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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第五章 時の魔術師 前編

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第百七十三話 長老の思惑、副長老の思惑

 その大樹の森に足を踏み入れた者は、自分が小人になったかのような錯覚を味わうに違いない。


 秋の午後の鮮烈な木漏れ日の中、林立する大木のふもとに、質素な木造りの家々がまるでおもちゃのように並んでいる。そのうちのひときわ大きなひとつが長老の住む家である。その奥まった一室にエルフの長老と副長老が顔をそろえていた。


「またしても魔王の卵……人間の魔王などと」


 生真面目そうな鋭い顔をした白髪のエルフが眉をひそめた。エルフの第二席にして副長老、ジオラダである。


「ほかにももっといるかもしれないですねえ」


 向かいに座るエルフの女性はおっとりとそう言って呑気に笑った。たっぷりとした長い髪を身にまとわせた彼女がエルフの長老、エルドネだ。


「笑い事ではありません。しかもよりによってそれが神子だなどとは」


「たしかに笑い事ではありませんね」


 本日の主な議題はリッチキング亡き後の世界の情勢についてのはずであったが、彼らはまず不死の神子セラのことを議論せざるを得なかった。


 エルドネはつい先日、わざわざ直接ここまでやってきたアリアナから、不死の神子が魔王の卵であると知らされたばかりだ。ジオラダは今日が初耳である。


「そもそもどうして魔王の力を持つ者が神子になるなどということが起きるのです。アリアナが魔王の呪いを見逃すはずがない」


「それは呪われていなかったからです。呪いは解かれていたのですよ」


 エルドネはリッチが不死の神子にエリクサーを飲ませた顛末を穏やかに語った。


 そういえばたしかにジオラダが前に顔を合わせた時も呪いはなかった。しかし挫いた足を治すために世にも希少な万能薬を飲ませたというのは非常に不自然な話だ。とてもそんな軽傷のために使う薬ではない。ジオラダが訝しげな顔をするのも道理であった。


「ではそのリッチがすべての糸を引いていたと?」


「今となってはわかりません。しかしこの落とし前、どうつけてもらいましょうか」


「そうですね。知らずにしたこととはいえ、やはりアリアナには何らかの責任を取らせるべきかと」


「あら、そっち」


 エルドネは意外な顔をした。


「それ以外に何があると言うのですか」


「ここはてっきり元凶たる黒ネズミどもに何か言うべきところかと思ったのですが。私たちを一番虚仮にしているのは彼らではないかしら?」


 エルフの長老と副長老の思惑には大きなずれがあったようだ。


 しかしジオラダはあえてアリアナについて話を続けた。


「そもそもあの娘を神子にした経緯、その強引さは彼女が魔王の力を持つ云々とは無関係に目に余ります」


「与えられた権限の範囲でやっていることと思いますが」


「そうやって長老が甘やかすからアリアナが好き勝手調子に乗るのです。ここはきちんと示しを付けなければ」


「ふむ。ならばどう示しを付けるのです?」


「瑕疵をつまびらかにして降格や権限剥奪などを考えるべきでしょう。もっと行動に制約を与えるべきです」


「ふむ。で、彼女の穴を誰が埋めるのですか?」


「そこです。アリアナも我々がそれをできないと思っているのです。だからこそ増長する。ここは断固たる処分によって思い知らせなくては」


「誰が、その穴を埋めるのです?」


 エルドネの静かな声。ジオラダは言葉に詰まった。


「……ストーラウはいかがでしょう。長らく手が空いております。第三席ゆえ席次的にも妥当かと」


「手が空いております、じゃありませんよ。あれはとても仕事ができる状態ではないでしょう」


「新たな仕事につければ必ずや力を発揮するはず」


「ストーラウの心は今も北方大陸にあるのです。南方大陸では到底その代わりにはなりませんよ。彼にはきちんと約束した通りの立ち直りの機会を与えるべきだと思いますがね。アリアナの糾弾よりも、まずはそれこそがあなたの領分ではありませんか?」


 その言葉にジオラダは今度こそ返す言葉がなくなった。その様を見てエルドネはため息をついた。


「まったく。あなたは本当にアリアナとは馬が合いませんね」


「私の話はそのような私情にかられたものでは。ただ秩序と道理の話をしているのです」


「わかっていますよ。あなたのそういうところに私も大いに助けられています。ですがアリアナの行動力も私は頼もしく思っているのです。あなたたちはともに今代のエルフの顔なのだから。もう少し仲良くしてもらえるとうれしいのですけれど」


