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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百五十七話 第二席ディアドロ

 もはやこのダークエルフとセラをいっしょの空間に置いておく理由がない。


 ルドルフがセラとバルドにどこかへ行っているよう言うと、二人は素直に外に出て行った。ディアドロもそれに対して何を言う素振りも見せず、ニコニコしたままルドルフと家の中に残る。


 そこで初めてルドルフはディアドロを食卓と暖炉のある広い部屋に通し、お茶も出さずに単刀直入に聞いた。


「いったい何しに来たんだ。まさかさっきのような戯言を言いに、わざわざ来たわけではあるまい」


「こちらとしては戯言のつもりではなかったのですが。まあいいでしょう。色々と聞きたいことがありまして」


 ディアドロはその「色々と聞きたいこと」について語りだした。それはまさにこのザマルの現状に関することだったが、聞きたいと言ったディアドロは自身ですでに答えを割り出していた。


「まったく何かに化かされたような気持だったんですがね。昨日あなたに加え、ダドリーの姿を見て謎も解けましたよ。忽然と現れてトロールたちを駆逐した魔物たちはどこから来たのか、南方大陸の西部にいた魔物たちはどこへ消えたのか、まさか遠く離れた土地で起きたふたつの不可解な事象が繋がっているとは」


 そこまで言ってディアドロはひとつパァンと手を打ち合わせた。


「実に面白い!」


 その勢いのまま早口でさらに続ける。


「ついでに先日、北方大陸の港でトロールたちの船を全部燃やしたのもルドルフ殿、あなたでしょう。失火にしては妙だと思っていましたが、あれだっていくらなんでもこの国に都合が良すぎる」


「さて、何のことだか」


 ルドルフはとぼけたが、ディアドロの確信は揺らがなかった。


「竜殺しの剣を北アストル王国の神子に与えたのもあなたですね? おかげ様でせっかく声をかけた竜たちが可哀想なことになってしまいました」


「馬鹿な。あれほど希少なものをそう容易く人に貸し出すものか」


「ほほう。与えたのではなく貸し出したのですか。いずれにしろ今その手元には竜殺しの剣はないわけですね」


 ルドルフは人の言葉尻を捕まえてねじ込んで来るディアドロの言葉に「いや、手元にあるぞ」と反証を見せてやることもできたが、そこまでムキになって否定するものでもない。面倒くさくなって沈黙で答えると、ディアドロはそれを肯定と受け取ったようだった。


 ディアドロはやれやれとため息をついた。


「本当なら今ごろこの大陸は我らが手中だったのですがね」


 それからなぜかひときわ楽しそうに言う。


「まったく、どうしてあなたはいちいち世界の転換点に関わってくるのですか」


 ルドルフはまたしても何も答えなかった。関わりたくて関わっているのではない。


 それからディアドロは話題を変えた。


「そういえば、セラさんは神殿の反エルフ勢力に襲われて大きな怪我をされたとか。もうそちらは大丈夫なのですか?」


「ああ、もうそれは問題ない」


「それは何より。誓って言いますが、あれは我々の仕込みではありませんので」


「わかっている。デダルスだろう」


 デダルスの名前が出た瞬間、ディアドロの笑顔がやや硬くなった。珍しい表情の変化だ。


「デダルス。いやぁ、あれは許せませんね。ルドルフ殿を利用するためにセラさんの命を危険にさらすとは」


「セラにちょっかいをかけると後が怖いぞ。なにせアリアナが後見役だ。ほかにもセラを守るためなら、なんでもやりかねない奴も付かず離れず側にいる」


 ルドルフは一言警告した。


 こいつは魔王の卵をデダルスに台無しにされそうになったことを苦く思っている。つまりまだセラに執着している。ディアドロの表情の変化はそう言うことだろう。


「いえいえ、そのようなつもりは」


 そう言ったディアドロはすでにいつもの見通せない笑顔に戻っていた。


 その後、ディアドロはルドルフに過去での話を所望した。どうやらそれもこの訪問の大きな目的のひとつだったようだ。ゆえにセラとバルドが出て行ったのはかえって好都合だったと言った。


 ルドルフはこいついい加減帰らないかなと思ったが、まあこうして望み通り眷属にもなれたことだし、物語してやるくらいはいいかと思い直す。それでこの小さな貸し借りはなしである。


 さすがにすべてを頭から話しては時間がいくらあっても足りないので、ルドルフは大枠をかいつまんで話した。とにかくちょっとしたことで先の展開が変わることに振り回された実感を込めつつ、話せないところはいくらかぼかしながら。


 アクィラたちとエレイースを集めて極北の魔王を討伐した話と、殲滅の神子と極北の魔王の助けを借りてデダルスを倒した話を聞いたディアドロは、しばしば手を打ち合わせて興に乗っていた。ここまで好反応だと話し手としても話し甲斐があるというものだ。


