第百七十一話 捨て石の魔王
コボルトたちを引きつれたガディが、森の焼け跡の中を恐る恐ると言った様子でやって来た。
すると人型に戻ったグレアズが正座させられていて、その横にヴァルターが立っている。二人の視線は巨漢の骸骨を問い詰めるアクィラとラエルに向けられていた。ルカは得も言われぬ顔でそれを見守っている。
「だから! 生きてたんならなんで連絡を入れねぇ。ああ? 一人で過ごすたってそれからでもいいだろうが!」
「そうだよ。ひどいよ!」
正体を明かしたルドルフはまずアクィラたちに己の事情を説明した。
なんだか友人の魔術師が魂の器を直していてくれていたので復活できたという事情だ。そしてもう自分の仕事は終わったと判断して、当面は一人で過ごそうと決めたことも話した。
するとそれを聞くや否やアクィラが烈火のごとく怒り出したのだ。最初は単純に喜んでいたラエルも電光石火で同調して手の平を返した。
「いや、あんな別れ方をしといて何事もなかったかのように復活してるのは、ちょっと、その、恥ずかしかったというのもあってだな……」
ルドルフは口ごもった。さすがに悪いことをした自覚はある。ちょっとはある。言い訳にもキレがなかった。下手な口答えは火に油を注ぐような気がして途方に暮れている。
「ま、とりあえず場所を移さないか。まずはこの場の話を収めたい」
その様子を見かねたヴァルターが助け舟を出した。
「ふん! ああ、胸糞悪い。おい、ラエル。上の山火事を消しに行くぞ。あとの話はそっちで勝手にやんな」
「待ってよ!」
ルカが差し出した外套をはおったアクィラは山中に上がる白煙を目当てに坂を上り始めた。それをラエルが追いかけて行く。二人は付かず離れずしてともに去っていった。
「ルドルフさん……まずはあの時助けてくれた感謝を伝えるべきなんでしょうけど……こればかりは僕もアクィラ様と同じ気持ちです。みながどれだけ悲しんでいたか」
ルカも静かにそう述べて山の方へと歩いて行った。
まだ所在なげなルドルフの背をヴァルターが強く叩いた。見ると何とも言えない苦笑いをしている。
「これに懲りたら人の縁はもっと大切にするもんだぜ? あれで怒られてるうちが華っつーか。あとで改めて謝っとけよ。とにかく謝り倒しとけ」
そのアドバイスの後、ヴァルターは白々しくも気が付いたように言った。
「ところでこれからはルドルフって呼んだ方がいいか? それとも今まで通りウーフで?」
「好きにしてくれ」
ルドルフはばつが悪い。不貞腐れたように言って仮面をつけた。
それからガディたちを連れ立って村に戻ったヴァルターは、竜とは話がついたことを言い広めて村の混乱を収めた。それからコボルトたちを外に待たせてガディとグレアズを家に招き、ルドルフを交えてこたびの顛末を聞く。
「アスター殿が僕にグレアズを遣わしてくれたんだ。魔王としての威をみんなに見せつけてやれって」
ガディが言うアスター殿というのはダークエルフの一人らしい。彼が魔王ならば接触しているのは不思議なことではない。
「俺はしばらくガディ……さんを助けてやれって。そしたら新しいねぐらと宝をやるからって言われて、それでガディさんに従ってました」
グレアズもそのアスターから話を持ち掛けられてガディと引き合わされたのだという。
にしても先ほどまでの生意気なオーラはどこへやら。すっかりしおらしくなって、さっきからチラチラとルドルフの方を見ている。竜殺しの剣はすでに次元収納にしまわれているが、未だにこの若い赤竜を恐怖させ続けているようだ。
「しっかし、威を見せつけるってお前、仮にそれで俺たちを従えたとして、いったい何するつもりだったんだ」
「もちろん、兵力が整ったところで人間どもに宣戦布告するんだ!」
ヴァルターの呆れた調子の問いかけに、ガディは元気よく答えた。
「いやいや、無理だろー。この近くに魔物がどれほど残ってるかって言うと、お前もわかってるはずだが?」
「そこは西の大陸の魔物もやがて手を貸してくれると言うんだ。アスター殿はいずれふたつの大陸をともに統べるといいって言っていた」
ここでほかの大陸の話が出てくるとは。ルドルフはなんだかきな臭い話になってきたぞと少し目を眇める。ヴァルターもまた同じ考えでいることが表情に出ていた。
ヴァルターはガディを懇々と諭した。
「ガディ。悪いことは言わない。お前利用されてるだけだぞ。お前は明らかに大陸の支配者って器じゃない。ダークエルフが何を企んでいるのか知らんが、いいとこ使い捨てだろう」
「そんなことない。アスター殿は僕に親身になって話を持ってきてくれたんだ。そうだろグレアズ」
「すんません。俺もヴァルターさんの意見に賛成す」
グレアズはすべてを白状した。
ガディが人間たちにちょっかいをかける混乱に乗じて、いずれ西方大陸の魔物をうまいことこの大陸に手引きする。そうしたら彼はガディのもとを離れてそちらに合流しろと言われていたそうだ。
その話を聞いたガディは愕然として言葉を失ってしまった。であれば彼はアスターに騙されていたことになる。ガディの役割はほかの大陸の魔物がこの大陸に足がかりを築くまでの捨て石に過ぎなかったのだ。
「まあ近いうちに大きな戦が始まることは確かみたいだな。ガディ、今の話を踏まえてお前も身の振り方を考えた方がいいぞ。何事も命あってこそだ」
「僕は……どうしたらいい?」
「そこは自分で考えんと。お前も一族の長ならその役割を果たすんだな。でもいずれにしたって戦うことはお勧めしない。お前じゃあっさり死ぬのがオチだ」
突き放され、また現実を突きつけられたガディは、捨てられた子犬のような顔をしていた。
ガディとグレアズが村を去る時、ルドルフはグレアズを手で招いてこっそりと言った。
「ガディを裏切ったらこれだぞ? あとこの村にまた何かしようとしても同じだ。俺は転移魔術が使えるし、ほかに竜の知り合いもいる。逃げられると思うな」
そう言いながらルドルフが拳を握って剣で刺す仕草をすると、グレアズはかわいそうなほどに震え上がってしまった。
すっかり意気消沈したガディとグレアズはとぼとぼとした足取りで来た方角へと姿を消した。
「あれでよかったか?」
「ああ、恩に着る。あれでも一応は友人だからな」
グレアズに釘を刺したのはヴァルターの頼みであった。




