの後、館の外では赤い竜の姿となったグレアズが背を低くして、鞍の取り付けを待っていた。ルドルフが騎竜用の鞍をその背に乗せると、それは背の曲面にピッタリとフィットして固定される。どんな竜にも取り付けられる魔道具なのだ。
鞍の準備が終わると、まずはヴァルターがそこにまたがり、それからガディを引き上げて前に座らせた。ガディの体力だと誰か支える者が同乗した方がいい、というルドルフの助言で、ヴァルターは自分もまんまと竜に乗ることに成功している。
両者はともに鞍の前面に取り付けられた取っ手を握って体を固定した。「この時期だしめちゃくちゃ寒いからな」という、これもルドルフの助言に従って、ガディは己の冬毛を過信せずに厚く防寒着を着こんだ。
何が始まったのかと周りに野次馬が集まり始めた。セラとバルドもいつの間にか顔を見せている。その野次馬たちの前でグレアズは翼を大きく何度も羽ばたかせ、大風を巻き起こしながら空へと舞い上がった。
瞬く間に十分な高さまで昇った赤竜は、風をつかんでザマルのはるか上空を滑空する。緩やかに円を描いて悠々と空を舞った。
着込んだ防寒着の裾が強風ではためく。
「ははっ、すごいぞグレアズ!」
「おおー、こいつはすげえ。マジで空飛んでるぜ」
眼下に広がるは鳥の目からの景色だ。
冬の冷たく澄んだ空気。透明な陽光の下、見下ろせば町の建物や木々はおもちゃのようで、魔物や人間たちはまるで蟻のようにしか見えない。
目を上げれば遠く海に浮かぶ島々や、北の大陸を隠す水平線までもが見渡せる。反対側にはあのどこかに獣人集落を隠した山地が続く。竜の背に乗る二人はその景色のどこを見ても大興奮であれこれと言葉を交わしていた。
グレアズにとってはいつでも見られる何の変哲もない景色である。しかしここまで興奮されると、努めて作っていたつまらなそうな顔も少しにやけてしまった。幸い、その顔をのぞき見る者は誰もいない。




