第百六十六話 まさかの三人組
あれから三ヶ月ほどが経った。
ワレドナ村ではちょっとしたダンジョンブームが起きている。ダンジョンの入り口にはいつの間にか村人たちが寝泊まりするために作った簡易な小屋がいくつもできていて、常に誰かしらがいるような塩梅になっていた。
彼らを駆り立てているのは、適正価格で買い取りしてもらえるようになった魔石ばかりではない。
これまで村の近くに現れるダンジョン産の獣人たちは、おそらく長い間山中をさまよってようやくそこまでたどり着いていたのだろう。おおむねボロボロの姿をしていて、魔石以外には取れるものがなかった。ゆえに村に近づきすぎないうちは、誰も積極的にこれを倒すことはなかった。
しかしダンジョンの中にいる獣人を倒せば、魔石だけでなく身に着けている装備品も手に入ることがわかり、むしろそちらを目当てに腕っぷしに自信のある者たちがこぞって押し寄せているのだ。
拾った武器や防具はそのままダンジョン探索に役立てられるほか、鋳潰したり分解したりして生活に役立つ物を作る材料にすることもできる。そうしてダンジョンは少しずつ村を豊かにしつつある。
だがその一方でダンジョン探索にかまける者が増えることで、狩りや農作業がおろそかになりつつあることを懸念する声が早くも上がっていた。
村長であるヴァルターとしては喜んでばかりもいられない。当初ダンジョンに一番入れ込んでいたのはヴァルター自身だったが、「言われてみればそうだ」と、最近はどうバランスを取るべきか頭を悩ませているようであった。
村は思わぬ転換の時を迎えている。
ルドルフの方はといえば、獣人ダンジョン(と仮に呼ぶことにした)の中に居を構え、またぞろ魔道具の解析や魔術の研究に勤しんでいる。引き籠もれる拠点があるというのは、なんとありがたいことなのか。無事に魂の器を作る儀式も終わり、一安心といったところである。
村人から魔石を買い集めたいので、二週に一度は行商の露店も開いている。留守にしている間は下界の町まで仕入れに行っているのだと言うことで、ルドルフがしばらくいなくなってはひょっこり現れることに誰も疑問を持っていない。実際に転移魔術で仕入れも行っているので、誰もが「定期的に外の品物が手に入るのはありがたい」と自然に受け止めていた。
そうした生活を続けていくうちに、ルドルフの手元には十分な量の魔石のストックが回復していた。いざという時の予備魔力が整ったのを期に「そろそろ北方大陸に行ってみるか」とも思案し始めている。
そんなある日。
例によって広場で店を構えていると、村の南側の入り口、かつてルドルフのやってきた方角から村人が一人、走ってヴァルターの家に入っていった。その間際にルドルフの方をチラリと見たのが気になる。彼は鼻の効く獣人でルドルフの正体を知っている。
しばらくしてその村人とともに出てきたヴァルターは、目の前の広場で商品を広げているルドルフの側までまっすぐにやってきた。
「すまないがウーフの手を借りたいことができちまった。急なことで悪いが頼めるかな。お姉さん方もすまないね」
ヴァルターは自然と相手の懐に入り込んでくるような物言いで、相手に嫌な思いをさせない。数人いた客のおばちゃんたちは「あらま、それは大変」とか「大丈夫よ気にしないで」などと言いつつ解散して帰っていった。
その場にルドルフと先ほどの獣人の男だけになると、ヴァルターは用件を口にした。
「商売の邪魔をしてすまん。だがどうにも奇妙なことが起きていてな。なんでも村の入り口に旅のアンデッドが来ているとかで、村に入れる入れないで押し問答になってるって話だ。アンデッドならお前さんの領分だろ? ちょっといっしょに来て知恵を貸してくれ」
旅のアンデッドと軽く言うが、そうそう旅をするアンデッドなどいるものではない。たしかにそれは奇妙なことだ。と、ルドルフは己のことを棚に上げて考えた。
ヴァルターたちについて村の入り口まで向かうと、話の通りに何か揉める声が聞こえてきた。
