第二百四十三話 やってくれる男
それからルドルフはダドリーの家の一室に閉じこもって黙々と転移門を作り続けていた。セラはその完成までの間、ホームへ戻って体を休めている。
二日後、転移門ができあがるタイミングに合わせてやってきたセラとともに、ルドルフは家の外に出た。そして言葉を失った。
少し離れた集落の外れに、大勢の魔物たちが思い思いの場所に陣取って何かを待っていた。それは獣人たちばかりではない。ゴブリン、オークまでいる。加えてたった今オーガの一団が草原のはるか彼方に現れた。
仮面のセラが近くにいたダドリーを見つけて声をかけると、嗅覚に優れたダドリーは認識阻害の面に惑わされることなく、跪いて畏まった。
「我が主よ。あなた様に従いたいと申す者たちを集めてまいりました」
ルドルフは頭痛をこらえるように仮面の額に指先を当てて沈黙した。ダドリー、そういえばこいつはやってくれる男だった。
見渡す限りのその数は数百どころでは利かない。また人数以前にヴァルターには獣人を連れて行くとは伝えていたが、獣人以外については当然何も言っていない。
「あなた様のご威光を慕ってまだまだやって来ますぞ」
ダドリーが得意げに言った。
「ぐぅ」
ルドルフの口から思わず痛撃を受けたような呻きが漏れた。
そんなルドルフの気も知らず、ダドリーは続けて言う。
「つきましては恐縮ながらセラ様に頼みがあるという者たちが。話を聞いていただけないでしょうか」
もはや悪い予感しかしないのだが、同じ仮面を被ったルドルフとセラは並んで魔物たちの話を聞くことにした。ルドルフもフォルエラの眷属になった時にゴブリン語とオーク語はある程度習得していたので、そちらの話はだいたいわかる。そして習得していないオーガ語の話の内容も同じだとセラから聞かされた。
それは土地を離れようとせず残った身内や友人を説得して欲しいという願いだった。
「ふっふっふっふ、ふっふふぅ」
ルドルフの仮面の奥から変な笑いが漏れた。もはや笑うしかない。それを見上げるセラの仮面の下の表情はわからないが、おそらく困惑のそれだろう。一周回って面白くなってきた。
まずはこの新しい状況を整理しなければ。
ルドルフはダドリーに「どれだけ広範囲に声をかけたのか」と尋ねた。
「私が声をかけたのは近隣の集落のみですが、その集落からまた知らせの者が走りました。そう遠くないうちに半島の隅々にまで伝わることでしょう」
次に「よくゴブリンやオークの言葉がわかったな」と尋ねた。
「先だってヌイ様の眷属にしていただいておりましたので。そうそう、コボルトなどほかの種族にも声をかけてあります」
あ、ヌイは眷属の作り方知ってるんだ。
それはともかく、ああ、ともかくだ。その情報は事前に欲しかった。それがわかっていれば絶対にダドリーを行かせなかったのに。というか今のダドリーがどういう状況なんだ。二君に仕えるとかありなのか?
