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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第五章 時の魔術師 前編

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第百六十五話 死を悼む者

 初夏の黄昏時。


 遠い山の端にようやく沈もうとする夕日を窓の外に眺めながら、ディアドロは小さくため息をついた。表情こそいつものような笑顔だが、その横顔はどことなく覇気のなさを感じさせる。


 机の上の書類を挟んで対面に立つダムレイもいつものごとき仏頂面だが、内心ではやる気のない上役を前にどうしたものかと思案している。さすがにそろそろ調子を取り戻してもらわないと部下としては困ってしまう。


「先日出した南方大陸に関する方策案はいかがでしたか? いずれか決裁していただければ、すぐにでも動くことが可能ですが」


「ああ、お疲れ様でした。ええ。まぁ、どれでも勝手にやっておいてくれてかまいませんよ。皆さん優秀ですから、私、助かります」


 ダムレイが本日の用件を切り出すと、ディアドロはニコニコと調子よく心を込めて、しかし内容としては至極投げやりな答えを返した。


「申し訳ありません。ディアドロ様に選んでいただかなければ、私どもは動くことができません。長からもあなた様にきちんと仕事をさせろときつく申し付かっておりまして」


「ふむ」


 ディアドロは「長から」と言う言葉を聞いて、一目置く様子を見せた。そして初めて書類を手に取り、パラパラとめくり始める。めくりながら聞いた。


「ダムレイ君の一番のおすすめはどれですか?」


「現状維持。西部は敵がアンデッドから人間たちに変わりましたが、やることは変わらずです。守りを固めるのがよろしいかと。そうしていずれ来る機を待ちます」


「実に手堅いですね。実にダムレイ君らしい。じゃあ、それで」


 ダムレイの答えにディアドロは調子よく決裁の言葉を述べ、まだ最後までめくられていない書類を机の上に投げ出した。


「……本当にいいので? どのような結果になろうとも責任はあなた様のものとなりますが」


「もちろん。責任を取るのが上役の仕事ですからね。それに先ほども言った通り、私は有能な部下を信頼していますし」


 またしても心からの言葉のように言うが、ダムレイからすればこの上役のやる気のなさは明らかだ。言った自分でも少々つまらないと考える現状維持など、いつものディアドロなら一蹴していたはずである。


 不死の神子セラに付き従っていたリッチ、ルドルフが聖剣に貫かれて消滅した顛末を聞いてから、ディアドロはずっとこんな調子だった。


「リッチキング亡き今、情勢は大きく動く。停滞の時期は終わったのです。いつまでもそんなことでどうしますか」


「ルドルフ殿亡き今、楽しみにしていた計画が水の泡と消えてしまって私は傷心なんです。もう勝手にやってくださいよ」


 いい加減ダムレイからたしなめられて、ディアドロはようやく本音を吐いた。笑顔は崩さないが困ったように少し眉を寄せている。


 ディアドロはセラ、あるいはルドルフを魔王とするための筋書きを前々から描いていた。どちらか片方を愚かな人間たちに贄として捧げ、かけがえのない者を失ったもう片方のよるべなき怒りと絶望に、相応しい道を示してやるつもりだったのだ。


 しかしルドルフの消滅でその筋書きは台無しになってしまった。彼はすっかりやる気を失っている。


「片方だけでも残ったのですから、その片方を魔王にすればいいではありませんか」


「ダムレイ君はわかっていませんね。美学というものがわかっていません」


 ディアドロがぴしゃりと言った。


 ディアドロとしては新たな魔王の誕生をこの上なく劇的に演出したかったのだ。


 これは殊によると長年続いてきた人間と魔物の、そしてエルフとダークエルフの争いの趨勢を決める最後の魔王となるかもしれない。ついでにそれが人間、あるいは元人間で、ほかならぬエルフの手駒だった者というのもこの上なく皮肉が効いていてたまらない。


 そのような特別な存在が通り一遍の登場の仕方をしたのではいかにも締まらない。


 いつか懇切丁寧に説明されたその美学は、ダムレイにとっては超然としすぎていて、ダークエルフの長い一生すべてを使っても理解できそうにない。ただなるべくその美学とやらに沿うように心がけた意見を口にした。


「魔王とするために贄が必要と言うなら、別の近しい者を使うというのは?」


「ん~。セラさんにとってルドルフ殿の次と言うなら、アリアナですかね。ではちょっと神殿の反エルフ勢力を使ってアリアナを殺ってきてくれます? もちろん彼らだけじゃ到底無理だと思うので、ダムレイ君もしっかりと手を貸してあげてくださいね」


 ディアドロは本気か冗談かわからぬ笑顔で言った。


「私を自殺志願者か何かだとお思いで?」


「えー? やればきっとできますよ。ダムレイ君が伝説の男になる瞬間を、私は見たいですね」


「遠回しな処刑なら今ここでお願いします。徒労の末に惨たらしく殺されるより、余計な手間なく楽に死ぬ方がマシです」


 上役が唐突に振った無理難題を、部下は終始表情を変えずに受け流した。


「……しかしまあ、実際アリアナでは……こう、盛り上がりが足りない。関係性がちょっと違うんですよねぇ。単なる庇護者では」


 幸い、その案はあっさりと取り下げられた。実のところディアドロとしてもしっくりこなかったようだ。ダムレイは上役がまたおかしなことを言わないうちに実現可能な代替案を出す。


