第百六十四話 古代魔術
それから数日進む間に魔物との遭遇も徐々に増えていった。
三日目からはその頻度がぐっと跳ね上がり、さらにその翌日には視界の遠くに常に魔物がいる状態に、翌々日には常に群れが目に入る状態となった。間違いなくお目当てのダンジョンに近づいている。
出現する魔物はここまで来てもすべて獣人で、その強さはピンからキリまで。ルガルダのようなダンジョンの層の基準で言うと第一層から第八層くらいまでの強さの魔物が混在している。
遠くにいて寄って来ないものは無視したが、行く手にたむろしているものに関しては片付けながら進んだ。
ヴァルターは魔物を倒した都度に矢を回収しているので、まだ矢が尽きることはなかったが、相手の数が多くなるとさすがに時間がかかって仕方がない。
そこで間もなく戦闘はルドルフの担当となり、ライトニングバーストの魔術でまとめて痺れさせた敵を、エナジードレインで手早く屠るというスタイルで進んでいった。まれに雷撃に耐えて殴りかかって来る根性のあるやつもいたが、ルドルフが軽くいなせる程度の相手である。
「魔術ってやつは便利だなぁ。それって俺にも使えるかい?」
すっかり観戦が板についたヴァルターがお気楽に聞いてきたが、ひとつ目の初歩の呪文を覚えるまでに一年やそこらは普通にかかる、と言うとすぐに興味をなくした。
さておき、この魔物の密度だと、そろそろ近くにダンジョンの入り口があってもおかしくない。
そう判断したルドルフはショートリープで上空に跳躍して辺りの様子を確かめた。すると、とある方向にひときわ大きな群れがわだかまっている場所があるのが遠く見えた。
「ここからあちらの方向、今までで一番大きな群れがいる。目的の場所かもしれない」
「りょうかうぃー」
落下してきたルドルフが方角を指差すと、ヴァルターはなぜかおかしなノリで力こぶを作った。その彼を先頭にして二人は進む。
この辺りになるとヴァルターも来たことがないと言ったが、相変わらずその足取りに迷いはない。尾根筋の木々の隙間から遥かに見える山の形で方角はわかるのだという。
さらに出現頻度の高くなった魔物たちをできるだけ回避して進むと、その日の夕方前には先ほどルドルフが見た群れを見下ろす場所までやってきた。凄まじい数の多種多様な種類の獣人たちが、渦を巻くような群衆となってそこにいた。
「あれは……さすがにちょっと無理じゃないか?」
ここまで一体一体の魔物は容易く屠ってきたヴァルターも、その大群の威容にはさすがに気圧されている。
仮にあれが反撃してこないものとして、一方的に切り倒していったとしても、全て片付けるまでにどれだけかかるか気が遠くなるほどだ。そしてもちろんちょっかいを出せば反撃してこないわけがない。
「まあいけるだろう。ひとつ魔術の粋を見せてやる」
ルドルフはそう言うなり長い魔術の呪文を唱え始めた。その詠唱はあまりに長く、最初はただよいはじめた濃厚な魔力の気配に緊張を見せたヴァルターも、やがてはいつ終わるのかとあくびし始めるほどであった。
だが呪文の詠唱が終わった刹那、その間延びした空気は一気に吹き飛んだ。
魔物たちの頭上に数えきれないほどの閃光が次々と煌めき、白一色となった世界に轟音が轟く。少し遅れてやってきた爆風が体を打つ。
あまりの眩しさに目を閉じていたヴァルターが再びその目を開けた時。さっきまでそこにいたはずの魔物たちは跡形もなく、真っ平になった地面と、崩れた岩山の残骸だけが残されていた。その周辺の木々は円の外に向かって傾き薙ぎ倒されている。
古代魔術スコーチドアース。
ルドルフが費やした膨大な魔力は広範囲を包む白い爆炎となり、辺りに凄まじい破壊をもたらしていた。かつて偉大なリッチの王から教えられた大魔術である。日々折々に、時に歩きながらも呪文の試行錯誤を続け、最近ようやく習得したものだ。
今のルドルフの魔力と練度ではささやかな、王の見せたお手本と比較するのもおこがましいくらいの威力しか発揮できていないが、それはまたこれからの課題である。
「……今からでも『ウーフさん』って呼んだ方がいい?」
ヴァルターは目の前に現出した惨状に目を丸くしながらそんなことを言った。その表情は本気なのかふざけているのか判然としない。
「俺はひと足先に行くぞ」
ルドルフはヴァルターの言葉を聞き流して一人ショートリープを使うと、先ほどまで魔物たちがひしめいていた空間に降り立った。続けて使ったセンスマジックの魔術によって、ダンジョンは容易く見つかる。
崩れた大きな岩のひとつを退けると、その下に洞穴への入り口があった。その向こうにはダンジョン特有の魔力の濃い空気が感じられる。
その日はその場で野営を張り、今日も一日歩き詰めだったヴァルターは体を休める。
