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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百五十九話 氷結渡海

 ヴァルター家での集まりから間もない十二月の半ばのことだった。


 ルドルフが緊急の知らせを受けてガディの館へ行くと、館の中にはどこか緊迫した空気がただよっていた。案内も待たずにつかつかと入っていく。玉座のある広間でガディとダドリー、それにスウェンが彼を迎えてくれた。


「おお、待っていたぞルドルフ」


 この小さなコボルト王はルドルフのことをすっかりと配下扱いしている。そんな口調だ。いちいち訂正するのも面倒である。ルドルフは現状について単刀直入に尋ねた。


「いったい何が起きている?」


 説明はスウェンが請け負った。それによるとどうやらノルダの関が南から攻められているのだという。


「王国か」


「それが、どうやら攻め手が掲げているのは将国の旗のようでして」


 その回答はルドルフにとってまったく予想外のものだった。勢いを盛り返した北アストル王国が攻めてくることは薄く想定していたが、なぜ東アストル将国が。犬猿の仲である王国の領地を大きく縦断しない限り、将国がここまで来られる道理はない。


 ルドルフはその疑念を口にしたが、スウェンもまた同じく疑念で返すのみであった。


「敵の規模は?」


「それもまだ」


 正直、不可解な急展開だ。


 とはいえ、戸惑いと緊張はあるものの、悲壮感めいたものはこの場にはない。防戦にはグレアズが足を運んだらしい。あの要害に赤竜が立てこもればどんな大軍でも突破はまず困難だろう。


 聞けばルドルフを呼んだのも念のためだったという。それを聞いたルドルフが気を抜こうとしたその時、広間に慌てた様子のコボルト兵が走り込んできた。


『北からトロールが現れました!』


 もたらされたその報告に、ルドルフは馬鹿なと思いながら、海に面する北の城壁の階段を駆け上がった。トロール兵団の船は夏にすべて焼いたし、秋にも一度見に行った。仮にそれから新しく船を調達したとしても、流氷のこの時期に乗って来られるわけがない。


 ガディらに少し遅れて城壁の上に登ったルドルフは、遥かに北を見やり、今度は報告ではなく目を疑った。そこにはたしかに群れ成すトロールたちの影があった。だが船は影も形もない。彼らは整然と列を作ってこちらへ歩いて来る。海の上を徒歩で近づいて来るのだ。


 そして隊列を成す鎧姿のトロールたちに紛れて、その先頭に大きな白竜の姿がある。隊列とともに立ち止まった白竜がブレスを吐くと、流氷の海が硬く氷結して氷の道となった。そして白竜とトロールは凍った道を進んではまた同じことを繰り返す。なんとトロールたちはそのようなまさかの手段で海を渡って来た。


「これは……」


 その光景にはルドルフも思わず絶句した。にわかに慌ただしくなった町の空気を察してセラとバルドもその隣に来ている。


「ど、ど、どうするんだ!? グレアズ? グレアズを呼び戻さないと!」


「落ち着いてください、陛下!」


 王の威厳もどこへやら。ガディが尻尾を丸めて慌てふためいている。なだめるダドリーの声にも先ほどまでの余裕は感じられない。


「おお、こいつはこっちもえらいことになってるな」


 いつの間にか城壁に登って来たヴァルターも目を丸くしているが、その声にはかなり余裕がある。その後から青い顔をしたグレアズも現れた。


「ヴァルター! グレアズ!」


 ちょうど助けが欲しいと思ったところに頼りになる二人の登場だ。ガディは喜びの声を上げた。


「おい、お前ら。ノルダの関はどうなったんだ」


 だがそのガディの喜びとは裏腹に今度はルドルフが慌てた。二人とも今まさに攻められているノルダの関を守っていたはずだ。それがここにいるということは。


「いやー、それがグレアズがこんな調子でな。向こうさんの勢いを止められん。すぐにどうこうってことはないが、何か変わりの手を打たないといずれは門を破られそうだ。ルドルフとでも交代してもらおうとこっちに来たんだがな」


「俺は、あそこは駄目ですアニキ。あの剣が……奴らあの剣を持っていて」


「剣なんか届く距離じゃないってのに見ただけでこれだ」


 幸いにもどうやら関が失陥したわけではなかった。だが呆れるヴァルターの横でグレアズはすっかり怯え切ってまだ震えている。そのグレアズを前にしてルドルフは一本の赤い剣を手に取った。


