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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百四十七話 死せるトロールの行進

「ここから僕の覇道が始まるのだ」


 北の城壁の上、海を背に町を一望しながら、誰に聞かせるともなくガディが言った。


 相変わらず野心だけは高い。その隣にはすでに側近顔をしたダドリーがいる。こいつらの暴走を防ぐ手段を、何か講じておかなければならない。


 この数日の間に、ザマルの町の北街区、城壁内には人間と獣人が集まり、南街区、城壁外にはオークたちが腰を据えた。野を好むゴブリンやコボルトたち、人間の建物が窮屈なオーガらは町の近隣の土地へと散っていった。


 住む土地を得るのは早い者勝ち。争いが発生した場合はこの地を統べる魔王ガディに裁定を乞うことになっている。


 ザマル周辺の東西に広がる土地は、ダドリーら魔物たちのいた場所よりずっと狭いが、彼らはかなり散らばって暮らしていたので、今のところ土地は足りている。幸か不幸か、点在する町や村の跡に元いたはずの人間たちの姿はまったくなく、新たな争いが起こる心配はない。


 ひとまずこれで移住の第一弾は一段落したといえる。


 しかしまだセラとバルドが集める魔物たちの第二弾、第三弾が予定されている。ルドルフはそれまでに魔物たちが安心して住める土地をさらに広げなければ仕事は終わらないと考えていた。


 それにはまだいるであろうトロールに対処しなくてはならない。


 そこでルドルフは冥王の杖を振り、死体となったトロールを意のままに動くゾンビとして甦らせた。戦いで死亡したおよそ千のうち、比較的原型をとどめていた五百体ほどがまとめてルドルフの旗下に加わった。


 死霊魔術の行使を強力にサポートするこの黒く禍々しい杖を使えば、即席で百や二百のゾンビを作る程度は容易い。


 先日のザマル攻略戦では、敵味方が紛らわしくなる、という理由から、いざという時の最終手段として温存されていた手管だが、今日は存分にやってやろうという構えである。


 その先頭には切られたはずの首を乗せた守将もいる。ダドリーはそれを見て少し嫌な顔をした。たしかにこれは潔く散った守将の名誉を汚す行為だ。とはいえ、貴重な戦力としてこれほどの素体を遊ばせるのはもったいない。


 町の東門から出て行くトロールゾンビたちを、人間たちばかりでなく魔物ですら恐々とした視線で眺めている。


「血も涙もない恐ろしい奴だ」


「黙れ。こうするおかげでお前らは余計な血も涙も流さずに済むのだぞ」


 鎧をまとったトロールゾンビの隊列を見たヴァルターが軽口を言うのに、ルドルフは忌々しげに応えた。


 後を主にヴァルターに任せたルドルフは、一人トロールゾンビたちを押し立てて、海沿いに続く石畳の広い街道、海道と呼ばれる道を進んで行く。


 ルドルフの見立て通り、トロールはほかにもまだまだいた。ノルダの関へと続く海道沿いの小さな町や村にいちいち駐屯していて、それだけでも合計すればザマルを守っていたトロールたちより多い。


 ルドルフ率いるトロールゾンビたちは、昼も夜もなく悪夢の軍団のように歩み続け、それら生きているトロールたちを飲み込み、その数を増やしていった。


 ザマルと同じようにわずかに奴隷として生き残っていた人々からすれば、何が起きているのか理解できなかったことだろう。突然大挙してやってきたトロールがもといたトロールを襲い始め、襲撃が終わったかと思うと倒れたトロールも立ち上がり、ともに去っていくのだ。


 呆然と残された人々に対し、面をかぶったままのルドルフは「ここはまだ危険だ。ザマルへ行け。そこにお前たちを助けてくれるものがいる」とだけ言い残した。


 出発してからノンストップで五日ほどが過ぎた後、死者の軍勢を引きつれたルドルフはノルダの関を臨む場所まで来ていた。


 北アストル王国の青い旗がはためいていないところを見ると、すでにトロール兵団はあの関を奪取していたようだ。それは半ば予想していたことではあるが、半ば信じられないことでもある。


 ノルダの関は海沿いに切り立った崖が続く難所の途上にあり、あつらえたようにそこを塞ぐ巨大な岩山をくり抜いて作られた要塞だ。はるかな昔から天然の要害として難攻不落を誇る砦で、堅く守られれば十倍する兵力でも攻略は困難とされている。


 前後は断崖の道にもかかわらずそれなりの広さがあり、ある程度の兵力で攻め寄せることはできるが、大軍の利を十全に発揮することは不可能だ。


 攻城兵器を跳ね返す城門の堅牢さに加え、天然の岩壁を利用した城壁は梯子を寄せ付けない高さを持っている。魔術による攻撃を無効化する備えも施されていて、もちろん内部への侵入に備えて転移阻害も抜かりない。