「あんたといると、食い物に困らないのがありがたいな。しかもアツアツなままなのが不思議だ」
ルドルフの出した食事は、おかみさんが毎日出してくれる食事をストックしたものだった。食べる振りをして次元収納にしまっていたものだ。やがて我が家の味を満足いくまで堪能したヴァルターは、地面に寝転がって寝息を立て始めた。
睡眠の必要のないルドルフはこれまでも毎夜そうしていたように夜警に立ち、すでに周辺に散っていた魔物たちがさまよって来るのをエナジードレインで静かに片付けたりしている。
「これがダンジョンってやつか。普通の洞窟と変わりないように見えるな」
翌朝、ルドルフとともにダンジョンの中へ足を踏み入れたヴァルターはそんな感想を漏らした。
ヴァルターの言う通り、このダンジョンは天然の洞窟に近いタイプだ。
ルドルフがライトの魔術で浮かべた光球が洞穴を明るく照らし出すが、長く続くその先は闇に包まれている。一応人間が数人並んで歩けるくらいの広さはあり、天井の高さも並外れた巨漢のルドルフがつっかえないで済むくらいはある。
話には聞いたことがあるが実際に入るのは初めて、というヴァルターは辺りを物珍しげに見回しているが、特に緊張している様子はなく、自然体である。
入ったばかりの場所は一般的なダンジョンで言うと第一層にあたる部分で、たまに遭遇する犬頭や雀頭の獣人は極めて弱い。弱いと言っても一般の成人男性といい勝負になるくらいの腕力はあるのだが、ルドルフからすればまったくダメージを受ける心配はない上に触れるだけで片がつく相手だ。もちろんヴァルターの敵でもない。
ダンジョン・オーバーフローで魔物を吐き出したあとのダンジョンは平穏ないつもの状態に戻るという。このダンジョンが昨日吹き飛ばした魔物たちを吐き出したのがいつかはわからないが、今のところ不穏な様子はなさそうである。
地図を書きながら曲がりくねった道をあちこち歩いたが、それでも半日と経たないうちに大きく下っていく坂道を見つけた。第二層に続く道だろう。このペースで進めるとすれば、それほど大きなダンジョンではなさそうだ。
「俺はこのまま奥まで探索を続けたいが、そちらはどうする?」
その坂道を前にしてルドルフがヴァルターに声をかけた。
「そうさなぁ。十日戻らないとさすがに嫁と子供が心配するだろうし、そろそろいったん戻りたいかもだ」
そこでルドルフはヴァルターを送っていったんダンジョンの外まで出た。
時間はすでに午後となっていたが、初夏の日の長い時期なので外はまだまだ明るい。そのまま家路につくヴァルターをルドルフは見送り、それから再びダンジョンの中へと潜っていった。
十日後。
「おわっと、なんだなんだ!?……なんだウーフか。脅かすなよ」
ルドルフがダンジョンの入り口へと転移してくると、そこには驚くヴァルターの顔があった。転移の光とともに突如として現れた骸骨の姿に驚いたのだ。周りにはさらに数名の男連中の姿がある。いずれもいかつい風体をしていて、なかなか腕に覚えがありそうだ。
彼らは噂に聞くダンジョンとやらを一目見てみたいと、ちょっとした腕試しもかねてやってきたとのことだった。
ヴァルターは先日とは違って魔石を集める気も満々である。村の者からルドルフが換金してくれた話とその額を聞いたらしく、以前と違ってその価値を認めていた。
ほかにもダンジョンの中にいる獣人を倒せば、その武器防具も戦利品として手に入る。それにも期待していた。
すでにルドルフはダンジョンの探索を終えていて、そのすべてではないがほとんどの場所を踏破している。
どうやらここは第八層まである立派なダンジョンだが、一層一層がそれほど広いダンジョンではない。天然洞窟型のダンジョンで罠の類もなかったので、ヴァルターのように腕っぷしはあるがダンジョン探索は初心者、といった者が挑むにはうってつけのダンジョンといえよう。
そんなアドバイスとともにルドルフはヴァルターに作成したばかりのダンジョンの地図を売りつけた。お代は魔石の後払いでいい。
ヴァルターたちは軽く礼を言うと、その地図を手にガヤガヤ騒ぎながらダンジョンの中へと入っていった。
ヴァルターとそのお眼鏡にかなった連中ならば、このダンジョンの魔物ごときに遅れは取らないだろう。彼らが味を占めて中の魔物を間引くようになればダンジョン・オーバーフローも起こらないので助かるというものである。
ルガルダのものに比べると小さいものだが、地脈の通る部屋もルドルフは見つけていた。
そこには大地の奥を流れる魔力の川があり、魂の器を作る儀式を行うのにも恰好の広い空間である。そしてその入り口を岩で埋めて、隠し部屋として隔離することも完了している。
永住する拠点となるかはわからないが、少なくともしばらくはここで落ち着くことができそうだ。




