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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百六十五話 守れなかった約束、守られた約束

「頼むぜ。早くしてくれ。いっそ今すぐにも来てくれんかな」


 ヴァルターは祈るようにこの場にいないルドルフに語りかけた。その声は焦れている。


 ザマルの東門で激戦が始まった二日目、こちらは三日目の戦いとなるノルダの関でもまた絶え間ない攻防が続いていた。


 絶え間ないとはいってもザマルのそれとは違い、この戦場の戦いは極めてワンパターンなものである。


 攻め手はろくに弓矢も持たず、城壁にかける梯子もなく、攻城兵器を持ち出す気配もない。彼らは愚かにもただひとつの城門を目指しそれを破ろうとするだけだった。狭い地形のせいで大軍の利を生かせないにしても、明らかに無策この上ない。


 守る側はおかげでその一点だけを守ればよかった。城門の上の守兵が落とす岩や丸太が取り付く攻め手をまとめて潰す。一方的に敵に損害を与え続けている。


 当然のように攻め手はたちまち死傷者を増した。しかしその勢いはいくら死体が積み重なっても衰えることがない。雑兵の命など使い捨てであるかのように、誰かが倒れればすぐに代わりの者が投入される。城門の前はまさに死屍累々たる地獄絵図となった。


 積み重なった死体がかえって城門を塞ぐ。敵はしばしばそれを除ける必要にかられるが、それをするにも命がけで働かなければならない。


 そんな地獄の中で、ロープと丸太で作った粗末な間に合わせの破城槌が、次の者へ次の者へと受け継がれ、まれに、しかし着実に城門を打つ。その程度で要害の堅牢な城門がすぐにどうこうなるわけではなかったが、少しずつでも削られているのはたしかだ。


 また攻撃手段に乏しいのは守る側も同じであった。鬼気迫る攻め手の様子を見るに、守り手も決して気を抜くことはできず死に物狂いで働いている。が、その死に物狂いの多くは戦場ではなく、関の反対側の少し離れた場所で雪を掘り返すのに発揮されている。


 城門の上から落とすための岩や木を探し集めているのだ。ザマルからやってきた非戦闘員の男たちもそれに加わっている。そしてどうにか見つけ出したわずかな兵器を、高い城壁の上まで運び上げ、運び上げたそばから攻め手の頭上に落としていた。


 双方はただただそんなうすら寒い攻防を延々と繰り返している。戦の誉れなどとは鼻で笑いたくなるような戦場である。


 ヴァルターは少し離れた城壁の上からその有様を俯瞰していた。


 この期に及んでも彼は人間の顔のままだ。周りのほかの獣人たちは力を十全に発揮するために十人十色の獣の姿となっているというのに、この男はまだそうしていない。もっともその状態でもこの場の誰よりも強い力を持つ彼に文句を言う者はなかった。


「この寡兵で俺一人獣化してどうなるってもんでもないだろう。タイミングを見計らってるんだよ」


 初日にルドルフに問われた時、ヴァルターはそんな風な軽口で返した。事実、今の彼はそのタイミングについて思い悩んでいるのだ。だがいよいよその悩む時間もなくなりつつある。そのことに焦れている。


 今日はまだ昼前だというのに、味方はもう攻め手の勢いを止めることができていなかった。落とす岩もまばらである。さっきから敵方は好き放題、丸太の先を門に打ち付けている。


 中には裏から体を張って城門を押さえ、門が破られた時に備えて剣や槍を手にする者もいるが、大した意味はないだろう。城門が破壊されれば、それは確実な敗北と死を意味する。雪崩れ込むあの数をとても止められはしない。


 ヴァルターがはるかに城壁の下を望めば、関から離れた向こうで兵たちを指揮するのは、先日ルドルフと言葉を交わした将、ディケンズだ。相も変わらず両側に女神官サリスと女魔術師イレーナを侍らせ、その背後には十数人からなる神官団が控えていた。


 ヴァルターは獣の聴覚を持っている。敵の内情をうかがうため、折に触れてたびたび聞き耳を立てているが、そのディケンズらの会話の内容はたいがい酷いものだった。


「無理押しを楽しみ、味方の死を嘲笑う。どういう神経してるんだか」


 ヴァルターがそう言って呆れたのも幾度目やら知れない。もう少しましな攻め方があるだろうに。もっともその無理押しがきちんとこちらに堪えているのもたしかだった。比類なき頑健さを誇るノルダの関の城門ももはや無傷ではない。


「つまらん。竜もリッチも出て来ずに終わりそうだぞ」


 今は眠そうな眼で戦を見守っているディケンズがそんなことを言っている。


 彼はずっと竜の出現を心待ちにしていた。迅雷の神子とやらから奪った竜殺しの剣の力を早く試してみたいらしい。


 リッチの方はそれに比べるとどうでもいいようだが、退屈しのぎにはちょうどいいと思っている。選りすぐりの神官団を連れてきていることを誇るなど、対策に抜かりはないようだった。


