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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第五章 時の魔術師 前編

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第百七十話 赤くてカッコイイ剣

 余裕をなくしたグレアズが再び大きく息を吸った。今度は先ほどにもまして長いこと呼吸を溜めている。


「でかいのがくるぞ! アタシが受け止める。アタシの後ろから動くな!」


 アクィラが背後の味方に呼びかけてから少しもしないうちに、再び真っ赤な竜のブレスがアクィラを身を呑み込んだ。それは予期していた白い炎とは違って大きく広がり、遥か後方のルドルフたちにも渦を巻いて迫って来る。


「火の精霊よ、お眠り」


 冷静に状況を見ていたラエルが前に向けて手をかざした。すると迫る炎は目の前で見えない何かに吸い込まれるかのように消え去ってしまった。


「おいおい、ぬるい炎だな。本気で来いよ」


 凝縮された白ではなく普通の赤の炎。アクィラは相手が手を抜いていると判断した。


 だが炎に包まれても平然と立つ女の姿を前にして、グレアズの瞳には戦慄の色が浮かんでいる。それは今の炎が彼の渾身の炎であることを告げていた。


 その様にルドルフは拍子抜けしていた。もしや全力の炎でこの程度なのか?


 アクィラも同じく拍子抜けの顔となっていたが、やがてニヤリと笑った。格下と認識した相手をもてあそぼうという底意地の悪い笑みである。おもむろに右手を上げてグレアズに向ける。


「本当の赤竜のブレスってのは……こうだろ!」


 と、その言葉とともに己の持つ真の赤竜のブレスを解き放った。手の平から伸びた白く輝く熱線が竜の体を撃つ。大気の震えとともに白熱する炎の圧力で吹き飛ばされ、竜の巨体は鮮やかに一回転して無様にひっくり返った。


『バカな。この炎はまるで……』


 グレアズはしばらく腹を天に向けて呆然としていたが、槍を手にしたアクィラが近づいて来るのを逆さまの視界の中に捉え、慌てて立ち上がった。どうやら大きく傷ついてはいない。炎に強い耐性を持つのはあちらも同じことらしい。


 理解不能な状況に恐怖したグレアズは闇雲に鉤爪を振り回してアクィラに襲い掛かった。炎は無効化されたとはいえ、竜の巨体による質量は十分な脅威である。


 しかし恐怖に駆られた闇雲な攻撃はひどくつたない。アクィラはそれらの攻撃も悠々とかわして、返す槍を何度も竜の体に叩きつけている。


 リッチキングの強化由来の膂力にプラスして、今のアクィラはルカの強化魔術も受けている。その攻撃は竜の硬い鱗を傷つけ、わずかにだが血を流させる力を持っていた。


 それでも決定打を取るにはやはり固い鱗で守られていない場所、たとえばどうにか隙を突いて目や口の中などの急所を狙う必要があるが、もはや無理にそうする必要もなさそうだ。グレアズは完全に翻弄されて、その体の傷は着実に増えていく。


「おっ、おっ、いいぞ」


 ルドルフは舞うようなアクィラの動きに拳を握った。まさかアクィラだけで竜と渡り合えるとは。これは望外の展開である。


 一方のグレアズは目の前の華奢な少女に押される状況に訳がわからず、その混乱は深まるばかりだ。


 やがてルカがアクィラに向けてフィジカルエンチャントの魔術をかけなおした。その時、グレアズの視線がアクィラからルカに移った。


『そうか、何かおかしいと思ったらお前の仕業か! 後ろから邪魔くさい! ぶっ潰してやる!』


 大きく咆えたグレアズは攻撃の目標をアクィラではなく後方に控えるルカへと変えた。アクィラそっちのけでこちらへ突進してくる。


「やべぇなこれ。ウーフ! 魔術でなんとかしてくれ」


 ヴァルターの声にいくらか緊張がこもったが、まだ剣を抜く気はなさそうだった。


「俺は動かんぞ。なんとかできる武器は渡したはずだ」


 ルドルフは梃子でも動かない覚悟でヴァルターに告げた。


 そんなことをしている間にもグレアズが間近に迫っていた。とっさにラエルが精霊に働きかけて分厚い土壁を作った。それは竜の質量の前にあっさりと砕かれてしまったが、突進の勢いは殺してたたらを踏ませる。


「お前の相手はアタシだ!」


 その間に素早く横から回り込んだアクィラが鋭い槍の刺突で赤竜の目を狙う。こちらを見ていない相手は隙だらけだ。固い物同士が激しくぶつかる音。竜は大きくのけぞった。


「チッ、しくじった!」


 しかし突き刺さった槍がアクィラの手を離れて持っていかれる。槍はグレアズの左目のわずか下に突き刺さっていた。そこでは仕留めることができない。痛みに荒ぶるグレアズは再びルカとラエルに目標を定めると、改めてそちらに突撃しようと後ろ脚に力を籠める。


