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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百六十二話 ザマル防衛戦

 翌朝、青く晴れた真冬の冷え切った空気の中、ザマルでは戦が始まった。


 トロールたちは北街区の城壁を取り囲み、城門のある東と南から本格的な攻撃を開始していた。昨日は白竜三体をまとめて失うという大損害を喫したにもかかわらず、攻め来るトロールたちの士気に陰りはみられない。


 その戦場にルドルフの姿はない。


 セラは改めて気を引き締めていた。援軍を約束した師匠が戻ってくるまで、魔術師は彼女だけだ。限りある魔術をできるだけ効果的に使わなければならない。バルドはいつものようにその傍らにいて、彼女に万が一がないように目を光らせてくれている。


 師匠からは「どうしようもない時には呼びに来い」と言われている。だが援軍を呼ぶ転移門の作成にはかなりの魔力を注ぎ込む必要があることをセラは知っている。また十枚からなる積層魔法陣のうち、一枚一枚の魔法陣は一筆書きで途切れず書ききらなければ書き直しになる。軽々しく呼べばそれだけ師匠の仕事は遅れるのだ。よほどのことがない限り、セラはルドルフを呼びに行く気はない。


 東門ではダドリー率いる守兵が早くも激しい防衛戦を繰り広げている。そんな報が届く。そちらに比べるとセラたちの担当する南門の様相は少し違った。


 敵に向けて城門が無防備に開け放たれている。城壁の上にいるセラたちはじっと物陰に隠れて静かにしていた。


 トロールたちはかなりの時間、その奇妙な様を遠巻きにして様子を見ていた。


 やがて警戒とともに近づき、恐る恐る城門をくぐって進む。


 と、その彼らの前に突如として赤竜が姿を現した。前方の建物の陰からぬっと出てきたのだ。とっさに横に逃げようにも左右の路地は雪の壁で塞がれていて、前に進むか後ろに下がるかしかできない。刹那、百余りのトロールたちはそのいずれをも選択できないまま、グレアズの吐いた炎のブレスで火だるまとなっていた。


 さらに城門から顔を出したグレアズが周囲に広がるトロール兵に向けて炎の吐息をまき散らす。南街区の家屋もろともに炎に巻かれた彼らの死傷者は数知れず。運んできていた攻城兵器も台無しになり、トロールたちは甚大な被害に算を乱した。


 焼け焦げた仲間を引きずって撤退していくトロールたちを見送りながら、グレアズはそのまま城門の外に居座りその場を守る配置についた。


 セラはバルドと少数の人間の兵、さらに二体の異形の大型スケルトンとともに相変わらず城壁の上の物陰から、外の様子をうかがっている。この場でグレアズを守り、竜と言う最大戦力のサポートをするのがセラたちの仕事だ。


「来た」


「うん、私にも見えてる」


 いくらかの後、バルドが注意を促し、セラが返事をする。一時撤退したトロールたちはすでに赤竜を攻略するために動き始めていた。南街区の大通りを何基ものバリスタが運ばれてくるのが見える。


 バリスタの矢の一本や二本、竜の固い鱗は容易く弾き返す。しかし集中攻撃を受ければその鱗にもやがてはほころびが見えるし、急所に当たれば痛打を受ける。またいつか緑竜サモアードが食らったような、一撃で竜の鱗を貫く魔道具のバリスタを敵が持つこともあり得る。


 あれらを好きに打たせるわけにはいかない。


「バルド、行こう」


 バルドはこくりとうなずき、セラが差し出した手を黙って握った。ショートリープの呪文を繰り返し唱え、大通り脇の家屋の屋根に二人姿を現す。バリスタはすぐ目の前。


 そこでセラが魔術を使うたびに炎の柱が渦を巻き、バリスタを次々に炎で包んだ。その呪文を唱える間、セラの姿に気が付いたトロールが弓矢を射てきたり、屋根に上ってこようとするのをバルドが防ぐ。


 すべてのバリスタを破壊した後、再びショートリープで城門の上まで退避した二人は、気を抜く間もなく再びトロールたちの行動に目を配った。その間、バルドはセラの手を固く握り、魔力譲渡の腕輪の力を使って彼女に自分の魔力を分け与えている。


 続けて出鼻をくじかれたトロールたちは混乱し、いったん退いていった。


 上々の幸先である。だが戦いはまだ序の口に過ぎなかった。


 それから一日中にわたって、ザマルの戦いは熾烈を極めた。


 セラの守る南門においても、昼の腹ごしらえを終えたトロールたちが再び攻め寄せ、気の抜けない攻防が繰り返された。


 セラとバルドは二体のマローダーや人間の兵たちとともに駆けずり回って状況に対処したが、一番やっかいだったのはトロールたちが犠牲を問わず、遮二無二数の力で押してきた時だった。


