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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百五十六話 眷属になりたい

「いやあ、ルドルフ殿。お久しぶりです」


 翌日、朝食が終わるタイミングを見計らったかのようにディアドロが訪ねてきた。ルドルフは目に宿る緑の光を眇めて、少なくとも歓迎とは無縁の感情を示したが、ドアの外に立つダークエルフは動じない笑顔だ。


 するりと玄関の中まで足を踏み入れる。


「おや、セラさんにバルドさんもおはようございます。これはリッチキング討伐の立役者が勢ぞろいですね」


 ディアドロが来ていることは周知の事実だったが、家の中にまで入って来たとなるとさすがにセラも目を見張っている。バルドはさりげなくセラの隣にやって来て、ディアドロから彼女を守るように立った。その手には鞘に入った大振りのダガーを持っている。


「いったい何しに来たんだ」


「もちろんご挨拶に。魔王の力を持つ者が国を立てたというのに、顔を見ないわけにはいきませんから」


「そうじゃない。何の用でこの家まで来たのかと聞いている」


「理由は同じですとも。ここにも魔王の力を持つ者がいるのですから」


 その言葉を発した本人は飄々としたものだが、それ以外の者には緊張が走る。


「ご心配なく。ほかで吹聴するようなことはいたしませんとも。そんなことをしたって私も面白くありませんし」


 それからディアドロは並んでいるセラとバルドをまじまじと見つめ、その頭から爪先まで無遠慮に視線を這わせた。


「ふむ。並び立つ歴戦の勇士。可憐ながらその内には恐るべき力を秘めたる乙女。鉄のごとき意志でその盾にならんとする益荒男ますらお……実際に改めて目の当たりにすると悪くはないですね。この二人ならば陳腐というより王道の格だったかもしれません……失礼なことをお聞きしますが、お二人は恋仲だったりは? 非常にお似合いだと思うのですが」


 いきなりダークエルフからおかしなことを言われて、バルドはわずかに眉をひそめた程度だったが、セラは明らかに居心地悪そうにしている。


「何が恋仲だ。セラを使って何かしようと考えてるなら許さんぞ。もう帰れ」


「ははは、これはつれない」


 ルドルフは退去を宣告するが、ディアドロに動く気配はない。そこでセラとバルドの方をどこかにやろうとしたところで、ふと聞きたいことを思い出した。


「そういえばひとつ教えてくれ」


「ええ、なんでも」


 ディアドロは笑顔で応じた。


「セラの眷属になりたいんだが、そのやり方を教えてくれ」


 それはどうしても聞いておきたいことだった。


 お前にはセラの魔王の力を利用させないが、俺は利用する、というのはずいぶんと手前勝手な話である。さすがにいくらか恥ずかしくも思ったが、それでもこれは聞かねば後悔する。聞くは一時の恥である。


 ディアドロはわずかに思案顔をしてからひときわにこやかになり、またとんでもないことを言いだした。


「眷属と言わずあなた自ら魔王になるのはどうです? 私がひとつ骨を折りましょう」


「そういうのはいらん」


 そのどさくさ紛れの提案をルドルフは軽やかに切り捨てた。


「しかし考えても見てください。この国を存続させるには魔王の力が不可欠です。魔物と人間が共存するなど、魔王が気まぐれでもおこさない限りはありえない。今はガディがそのかすがいとなっていますが、彼がいなくなればたちまちこの国は瓦解するでしょう。ことガディは弱い。何かの拍子にあっさり死んでしまわないとも限らない。だがあなたならば……」


 ディアドロが畳みかけて食い下がる。


 しかしルドルフは本気なのかとぼけているのか判然としない空虚な髑髏の顔となった。


「魔王になった瞬間、俺は死ぬ。怖いエルフに二回殴られて死ぬんだ」


 それから気を取り直して続ける。


「……それに元来、人も国も移ろうもの。ガディがいなくなればなくなる国と言うなら、ガディが生きているうちだけあれば十分だろう。なくなればそれまで」


「永遠の命を求めてリッチになったあなたが言いますか」


「我々の命とてそうだ。悠久の尺度で見れば決して永遠ではない。少し長くなっただけだ。そうだろう、ダークエルフよ。だいたい魔王になったとしても俺にガディレルムを背負う義理はないぞ。そこからお前ははき違えている」


「ではなぜこの国に肩入れしているのです?」


「成り行きだ。最初は獣人を二百人ばかし助けるつもりが、ちょっとやり過ぎた。そのやり過ぎついでに、とあるエルフから依頼を受けてな。当面はこの場を死守してくれと。報酬に何でもありと言われては断れん」


 その言葉を聞いたディアドロは少しの沈黙の後、笑顔のまま肩をすくめてため息をついた。


 それからディアドロは脱線を詫び、これまた軽い調子で眷属の作り方を教えた。それは魔王と眷属となる一人が向かい合って両手を握り、目の前の者を「運命をともにする者」と念じることだと言う。


「たったそれだけか?」


「まあ文言は一例なのでそういう心の状態になれればなんでもかまいませんが。とにかく実際にやってみればわかると思いますよ」


 拍子抜けしたようなルドルフの言葉にディアドロはにこにこと答えた。あれからヌイにも一応聞いたのだが、こんなに簡単なやり方を思い出せなかったのか?


 とにもかくにも論より証拠と、ルドルフは体の前でクロスさせる形で両手をセラに差し出した。


「そういえば前に眷属になった時は、こういう風に手を握っていたのだった。ふたつ握手を作るんだ」


「前になった時?」


「俺じゃなくて、ほかの者が眷属になったのを見たことがあると言うことだ」


 思わず口が滑ったが、過去に飛んだ時の話を誰かにするのはご法度である。追及されると困るおざなりな言い訳だったが、幸い、セラは疑うことなくその言葉を信じた。


 セラは言われたとおりにルドルフの手を握り、目を閉じて何かを念じる。


 するとルドルフはセラの握る手から何か力が流れてくるのを感じた。極北の魔王たるフォルエラの眷属になった時に比べるとごく微々たるものだが、わずかに己の力が増した感覚がある。


「本当に成功したようだ。眷属となったことで力を得たのを感じる」


「私もなんだか師匠をより身近に感じるというか……なんだかうまく言えないんですけど」


 セラも師匠との間に新しい繋がりができたことにうれしそうな顔をする。


「互いに強い信頼関係、あ、確固たる上下関係でもいいのですが、いずれにしろそういう心の繋がりがなくては眷属にはなれません。さすがあなた方師弟の間にはしっかりとした絆があるようですね」


 ディアドロが補足するように言った。それを聞いて見下ろすルドルフと目を合わせたセラは「えへへ」と少し照れたように笑った。


 ルドルフはそこでそこはかとなく物欲しげにこちらを見ているバルドに気がついて、おどけた調子で言った。


「人間はさすがに魔王の眷属にはなれんぞ」


「いや、なれますよ。ええ、魔力がある程度高ければ」


 ディアドロのその言葉を聞いてルドルフは口をパカっと開けて固まった。


 しまった。完全な思い込みで完全に余計なことを言ってしまった。


 とりあえずセラとバルドには「お前たち、絶対やめろよ」と釘を刺す。万が一そんなことになってアリアナにばれれば、また怒られるのは俺だ。というか俺が眷属になったことも当面は黙っていてほしい。

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