「そういえば、ほかに神子が二人ばかしいるとも聞いているな。そいつらでも出てくれば面白いんだが」


「いずれもディケンズ様の敵ではないでしょう」


「迅雷の神子がディケンズ様に後ろから刺された時のあの顔が忘れられませぇん。その神子たちもいい声で鳴いてくれるといいのですけど」


 サリスと呼ばれる女は冷たく澄ました顔で、イレーナと呼ばれる女はサディスティックな笑みを浮かべて言った。


 これまでの会話を総括するに、取り巻きも割とろくでもない奴らのようだ。あれらがこの関を破ってザマルまで進んだらと思うと、ヴァルターは胸糞悪い気分にならざるを得ない。


「それにしたって、このままだとまずいな。現実はなかなか厳しいねぇ」


 ヴァルターはその胸糞悪い気分のままルドルフのことを思い浮かべた。


『明後日の朝に強力な援軍を連れてくる』


 ルドルフがそう約束したのは昨日の未明だった。つまり今日を持ちこたえれば援軍が来る。ヴァルターもまたその朝まで持ちこたえると約束した。おそらくルドルフは約束を守る。自分の方もギリギリなんとかなるだろう。


 しかし、にもかかわらずヴァルターは楽観していない。その援軍もこのノルダの関まで回す余裕があるものやら。戦いというのは必ずしも計算通りには進まないものだ。


 そんなことを考えていたちょうどその時、ザマルからの速報でダドリーの負傷を聞き、苦い笑いが漏れた。


 昼過ぎになって、ザマルの男や女たちが転移門を使い、固く凍らせた氷の玉をどっさりと、それに家具やら糞尿やら、とにかく高い場所から投げ落とせるものを運び込んできたのは助かった。これはいい方の計算違い。おかげでヴァルターはまだ約束を破らずに済んでいる。


 だが夕方にもなるとその追加の矢弾も先細りが見えており、ヴァルターは浮かない顔で思案に沈んだ。今日は何とか乗り切ったが、もし明日の援軍が空振りだった場合、これはいよいよ厳しい。


 戦いが終わり、敵兵たちが仲間の死体を運んで引き上げていく中、今宵もディケンズらが居残って守兵を罵る時間が始まる。


 ヴァルターはその敵将の姿を凝視した。


「やれやれ。よくもわざわざ前に出てきてくれるもんだ。あいつらの首でも取れば、少しは向こうさんも大人しくなるかね」


 手の届く場所にある。取れるのならば取っておきたい首だ。


 だが相手も手練れであることはわかっている。それをしようとするのはもちろん賭けだ。また賭け金として確実に支払わなければならない代償もあった。ヴァルターはそのことに思いを馳せ、苦笑した。


 相手を観察しながら値踏みする。


 ディケンズひとりにならなんとか勝てそうな気がする。なんとはない勘である。ヴァルターは自分のこういう勘を信用している。


 とはいえ奴には神官と魔術師がついている。あのルドルフの爆炎を防いだ術を使われた場合、こちらの攻撃が通るものやら。


 そも自分はそうした法術やら魔術を扱う手合いと喧嘩したことがない。


 神官はザマルにもいたので法術が傷を癒したり、汚れた水をきれいにしたりといった奇跡を起こせることは知っている。魔術師もルドルフやセラが間近にいて、色々な魔術を見たこともある。だが敵対したことはないのだ。


 ディケンズとの戦いに神官のサリスが横槍を入れてくるだけでもかなりやっかいだ。与えた傷が治癒の法術でなかったことにされるというのはたまらない。かつ守りの法術によって一撃必殺も難しくなる。


 であれば先にサリスを片付けるべし、となるが、敵さんもそう簡単にはやらせてくれないだろう。


 さらに魔術師のイレーナをも勘定に入れると、もう何がどうなるのやらまったく見当がつかなかった。


 やるなら初手でどちらか片方は落としたいところだ。どう動くかわからない相手は動かさないのが一番である。


 まったく。それが簡単にできるなら苦労はないのだが。


「こいつぁどうも、約束ひとつふたつ、守れんなぁ」


 その刹那、ヴァルターが思い浮かべたのは家族の顔だった。愛する妻、そして息子たち。


「だが一番大事なものだけは守らにゃ。ここは前のめりにひと当て試してみようか」


 皮肉な笑みを浮かべたそのつぶやきの後、近くにいた虎頭に己がこれからすることと、そしてもし自分が倒れた後のことを言い置く。


「関が破れそうになったらとりあえず転移門で全員ザマルに退け。残ってもどうせ無駄死にだ。ただ最後に転移門を壊すのは忘れるなよ。もしも俺がいなくなってた場合、その役割はお前に任せる」


