第百五十四話 混戦
シンシアを退けたルドルフらは足を止めることなく坂を登りきり、王宮へと足を踏み入れた。
聖剣で塵と化した門番たちの残骸と見られる武器と鎧をまたいで正門をくぐり、岩と枯れ木で整えられた庭園を抜けると、目の前に大きくそびえる白亜の城が待ち受ける。
突入した一行はルドルフの先導のもと、まず謁見の間を目指した。いつもリッチキングと顔を合わせるのはそこか、会議室か、あるいは展望室だったからだ。
回廊をまっすぐ進むとしばらくして中庭の明かりが見えてきた。その中庭の入り口でテーブルや椅子を転がして作ったバリケードが人の胸の高さで道を塞いでいる。おそらく辺りの部屋からかき集めたのだろう。どれも素晴らしい年代物の逸品だが、可哀想にも手荒に扱われている。
「ついに来たか」
「いや、待て。あれは不死の神子とアリアナ様だ。後ろの集団は冒険者たちと見えるぞ」
ルドルフとセラたちがバリケードの手前まで来ると、その向こうからそんな風に言いかわす声が聞こえてきた。バリケードの中から顔をのぞかせて見せたのはグラナフォートの神殿騎士長ボードウェルだった。かつてグローザ村でアクィラに焼かれて生死の境をさまよった彼である。
ボードウェルはすぐに指示を飛ばしてバリケードの一部を崩させると、一行を中庭に招き入れた。
「これはセラ様にアリアナ様。それに従士の方々。無事に探し物は見つかったのですかな」
「はい。きっとリッチキングを倒す助けになると思います」
セラの横にはルドルフそっくりのマローダーがずっと控えていたので、他人からは入れ替わりでルドルフが加わったことはわからない。セラとアリアナたちもルドルフのことはほかには話さず、どうしても必要な探し物があるとだけ言って地下墓地へと別行動を取ったのだった。
セラとボードウェルの会話を聞いて、ルドルフはかつて彼が表に出していたセラへの侮蔑の感情がなくなっていることに気がついた。対するセラの受け答えも何やらしっかりとしていて頼もしい。その関係性の変化と成長がどのようにして起こったのか、この半年間それを見られる位置にいなかったことが少し惜しい。
サイラス、バルド、イーリスたちを先に向かわせて、彼らはここで外からやってくるアンデッド兵たちを食い止めるために残ったのだという。いずれ王宮の外から城兵たちが殺到するのは時間の問題だ。聖剣の神子がリッチキングを倒すまでの時間を稼がなくてはならない。百名を数える神殿騎士たちが、この中庭のほか、建物の左右の廊下も同じようにして塞いでいる。
「俺たちもここで雑魚を食い止めることにするわ。おそらくこの先に行っても足手まといになるだけだ」
生き残った冒険者らのまとめ役をしていた男がそう言った。先ほどのアリアナとシンシアの戦いを見てそう感じたのだという。
アリアナが別格すぎるだけで彼らもそう捨てたものではないがなぁ、とルドルフは内心思ったが、考えてみればこの先にいるのはリッチキングだ。下手に死者が出るとかの王の死霊魔術によって即座に敵の手先になってしまう。進むのは必要最小限の者であるのがいいだろう。
軽い現状の情報共有が終わるとルドルフたちはさらに奥に進んだ。ここに至って一行の面子は近しい身内だけとなった。セラ、ベルタ、シャーロット、メアの神子と従士たち、それにエルフのアリアナと神子の師匠でリッチのルドルフだ。
進み始めて間もなく、謁見の間にたどり着く。空の玉座の周りに近衛兵たちが並んでおり、離れた手前側にバルドら一行が神妙な顔で待機していた。
ルドルフを先頭にセラたちが姿を現すと、バルドたちは緊張をふっと和らげ、合流した仲間たちを迎えた。
「師匠?」
「師匠、ちゃんと戻った?」
バルドとラエルが待ちに待ったかのようにルドルフに声をかけてくる。しかしルドルフが答えるまでもなく、セラのにこやかで得意げな顔がその成否を物語っていた。
「状況は?」