 ジオラダが第二席の地位を得ているのは単に副長老だからというわけではなく、その手腕によるところが大きい。極北の魔王の侵攻で大打撃を被った中央大陸の人々を導いて素早く復興の筋道を付け、残党の魔物たちを駆逐せしめたのは彼の功績である。


 だがその規律を重んじる性格は、目的のためならば自由奔放に手段を選ばないアリアナとはまさに水と油といったところで、彼女の横紙破りは彼にしばしば苦い顔をさせていた。


 アリアナのこととなるとやや頑なになるジオラダに対して、エルドネは諭すように言った。


「それにリッチキングを倒した功労者をすぐに処分などできるわけがないでしょう」


「あの時とて長老自らがウルムトへの同行は禁じたはず。それを破って行ったのですから、とんだ独断専行。筋としては罰せられて然るべき類の話ですぞ」


「それを禁じたのも私が彼女を失うのを恐れたからです。彼女は約束通り生還したのですから、私としては言うことは何もありません。これは第一席であり長老としての決定です。いいですね」


「ですが」


「それに時の禁忌を犯した者を捕まえなければならない件もある。それには彼女以上の適任はいないでしょう。今アリアナをどうこうしている余裕はありません」


 エルドネはそうきっぱり言い切り、ジオラダが何か口を挟む前に素早く話題を転換させた。


「それよりも今日の本題です。リッチキングが倒れた今、情勢がどう転がっていくか、油断ならない時期であることはあなたも承知のことでしょう」


 それこそが今日二人が顔を合わせた理由だ。


「三国の融和の状況はどうなっていますか」


「それは……将国については芳しくありませぬ」


 エルドネはまず中央大陸の三国の話を俎上に上げた。ジオラダは己の不甲斐なさを責められたように言葉に詰まる。


 現在、中央大陸では人間たちが三つの国に別れて相争っていた。


 かつて大陸全土を統一支配していたアストル帝国が極北の魔王の侵攻によって崩壊した後、その反撃と抵抗を三つの勢力に別れて行った名残である。


 当初は彼らも連帯して魔物たちに当たっていた。ところが目下の敵を駆逐して身近にその脅威がなくなると、互いの権利と領土を主張して国を建て、今ではすっかり不倶戴天の間柄となっている。


 北アストル王国、西アストル公国、東アストル将国。三国はその称する名前から王国、公国、将国と略されることが多い。治める地域を冠した北アストル、西アストル、東アストルの方がわかりやすいとそちらを好む者もいる。


 ジオラダはこの数十年来ずっと三国の調停を試みていたものの、確たる成果を上げられていなかった。


 復興当初こそ規律とその遂行能力によって信頼を勝ち取り、迅速に秩序と安寧をもたらしたジオラダだったが、昨今の人間たちは彼を煙たがっている節がある。杓子定規で人の心を汲む器に欠ける、と言うのがその理由だ。


 それでもジオラダはつい先日、持ち前の一徹さによってひとつの成果をつかみつつあった。


「ですが王国と公国の間ではようやく国王と大公の会談が実りました。この二国間では必ずや友好が成るでしょう」


 その報告を聞いたエルドネの表情はまだ曇ったままである。不安がまだ残っているのだ。


「……わかりました。ですが、できるだけ急いでください。大陸の北部に魔王を名乗るコボルトが赤竜を従えて現れたのでしょう? もう事は動き出していますよ」


「は……」


「リッチキングが倒れるや否やです。こうなると討伐の時期が早まったのが、いささか悔やまれますね」


 ジオラダは長老の言葉を神妙に受け止めた。それは同感である。


 昨年の今ごろ行われたリッチキング討伐は、本来ならば来年に行われる予定であった。それだけの時間があれば、少なくとも三国のうち二国はまとまりを得ていただろう。


 今のエルフの不安は、中央大陸の三国がバラバラの状態で魔物たちとの本格的な戦いが始まることである。


「件の魔王については情報を集めているところですが、従えるべき魔物がおりません。大したことにはならないかと。こちらは死霊国との戦いに使う予定だった神子の因子もひとつ温存できています。万が一何かあっても私の方で対処いたします」


