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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第五章 時の魔術師 前編

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第百六十二話 獣人と人間の村

 鳥の鳴く爽やかな早朝の森の空気の中、ヴァルターはルドルフを村まで案内してくれた。見張ると言った割に無造作にどんどん先を歩いていく。ルドルフは大人しく後ろをついて行った。


 滞在できない以上、村での情報収集はできない。ならば、この男からだけでも聞けるだけのことは聞いておこうか。


 ルドルフは歩きながら当たり障りのない会話をしつつ、折を見て質問を織り交ぜた。


「ところで今の村長はまだ人間なのか?」


 そのうちのひとつとしてルドルフは村長のことを聞いた。


「おっと、昔来たことあるって言うのは嘘じゃなかったのか。人間が村長だったのはだいぶ前だったはずだが……ん? とするとお前さんが前に来たのは四十年から六十年くらい前ってことか」


「忘れた。覚えているのは村長が人間だったことだけだ。それから後はずっと獣人が村長だったのか」


 正確に言って素性を特定されても困るので、そこは適当にぼかした。


「後にも先にも人間の村長は一人だけだ。もともと獣人の村で人間がともに暮らすことになったきっかけの人物でもある。へぇ、会ったことあるなら、是非とも話を聞かせてもらいたいとこだが」


 魔物は最も力のある者に従う。


 獣人を従えているということは、当時の村長は村の獣人の誰よりも強かったということだ。だがそんな人間がほいほいいるわけではなかったらしい。


 ヴァルターの話では、そのころ南方に極北の魔王の軍勢に滅ぼされた村があり、男はその村から逃げてきた者だった。そして引き連れてきた人々を獣人の村に受け入れてもらうため、当時の獣人の村長に挑み、これを打ち倒して村長になったのだということだ。


 力で従えるにもさすがに言葉が通じなければ無理だが、なるほど。人間と獣人は同じ言葉を使う。そういう上下関係が新たにできることもあり得るのか。


 ルドルフはてっきりずっと昔から人間が村長になったり獣人が村長になったりしている村だと思っていたので、人間の村長を知っているだけでそこまで範囲が狭まるとは考えもしなかった。うかつである。


「うーん、通りがかっただけなんでな。話には聞いているが顔も見たことないんだ」


 余計なことを話してぼろが出るのも嫌なのでルドルフは適当にごまかし、それから不意な思いつきを口にした。


「じゃあもしかして村にもう人間は住んでいないのか?」


「いいや、相変わらず仲良くやっているよ」


「ほう。それは後の村長もずいぶんと心が広かったのだな」


「まあ、獣人と人間がつがいになると、なんでか知らんが子供がどっちになるかはわからないんだ。あちこちで発情したやつらが適当にくっついた結果、小さな村だ、今ではどっちも身内同士になってるってわけさ。何を隠そう俺の母ちゃんも人間だしな」


 その「発情」と言うのはどうなんだろう。とはいえ、それは面白い話だ。興味深い話が聞けて感心しきりである。


「ちなみに今の村長はどんな奴なんだ?」


「そりゃあ、あんた。目の前にいる奴さ」


「へ?」


 ルドルフは思いがけない言葉につい間抜けな声を上げてしまった。ヴァルターはそれがまたたいそうおかしかったらしく、歩きながら大声で笑った。


「はっはっは。あんたなかなか面白いな。気に入ったぜ。そういや名前を聞いてなかった。なんて言うんだ?」


「ウーフだ。よろしくな」


 ルドルフは淀みなく偽名を名乗った。


「改めて、ワレドナ村の村長、ヴァルターだ」


 それからヴァルターはうってかわってルドルフの滞在を許してくれた。


 さすがに骸骨の顔で堂々と歩かれると皆がびっくりする、ということで、村の中では認識阻害の面をつけてくれと言われた。鼻が利く獣人には妙に思われるだろうが、そこはヴァルターが少し風変わりな客人ということで村人に話を通しておいてくれるらしい。


 ルドルフは言われた通り面をつける前に「それにしても」と、手にするそれをしげしげと眺めた。


 この認識阻害の面が獣人の嗅覚には無力だとは初めて知った。長年使ってきた魔道具にまだ知らない穴があったことに少し驚く。もしや前にダドリーの獣人集落に行った時も実は怪しまれていたのだろうか。あの時はヌイの同行者だったので何も言われなかったのかな。


 ヴァルターとルドルフが村に着く頃にはちょうど朝飯時で、村のあちこちの家から炊事の煙があがっていた。牧歌的な景色である。奥まった山あいにあるにしてはなかなか大きな村で、盆地に下る坂の上から見渡すだけで数百軒の家がありそうだ。実際にはもっとある。そこはかつて訪れた時と変わっていない。


 二人は村に入ってからもかなり歩いてようやく村の広場にたどり着き、その広場に面した大きな屋敷の前までやって来た。


 どうやらここがヴァルターの家、即ち村長の家であるらしかった。周りの家々とは違って立派な塀まで備えている。


「まあ、自分の家だと思って過ごしてくれ」


 そう言ってヴァルターが玄関の扉を開けると、思いがけず一家の主が帰ってきたことに、そのまん丸な妻は目を丸くし、母と同じく丸々とした二人の息子は歓声を上げて父親を迎えた。父親は「よぉー、俺の宝物たち」と太った子供たちを軽々と持ち上げる。


「ちょっと客人を拾ってきた。ウーフって名だ。今日からしばらくここに置くことになったから、よろしく頼むぜ」


「あらあら、そうなの」


 ヴァルターがそういうと、おかみさんは人のよさそうな笑顔でルドルフを迎えてくれた。顔立ちが整っているわけではないが、愛嬌があって笑顔のかわいい嫁さんである。子供たちも母親にならって挨拶する。ヴァルターにあとでこっそり聞くと、家族はみな人間だということであった。


「でもそうすると今日の晩の御飯はどうしようかしら」


「すまないな。狩りにはまた明日行ってくるから。今日は客もいることだし、近所で何かちょっとしたものを分けてもらってくるよ」


 少し困り顔の妻をヴァルターはやさしくなだめる。そのやり取りを聞いたルドルフは「ならば宿のお礼に」と、荷物を確かめるふりをしていったん物陰に行き、次元収納からどっさりの肉とたっぷりの野菜を出した。それを運ぶついでに子供たちには飴玉の袋を渡してやる。


「さっすが俺の見込んだ客人だぜ」


 ニヤリと笑ったヴァルターはルドルフの背中を叩くと、遠慮せずに気持ちよくルドルフの礼を受け取ってくれた。おかみさんはニコニコとして「ありがたいわぁ。今夜は歓迎のごちそうにしましょう」と言って肉と野菜を台所まで運んで行った。子供たちは飴玉を頬張ってふざけ合いながらも、それを手伝ってついて行く。


「ぼくこんなに大きな重いものも持てるよ」


「ぼくなんて二つも持てる」


 と、力を見せたいお年頃である。


 しかし歓迎のごちそうか。一応、食べる振りはした方が良さそうかな。


 ルドルフはそんなことを考えつつ、部屋まで案内するヴァルターのあとを歩いて行った。

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