第二百六十四話 東門の激闘
東門の内外には過酷な戦の光景が広がっていた。たどり着くなりその悲惨を目の当たりにしたセラの胸が痛む。
城門の内側には大きく負傷したゴブリンやオークたちがそこかしこに横たわっていて、中にはすでに息をしていない者もある。救護の女手がそれぞれの言語で声掛けしながら忙しく走り回っていた。
外側にはトロールが地を埋め尽くして大挙しているが、少し離れたところに味方の魔物たちの死体が多く転がっていた。その奥には黒い煙を立てる投石機の残骸がある。
少ない数だが投石機は東門にも配備されていて、こちらも朝から守備側を大きく脅かしていた。セラたちと同じく打って出たダドリー率いる決死隊がなんとか破壊に成功していたが、そのために払った犠牲は決して少なくないものだった。
「セラ様にバルド殿。これはありがたい。百人力の助っ人とはまさにこのことです」
負傷したと言う熊頭のダドリーは意外にも元気な姿で笑っていた。獣毛に覆われた左の二の腕に包帯を巻いているものの、それ以外はいつもの通りだ。
その日の午後の東門は昨日にも勝る激しい戦いの舞台となった。
南門での戦いと違い、東門のそれはオーソドックスな攻城戦だった。
ダドリー率いるゴブリン、オーク、コボルトの混成部隊が城門を固く閉じ、踏み固められた雪原を押し寄せるトロール兵を相手に激しい攻防を繰り広げている。すでに正規兵以外の男たちも武器を取り前面に出ていた。
「狙いなどつける必要はない。とにかくありったけの火矢を放て!」
城門の上から熊頭が檄を飛ばす。実際、地を埋め尽くす敵兵に向けて矢を射れば、外す方が難しい。トロールの再生能力を封じる火矢の傷は攻め手を少なからず倒し、その勢いを削ぐ。
ところがそれしきの被害は計算のうちとばかりに、後から後からやってくるトロールたちは城壁に取り付いて鉄の梯子をかけ、破城槌で城門を破ろうとする。ダドリーらは城壁の上から矢弾や落石の嵐を浴びせて防ぐものの、トロールの弓兵が放つ大弓の矢で守兵の被害もそれなりのものだ。
トロールの弓兵らは火矢で傷を受ければ後続と交代し、返報のように放ち続ける矢の数は衰える気配を見せない。梯子を押し外されたトロールたちは弧を描いて地面に叩きつけられるが、致命傷を負っている者はほとんどおらず、するとその驚異的な再生能力で、間もなく何事もなかったかのようにまた梯子を持ち上げる。
それを相手取る守兵はといえば、大きな傷を受ければ命は拾ってもそれ以上は戦えない。敵に与えている打撃はこちらの方が大きいにもかかわらず、味方の方が徐々に数を減らしている状態だ。
いつしか厚みを増したトロールの兵力は徐々に守兵を圧倒し始めていた。南門から撤退させた兵員をこちらに集中したのだ。
加えて投石機を破壊するための突貫でこちらの正規兵が千の単位で命を落としたことも響いている。特にトロールに匹敵する腕力を持ち、守りを支えていたオーガの部隊が全滅したのは痛かった。
そんな中、陣頭に立ったダドリーの叱咤は城壁内の者の心を大きく支えた。自らも精力的に動き、再生能力があるわけでもないのに、多少の矢傷などものともしないタフネスで奮戦を続ける。
セラもここぞという場面を見極めつつ魔術を使い続けた。たびたびファイアウォールで敵の勢いを削ぎ、ファイアバーストで敵に戦闘を継続できない程度の傷を与える。トロールの苦手とする炎の魔術は防衛に大きな効果を発揮した。
しかしながらそれでもギリギリの戦い。
休むことなく攻め来るトロールたちを相手に、長い間、薄氷を踏むような攻防を続けたが、やがて均衡の破れる時が訪れた。
かけられた梯子を登りきったトロールが、城門の上に次々と躍り上がる。セラの近くに立った一体をバルドが瞬く間に切り伏せ、城門の外に蹴落とすが、それ以外の場所では何体ものトロールが城壁の内部に飛び降り、暴れまわり、城門を内側から開けようとしている。
目先の状況に手が離せぬダドリーやセラ、バルド、誰もが対応できないうちに城門は開け放たれた。
トロールたちが鬨の声を上げ、我先にと殺到していく。
すぐさまセラがファイアウォールの魔術を重ねて城門の外側に蓋をする。分厚い炎の壁に突っ込んだトロールは、突き抜けたすぐのところで火傷の痛みに悶絶して転げまわっている。後続が炎に怯む隙に城門は再び閉じられたが、それまでに十数体のトロールが無傷で城門を駆け抜けた。
まんまと城門内に侵入したトロールたちは塊となって、眼前に群がり、また追いすがって来る魔物たちを蹴散らしながら、大通りを駆けていく。
セラにそれを追いかける余裕はない。それはダドリーとバルドにしても同様である。
悔しいが今こそ転移魔術で師匠に助けを求めるタイミングだった。だがそうと決めたセラは、呪文を唱え始めてすぐに鉛を飲んだような気持ちになった。使えると思っていた魔術が使えない。すでに転移魔術を使うだけの魔力がなかった。
とうに魔石は使い切っており、今はバルドと手を繋いで回復している暇もない。
魔力配分を誤りタイミングを逸した自分の判断ミスを呪いながら、セラは残り少ない魔力で梯子を登って来るトロールを焼く。せめて町の守りに配されている者たちの活躍を期待するほかなかった。