 ジオラダは現れた魔王についてはそう太鼓判を押した。


 魔王の話となった流れから、二人の話は魔物たちが支配する西方大陸、北方大陸についても及んだ。中央大陸や南方大陸に攻めてくるものがあれば、それは間違いなくその両大陸から来るに違いないからだ。


「西方大陸の魔物たちは種族ごとに三国以上の群雄割拠。二十一の氏族が相争っております。北方のトロールはそれら各勢力に傭兵を派遣しておりますが、自らが中心となって戦を起こす気配はありませぬ。当面はあなた様のお心を煩わせるようなことは起こらないかと」


「その当面の間に、人間同士が争っているのを、どうやってもやめさせなければ。でなければこちらから攻めることもままなりません」


 エルフたちの考えは必ずしも専守防衛ではない。世界のすべての土地を人間のものとすることが善神の望みであり、彼らの最終目標なのだ。


 それからもろもろの込み入った細かい事柄についても話を詰め、それでひとまず本日予定されていた議題はすべて終わった。その後、ジオラダは先ほどの話を少し蒸し返した。


 話題転換で触れられなかった不死の神子の処遇についてである。


「彼女はもっと安全な場所で我々がしっかりと管理するべきでは。もし敵方に取り込まれて新たな魔王が誕生するなどといったことになれば、かなり面倒なことになります」


 このジオラダの懸念も無理はない。魔王とは恐ろしく厄介な存在なのだ。


 本来、魔物は群れてもせいぜい種族単位。手に負えないほどの規模の脅威にはなりにくい。しかし魔王の元では種族の壁を超えて桁外れの大集団を形成することができる。そんな新しい魔物の勢力が生まれることは看過しがたい。


 しかしそれを聞くエルドネの意見は違うようである。


「そこはむしろ外を歩かせている方が面白いではありませんか。彼女はアリアナによく懐いている。その薫陶を受けていれば、ダークエルフと迎合するなどといったことはないでしょう。であればその魔王の力、こちらのものとして使うことも考えられます。実際、すでに大樹海のリザードマンたちを従えているとも聞いていますし」


 そこまでは楽しげな響きがあったが、次の一言は氷のような冷たさで言い放った。


「だいたい人間を魔王にするなど、ずいぶんと舐めた真似をしてくれます。その愚行をとっくりと後悔させなくては。さっき私の言った落とし前とはそういうことですよ」


 表情こそ笑顔だが、声色からは隠しきれない感情がにじみ出ていた。エルドネがダークエルフらの試みに激しい怒りを抱いているのは明らかだった。


「ですがほかの意味でも火種を抱えることとなりますぞ。魔物を従える神子など、人間たちに知られればどうなるか」


「あら、アンデッドを従えていても大丈夫だったのだから、そこは心配いらないのではなくて?」


 ジオラダはまだ完全には納得していない様子だったが、エルドネにそう言われて黙った。


「彼女の力を使って南方大陸の魔物をひとまとめにして、北方大陸や西方大陸、果ては東方大陸にまで殴りこんでいけたら面白いですね。ふふ、ひょっとすると人間に勝利をもたらす最後の魔王となるかもしれません」


「神子の使命として命が下せない今、かの者が期待通りに動いてくれるかどうかは未知数ですが。魔術の研鑽に生涯をかけたいと望んでいるようですし」


 エルドネの広がる妄想にジオラダは冷や水をかけたつもりだったが、彼女は遠くを見る視線のまま、その想像の翼は羽ばたきを止めない。


「そうして人間が適当に優勢となったところで私は引退を考えたいところですね。となればアリアナにそろそろ神託の巫女の作法を教え込まないと」


「アリアナが後継者などとはとんでもない! 何度も言っているではないですか。あれには無理だと」


 エルドネが折に触れて口にする引退話に対して、ジオラダは今日も同じ反応を返した。


「それでまたあなたの娘をと言うのですか? 確かにセネオラもいい子ですが、まだ三百歳でしょう? せめて五百歳にはなっていないと」


「ですから第一席はあなた様があと二百年は務めてください。適材適所というものがあります。だいたいアリアナからもずっと断られ続けているのでしょう?」


「そうなのですけれど……」


 エルドネは心底残念そうな顔をした。


 エルフの第一席は善神の声を聞く神託の巫女でもある。それは女性しかできない役割であった。


 エルドネはこれまで四千年もの間、神託の巫女の役を務めている。

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