 トロール、トロール、トロール。前方どの方向へ首を向けても武装したトロール兵の姿が目に入る。


 三方から突撃してきた敵兵をグレアズが炎のブレスで薙ぎ払うが、相手は倒れた仲間を踏み越えて止まることなく殺到してくる。グレアズはブレスを繰り返し吐き、至近まで近づいたトロールを鉤爪や尾で潰したり跳ね飛ばしたり、今までとは違った必死の様相を見せた。


 セラもファイアウォールの魔術で道を塞いだり、スネアの魔術で足場を乱すなどしてなんとかそれを押しとどめんとするが、斧や槍を携えたトロールたちはそれをも乗り越え、やがてグレアズの体に取りつき始めた。


 人間の弓兵たちが射まくる火矢も敵の数と勢いの前には焼け石に水だ。


 それでもバルドが取りついたトロールたちを切っては引きはがし続け、さらにマローダーたちがめちゃくちゃに暴れ回り、加えてルドルフがいざという時にとセラに預けたトロールゾンビ二千を投入することで、なんとかその場を凌いだが、わずかに鱗を貫通する傷を受けたグレアズは「生きた心地がしなかったぞ!」と、怒りをセラとバルドに向けた。


 トロールたちはとにかく何度撃退されても怯むことなく戦いを継続する。彼らの再生能力と精強さは、兵力だけでは推し量れない圧力を持っていた。彼我の戦力を比較した時、師匠が難しい顔をしたのも納得だ。


 ゾンビとの差もその再生能力のやっかいさを際立たせた。ゾンビとなったトロールに再生能力はない。生きたトロールと死んだトロールが正面からぶつかって双方に同じ打撃を与えた場合、片方の傷はほどなく癒えるが、片方の傷は残り蓄積していく。優劣は明確。


 それに師匠の言っていた通り、再生能力抜きの単純な戦闘力にも明らかな差がある。赤竜の危機に城門の内側から現れたトロールゾンビらは、やがて徐々に数を減らして動かぬ屍を大地にさらし、程なく全滅した。


 夕方となりトロールたちが素直にその日の戦いを終えて退いたことは幸いだったといえる。結果を見れば一進一退といったところだ。与えた損害はむしろこちらの方が大きい。が、攻め手は余裕をもって引き上げていった。


 このまま数日戦えばこの町は順当に陥落する。おそらく向こうはそんな手応えを感じたのではないだろうか。張り詰めた攻防に疲れ果てたセラにはそんな気がしてならなかった。


 見張りに後を任せたセラは重い体を引きずって、バルドとともに帰宅の途に就いた。もうくたくたである。


 その帰り道の途中でガディが人々に声をかけているところに出会った。


「今日はよくやってくれた。厳しい戦いだが、なんとか明日の終わりまで耐え抜くんだ」


 ガディが労いの言葉とともに兵士たちを激励して回った。「お前は絶対に矢面に立つな。死ぬから」というルドルフとヴァルターの言葉に従って大人しくしているが、彼は彼の役割を果たそうと懸命だ。


「そうすればルドルフが勝機を携えて戻って来る」


 ルドルフが援軍を必ずと約束してくれたこともガディの強気の一因となっている。その曇りのない強気が兵や民を勇気づけていた。


 振り返ってみればこちら方も負傷者は多数だが、死者の数はまだ少なく、兵たちの士気は高い。暖かい食事と休息に一息ついた守兵の多くは、早くも明日の戦いの準備をしている。しぶとい敵の様子に少し暗い気持ちになっていたセラだったが、状況は考えるほど悪くはないのかもしれない。


 我が家に帰りついたセラはほっと一息ついていた。今日はいかに魔力を節約するかに苦心したが、何とかうまくやりくりすることができたようだ。師匠を呼びに行く必要もまだ感じない。


「明日に備えて、早く……寝なくちゃ……」


 セラは夕食を食べた後、そう言ったきり、テーブルの椅子に腰かけたまま抗えない眠気に襲われ、背もたれに寄りかかって目を閉じた。向かいに座っていたバルドの立つ気配がして、間もなくセラは横抱きに持ち上げられるのを感じた。おもむろに自分のベッドに横たえられ、その上に暖かい毛布と布団の重みがかかる。


 セラは口を開けて「ありがとう」と礼を言おうとしたが、それを言葉にする前に彼女の意識は深い眠りの中へと沈んでいった。


 戦いはまだ一日目が終わった所である。

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