「だからこのガキを村で休ませてくれるだけでいいって言ってんだろ! こいつだけはアタシらと違って生きている人間だ!」
それはなんだかルドルフの聞いたことのある声である。まさかと思いつつ進んだルドルフが目にしたのはそのまさかの顔だった。
見た瞬間、思わず足が止まる。特徴的なふたつ結びの赤い髪。
アクィラだ。
汚れてくすんだ赤い外套を着た旅装束のアクィラが、数人の屈強な男たちに囲まれて声を荒げていた。そのすぐ後ろではルカがラエルを背負っている。ラエルはぐったりとした様子で顔色が悪い。着ている旅装束はなかなかくたびれていて、三人の旅路の労苦を物語っている。
なぜ彼らがここにいるのか。
しかもアクィラとルカのコンビはともかく、そこにラエルとは意外な組み合わせだった。いや、少年がついてきたがる理由はわかるが、アクィラがそれを許したことがだ。
それはともかくとして、自分が生きていることは絶対にバレたくない。気ままなソロライフはまだ始まったばかりなのだ。あと単純になにやら気恥ずかしい。
どうするか少し悩んだルドルフは、ひとまずこのまま様子を見ることに決めた。認識阻害の面をかぶっている限り、面と向かってもルドルフだとバレることはない。自ら名乗ったり魔術を使ったり戦ったりしなければ平気だ。
「はいはーい、こっから先は俺が話を聞こうか。いったい何の用かな、旅のお嬢さん方」
ヴァルターが飄々と割って入った。苛立ちを含んだアクィラの目がそちらへ向かう。しかしそのアクィラが口を開く前にルカがラエルを背負ったまま前に出た。
「連れが体調を崩して難儀しているんです。僕らはお察しの通りアンデッドですが、この子はただの人間で」
喧嘩腰のアクィラがこのまま話すよりは賢明な判断だ。
「へぇ、たしかにそいつは難儀だな。だがうちらから見ればアンデッドといるその子も怪しいってのはわかるよな。なんでまたアンデッドが人間の子供なんて連れてる……待て待て、そう噛みつこうとするな。まずは事情を聞きたいと言ってるんだ」
言葉の途中でアクィラがまた爆発しそうな気配を見せたが、ヴァルターは素早く察してそれを制した。ルカも身を乗り出したアクィラに「ちょっとお願いします」とラエルを渡して、うまいこと静かにさせる。
それから身軽になったルカが語るには、「自分たちは南方大陸からずっと北を目指して旅をしていて、最終的には北方大陸を越えて極北の島まで行くつもり」なのだという。理由としては何か探し物があるらしい。ラエルがいっしょにいる理由は「友人として僕らの旅を助けてくれているんです」とのことだった。
ルドルフはその探し物が何なのか聞きたかったが、ヴァルターは相手がぼかしたことをあえて根掘り葉掘りは聞かなかった。ルカが話す間、口を挟むこともなくじっと傾聴している。
「まあ、嘘ではなさそうだな」
ルカの真摯な語り口にヴァルターはそう結論した。
「ウーフはどう思う?」
「俺からも特に問題のある奴らには見えない。心配なら武器だけでも預かったらどうだ」
知恵を借りたいと言って連れてきた手前か、ヴァルターが一応こっちに話を振ってきたので、ルドルフは忌憚のない意見を述べた。
「そういうことだ。村に入ることは許すが、悪いが武器は預からせてくれ」
ヴァルターがそう言うと、アクィラは手にしていた槍を、ルカは腰に差していた剣を、それぞれ村の男たちに素直に差し出した。
さらに揉めそうならなんとかしてやろう、とルドルフも考えていたが、双方の様子を見るに自分が骨を折ることはなさそうだ。
村長の言葉に来訪者たちが素直に従う様子に、その場にいた男たちもみな納得し、アクィラたちを先導してヴァルターの家へと案内していった。
ルドルフはヴァルターとともに最後尾を歩いていたが、そこでふとヴァルターが耳打ちしてきた。
「お前さん、さっきあの三人を見た時なんだか様子が変だっただろ。あとでいいから、なんでか教えてくれよな」
その言葉を聞いたルドルフは思わず固まってしまった。あの一瞬の動揺を気取られるとは。つくづくこの男の目はごまかせそうにない。




