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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百四十八話 少女の求めるもの

 仮面のルドルフがかつて竜探しの折に休暇を過ごした浜辺で佇んでいると、夏草に覆われた北の丘の上に多くの人影が現れた。


 先頭の馬上で手を振るのは誰でもない何者かだ。認識阻害の面はルドルフにも効果を発揮する。が、しかし軽く馬を走らせてこちらに近づいてくる二人が誰だかはすぐにわかった。もちろんセラとバルドだ。それ以外にいない。


「決められた日付通りだな。ご苦労さん。疲れただろう」


「師匠こそ。お疲れ様です」


 互いに仮面を少しずらして本人であることを確認しながら、師匠と弟子は互いに互いを労った。三人のすぐ側に広がる鮮やかな海の色はかつての青と変わらない。


 やがて先行した二人に追いついてきた来訪者たちが浜辺を埋め尽くした。種族も性別も年齢もまちまちな魔物の大群である。約束通りの二週間で、セラはここに至るまでの魔物をすべて集めてきたのだ。


 それからすぐにルドルフは近くの岩壁に掘った洞穴まで、二人とそれについてくる魔物たちを案内する。そこにはすでにザマルの郊外までつながる転移門ができていた。


 待つ理由はない。到着から間を置かずして空間をまたぐ移動が始まった。一列に並んだ魔物たちは誘導されるままに続々と転移門へと消えていく。行く先にはガディやヴァルターたちが待っているはずだ。


 セラが魔物たちに自分の順番が来るまで野営して待つようにと伝えている。セラとバルドについてきた魔物たちの数は、ダドリーの故郷にキャンプを形成していたものよりだいぶ多いようだ。ざっと倍はいるだろう。遅れてくる者たちを勘定に入れると三倍といったところか。昼夜問わずに移動しても、すべての魔物が転移門をくぐるまでには四日か五日はかかりそうである。


 それらの魔物たちの中に、生まれ育った土地を捨てて逃げる途中、といった悲壮感などは皆無で、ちょっとした祭りのような雰囲気がただよっていた。


 その中心にいるのはセラだ。


 魔王たるセラの人気はすさまじく、魔物たちは素直に言うことを聞くばかりか、用もないのに周りに集まって来てはなんやかやと話したがった。セラの方もそんな魔物たちと親しく話し、周囲には笑いが満ちている。


 ルドルフはやや複雑な気持ちながらも、それを微笑ましい景色として見守った。


 その晩はルドルフとセラ、バルドもその場で野営して、空間拡張の魔術で広々となった天幕の中でのんびりと過ごした。セラとバルドにとっては久しぶりの広い寝床だ。


 ルドルフは二人の労苦を思い、鴨の丸焼きや厚切り肉のステーキが並ぶような少し贅沢な夕食を準備した。今日ルドルフが釣ったばかりの魚も食卓に並ぶ。そのテーブルを囲みながら、みなでいつかこの場所で浜遊びをした時の思い出話に花が咲いた。あの時はほかにラエル、アクィラ、イーリス、ルカもいた。


「ラエルたちはどうしてるかな」


「きっと元気にしているよ」


 セラとバルドがそんな風に言い交わす。


「ラエルが駄々をこねずちゃんと歩いていればいいんだがな」


 ルドルフが冗談めかして言ったその言葉に、セラとバルドも笑顔になった。


「ラエルたちが戻ってきたら、またみんなで海に遊びに行きたいです。ここじゃなくてもいいので、アリアナさんやほかのみんなもいっしょに」


 ルドルフを見つめて言うセラの言葉に、バルドも無言でうなずいた。


「そうだな」


 ルドルフも一拍遅れてそう応えた。


 心配させるだけなので二人には言わないが、トロール兵団の支配する土地での旅はなかなか大変なはずだ。実際には茶化せるほど簡単なものではない。とはいえ、ラエルにはセラ宛ての『伝書バト』を持たせているし、まあ何かあれば連絡してくるだろう。


 それからしばらくとりとめもない会話をしていると、いつの間にかバルドの反応がなくなった。見れば座ったままで眠りに落ちていた。


 活力の塊のようなバルドがこのような形で寝てしまうのは珍しい。その気になれば何日も休まず延々走り回れる男だ。ルドルフがしばし黙ってそちらをうかがっていると、セラがその疑問を察して言った。


「ここのところ、私のためにずっと気を張ってくれていたので」


 なるほど。たしかにここに来てからも、さりげなくではあるが、四六時中セラの周囲に異常がないか気にかけているようだった。


「それは、だいぶ苦労をかけたようだな」


「私がずいぶんと心配をかけてしまったせいですよね……」


「あれは俺とアリアナの失態だ。お前が引け目を感じることではない」


 セラは少し困ったような笑みを浮かべてバルドを見つめている。


 ベッドで蒼白の死人のように横たわっているセラを見て、そこだけ時間が止まったかのように立ち尽くしていたバルドの姿を思い出す。


 いつものようにダンジョンに行って戻ってきたら、家族も同然の者が傷つけられ生死の境をさまよっている。そんな思いをすれば彼女の近くを離れようとせず、己を削ってまで目を光らせるのも納得というものだ。


