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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第五章 時の魔術師 前編

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第百七十四話 懐かしのグラナフォート

 ルドルフは転移の光とともに、懐かしの廃寺院の、懐かしの己の書斎へと姿を現した。


 ここを最後に去ったのがエゼルにさらわれる前の冬だったので、一年と半年は余裕で経っている。書斎はその出かけた時とほぼそのままで、棚には当時研究していた魔道具が並んでいた。


 アクィラやラエルの話ではダンジョン・オーバーフローによって転移門が壊れてしまったため、みなあれから寺院には戻っていないらしい。転移魔術の使えるセラだけがまだ寺院で暮らしていたとのことである。ルドルフは再会を前にいささか緊張しながら書斎の外へ出た。


 しかし意を決して廊下に出てみると、まったく人の気配はない。


 訝しく思ったルドルフがしばらく寺院の中を歩いてみると、人の気配どころか生活の気配もないことに気がついた。ノックしてセラの部屋のドアを開けてみたが、部屋の中も寂しい雰囲気である。


 ベッドや机のような大きな家具は残っているが、本棚は空になっているし、筆記用具といった細々としたものは一切見当たらない。


 どうやらもうここにセラはいないようだ。アクィラたちが旅をしていた半年の間にどこかに居を移したのだろうか。


 ルドルフは難所を乗り越えたかのような長いため息をついた。いや、何も乗り越えてはいないのだが。


 入り口も固く閉じられていて、寺院はもうすっかり閉鎖されている。まあたしかに、ここはリッチである自分が住むためにアリアナが用意してくれた場所である。セラだけになればこんな不便なところにわざわざ住む意味はない。


 しかし自分も長らく留守にしていたとはいえ、こう静かな様を目の当たりにすると少し侘しい。


 さて、セラはどこに行ったのであろう。


 彼女の行方を知るのに心当たりの場所はいくつかあるが、ルドルフはグラナフォートへと足を伸ばしてみることにした。そういえば死霊国の軍勢との攻防戦の後どうなっているのかも少し気になっている。


 グラナフォートの西門の外へ転移してみると、城壁の損傷はきれいに修復されていて、戦があったことがまるで嘘のようだった。いつもの面をつけて門衛に軽く挨拶して中に入ると、そこには以前と変わらぬ人通りがあり、人々の生活がある。


 冒険者ギルドや神殿もしっかりと店を開けており、ダンジョンの入り口からも多くの冒険者たちが出入りしていて活気のある様子だ。市場の入り口には戦勝一周年を祝う垂れ幕がかかり、常にもまして賑やかな騒ぎとなっていた。どうやらこの町はすっかり復興している。


 ルドルフはなんとなく以前の行きつけの食堂へと足を伸ばした。


 初老の夫婦が営んでいるはずのその店は、変わらぬ佇まいで元の場所に建っていた。町の中は本格的な戦火には包まれなかったし、ダンジョンから飛び出してきた魔物たちもさほど広い範囲を破壊したわけではなかったようだ。


 もしかしてセラがいやしないだろうか、と窓から中を軽くのぞいてみる。すると意外な人物の意外な姿が目に飛び込んできた。


「お待ちどおさまっ」


 威勢のいい声とともにえんじ色のエプロンをかけたウェイトレスが客席に注文の皿を置いた。なんとベルタである。


 女性にしてはたくましい長身の体をキビキビと動かして、昼時の店内を忙しく動き回っている。グラナフォートの復興を手伝っているらしいとは聞いていたが、槍の達人がまさかこのようなところで働いているとは。


 ルドルフは昼の忙しい時間が終わるのを待って、店内に入り席に座った。客はもうほとんどいない。ベルタは素早く席までやってきて、たった今入ってきた新しい客に声をかけた。


「いらっしゃいっ。はい、こちらメニュー。注文が決まったら呼んでおくれよ」


「注文はもう決まってるんだ。とりあえずパウンドケーキを一本包んでくれないか。それと……」


 ルドルフは注文するとともに、周りの視線がないことを確認しながら認識阻害の面を少しずらして髑髏の顔を見せた。


「俺だ。ルドルフだ」


「旦那!?」


 ベルタが素っ頓狂な大声を上げたため、注目がこちらに集まる。ルドルフが反射的に面を自分の顔に押し付けていなければ危うく大騒ぎになるところだった。


 ベルタは店の中に向かって「ごめんよ」と笑ってから、ルドルフに顔を近づけると小声で言った。


「……まさか、本物だろうね。こんなところでなにしてるんだい」


 それはこちらのセリフだが、と思いつつもルドルフは端的に用件を述べる。


「色々あってな。なんだかんだこうして復活していた。少し話せないか。聞きたいこともある」


「ちょうどいい時間だ。このあとすぐ休憩をもらうから、この席でそのまま待っていておくれ」


 しばらくの後、ルドルフはベルタと店の裏まで行き、そこでまず再会の挨拶とこれまでの経緯の説明を済ませた。


 黙って事情を聞いたベルタは苦笑いはしていたが、アクィラのように怒りはしなかった。「まあ正直旦那があれでいなくなったとは思えなくてね。どこかで元気にふらふらしてるような気はしていたよ」と言って再会を喜んでくれた。