* * *
やがて十二体のトロールは追って来た魔物たちを、あるいは屠り、あるいはすっかり撒いて、無人の市街地を走っていた。
と、その時、行く手に冬の装いで厚く着こんだ子供の姿が見えた。
「あっ」「逃げろ!」「だから僕は来たくないって言ったんだ!」
三人の人間の子供たちはトロールの姿を見るなり通りを走って逃げ出した。しかし子供の足で大股のトロールから逃げ切れるわけがない。たちまちその距離は詰まり、トロールたちは蹂躙の喜びに唇を歪める。
しかし今まさに追いつかんとするその時、彼らの前に幽鬼のようにふらりと現れた何者かが立ち塞がった。
だらしなく乱れた髪から尖ったエルフの耳がわずかにのぞく。ストーラウである。その手には一振りの剣が握られている。
トロールたちが勢いにまかせてそのエルフに突撃していくと、先頭の三体が相次いで躓き、そのままストーラウの後ろで倒れた。続いて三体が同じように倒れる。ここに至って、残りの半分のトロールはようやく足を止めた。
倒れたトロールたちは、見ればきれいに首を切り落とされて絶命している。トロールは体を両断されると頭部のある方からのみ再生するが、頭部だけになると再生する体力もなくそのまま命を落とす。
続けざまに放たれたストーラウの目にも止まらぬ斬撃。それは一振りごとに確実にひとつ、トロールの太い首を両断していた。
「トロール……ッ!」
ストーラウは自分が切ったものが何なのか、いま気が付いたかのように声を絞り出した。歯を食いしばり、振り乱した髪の奥でその目が光る。
屈強なトロールたちの表情に怯えが走った。だが彼らが怯えていられた時間もそう長くはなかった。
* * *
東門では相変わらず熾烈な戦いが続いていた。ダドリーをはじめとする守兵たち、それにセラとバルドも死力を尽くしている。
その東門の上にふと現れた人影が、城壁の上からその外側へと身を躍らせた。
同時に眼下に血の花が咲き始める。誰かがトロールたちの間をものすごい速度で駆けまわっている。その通った後には首を落とされたトロールたちの死体が次々に倒れた。攻め手の圧力が目に見えて弱まり、落とされた梯子が再び持ち上がることもない。おかげで守兵は一息つくことができた。
セラが城壁の下を眺めれば、そこには髪を振り乱したストーラウが一心不乱に駆け、剣を振っている。
いつの間にか横に来ていたカミラが叫んだ。
「無茶です! ストーラウ様!」
トロールたちを蹴散らして縦横に走り回るストーラウ。それはバルドですら目を見張る血風の嵐だった。
しかしあのようなめちゃくちゃな動きをして長く持つはずがない。実際、ストーラウの動きはいつしか精彩を欠きつつあった。息が上がり、剣筋も荒くなり、今までのようにトロールの首を一刀で切り落とすこともできなくなっている。
カミラが撤退を叫びつつ弓矢で援護するが、当のストーラウはそれにまったく応じず、やがて疲れ果てて足を止めた。すっかり周りを囲まれている。そんな状況でも振るう剣はトロールたちの攻撃を凌ぎ、倒しさえしていた。が、トロールたちの攻撃もストーラウの身を削り始めた。あのままでは時間の問題だろう。
そんなストーラウの隣に、不意に転移の光が煌めいた。セラである。トロールたちがその光を警戒して離れた隙にストーラウを捕まえてショートリープを唱える。その詠唱が終わるや否や、セラとストーラウはそろって城壁の上に退避していた。血まみれとなってその場で倒れ伏すストーラウにカミラが駆け寄る。
獲物に逃げられたトロールたちが暴徒のごとく口汚く叫んでいる。わずかに休んで活力を取り戻した守兵たちも意気を上げて、兜のひもを締め直した。壁外のトロールの影は雲霞のごとく続いていて、まだまだ戦いは終わりそうにない。
その時、城壁の外に雷が閃いて、眼下のトロールたちの頭上に降り注いだ。
「お前さんは馬鹿だね。トロール相手には火だろうに」
「やかましいわい。わしは雷の方が得意なんじゃ。それにほら見い。ちゃんと火傷しとるぞ」
見ればライオンの体にコウモリの翼、サソリの尾を持つ魔獣がセラの両側にそれぞれ立っていた。片方は老爺、片方は老婆、いずれもしわだらけの顔をしている。マンティコアだ。
「オラン! リドラ!」
セラの喜びのこもった声に、二体のマンティコアはともに満足したような表情になる。
これらはセラが南方大陸から連れてきて、ガディに譲渡した雌雄のマンティコアだった。
「ガディ陛下はどうしたのだ。万が一のためにお主たちをお側に控えさせたのだぞ」
近づいてきたダドリーが険しい顔で言った。
「そのガディがあたしらをよこしたのさ。街中にトロールの侵入を許すなんて、それはもう万が一の事態だとね。やれやれ、あたしもこんな寒いとこで働きたくはないんだが」
老婆の顔をしたリドラの方がしゃがれ声で答えた。ダドリーは叱責されたかのようにバツの悪い顔となる。熊の顔でもその表情はよくわかった。
「ほっほ。責めているわけではないわい」
オランが好々爺の顔で笑った。
続く戦いの中で、マンティコアたちは城壁の上を自在に飛び回り、老爺と老婆の顔が唱える魔術はトロールたちを翻弄した。二体の強力な魔獣の参戦により、戦況は拮抗状態となった。




