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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百六十三話 投石機

 南門は今朝も無防備に開け放たれている。


 人間の形を取ったグレアズは昨日と同じく城門内すぐの家の影に隠れて、トロールたちがやって来るのを待っていた。


 正直言うと、もう城門前に立つのは嫌である。赤竜にとってトロールなど吹けば飛ぶ相手とはいえ、いかんせん数が多すぎる。虫のように体中を刺してくるのが鬱陶しい。ブレスを吐きすぎて疲れたし、喉の調子もちょっとおかしくなっている。


 昨日一日中せわしなく対応したグレアズは心身ともに疲れて、一夜明けてもやや不機嫌なままであった。


 思えばダークエルフにそそのかされてガディの配下になったのがケチの付き始めであった。ゆくゆくはガディからは離れ、もっと強い魔王のもとで楽にいい目を見られると聞いていたのだが……今や恐ろしい凶器を持ったリッチに脅されて、ガディのもとを去ることもできず、にっちもさっちもいかない始末だ。


 だいたいこの土地は寒すぎる。こんなことなら元の住処の温泉から離れなければよかった。硫黄の香りが恋しい。


 グレアズがそんな風に半ば夢見ていた時であった。


 何か鈍い音がしたかと思うと、続いてガラガラガラと何かが崩れる音。周囲を見渡せば、間近にある石造りの家屋が半壊していた。


 それを見ている間に空から何かが落ちてきて、別の家の壁に大穴を開けた。次に落ちてきた物は通りを道なりに転がっていって、雪かきでできた雪山に突っ込んで止まる。見ればそれは巨大な氷の塊であった。


 辺りの住人は城壁から離れた場所に避難しているので家が崩れても町は静かなものだが、城門の上ではなにやらと騒いでいる。


 グレアズは渋い顔で氷塊を見つめた後、どういうことになっているのかを確かめるため城門の外へと出た。すると南街区の大通りの向こうにトロールたちがたむろしているのが小さく見える。彼らは自分たちの背丈よりも大きな道具を囲んで何かしていた。


「何が起きてるんだ!」


「投石機です! トロールたちが投石機で氷を飛ばしてきたんです!」


 グレアズが城壁の上に向かって叫ぶと、セラがそれを見下ろして叫んだ。


「昨日のバリスタみたいにさっさと片付けて来い!」


 グレアズは苛立ちを募らせ叫んだが返事はない。いったん城門の内側に戻って、階段で城壁の上まで登る。するとそこではセラとバルド、それに人間の兵たちが顔を突き合わせて何やら思案していた。


 グレアズが声をかけようとしたところでまた五つばかりの氷塊が飛んできた。そのうち三つは城門内に落ち、うち二つは城壁を強く打ってその表面をわずかに崩した。あれが当たればグレアズでも相当痛い。


「どうした。何をモタモタしているんだ。早くあれを壊しに行け」


「そのやり方をいま考えているんです」


 グレアズが不機嫌そうに言うのに、バルドが冷静に答えた。


 投石機までは数百メートル以上の距離がある。遠く魔術の射程外である。あれを壊すには、昨日、バリスタを破壊した時と同じように近くまで行く必要がある。ショートリープを連続して使えば移動自体は容易いことだが……


 しかしトロールたちも昨日のうちに学習し、今日は相手のその手段に備えを張っていた。周囲の屋根の上に弓兵たちが控え、突如現れるセラとバルドを警戒している。まるで自分たちが守備側であるかのように陣を敷いて防備を固めているのだ。


 あの中に無策で飛び込んでいくのはさすがに無理だ。


「危ない!」


 誰かが叫んだ。セラが素早く唱えたシールドの魔術によって、薄っすら緑に輝く透明な盾が目の前に現れる。それは見る見る空から迫って来た氷塊の勢いを殺して砕け散った。考えているうちにもトロールたちはどんどん氷塊を飛ばしてくる。