 なぜこのような場所で働いているのか、と聞くと、死霊国との戦いが終わったあとで店の再開を手伝ったのをきっかけとして、この店で働かせてもらっているのだという。今はウェイトレスをしつつ、調理の見習いとして色々と教わっているのだとか。


「もともと従士の仕事が終わったら冒険者も引退するつもりだったんでね。だったら飯屋もいいかなと思って」


「だとしてももったいないな。その腕と実績なら士官も思いのままだろうに」


「士官なんて堅苦しいのは御免さ。それに飯屋だって腕さえあれば食いっぱぐれない仕事だろ? ところで聞きたいことってのは何かい。やっぱり例の噂のことかい?」


「噂?」


「あれ、その様子だと何も知らなそうだね。まあいい、まずは旦那の用件を片付けちまおう」


 ルドルフはその噂とやらも気になったが、当初の目的としてほかの者たちの近況を聞いた。


 シャーロットとマルクは婚約して精霊使いの里に帰ったらしい。エデは魔術師として王都周辺に塔を構える準備をしていて、フェリーナは聖都で大神官の補佐などをやっている。竜たちとヌイは大樹海の遺跡へ。アリアナは相変わらずあちこちを飛び回っている。


 そこまではアクィラたちから聞いたものと変わらなかった。


 変わっていたのは肝心のセラたちの話だ。


「セラはバルドといっしょにずっとダンジョンに潜ってるよ。一ヶ月前からは故郷に帰ってたメアも手伝いに来て合流してる。まさにさっきちょっと触れた噂絡みでね……旦那、念のために確認するが、ここに来る前にルガルダのダンジョンの中に行ったりしたかい?」


「いいや。これから見に行こうとは考えていたが」


「やっぱりそうか」


 得心がいった顔のベルタは最近世間を騒がせているその噂について話してくれた。それはルガルダのダンジョンに不死の神子の下僕と思しきリッチが出現し、たびたび冒険者たちを襲っているという話であった。


 ルドルフにとってそれはまったく寝耳に水の話だった。本人がここにいるのだから別のリッチであることは間違いないのだが、どうにもその背格好がルドルフそのままなのだという。


「それともうひとつ騒ぎになってるのはその討伐依頼の報酬さ。いったいいくらかわかるかい?」


 ルドルフが黙って首を振ると、ベルタはそのまま答えを口にした。


「金貨十万枚」


 さすがのルドルフもその金額にはとっさに何と言ったらいいかわからなかった。


 一生遊んで暮らせるどころか、立派なお城の建つ金額だ。魔物の討伐依頼にしても破格中の破格。まさに前代未聞である。


 思わず眉に唾を付けたくなったが、依頼を出した者はどこぞの名のある富豪ゆえに確かな話だという。その富豪は重い病にかかっていて、リッチの骨を粉末にして飲めばそれが平癒すると、固く信じているらしい。どう考えても誰かに騙されている。


 ともかく、その額には冒険者のみならず、国家や神殿も外聞を気にせず討伐隊を出していて、現在のルガルダのダンジョンはちょっとしたお祭り状態になっている。


 ルガルダはダンジョン・オーバーフローでほとんどの転移門が壊れてしまったせいもあって、以前ほどの賑わいを取り戻せていなかったが、今や強者たちが集う魔窟になっている。


 おかげで飯屋も儲かっているよ、とベルタは笑った。


「それでセラたちも?」


「いや、セラたちは偽物だと確信しているが、やっぱり旦那のこととなれば捨て置けないってとこさ。人を襲って殺したり怪我させてるなんて、大切な師匠の名を貶めることでもあるしね。セラはかなり怒ってたよ」


 怖い。


 いや色々と怖いことになっている。


 ダンジョンに出没するリッチとやらは本人として間違いなく偽物と言い切れるが、問題は他人にはそれがまったく通じないであろうことだった。下手に見つかれば自分が狩りの獲物になってしまう。


「セラはいつ帰って来るかわかるか?」


「そうだねえ。ひと段落して帰ってきたら必ずここに寄ってくれるけど、前に来たのが三週間前かな。その前はさらに一ヶ月前だったから、引き算するとあと一週間くらいで戻って来るんじゃないかね」


 まあ一週間くらいなら待つか。ダンジョンに潜っても、セラたちがどこにいるかわからないだろうし。


 ルドルフがそう決めるとベルタも「それがいい」と賛成してくれた。そのあと「今夜は一杯つきあっておくれよ」と言われたので、その夜は遅くまでベルタが飲むのにつきあった。


 懐かしの冒険者御用達の酒場。


 ベルタの話を聞きながら蒸留酒の香りだけを楽しんでいると、すぐ隣りの席ではそれなりに腕の立ちそうな冒険者たちが「リッチを討伐するのは俺たちだ」と気勢を上げていた。まさかその本物が目と鼻の先にいるとは思うまい。

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