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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百六十六話 新しい約束

 ルドルフがノルダの関にやって来たのは朝の腹ごしらえが終わってからかなりが経った頃だった。


「すまん、ザマルの状況が思ったよりも大変で少し遅れた」


「いやいや十分に約束通りだ。ありがてえ」


 今日は敵兵もまだ来ていない。ヴァルターはルドルフがきちんと約束を守ったことに諸手をあげて感謝する。


「その声、ヴァルターか?」


 ルドルフは初めて見る狼の顔を前に驚いた。声を聞くまで目の前にいるのがヴァルターだとわからなかったのだ。


「はぁ……そうだよ。お前さんがきちんと時間通り来るなら、俺も約束を破る必要はなかったなぁ」


「約束?」


 そう言うヴァルターは少し気落ちしていた。二度と獣化しない。それは子供たちとの大事な約束だったのだ。


「黙ってればわからない」


「バーカ。約束ってのはそういうもんじゃないんだよ」


 ルドルフが姑息なフォローをしたが、ヴァルターはその提案を言下に却下した。


「それでお前さんのいう援軍ってのはどこかね」


「ここの援軍は俺だ。ザマルには竜を二体ばかしとリザードマンの一隊、それにアンデッドたちを置いてきた」


「へぇ。そいつは頼もしいね」


 ルドルフは早朝にはザマルに援軍を連れてきていた。転移門でやって来たのは竜の親子のエレイースとフォルエラ。ついでにそれに随伴してきたリザードマンたちおよそ五百。そして転移門の開通を待つ二日の間に彼らがダンジョンの深層で狩った魔物の死体をアンデッドとしたもの。この特殊な状況下で、ルドルフに思いつく限りの戦力だった。


 中でも二体の竜は戦況をひっくり返す力を持っている。それをザマルに置いてルドルフは速やかにこちらに来るつもりだったのだが、しかし今日もザマルは朝方から激しい攻勢にさらされていた。竜とリザードマンを戦線に加えて、守勢を安定させるまでに思ったよりも時間を食ってしまったのだ。


 特に意気揚々とやって来たはいいが、半裸のまま寒さに凍えて動けなくなったリザードマンたちを厚着させるのに手間取ったという。綿入れや雪靴を仕立てる仕事に、職人や女たちが今も総出で取り組んでいる。


「おいおい、そういうのもあらかじめ計算に入れといてくれや」


「すまん」


 おどけて言ったつもりが、ルドルフがやけに神妙に謝ったので、かえってヴァルターは目を白黒させる。それからルドルフの背中を強く叩いて言った。


「いやいや、冗談だ。戦いってのは何が起こるかわからんからな」


 二人がそんなことを言い交わしている間に、今日も敵兵たちがまた姿を現した。大挙してやって来る軍の先頭には、白旗が大きく翻っている。また敵の総大将と思しき者の兜首もその横にかかげられていた。


 遠くそれを眺めて、やや目を見開いたヴァルターは言った。


「ほらな。何が起こるかわからん」


  *  *  *


 ザマルの防衛に二体の竜と、矢弾をものともしない鱗を持ったリザードマンたち、それに多種多様な魔物のアンデッドらが加わったことで、トロールたちはすっかり攻めあぐねていた。


 南門の赤竜一体でもどうにもならなかったのに、東門に姿を現した黒竜と白銀竜はさらにどうにもならなかった。同じ竜でもどうやら格が違う。


 しかしながら、勇猛で鳴らすトロール兵団の士気はまったく陰りを見せず、手を変え品を変え、南門、東門、あるいは門のない場所を攻め立てた。


 もはや渡ってきた氷の海は不安定な流氷の海に戻っている。退路はすでにないのだ。生きるか死ぬかの背水の陣であった。


 だがその不退転の士気は、かえって彼らの側の被害を拡大させるだけの結果を招いた。戦いが始まってから十日が経つ頃、そのたった十日のうちに、海を渡って攻めてきたトロールたちの数は半分以下にまで減少していた。


 状況を打開するために、港側から乾坤一擲の夜襲も幾度か行われたが、それらは寝ずの番をする白竜三体とリッチの前に無惨な失敗に終わった。竜たちが並んで放つ氷のブレスは瞬く間に数百体の氷像を作りだし、その氷像は翌日にはゾンビとなって白竜たちの周りにたむろした。


 三度目の夜襲が失敗してから数日の間、トロール兵団の攻撃はぱたりと止んだ。


 そしてある朝、白旗をかかげたトロールの将と思しき者が供回りとともに東門の前までやってきて、高らかに降服を申し入れた。ダドリーがそのトロールの将一人だけを城門から中へと迎え入れる。


 ジゴと名乗ったそのトロールは、即席の玉座の上にちょこんと鎮座するガディの前に頭を垂れ、改めて降服を願い出た。条件は生き残ったトロールたちの命を保障することと、戦いの場を与えてもらうことだった。


『我らに戦い以外の生業はない』


 そう言った。


 自分の命を粗末にしたくはないが、しかし捕虜として飼い殺しにされるくらいなら戦って死んだ方がマシ。生かすならば別の戦いの場所を与えて欲しいと言う内容であった。身分は配下でも傭兵でもかまわないと言う。贅沢を言えば勝ち戦をくれるならばなお良いと。