 グレアズはシールドに弾かれて城門前に落ちた氷塊の大きさを見てゾッとした。もし今あそこに自分がいたら、赤竜の姿でもただではすまなかっただろう。


 投石機の周りには氷塊が山と積み上げられて、さらには打ち出すそばから補充されている。どうやら凍った海を切り出して持ってきたようだ。あの量だと今日はずっと氷塊を打ち出し続ける気かもしれない。狙いの精度は低いようだが、数打ちゃ当たるというやつだ。あれを一日続けられれば、少なくとも町に凄まじい被害が出るだろう。城壁や城門も場合によっては危うい。もちろん人に当たれば即死である。


 早急になんとかしなければならない。


「古代魔術を使います」


 セラが思い切ったように言った。


 古代魔術スコーチドアース。


 この小娘もあの恐ろしい魔術を使えるのか。


 グレアズはルドルフがその魔術を白竜とトロールたちに向けて放った時のことを思い出し、セラに対して一歩引きそうになった。しかし一方で「こんな小娘に」と癪な気分となり、強いて不機嫌を取り繕って言った。


「そんな手段があるのなら最初から早くやれ」


「奥の手が必要な魔術なんです。今日がまだ始まったばかりのこのタイミングで出していいものか、考えていたんですよ」


 バルドがやはり冷静にフォローした。


「大丈夫。昨日もその奥の手は使わないでなんとかなりましたから。じゃあ、行きます!」


 セラはそう言うなり、呪文の詠唱を始める前に精神を集中した。グレアズから見てもセラの気配が少し変わったのがわかる。神子としての異能を解き放ったのだ。


 その異能によってもたらされる無限の魔力を使ってセラは詠唱を開始する。やがて凄まじい魔力の奔流が周囲に渦を巻き、近くにいる者たちの息を詰まらせた。


 そうして十分以上にも及ぶ詠唱がいよいよ佳境を迎えた時である。


 彼方の投石機から氷塊が大きく打ち上げられ、あれよあれよという間に目の前に近づいてくる。城壁の上にいた数人とグレアズは自分たち目がけて向かってくる氷塊から逃げるように横に飛びのいたが、しかし今しも魔術を放とうとしているセラはその場から動かない。


「なにやってんだ!」


 グレアズが前のめりに呼びかける肩をバルドがつかんだ。


「大丈夫です。セラは大丈夫ですから。魔術の邪魔をしちゃだめです」


 そのやり取りを尻目に迫る氷塊が彼女を圧し潰そうとした刹那。


 セラの指にはまる結界の指輪が発動し、淡く光る障壁がその身を包んだ。氷塊は跳ね返され、そのすぐそばに転がる。


 ほぼ同時に詠唱が完了した。


『スコーチドアース!』


 昨日ルドルフが放ったのとまったく同じ大魔術がトロールたちの頭上から降り注いだ。炸裂する白い閃光。暴風。その余波に誰もが目を背ける。ややあって一同が城壁の下を見渡した時、トロールたちと投石機は消え去り、周囲にあった家々も吹き飛んでいる。辺りはすっかり更地となっていた。


 無事に古代魔術を発動させたセラが一息つく。周囲の少ない兵の間からも歓声が上がった。


 ところが。


 間もなくまたしても空を飛んでくる氷の塊があった。


 それはセラのすぐ間近の床を跳ね、石の床を削り取って城壁の内側へと転がっていった。そして転がった先にあった家の屋根に大穴をあけて、そのまま穴の中へと消える。


 さっきまでに比べて大幅に数は少なくなったものの、投石機による攻撃はまだ続いている。更地の向こうにもトロールたちが陣を張っているのが見えた。建物の隙間から投石機そのものも見える。


 セラの表情が再び曇った。すべての投石機を魔術の範囲に捉えることができなかったのだ。おそらくはまだ二基ほど残っている。そして目の前で大魔術が炸裂したにもかかわらず、攻撃の手を止めない敵のやり口。それがどんなに強力なものだとしても、魔術には限りがあることを知っているのだ。