「そんな貧乏くじは村長にやってもらわんと。あんたなら普通に逃げてもあいつらを撒けるかもしれんが、あっしにはとても無理だもんで」


 不敵に笑って互いの拳を打ち付ける。


 そのやり取りが終わるや否や、ヴァルターの顔は変貌を始めていた。気が付けばそこには豊かな金色の毛を揺らす狼の顔があった。


 空を裂くようなゾッとする狼の遠吠えが静まり返った戦場全体に響く。


 その声を聞いたすべての者が首を縮めてすくみあがった。敵も味方も寒気に身を縛られ動けない。その声の主であるヴァルターだけが何事もなかったかのように行動を開始していた。


 天然の城壁であるほとんど垂直の岩山。ヴァルターはあっという間に駆け下りると、途中で大きく壁を蹴り、ディケンズたちから少し離れた場所に着地した。


 ややもせずして金縛りから回復したディケンズは地に下りた金狼が迫って来るのを認め、背後の女たちを振り返った。


「ははっ、面白い! サリス、イレーナ、援護しろ!」


 それは隙ともいえない一瞬の間。


 だがそれこそが明暗を分ける寸毫だった。


 ヴァルターの目は思わぬ機会がすぐそこに転がり込んできたのを過たず捉えた。あとは思考する間もない。瞬く間に慮外の加速で間合いを詰めた金狼は、吸い込まれるような動きで手にした剣をディケンズの首に叩き込んだ。


 首は不敵に笑った顔のまま、胴を離れた。


「ディケ……」


「うそでしょ?」


 とっさに手を伸ばそうとするサリス。半笑いでつぶやくイレーナ。目にも止まらぬ剣閃は二人にそれ以上の言葉を許さなかった。男の首が地に落ちるのと、切り捨てられた女たちが倒れるのとはほぼ同時だった。


「ふいーっ、お楽しみに付き合ってやれんで悪いね。だが俺も家族を守らないといけないもんでね」


 ディケンズの見せた行動は詮無きことではなかった。まだまだ余裕のある距離だと思ったのだろう。事実そうだった。相手が金狼の獣人でなければだが。


 遠吠えにすくんでいた周りの兵士たちは目の前で起きたことが理解できず、未だ固まったままだ。城壁の上から俯瞰していた獣人たちでさえ、同じ様相であった。


 ヴァルターはそれらを尻目に、倒れた首なし死体の腰から赤い剣を外した。


「ルドルフの剣だな。こいつはもらっとくよ」


 ついでにディケンズの首も拾う。


「さすがにこいつは総大将ではないよな? ま、これで多少なりとも向こうさんの士気が落ちてくれたらいいんだが」


 ヴァルターはその場でディケンズの首を大きく掲げて叫んだ。


「敵将討ち取ったり! お前らも首になりたくなければさっさと逃げるんだな」


 その轟く声は戦場に残っていた将国軍の全兵士に伝わった。兵士たちは算を乱して我先にと逃げ出し、自らの足で逃げられぬ死体のみがその場にとどまる。


 その様を見届けたヴァルターはひとつため息をついた。


「どうやら破る約束はひとつで済んだか。あーあ。しかしまったく。この顔には二度とならないって、五年も守ってたのにな」


 そして来た時とは違い、悠々と城門まで引き返していった。


  *  *  *


 ザマルにも早い冬の黄昏が訪れた。トロールたちは撤退していく。


 ダドリーの咆哮とともに勝鬨が上がったが、兵の多くはそのあとすぐに崩れ落ちてうずくまったり寝転がったりしている。今日もなんとか敵を退けることはできたが、昨日よりも明らかに疲弊の度合いが上がっていた。二体のマンティコアも魔力をほとんど使い果たしてげっそりしている。


 たった二日でこの有様だ。


 戦の報告を聞いたガディは考えていた以上の犠牲の多さに息をのんだが、その後、気丈に町中を激励して回った。よくぞ乗りきった、もう大丈夫だ、明日になればルドルフが戻って来る、援軍が来るぞ、と。


 セラは今日もまた疲れ果てていたが、なんとか自分の役割を果たせたことに安堵していた。師匠との約束通り、二日を持ちこたえたのだ。


 翌朝、果たされた約束に報いるようにルドルフが帰って来た。黒衣の女性と銀髪碧眼の少女を連れて。


「セラお姉!」


「フォルちゃん!」


 身支度をする途中、部屋に飛び込んできたフォルエラをセラが抱き留める。


「もはや案ずるな。いつかの約束通り、我はルドルフの子らを助けよう」


 エレイースが静かに、微笑みながら言った。

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