ルドルフはセラを呼んで再びダドリーの家の中に引っ込み、状況を整理した。
とりあえずはここにいる魔物たちの話だけでもヴァルターに通しておかねばならない。さて、受け入れてもらえるだろうか。
もちろん「見捨てる」という選択肢はある。だがさすがのルドルフもそれは躊躇した。相手が魔物とはいえ、住処を捨ててまで頼ってきた者を見捨てるのは、普通に寝ざめが悪い。
「どうしましょう」
セラはルドルフを見上げてそう言ったが、体の前で小さく握る両こぶしには、なんとかしてあげたい、という気持ちが込められていた。
間もなく二人の間で話がまとまった。
セラは説得の行脚に出る。もうここまで来たら乗り掛かった舟だ。徹底的にやってやろうという構えである。
そこでルドルフとセラはそれぞれ役割分担して別々に動くこととなった。この状況は遅かれ早かれ斥候によって国や神殿に伝わるだろう。こちらもできるだけ素早い行動が求められる。
意見がまとまり外に出たルドルフとセラは、ダドリーにしばらくこの場所で待機するように伝え、いったんドミラフのホームへと戻った。
三日後の朝、セラは認識阻害の面をかぶり、わずかな案内を伴って、魔物たちの集落巡りに出発した。
セラはダドリーが用意した馬にまたがっており、その彼女を前に抱くようにして同乗しているのは同じく認識阻害の面をかぶったバルドである。鎧こそ着けぬ軽装ではあるが、腰にはしっかり群青の魔剣を差している。
あの日の午後に話を聞いてから、ひとり昼も夜も走り通してこの距離をやって来たにもかかわらず、バルドにまったく疲れた様子はない。むしろ心身に横溢する力が周囲を圧するかのようだ。身体能力に特化した剛力の神子の体力はさすがである。
頼もしい護衛のついたセラを見送ったルドルフは、この場のことをダドリーに任せると、作成済みの転移門をひとりくぐってヴァルターの住むワレドナ村へと移動した。
「数千? それ以上?」
「すまん。最終的にどれくらいの数になるかはわからん」
ルドルフの話を聞いたヴァルターは軽く目を見開いた。そして腕を組んで考え、すぐに言った。
「それはとてもうちの村には置けんなぁ。いや、うちには魔王のガディもいるし、ほかの種族が混ざってるのは別にかまわんのだが、物理的にな。無理がある」
「そうか」
「住む場所を確保するのに畑を潰すわけにもいかんし。森を切り開くにしても……とてもそんな人数はこんな山奥の土地じゃ養えん」
二人は顔を突き合わせてともに頭をひねる。
しばらくしてヴァルターが気が付いたように言った。
「というかさ、そんなに集まったならよ。もうそのまま人間たちと戦えば? お前さんが加われば、けっこういい線行くんじゃないのか」
「冗談はやめてくれ。人間相手に矛を向ければ、怖いエルフに速攻で殺されてしまう。俺が」
セラも本物の魔王扱いになってしまうし、それだけは絶対にない。
うーん、としばらく考えた後、またヴァルターが口を開いた。
「人間と戦いたくないってんなら、じゃあ魔物と戦うのはどうだ?」
その真意を測りかねたルドルフが黙っていると、ヴァルターは後を続けた。
「トロールどもをやっつけて港をお前たちのもんにしちまえって話だ。あの周辺の土地があればだいぶ大勢が暮らせる。そうだな。ガディあたりを王様に据えるってのはどうだ。それなら俺も最初くらいは手伝ってもいい」
なるほど。それは人間と事を構えるよりはマシに思えた。しかし懸念事項もある。
「だがトロールたちとはそのまま戦争状態になるな。あそこにいるのが海を渡って来たトロール兵団のすべてではあるまい? トロールは執念深い。ちょっとやそっとじゃ引き下がらんぞ」
「そりゃお前、生きるためなんだから戦うしかないだろう。働かざる者食うべからず。戦わざる者生きるべからずだ」
たしかに。どこかに理想の楽園でもない限り、それはまさしくヴァルターの言う通りだ。
「とはいえ、当事者の了解を得ずに俺たちだけで決める話とも、ちと違う。まあ、向こうさんともとっくりと話し合ってくれや」
ルドルフはその言葉に従い、いったん話を持ち帰ることとした。
「どうにも妙な風向きになってきたな」
話を切り上げていったんドミラフ第十四層のホームに戻ったルドルフはそうひとりごちた。
何と言われるかわからないが、いったんアリアナに事の次第を相談したい気分だった。しかし彼女はルドルフとセラが行動を開始するとともに「ちょっと用事ができた」と言って旅の空に姿を消していた。いつものように行った先もわからない。
「まあ、やるしか、ないのか」
そうつぶやきつつ、ルドルフは一晩考えを寝かせた。その間も色々と考えてみたが、やはりほかに妙案は浮かんできそうもなかった。