 とても敗軍の将とは思えない太々しい態度だ。


 だがそんな態度にもかまわずご満悦のガディが一も二もなく彼らを配下に加えようとすると、ヴァルターがそれを遮って聞いた。


『もしまた北のトロールたちが攻めてきたらどうするんだ? 同胞と戦えるのか?』


 トロール語である。ヴァルターはいつの間にかガディの眷属となっていた。


 問われたジゴは堂々と答えた。


『俺たちにとっては報酬を支払う者が主だ。もともと我らトロール兵団は傭兵稼業。同族だろうと別の陣営にいれば互いに容赦はしない』


 先ほどから少し不満そうな顔をしていたダドリーが半ば咎めるように言った。


『主への忠誠はないのか? ザマルで守将を務めていた者は己が役割に殉じたぞ』


 ジゴはその一言にも不敵な返答を返した。


『極北の大戦の頃からいる古いトロールは頭領に心酔して絶対の忠誠を誓っているようだが、俺たち若いトロールは違う。金を払ってくれた分だけの忠誠をこちらも払おう。今回は負け戦の割には長く働いた方だ。十分に義理は通した』


 ジゴの理屈を聞いたダドリーは面白くなさそうな顔をしたが、端で聞いていたルドルフには、それがむしろ信頼のおける言葉に思えた。十分な待遇を与えている間は彼らは裏切らない。ジゴが堂々としているのも、彼の振る舞いが傭兵の矜持に反していないがゆえだろう。


 もともとこの軍を率いていた総大将は古いトロールだと言うことだった。どれだけ屍が積みあがっても戦いを諦めなかった彼はすでに命を落としていて、その結果、今はジゴがトロールたちを束ねる立場にいる。五万いた兵はすでに七千にまで減っていた。


 ルドルフはここまで沈黙を貫いていたが、ひとつだけ質問した。どうしても知っておきたいことがある。


『お前たちの今回の雇い主は誰だったのだ』


『西の魔王と聞いている』


 そのジゴの答えはルドルフの予想通りのものだった。


 その話のついでに思いもよらなかった情報も手に入った。先だって攻めてきた時の戦船や、今回の白竜、それらはすべてその西の魔王から提供されたものだという。北のトロールたちの侵攻に関しても、やはりかの魔王が裏で糸を引いていたのである。


 ジゴをいったん下がらせたところでガディが皆にトロールらの処遇を問うと、ダドリーのみは難色を示したが、ヴァルターやスウェン、それにルドルフは降服受け入れに賛成し、七千のトロールたちは魔王ガディに帰順することとなった。


 トロールたちはもとのザマルの住民たちとの折り合いもあり、ひとまずノルダの関に守備隊として駐屯することとなった。要害に立てこもった手練れのトロール兵七千の守りは、まず簡単には突破できないだろう。トロールたちが運んできた潤沢な物資もまた関の備えとなった。


 そのノルダの関の南側には同じく下ってきた将国の兵たちが幕営し、今後の沙汰を待っている。


 こうしておよそ半月に及ぶ戦いはどうにか年内のうちに決着した。


 それから無事に年が明けて間もないある日、ルドルフはセラとバルドとともに、エレイースとフォルエラをともなってヴァルターの家まで遊びに来ていた。フォルエラは大好きなお姉とお兄、それにお母さんとのお出かけに有頂天だ。


 おかみさんに案内されて家の中に入ると、一番に目に飛び込んできたのは、父と息子たちが遊ぶ姿だった。狼頭のヴァルターが四つん這いになり、二人の息子をその背に乗せて遊んでいる。その父の表情は狼というよりも、喜ぶ飼い犬そのものである。


「お父さんの顔、怖くないのか?」


 そんな親子を上からのぞき込んでルドルフが聞くと息子らはそれぞれ笑顔で言った。


「なんで?」


「すごくカッコイイよ!」


 ルドルフが先日聞いた話によると、なんでも子供らが物心つくかつかないかの頃に、ヴァルターが狼頭になって大泣きさせてしまい、その時に二度と狼頭にはならないと約束したのだという。


 だが当の息子らはそんな約束は微塵も覚えていなかった。父が約束破りを謝ると、二人してキョトンとした顔をしていたそうだ。子供は変なことをよく覚えているかと思いきや、大人が重要だと思うことをさっぱり忘れてしまっていたりする。そういうものである。


「あ、兄ちゃんと姉ちゃんが来てる!」


「ほんとだ!」


 ルドルフの後ろからセラとバルドが顔を出すと、子供らは父の背を下りてそちらの方へ飛び跳ねていった。フォルエラともすぐに仲良くなって、たくさんの来客にすっかり興奮した彼らは父親のことなど忘れ去っているかのようだ。


 子供らを中心に笑顔の輪が広がる中、立ち上がって膝の埃を払ったヴァルターはルドルフを歓迎した。


「よく来たな。まあ、ゆっくりしていってくれ」


「ああ、そうさせてもらう。ところで今日はずっとその顔で過ごすのか?」


 息子らが離れていってもヴァルターは未だ金狼の頭のままだ。


「戻ってって言われない限りはな。今度はそういう約束になっちまった」

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