再会を喜ぶ者たちを尻目にアリアナが今の状態を確認すると、マルクがそれを教えてくれた。サイラスが宿将オースに導かれてリッチキングのもとへと向かい、その従士たち、それにイーリスだけが同行を許されたと。
「どういうこと?」
「なんでもリッチキングが聖剣の神子と話がしたいとかで」
それを聞いたアリアナがルドルフの顔を見た。
「おそらく真実の気持ちだろう。サイラスがウルムト王家の末裔とリッチキングは知っている。すまんがサイラスについて俺の知ってることは洗いざらいしゃべってしまった」
「そういうこと」
サイラスの血筋の話はアリアナも当たり前のように把握しているので特に驚くことはない。しかしリッチキングは彼と話して何をしようというのだろう。
「行先に心当たりある?」
アリアナがおもむろにルドルフに尋ねた。彼女はもちろん大人しくここで待っているつもりはない。
ルドルフは近衛兵たちが向かって右奥の出口側をやや手厚く守っているのを見て答えた。
「おそらく展望室」
「ここからどうやって行くの?」
「あの右奥の出口から出るか、戻って迂回するかだな。あの近衛兵たちを畳むのは少し骨だ。おそらく迂回した方が早い」
その時だった。恐るべき殺気をまとった何者かが背後から謁見の間へと侵入してきたのは。
ただならぬ気配にルドルフが振り向くと、謁見の間の入り口にエゼルが立っていた。
その刹那、エゼルは一番近くにいるルドルフやアリアナには目もくれず、その奥にいるバルドとセラ目がけて一直線に跳ねた。まるで弩の矢のような信じられぬ速度で目標に迫り、大剣を一直線に繰り出す。誰もが反応できない。
しかしその矢のごとき一撃にバルドだけがとっさに反応し、手にしていた白亜の大剣でかろうじて弾いた。逸れた剣の刃がバルドの右腕を切り裂く。血がしぶくが皮一枚。肉までは切られていない。エゼルはそのままの勢いで部屋の奥の方まで遠く離れた。
やおら神子と従士たち全員がエゼルに向けて戦闘態勢を取る。
「エゼル殿! おやめください。その方々は今は王の客人です」
近衛兵の一人が慌てた様子で声をかけた。制止しようと背後から近づく彼をエゼルの大剣が横薙ぎにして、その体を鎧ごと横一文字に両断する。勢い余って一回転した上半身が大きく床を転がっていった。
「乱心なされたか!」
近衛兵たちが口々に切られた仲間の名を呼んだり、罵りの言葉を上げながら剣を抜いた。その刃はエゼルに向けられている。近衛兵たちは素早くエゼルを囲み、剣と盾を構えて臨戦の構えを取った。
「退け。俺が欲するのは神子の首だ。邪魔する者は斬る」
屈強な近衛の一団を周囲にしながらもエゼルは静かに言った。いつも通りの仏頂面は一見冷静に見える。だがその瞳に宿る光は常のものではない。
「シンシアを斬ったのは私よ。仇なら私を狙いなさい」
そんな緊張の中、アリアナが前に出た。
「アリアナ様……」
目の前に現れた妻の仇。エゼルは怒髪天を衝くかと思いきや、しかしその感情が揺らぐ様子はなかった。むしろやや落ち着いて静かな表情となる。
「俺は仇を取りたいわけではありません。シンシアを取り戻したいだけです」
ルドルフは問うた。
「なぜ神子の首がいるのだ」
「かつて俺がそうしたからだ」
その問答だけでエゼルが何を意図しているのか、ルドルフは完全に理解した。そして死霊魔術師として冷酷な事実を告げる。
「そんなことをしても無駄だ。シンシアの魂はもう逝ってしまった。二度とよみがえらせることはできん」
「……」
エゼルは問答無用とばかりにそれ以上は答えず、再びバルドとセラに向けて大剣の切っ先を向ける。
その動作をきっかけに、近衛兵たちが乱心者を制圧しようと一気に襲い掛かった。たちまちのうちに謁見の間は剣戟の音で満たされる。なし崩しにアンデッド同士の激しい戦いが始まった。
エゼルがその凄まじい膂力で振るう大剣は、一撃ごとに盾を凹ませ相手を押し飛ばす。しかし対する側もさすがに王を守る近衛の者だ。そう簡単にやられはしない。