「チッ。仕方ない。恨むなよ。ガディには悪いがこっちも身を守るためだ」


 ヴァルターは舌打ちするとようやく竜殺しの剣を鞘から抜き、グレアズへと向けた。


 その瞬間。


「まいった! 俺が謝る! 頼む、殺さないでくれ! そいつを俺に向けないでくれ!」


 悲鳴のような声が響く。同時に赤竜はその姿を消していた。見ると人型を取り、跪いて両手を上げている。


 グレアズの戦意はまったく消え去っていた。ヴァルターの手にする剣の赤い刀身を目の当たりにして、ただひたすらに怯え震えている。あまりの恐怖に逃げるという選択肢すら浮かんでこないようだ。


「へぇ、向けただけでこれか。なかなか大した剣じゃないか」


「怒って突っ込んでくると思ったんだが、思ってたのと反応が違ったな」


 ヴァルターとルドルフがもはや緊張感をなくして感想を言い合っているのを、ラエルは呆気に取られて見つめている。


 竜から人型となった拍子に抜けた槍を拾うと、アクィラは警戒をそのままにグレアズの前に立った。


「いったいどうしたってんだ?」


「あの剣を向けたとたん、こうなりました」


 そう言うルカともども不審な顔をしている。


「おい、お前。なんで急に大人しくなった?」


 アクィラは槍でグレアズをつつきながら尋ねた。


「ひっ。どうか……どうか、後生ですぅ……」


 グレアズは身を守るように両手を交差させて情けない声を上げた。そむけた目から涙がにじんでいる。


 アクィラはその様を見て意地悪そうにニヤリと笑ったが、ふと何かに気がついたかのようにルドルフとヴァルターの方を振り向いた。


「すまねえ。つい遊んじまった。炎を防いだらさっさとそっちに任せるべきだったな」


 赤い剣を見ながらそう言った。竜を調伏するあらたかな効き目に感心しているといった風だ。


 だがラエルは別の何かに気がついた。


「あれ? これって竜殺しの剣?」


 不思議そうな声を上げる。


「師匠が持っていたやつだ。おじさん、これどこで手に入れたの?」


「あいつが? たしかに。よく見ればギギゼラを切った剣とそっくりだ。間違いない。柄の欠けてるとこまでそのままじゃねえか」


 アクィラの「ギギゼラを切った」という言葉にグレアズの顔が青くなる。知り合いなのだろうか。


「さっきウーフに貸してもらったんだ」


 ヴァルターが何でもないことのようにそう言うと、アクィラもラエルもルドルフに注目する。


「おい、こいつをどこで手に入れたんだ?」


 アクィラが何気なく問う。ルドルフは言葉に詰まった。仮面の裏で口を開いたり閉じたりするだけで、とっさのでまかせも口を突いて出ない。これはまったく予想しなかった展開だ。


 アクィラの目に不審が宿った。


「どうやら聞きたいことができたようだ。いったいその剣をどこで手に入れたのか、誰から手に入れたのか、吐いてもらおうじゃねえか。何者だお前?」


「こうなるか」


 ルドルフは思わず観念の嘆息を漏らした。


 竜殺しの剣に気づかれることは頭からスッパリと抜け落ちていた。しかし改めて見れば、またとない凝った意匠をした深紅のカッコイイ剣だものな。そして同じ造りの別の剣だと言い訳しようにも、柄の欠けまで同じと言われると言い逃れるのは難しかった。


 それ以前に相手がこの程度の竜なら、竜のブレスがあの程度のものなら、別にアクィラを関わらせる必要はなかった。ヴァルターに剣を渡す必要すらない。自分ひとりでサクッと片を付けられただろう。過ぎた慎重さが裏目に出たといえる。


 ルドルフはそう己のしくじりを分析したが、もはや後の祭りである。同時にギギゼラってああ見えてけっこうすごい竜だったんだなぁ、などと呑気に感心してもいた。同じ竜でも強さはピンキリらしい。


 わずかな自省の時間のあと、ルドルフは面を外してその下の素顔をさらした。骸骨の両目に緑色の光が燃えている。


「師匠!? なんで?」


 ラエルが目を丸くして驚きの声を上げる横で、アクィラは絶句し、ルカも信じられないものを見るような目をこちらを向けている。髑髏の顔で人の区別がつく者はなかなかいないだろうが、このように巨大な体の上に乗っているのでは間違いようもない。


 辺りの木々はまだ静かに煙を上げくすぶっている。静寂の中を風が流れた。

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