「あの剣ってもしかしてこの剣か?」


「ギャー! こっちにもある!」


 のけぞって飛びのいたグレアズはガディの後ろに隠れた。ガディが何を考える間もなくとっさに両手を広げてグレアズをかばう。


 それは竜殺しの剣であった。これと同じ竜殺しの剣を敵も持っているとは。


 もしや敵はルドルフの貸し与えた剣を持つ神子なのか? にしたってまだ西の魔王の竜がすべて片付いたわけではないのに、なぜこちらに来る? 状況の錯綜にルドルフも考えが追い付かないでいる。


 気がつけばグレアズが死にそうな顔をしているので、ルドルフはその剣を次元収納にしまった。


 さてどうしたものか。


 今もまさに氷結のブレスを吐き続けている働き者の白竜を目にしながら、ルドルフは考える。ここは切り札の切り時だろうか。


 古代魔術スコーチドアース。


 白竜とトロールたちはそろそろ海岸に定着した流氷の氷原まで到達しつつある。通常の魔術ではまだ到底届かない距離であるが、スコーチドアースならすでに射程の圏内だ。この魔術で白竜を片付け、ついでに流氷の床も砕くことができればトロールの軍はなすすべなく引き返すしかない。すべてが解決である。


 が、一方でノルダの関にも敵が来ていることを考えると、ここでそれを使ってもいいものか、ルドルフはわずかに悩んだ。


 この古代魔術は比肩するもののない大威力の魔術ではあるが、とんでもない大飯喰らいの魔術でもある。最低威力で放っても自身の魔力の九割は持っていかれる。使う局面を間違えれば、かえってピンチになることもあり得るのだ。


 とはいえ。


 ルドルフはちらと周りを見た。セラ、バルド、ヴァルターたち。まあ自分がここで使い物にならなくなっても、まだ戦力は十分にあるか。


 それにいざとなれば魔石の備蓄も十分にある。ここは片方の問題を確実に解決すべきであろう。こうなれば派手なことをして目立つのも嫌だ、なんて悠長なことも言っていられない。


 決意を固めたルドルフは今から自分のすることを周囲に伝えた。


「まずはあの白竜を片付けよう。しばし呪文に集中する。悪いが、セラもよく見ていてくれ」


 セラが緊張の面持ちでこくりとうなずく。ルドルフはおもむろに呪文の詠唱を始めた。城壁の上の一同が見守る中、常の魔術にはない長々しい呪文を唱え始める。


 詠唱が進むにつれ強大な魔力がローブ姿の骸骨の周りに立ち上り、無形の圧力が周囲を圧した。側に立つガディらはその迫力に息を飲んだ。大気にあふれ出す魔力。大魔術の兆候は空気を震わせ、やがては白竜とトロールたちも明らかなその異常にざわめく。


『スコーチドアース!』


 しかし敵がその異常に対応するまえにその恐るべき魔術は発動した。白竜とトロールたちの頭上、広範囲にわたって昼でも目をくらませる無数の光が煌めき炸裂する。刹那遅れて轟音、そして一拍遅れて城壁の上にまで届いた爆裂の暴風がルドルフ自身のローブをバサバサとはためかせる。


 にわかな閃光と強風に目を閉じた一同が再び目を開けた時、そこには白い流氷にぽっかり大きく円を描いて青い海面が見えていた。破壊の中心にいた白竜やトロールたちは跡形もない。


 その円の向こう側の氷上では、道を断たれた後続のトロールたちがしんと静かに立ち尽くしている。


 城壁の上では圧倒的な破壊の魔術にみなが呆然としている。スコーチドアースを一度見たことのあるヴァルターも例外ではない。ガディなど腰を抜かして尻餅をついている。城壁の内側ではかえって何が起きたのかと騒ぎになっていた。


 ルドルフだけが冷静だった。


 これでこちらのことは済んだ。次はノルダの関だ。


 しかしそのルドルフがガディとヴァルターに向き直った時である。


「白竜が生きてるぞ!」


 誰かが叫ぶのにつられて向こうを見れば、海中から首を出した白竜がこちら側の岸へ前足をかけて上陸するところだった。全身の鱗に痛々しく傷を負ってはいるが、たしかに健在だ。ルドルフの練度では、さしもの古代魔術でも竜を殺すほどの威力は出せなかったか。あるいは海の中まで威力が及ばなかったのであろうか。