「大変だよ!」
ラエルが声を上げてルドルフのローブを引っ張る。
「大変なのはわかってる」
「違う! サイラスさんとリッチキングが戦い始めたって! すごく高い塔を登った場所らしい」
ラエルはサイラスたちが行く前にこっそり風の精霊を彼らにつけていた。もし戦いになったらその場所を教えてくれるようにと言い含めて。その精霊が今それを知らせてきたのだ。
「ええい、次から次へと。どうするアリアナ!」
「目の前の敵を倒しましょう。イーリスの守りと聖剣があればあっちはおそらく心配ない」
ルドルフの問いにアリアナは即答した。しかしその決断は次のラエルのひと言で揺らいだ。
「イーリスさんは……バラバラにされちゃったって……」
ルドルフはその言葉を疑った。イーリスの不壊の肉体という異能はたとえ彼女が寝ていても効果を発揮するものだからだ。
「まさか。何かの見間違いだろう」
「僕にはわからないよ。見たのは精霊だもん」
そのやりとりを聞いてアリアナが顔をしかめる。こちらに敵の知らない手札があるように、敵にもこちらが知らない手札があってもおかしくない。とすれば聖剣があるとしてもその勝敗は決して楽観視できない。
とはいえエゼルが敵に回るならここで確実に倒しておきたい気持ちもあった。もし彼とリッチキングを同時に相手取ることになれば、その組み合わせは凶悪に過ぎる。
「アリアナさんと師匠は行ってください。セラたちも。ここは俺たちだけでなんとかして見せます」
黙るアリアナに対してバルドが言った。その目は決意に満ちているが気負いは感じられない。
「サイラスさんがやられたらもうリッチキングは倒せないんでしょう?」
続くその一言でアリアナの腹は決まった。その言葉通り、聖剣の使い手が失われればリッチキングの打倒は果たせない。
「ごめんなさい。私たちはサイラスたちのところへ行くわ。エゼルを無理に倒さなくてもいい。足止めだけでも。臨機応変に行動して」
再びルドルフを先頭にアリアナとセラたちはその場を離れて、アンデッド同士の戦う横を大きく避けて進み、玉座の右奥の通路へと姿を消した。
エゼルと戦う近衛らは展望室へ向かおうとする侵入者たちに気がついていても止める余裕がない。一方のエゼルは消える寸前セラの背中を視線に捉え、目を大きく見開いた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおオォ!」
エゼルが、吼えた。人のものとは思えぬ叫びが空気を揺らし、鬼の形相となる。動きがまた一段と激しくなった。そこからはエゼルが大剣を一閃させるたびに近衛兵が一人また一人と減っていく。
「エデ、バルドに強化魔術を!」
突然響いた大音声に思わず身をすくませていたエデはマルクのその一言で我に返り、バルドにフィジカルエンチャントとエンチャントウェポンの魔術をかけ始める。
ほとんど同時に近衛兵の最後の一人が盾ごと斜めに一刀両断にされた。
「おのれ……王から賜った力で……このような……」
上半身だけで床に転がった近衛兵が末期の言葉を絞り出して事切れた。
「……臨機応変の行動って、何か思いつきません?」
顔を引きつらせたフェリーナがエゼルから目を放さないままマルクに尋ねる。言外に「あれを倒す必要はないのですわよね?」と言っている。つい先ほどアリアナが口にしていた言葉だ。
「とりあえず死なないように精一杯やるしかない。心してかかろう」
マルクもエゼルから目を放さず答えた。嫌な汗がその頬をつたう。
バルドが大きく息を吐いて剣を構えた。そして叫ぶ。
「来い! あなたの相手は俺だ!」
ただならぬエゼルの様に怯む仲間たちの中で一人、その満身を戦いの予感に震わせている。その顔に意図せず戦いに高揚する笑みが浮かんだ。
エゼルが視界に残ったもう一人の神子、バルドに剣を向ける。それと同時にバルドは敢然と地を蹴っていた。