 無限の魔力を使える時間も終わり、セラはもう古代魔術を使えない。そして古代魔術以外の魔術では、あの残りの投石機には届かない。


 しかしその苦い表情はすぐに覚悟の顔へと変わった。


「行こう、バルド。無茶でもやらなきゃ」


「……行こう」


 バルドも一拍おいた後に同意する。


 魔術が届かないならば、届く位置まで近づくしかない。セラたちはトロールたちのもとへと短距離転移の魔術で突貫してその仕事をする気だ。決死の仕事である。


 そうだ早く行け。お前たちは俺を守るのが仕事だ。新たな段取りを聞いたグレアズがそう考えて尊大に構えた時、セラがグレアズの目を見て言った。


「グレアズさんは私たちが絶対守りますから」


 面と向かって少女にそう言われると、しかしそれはなんだかグレアズを複雑な気持ちにさせた。よくわからないが胸が締め付けられるような困惑と同時に、生意気を言うなと変に腹が立ちもする。


「待て」


 グレアズは手を繋いでショートリープの魔術の準備をするセラとバルドを呼び止めた。よく考えてみれば、もしこいつらがもし死んでしまったら誰が俺を守るというのだ。


「そんな顔をするなら俺も行ってやる。その代わり何があっても絶対に俺を守れよ」


 やがて城門前に巨大な赤竜が姿を現した。そして天を仰いで大気を震わす咆哮を吐くと、猛然とトロールたちに向けて駆け始めた。二体の大柄のスケルトンがその左右を守ってともに走っている。


 トロールたちの間に軽い動揺が広がった。赤竜が城門を離れて打って出てくるのは初めてだったからだ。とはいえ、大きく崩れはしない。弓兵は応戦して矢を放ち、歩兵は大きく半円状に散開して槍と盾を構える。竜が陣の中に飛び込んで来れば遮二無二押し包んで群がる構えだ。


 竜は飛んでくる矢を硬い鱗で弾きながら、炎の吐息を吐く。迫る炎に最前列のトロールたちが怯んでのけぞったが、そこはまだブレスの射程の外だった。遠火の熱気を感じさせる程度で彼らの身を焼くことはない。


 そのグレアズのパフォーマンスにトロールたちの注目が集まる中、セラとバルドは二人でショートリープを繰り返していた。大きく回り込んでトロールたちの陣まで近づく。中には彼らに気が付いて声を上げるトロールもいたが、すっかり竜に気を取られているほかのトロールにその声が届くことはない。


 刹那、投石機のうちひとつが炎の柱に包まれ、次いでもうひとつ、次々と燃え上がった。近くにいるトロールたちは慌ててそれを消そうとするが、魔術の炎を前になすすべがない。


 グレアズに向けて群がろうとしていたトロールたちも背後で起こった異常に気を取られる。その隙に踏み込んだグレアズが吐いた炎が、今度は前列にいたトロールたちを大きく燃え上がらせた。


「投石機はすべて破壊しました。下がりましょう!」


 不意にグレアズの足元に姿を現したセラが大きく声をかけた。


 グレアズは黙ってうなずくと、悠々と城門前まで引き上げ、トロールたちの方に首を向けて鎮座した。


 最後のグレアズの炎の吐息はまた、南街区の家々に大きな火災を引き起こした。延焼の炎に包まれて散々に混乱した後、トロールたちは物見を兼ねた牽制程度の兵を残して退いて行った。


 炎を吐く竜の攻略を断念したのだ。


 城門の上の兵士たちの間からささやかな勝利の歓声が上がる。セラとバルドも笑顔で顔を見合わせ、グレアズは満足げな唸り声をあげた。


 しかしながら、それは一時的な勝利でしかなかった。


「東門にてダドリー将軍が負傷されたようです。ほかにも少なからぬ被害が出ている模様」


 間もなくもたらされた報に空気がしんと冷える。


 落ち着かない様子で東門の方角を眺めるセラ、そしてその隣に寄り添うように立つバルドに向かってグレアズは言った。


「ここは俺に任せろ。何か動きがあれば呼ぶ。お前らは向こうでもっと働いてこい」

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