 陸側に迂回できる道もなく、海側の絶壁には岩礁と荒波のため船を近づけることもできない。南北を絶対的に隔てる不可避の関。


 かつての極北への旅でルドルフらがワレドナ村のある山道を抜けたのは、魔物が領有していたこの関の通行を諦めたがゆえだった。


 大戦後まもなくからつい先日までは人間たち、王国の兵たちがこの関を占めていたはずだ。その堅い守りを抜いて先に進んだとあれば、トロールたちの数は思っていた以上に多いと見える。


 よく見ればこちら側に面する北門には戦いで破壊された跡があった。補修はされているが、本来の門の姿に比べればまだ壊れていると言ってもいいくらいだ。


 ルドルフが引きつれるトロールゾンビの数は今や二千を超えている。あの壊れかけの門ならどうにかできるだろうか……


 しかし関の中にどれだけの兵力があるのかもわからない。城壁の上から一方的に攻撃される形となれば、門にとりつくことすらできない可能性もある。


 そこでルドルフは一計を案じた。夕方を待ち、目前にあるノルダの関の門に向かって、トロールゾンビたちを前進させる。ゆっくりと、疲労困憊して足を引きずる敗残兵のような有様で。薄暗い黄昏の光と鎧兜が、ゾンビの顔や肌の色を隠してくれる。


 関の城門の上にいるトロールたちが、その接近に気がついてなにやら騒いでいる。タイミングを見て先頭にいる守将のゾンビに手を振らせる。するとトロールゾンビたちが城門の前まで来たところで、なんとその門が軋んだ音を立てて開き始めた。何かから逃げてきた仲間たちを保護しようと、門を開いたのである。


 ところがそうした守兵の情とは裏腹に、関の中に入ったトロールゾンビたちは、急に素早く動き始めると、生きたトロールたちを次々と殺し始めた。一体のトロールに数多のトロールが手を伸ばして群がる。あっという間に阿鼻叫喚の有様となった門内に最後尾で入ったルドルフは、初めて入った関の内部をしげしげと眺めた。


 頭上には岩山の内部をくりぬいたような大空洞があり、その空間に木で作られた階段や桟道、渡り廊下が縦横に張り巡らされている。本来ならば門を破ってもまだ矢弾の雨が降って来そうだ。


 だが砦の内部にはその役割を果たす数のトロールは配備されていなかった。


 北方大陸からやってきたトロールたちは、おそらくこの関の先まで進軍して、今は王国の領土深くまで攻めこんでいるのだろう。まさか背後からこの関を獲りに来る者がいるとは、思ってもみなかったに違いない。


 こうしてノルダの関はあっさりとアンデッドの手に落ちた。


 これで少なくともザマルからノルダの関までの間の土地の安全は確保できた。残りの魔物たちを受け入れる準備もほぼ終わったと言っていいだろう。


 ルドルフはノルダの関の内側にさらに二百ほど増えたトロールゾンビたちをみっしりと敷き詰めて、外敵が中まで入ってきたら排除するようにと、とりあえずの指示を残した。


 だが近づいてくる敵の姿を見て弓矢を放つ、といった気の利いた真似はゾンビの脳みそでは難しいので、やがては生きている兵を配備したいところだ。ここまで地の利があれば、練度に劣る味方の魔物たちでもなんとかなる。


 加えて赤竜のグレアズでも置いておけば、たとえトロールの大軍が取って返してきたとしても、もう突破される心配はなかろう。この強固な要塞は我らがものとなったのだ。


 一仕事を終えた感慨とともにルドルフがザマルへ戻ると、ザマルではちょっとした事件が起きていた。兵糧を運ぶ輜重の船団がトロールたちの国からやって来ていたのである。ヴァルターとスウェンの機転でそれらを静かに深く港に引き入れ、一網打尽にして事なきを得たという。


 その輜重の数はちょっとしたものだった。移住してきた数万の魔物たちと生き残った人間たちが、何もせずとも一年は食っていけるほどだ。


 それを鹵獲できたのは大層ありがたいことだったが、一方でノルダの関の先まで進んだトロール兵団の兵力が膨大であることもにおわせた。関の守りは早急に固めるべきだろう。


 やがてはトロール兵団の本国も、戻らない輜重船のことを不審に思うはずだ。そのうち再度、兵を発してくる可能性もある。海の向こうへの備えも念頭に入れなくてはならない。


 移住の一段落は見えてきたが、この地はやはり安穏と暮らせる土地ではなくなってしまっている。


 むしろ大変なのはここからだろうな。


 ルドルフはどこか他人事のように考えた。

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