「剛力の神子あたりではどうです?」


「論外ですね。まったく面白みがない。せめて二人が恋仲くらいでないと及第点は出せません」


 ディアドロはダムレイの代替案を一刀両断に切り捨てたが、その自らの言葉にしばらく黙って考え込んだようである。そしておもむろにまたとんでもないことを口にした。


「恋仲か……ダムレイ君。どうにか二人をくっつけられませんかね?」


「……」


 引き裂くためにわざわざ結びつけるという、その極まった趣味の悪さにはダムレイも絶句してしまった。


 ディアドロは特に嗜虐趣味を持っているというわけではない。だが己がこれと考えた計画、あるいは思い付きを実現するためなら、飄々とどんなことでも当然のように実行する、そんな何をするのかわからない怖さがあった。


「……いや、違いますね。恋仲はちょっとありきたりすぎる。悪くはないですが、最後の魔王の誕生にふさわしい演出かと言うと、ちょっと安っぽい。単なる戦友の方がまだアリです」


 ディアドロは再び自らの案を取り下げた。ダムレイは自分が出した代替案がおかしな方向に転がらなかったことに感謝した。


 よくわからないが、どうしてもこの人のこだわりはあのリッチらしい。


「ふぅ」


 そう思い知ったダムレイは小さくひとつため息をつくと、今日話すつもりではなかったことを話すことにした。


「これはまだ不確かな話ゆえ、しっかり裏を取ってからと考えていたのですが……ひとつ噂話がありまして」


「ふむ」


「ルガルダのダンジョンにまたもやリッチが現れたそうです」


「ほう」


「それが姿形から、どうやら不死の神子に仕えていたリッチだそうでして」


「続けて」


 一転してディアドロの聞き方に身が入った。ゆっくりと確かめるように話すダムレイを待ちきれぬように合の手を入れる。


「噂の出所は冒険者たち。すでに多くの者に幾度も目撃されているというものの、それでもやはりまだ噂の域を出ていません。近づいて襲われた者もいるらしいですが、真偽のほどは不明です。一応、冒険者ギルドが調査に乗り出しつつあるとのこと」


 ディアドロはしばらく黙ってからおもむろに聞いた。


「セラさんはどうしてます?」


「先ほども言いましたが、私もまだ小耳にはさんだ程度なので、そこまでは。まったくのガセである可能性もあります。ですがガセだとしても彼女は捨て置けないでしょう。必ずや足を運ぶのでは」


「でしょうね」


 それからディアドロは独り言のようにつぶやきながら可能性を整理した。


「リッチならばどこかにもうひとつ用意してあった魂の器で復活したという可能性はなくはない。しかしだとしても今さらダンジョンで冒険者と事を構える意味がわからない……十中八九偽物でしょう」


 だが、そこでディアドロは何か気づいたような顔となった。


「そうですね。仮に偽物だとしても嘘から出た真にしてしまうという手もある。何とかして本物だと思い込ませれば……及第点のアレンジはできるかもしれません」


 そしてしばし黙って考えた後でディアドロは言った。


「ふむ。そうですね。ルガルダの方は私が確かめましょうか」


 何を考えたのか知らないが、この上役はようやく動く気になったようだ。


 次いでディアドロはダムレイに対してテキパキと指示を出した。そこには南方大陸のことばかりでなく、西方大陸や中央大陸に関わる件も含まれている。


「ちょっとは面白くなってきました。もしうまく行って最後の魔王が誕生すれば、完璧に美しい我々の勝利です」


 不確かな噂話ひとつがここまで功を奏したことに驚きつつも、ダムレイはどうやら事がうまく回ったことに内心一息ついた。


 彼としてはディアドロがセラを新たな魔王にと固執する気持ちは理解できないが、一方でこの上役のお膳立てに間違いはないだろうと信頼もしている。


 最後にディアドロはまたひとつ思いついたように指示を追加した。


「そうだ。この間、中央大陸に魔王を配したはずですね」


「ええ」


 リッチキングが倒れる前のこと、ディアドロはわずかなリソースを使って一体の魔物を魔王としていた。ひそかに、誰にも気づかれないように。


 ダムレイからすると、それはなぜ魔王にしたのか理解できないほどの弱小な存在であった。いくら魔王とはいえ、魔物は自分より弱い者には従わない。あのような弱者ではどんな魔物を従えることもできないだろう。


「あの近くに若い赤竜がいたでしょう? 側に付けてやってください。それで多少は魔王としての箔が付きます」


 黄金竜の勘気が解けてからというもの、ダークエルフは各地の竜たちに働きかけている。竜には人間を嫌っている者も多くいる。十分な対価さえ約束すれば、幾体か味方につけるのはそう難しいことではなかった。


「いささかもったいないのではありませんか? それにあの魔王では実質、竜の使い走りみたいになってしまいそうですが」


「それでもかまいません。別にどちらも本命ではないことはダムレイ君もわかっているでしょう? エルフに対する目くらましにでもなってくれれば十分」


「承知いたしました。では」


 ダムレイは変わらぬ仏頂面ながら、どことなく軽くなった足取りでその上役の前を辞した。

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