「あちらからも白竜が!」


「こっちからもだ!」


 さらにその声とともに、西と東のはるか空高くに小さく舞う新手の白竜たちが現れた。なんと。竜はまだほかにもいたのだ。


「どどど、どーするんだ!?」


 ガディがかわいそうなほどに狼狽している。さすがのヴァルターの顔からも余裕は消え去っていた。


 この状況にはルドルフも苦い思いとなった。


 上空の白竜たちはこちらの様子をうかがうかのように大きく円を描いて滑空している。氷の上の白竜が助けを求めるかのように鳴いた。それら三体の白竜を前にルドルフはまずやるべきことを決めた。


「弱ってるやつに止めを刺してくる。上にいる白竜がもしこちらに下りてきたらこれを使え」


 ルドルフは次元収納から赤い刀身の剣を二本取り出し、片方をバルドに投げ、もう片方を自ら携えた。そして返答を待たずに城壁を飛び降り、一人氷原となった海の上を滑るように走っていく。次々と大きな魔石を手の中に出して魔力を回復しながら。


 ややもせずして、近づくルドルフを目にした手負いの白竜の目に敵意が宿った。前足を踏ん張り、大きく息を吸い、敵が懐に入って来るのに合わせて必殺のブレスをお見舞いしようと待ち構える。


 しかしルドルフはそのブレスの射程に入る前にショートリープの魔術を使った。そして白竜の頭上に姿を現すと、手にした赤い剣に体重をかけて白竜の脳天を深々と一刺した。


 すでに弱った竜は動きが鈍い。大きな反応がないのに乗じて二度三度続いて猛然と突き刺す。すると白竜は力を失ってゆらりと傾き、白い巨体を氷の上に投げ出して動かなくなった。


 上空の白竜たちはギャアギャアと何かを呼び交わし、城壁ではなくルドルフの上を旋回し始める。その時である。倒れたはずの白竜がむくりと起き上がった。相変わらずその頭の上にいる骸骨は、今や赤い剣ではなく黒く禍々しい杖を握っていた。


 虚ろな目で生き返った白竜は今やゾンビ、白竜ゾンビだ。その頭上のリッチの支配下にある。


 ルドルフは下僕となった白竜の傷をリストアアンデッドの魔術で完全修復すると、その白竜の頭の片角を強く握りしめた。そして空を見上げる。


 ばっさばっさと風を巻き起こしながら大きく羽ばたいて大空に飛び上がった白竜は、上空の二体と同じ高さまで舞い上がり、地上の誰の目にも鳥のような小ささとなった。


 ルドルフがはるかな高みから氷原の景色を大きく俯瞰すると、昼下がりの光に照らされた雪原や氷の塊が美しく輝いている。だがやってきたトロール兵団の全容を目にした彼に、その景色を楽しむ暇はなかった。


 ざっと見て数万、いやそれ以上の数が雪原を埋め尽くしている。


 いま正面からやってきた者たちのほかに、東西からそれぞれ別の隊もやってきていて、その多くがすでにザマルから少し離れた岸辺に上陸を果たしていた。二体の白竜がすでに道を作り終えていたのだ。


 ルドルフはザマルの危機がまったく去っていないことを知った。そして最低限やっておかねばならないことを心に決め、自らの乗る白竜を別の白竜のもとへ近づけた。その手には再び赤い剣が握られている。


 間もなくして二体の白竜が次々と氷原の上に落下した。竜たちは兄弟がアンデッドとして復活した状況を飲み込めぬまま、その白竜ゾンビから一方的に攻撃を受け続ける。すでに意思のない同胞をなだめようとする努力も空しいものだった。さらにその頭からショートリープで乗り移ってきたルドルフに体のあちこちを切り裂かれ、竜たちはなすすべもなく絶命した。


 ややあって三体の白竜がそろって飛び、相次いで凍りついた港の湾内へと降り立つ。それは周辺にいた人々を大いに混乱させたが、虚ろな目の白竜たちは彼らには目もくれず、外敵から港を守るかのように外を向いて並んで立ち尽くした。


 城壁の上から呆気に取られつつ一部始終を追っていたガディとセラたちのもとに、ルドルフが転移の光とともに戻ってきた。


「あいつらは城壁代わりだ。無防備な港の方角から攻められるとまずい」


 誰もが何と言っていいかわからないという顔をしている。特にグレアズはただただ黙って恐ろしげなものを見る目でルドルフを見ていた。


 そんな中、ヴァルターが呆れ半分にどうにか口を開いた。


「なんというか、お前さんが味方でほんとに良かったよ」

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