 ルドルフはそこで気がついたようにセラに声をかけた。


「苦労といえば、お前にもすまんな。本来なら今ごろは魔術の修業を再開できていただろうに」


「いいえ。大丈夫です。こんなに気持ちのいい季節に、行ったことのない色々な場所を見て歩けて、私も少し楽しいですし、知り合いもすごく増えましたし。それに……」


 セラがいたずらっぽく笑った。


「もちろんこうしている期間は弟子の年限にはカウントされませんよね?」


 ルドルフはすぐに言葉を返せなかったが、やがて一本取られたとばかりに大きく笑いながら言った。


「はっはっは。いいぞ。魔術師はそれくらいしたたかでなくては」


 ルドルフももともとそのつもりだったが、きちんと言質を取るのはえらい。


 それからルドルフは今後のことを口にした。


「これが終わったらあとは期間いっぱい、師匠と弟子に専念するか。ほかのことは全て後回しだ。何か頼まれても断る。これから仕上げまでには集中して時間を取りたいからな」


「はいっ」


 ついでにその考えはずっと先のことにまで至った。


「ところで、お前は弟子の年季が明けたらどうするのだ? 何か考えていることはあるのか」


「魔術をもっと極めていつか師匠をあっと言わせます!」


 セラは少しはしゃいだ様子で言った。


 具体的な身の振り方について聞きたかったんだが。ルドルフは苦笑した。


 それからセラは両手で包んだお茶のカップの中身をどこか遠い目で見た。


「でもできたら……まだしばらくはみんなでいっしょに暮らしたいな。師匠がいて、バルドがいて、アリアナさんもいる。ラエルやアクィラさんたちも帰ってきていて、もちろんほかのみんなもいて、また昔みたいな毎日をずっと過ごして行けたら……」


 それは己の心の中を深く手繰る、独白のような言葉だった。


「俺は御免被る。もう誰かとの生活は百年分くらいはした。終わったらしばらくはじっと一人になりたい」


「えーっ! ひどいっ! このまま一万年分くらいためればいいじゃないですか!」


 雰囲気ぶち壊しの見も蓋もないルドルフの言葉に、セラは冗談交じりの抗議の声を上げた。ハハハとルドルフが笑って「お前、何年生きる気だ」と茶化す。そんな他愛ない会話のうちに夜は更けていった。


 結局集めてきたすべての魔物が転移門をくぐり終わるまでには都合五日かかった。その間のひとときはセラとバルドにとってはかえっていい骨休めとなったようだ。ここまで来ればさほど時間に追われる理由はない。


 洞穴の転移門に最後の魔物が姿が消えるのをセラが名残惜しげに見送った後、ルドルフはおもむろに魔術で転移門を破壊した。


「さて、行こうか」


「はいっ」「はい」


 同じ仮面の大中小が歩き始めた。案内のゴブリンとオークが並んでその前を行く。


 ここから半島の南の先っぽまではルドルフも道行きを共にする。訪れたことがない場所だからだ。転移魔術でなく自分の足で終着点まで歩かなければならない。半島の南部は、なだらかな丘陵が続く北部とは違い、山がちになっている。馬を連れるのも難しいような道も多くなるので、全員徒歩だ。


 それからの数日間の出来事は、セラとバルドがどんな旅をして来たのかをおのずと教えてくれた。


 どの集落の魔物たちもセラには心を開いてすぐに言うことを聞いてくれるが、たまに力を見せよ、と要求してくる者もあった。相手が魔王とはいえ、魔物は己よりも弱い者には従わないのだ。ただそうした場合は配下と思しき者が力を見せれば足りる。バルドが軽くひねれば、ほかと同じように話はスムーズに進むのであった。


 思わぬところでバルドの同行が功を奏していたと言うことか。もっともセラの魔術でも同じことはできただろうが。


 予想していた通り、半島南部の道は険しかった。今までのように集めた魔物たちを大勢引き連れて歩くのは難しいので、移住の説得が終わった者からそれぞれ別々に半島の南端まで行くように指示し、ルドルフらは少人数のまま進んだ。


 だがそんな苦労の道行きも、セラやバルドにとってはずいぶんと楽しい旅だったようである。


 ゴブリンたちが葛の蔓を束ねて作ったかずら橋を渡ったり、頑固なオークの名工の頼みごとを聞いて説得したり、縄張り争いをしていた二頭のマンティコアを仲裁してそのまま同行者に加えたり、獣人たちが傷を治りが早くなるという秘湯で旅の疲れを癒したり、滝の続く渓谷のほとりで幻想的な蛍の群れを眺めたり。


 わずか一ヶ月に満たない旅の間に毎日いろいろなことがあり、それは実際よりもだいぶ長い期間に感じられた。


 やがて一行はその旅の終着点である半島の南端の岬にたどり着き、転移門の作成も含め、また一週間ほどをかけて、無事にすべての魔物の移住を終えた。


「私もこの先を見に行っていいですか?」


 最後の魔物の転移を見届けたセラがうずうずしながら言った。彼女はルドルフからザマルの話を聞いて「海に面した城壁を見てみたい」と前々から言っていた。顔見知りとなった魔物たちがこれから住まう土地がどんな場所かを知りたいという気持ちもある。


「ああ、かまわん」


「やったあ」


 ルドルフが許可するや否や、セラは飛び跳ねてそのまま転移門に消えていった。その後から当然のような顔をしてバルドも続く。


「あっ、馬鹿っ。お前は待て」


 ルドルフが声を上げたが、すでに遅かった。バルドの姿も転移門から消えている。


 この転移門は一方通行だ。


 ルドルフは仕事が増えたことに軽く頭を抱えた。バルドを帰還させるための転移門を新たに作らなければならない。

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