 なお極北の魔王と協力したことは秘密にしようと試みたが、例によって戦いの推移を監視していたダークエルフにそこまでは見られていたらしい。見てたなら手を貸してくれ。


「いったい、どうやって篭絡したんです?」


「篭絡とか人聞き悪いことを言うな。あれだ。男同士、殴りあってわかりあったというやつだ」


「極北の魔王は女性だったはずですが」


「細かいことは気にするな。まあ、正直なところを言えば、あれも記憶がある分、繰り返しに嫌気が差していたんだろうさ」


 さすがに極北の魔王の転生体と知り合いだったからとは言えない。


「ところで、お前たちはいったい何をしていたんだ」


「一応、きちんと仕事はいたしましたよ。我々もケチなやり直しなどは望まない。ゆえにデダルスの心を折って、あなたの封印を解いて差し上げたではないですか」


 そういえばそうだった。エルフのやらない汚れ仕事をこいつらがやってくれたのだ。ルドルフはそのことと同時にデダルスの憔悴した顔を思い出して複雑な気持ちとなった。


「ですので、ひとつ借りに思って欲しいですね」


「馬鹿を言え」


 ディアドロはそんなルドルフの気持ちなどおかまいなしにニコニコしながら恩を着せようとしたが、ルドルフとしてはそこで恩を着せられる覚えはなかった。こいつらにはこいつらの思惑があってやったことだ。


 なお過去でのディーレの話はここでは詳しくしなかったが、少しその名に触れたついでに、ルドルフは前々から少し気にかけていたことを尋ねた。


 セラの祖母であるディーレとダークエルフはどこかで接触したことがあるのか、という疑問だ。


「さあ、前にも言いました通り、人間の赤子を魔王にしたのは、私の担当したものではないのでなんとも。ただ、基本的には両親にも知られずやったことですので、そのディーレさんが我らの誰かと面識があるということはないかと」


 ハハハと軽く笑うディアドロの姿を見て、疑問の答え以前に「やっぱりこいつらろくでもないな」とルドルフは認識を新たにした。


 昼過ぎまで居座ってディアドロはようやく席を立った。その顔は実に満足そうだった。


「いやぁ、今日は非常に楽しかった。また明日来ても?」


「いいや、もう来ないでくれ。迷惑だ」


「ははは、これはつれない」


 ディアドロが別れを告げて外に出ると、家の前にルドルフをぎくっと驚かせる人影が立っていた。ストーラウである。それは偶然通りかかったという風で、突然開いたドアに思わずこちらを見ている。


 これはただでは済むまい。今にも殺し合いが始まってもおかしくない。ルドルフは内心いくらか慌てたが、しかしストーラウは何事もなかったかのように顔を背けると、そのままゆらりと北の城壁の方へと歩いて行った。相変わらずだらしなく伸び放題乱れ放題の髪が浮浪者を彷彿とさせる。


 その様子を見送るディアドロは首を横に振った。


「やれやれ、かわいそうに。苦しいでしょうねぇ。ああいう生き方は」


「他人事のように言うな。元はといえば、お前らの差し金だろうが」


「ははは。そこは彼らとはお互い様ですので」


 ルドルフがたしなめるのを軽くいなし、それから改めて別れを告げると、笑顔のディアドロは曇り空の冷たい風の中をいずこかへ消えていった。


 それからさらに三日ほど滞在した後、ディアドロはこの国を去ることになった。


 帰ります、とわざわざ人伝てに伝えてきたので、最後に妙なことをしないかの監視がてら見送りに行ってやることにした。セラとバルドには絶対に来るなと言い置くが、言われるまでもなく二人にその気はなさそうだった。


 ルドルフがその場に足を運ぶと、浜にはほかにガディやダドリー、ヴァルターやスウェンもやってきていた。


 ディアドロはそれぞれと慇懃に別れを告げると、ひとつ軽い冗談のような口調で付け加えた。


「この大陸はこれからまだまだ荒れます。あなた方もご注意を」


 それを最後にダークエルフはひらりと魔道具の小船に飛び乗った。一同が見守る中、その小船は信じられないスピードでぐんぐん西の彼方へと遠ざかっていった。


「さて、これはまたちょっと面白くなってきましたね。どうやら必勝とは言えなくなってきたんじゃないですか」


 風の中でディアドロがもらした楽しげなつぶやきは、もはや誰にも聞こえない。


 ザマルの港はすっかり遠く、目を凝らさねばその位置は判然としない。やがて船は何もない海原でおもむろに動きを止めた。


 船の上から一羽の伝書バトが放たれた。その金属製の鳥は寒風を切って南南東へと飛んで行く。それを見送ったディアドロは再び船を動かし、大きく舵を切った。その舳先は北を向いていた。

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