第百六十三話 ダンジョンの痕跡
ルドルフはしばらく腰を据えてワレドナ村の周辺の調査をすることにした。
ヴァルターからは「何もないと思うぜ? 辺鄙なところだからな」と言われたが、むしろそういう辺鄙な場所こそ穴場の可能性もある。
肉や野菜をどこから出したのかとヴァルターに問われたルドルフは、路銀稼ぎに荷物をたくさん運べる魔道具の鞄で行商もしているのだと答えた。
次元収納のことこそ隠したが、行商はまるきり嘘というわけでもなく、実際このような村の人々と触れ合うには恰好の生業である。
ヴァルターが主だったところに声をかけて回ってくれたおかげもあってか、ルドルフをよそ者と警戒する者は少なく、翌日から村の広場で広げた露店はなかなか好評を博した。
店先には食べ物だけでなく日用品なども数多く並び、並んでいないものもリクエストに応じて色々と出てくる。その品揃えの良さは口コミで広まり、日に日に訪れる客が増えていった。
買い物がなくとも近くまで来て話したがる者も多く、彼らは旅の話や村の外の話を聞きたがり、代わりにルドルフは村やその周辺の話を聞くことができた。村人からすればかなり久しぶりの外の人間であるため、物珍しさも勝っていたのかもしれない。
この村は中央大陸の北限の山地の只中に位置していて、あえて険しい山道を通ってまで訪れる者は少ない。北の道は北方大陸へのかつての玄関口であった港町ザマルへと通じているが、一般に使われるメインルートは遠く離れた東の海岸沿いを通っている。
ルドルフがあえてこの道を来たのは約六十年前に通ったことがあったためであり、その時に通ったのは、メインルートの途中にある関が魔物の軍勢に固められて通行不可能だったためである。
店は連日の繁盛だった。
にも関わらず、しかしルドルフはやや浮かない気分だ。一週間が経っても特に目ぼしい情報に出会わない。
行商はそろそろいったん店じまいして、自分の足で少し歩き回ってみるべきか。
そんな風に思ったその時である。ルドルフは初めて注目すべき出来事を発見した。とある村人が引き取ってくれないかと持って来た魔石が、やけに良質なものであることに気がついたのだ。
その客に「この魔石はどこで手に入れたんだ?」と聞くと「たまに山奥から話の通じない獣人がさまよい出てきて襲ってくるので、それらを倒して」という答えであった。
そのやけにあっさり教えてくれる様には聞いたルドルフは少々驚いたが、村人としてはどうやら魔石にあまり価値を感じていないらしい。ただこうしてごくたまに来る行商人や、下界の町まで降りて買い物をする時に換金できるので、一応捨てずに取っておいているのだと言った。
ルドルフがその魔石を査定して妥当な額を支払うと、村人は「こんなにいいのかい?」と目を丸くした。どうやら今まではだいぶ買い叩かれていたらしい。
それからルドルフはその獣人が出てくる方角を北西と教えてもらい、教えてくれた村人にはたくさんおまけをしてやった。
ようやくひとつ面白そうな手がかりが手に入った。
「話の通じない獣人」と言うのはおそらくダンジョンの魔物だろう。魔物の湧くダンジョンを放置していると、やがて魔物が外にあふれ出すダンジョン・オーバーフローという現象が起こる。
人里近いダンジョンで起これば大惨事につながりかねない現象だが、こうした山奥では放置されたダンジョンが恒常的にオーバーフローを起こしていることもあると聞く。
その魔物が湧く場所を突き止めれば、誰も知らないダンジョンを見つけることができるに違いない。一口にダンジョンと言っても性質や規模はまちまちなので、必ずしもそれが自分の求めるものとは限らないが、アプローチしてみる価値はある。
その夜、ルドルフはしばらく留守にすることをヴァルターに告げた。
「明日からちょっと村の周りを調査してくる」
「へぇ、じゃあ俺もついて行っていいかな。一応は妙なことをしないか見守る必要がある。村長としてな」
「おそらく何日も帰って来ないことになるが。ことによると一週間でも利かないかもしれん」
「かまわんさ。山で狩りや山菜採りをしてれば数日くらいは珍しくない。一週間となるとちょっと長いが、用があって港町に降りるよりは早いと思えばまあ」
ルドルフは嫌な顔をしたかったが「村長として」と言われれば断ることはできない。その実ヴァルターはそんな義務感にかられているわけでもなく、単に面白がっているといった風である。
ルドルフは律儀にも報告してしまったが、黙って行けばよかったかと少し後悔した。あとで「どこへ行っていたのか」と問われた時にごまかせばよかったのである。
翌朝、空が白むとともに村を出たルドルフとヴァルターは、山林の道なき道を北西へと向かった。
勘のいいヴァルターをごまかしきれまいと、ルドルフは自分の目当てについて正直に話している。ヴァルターも時折村の近くに現れる「話の通じない獣人」のことは知っていたので、それがダンジョンというものに由来すると聞いて興味津々の様子だった。
「たしかに北西の山向こうにそいつらが群れてる場所がある。相手にしても何もならんから普段は近づくことはないがな」
ヴァルターの同行を内心歓迎していなかったルドルフだったが、実際に山中を歩き始めると「意外とありがたいことだったかもしれん」とすぐに考えを改めた。
ルドルフにとっては右も左もわからぬような深い山の中でも、ヴァルターにとっては庭のようなものだ。迷わず進むヴァルターの後を、ルドルフは何も考えずについて行くだけでよかった。
場所に心当たりがあると言う言葉通り、ヴァルターは的確な道を進んでいるようである。
「お、出てきたぞ。あいつだろう」
その証左として、二人は早くも初日の昼過ぎに猪頭の獣人がさまよっているのを見つけた。無手でぼろぼろの革鎧を着ている。
それはこちらに気がつくと猪の鳴き声そのままの声を上げて突進して来た。慌てもせずに悠々と弓を構えたヴァルターが連続して矢を放つと、三射目が命中したところで猪頭はあっさり倒れて動かなくなった。
背中に背負うような長弓をよくも鮮やかに軽々と扱うものだと、ルドルフは感心する。しかも獣化もせず人間の姿のままということは、ヴァルターはまだかなり余力を残しているに違いない。
すでに絶命している猪頭の獣人の胸を開き、心臓の位置から青い魔石を回収すると、これもやはりなかなかの上物であった。
ダンジョン・オーバーフローによって外まで出てきた魔物から得られる魔石は、たっぷりと魔力を蓄えていて質がいいのだ。
ルドルフはその取り出した魔石をヴァルターに渡して分け前にしようとしたが、ヴァルターはそれを軽く見てから放って返した。
「いらんのか?」
「別に俺には不要なんでな。あんたには貴重なものなんだろう?」
「換金もできるものだが」と説明したが、ヴァルターは手を振って「いらんいらん」と言う。ルドルフはありがたくそれを懐に収めると、再び先を進むヴァルターの背中を追いかけていった。




