第百五十三話 世界の半分
サイラスはリッチキングが応と答えれば今にも聖剣を抜きそうな気配だ。だがリッチキングはサイラスを真正面に見据えながらも、その意気には応じず話をつづけた。
「そう急くでない。そなたの手にある聖剣のことは承知しておる。その力を使えば余は倒せるかもしれぬ。だが、余を倒したあとはどうする。魔物やほかの国の脅威からこの国を守り抜くことができるのか?」
「マクベルン王国とは話がついております。ウルムト再興を認め、向こう百年変わらぬ友誼を結ぶと。エルフや神殿も間に入っての話ですから、これはそう簡単に反故にはできますまい。それにこの瘴気にまみれた土地を奪いたいと考える者は当面おらぬでしょう。西の魔物についても対抗する算段はできています」
リッチキングの疑問にサイラスは滔々と答えた。
「百年の友誼か。百年なぞあっという間だ。そののちはどうする」
「それまでにウルムトを立派に強い国として見せます。私と私に続く子孫たちを信じていただきたい」
サイラスはきっぱりと答えた。その言葉を受け取ったリッチキングは沈黙したまましばしサイラスを見つめる。それはさほど長い時間ではなかったが、ずいぶんと長い時間にも思えた。
やがてリッチキングは重々しく感情をこめて言った。
「信じよう。その心意気、我が裔として頼むに値する」
それは誰にも意外な言葉だった。リッチキングは本当に自分に道を譲ろうというのだろうか。これほどあっさりと? すぐには信じられない内容だが、しかしその声に込められた響きは到底偽りとは思えない。
「では」
サイラスがその「信じる」という言葉の意味するところを改めて確認しようとする。だが次にリッチキングが発した言葉は、喜色に包まれかけた一同を困惑に突き落とした。
「その資質を信じ、そなたには世界の半分を任せよう」
世界の半分?
思いもよらない言葉だった。それが何を指しているのか誰もとっさに理解できない。その様子を察したのか察していないのか、リッチキングはおもむろに言葉を接いだ。
「余は死者たちを統べ、そなたは生者たちを治めるのだ。我らにまつろわぬ者は余が威をもって従えよう。我らの手を取る者はそなたが徳をもって導くがよい」
先ほど以上の慮外に誰もが口を開くことができない。
「つまりは……生者と死者が共存する国を作ろうと?」
サイラスが呻くように言った。想像だにしない提案にどう返していいかわからず、なんとか絞り出した言葉であった。
「そうだ。それでこそ永遠の国が完成すると余は思い至った。ウルムト王家の者として、ともに世界を導こうぞ」
だがリッチキングの方は大真面目だ。「ルドルフに余も教えられた」と前置きして続きを語った。
アンデッドは子を成すことができない。寿命はなくとも事故で死ぬことはある。であれば数は減っていくばかりだ。
ならば我がウルムトの臣民は生者のうちは子を成し、死したあとでアンデッドとなり永遠の列に加わればいいのだ。
それはリッチキングの中ではすでに既定路線となっているようだった。すでに話が決まったかのように坦々とこれからのことを語り始める。
「まずはこことは別に生者が住む都を構えなければならぬだろう。そう、マクベルンの王都がそれにふさわしい。まずは余とそなたの声明をもって勧告するのだ。生きてウルムトの臣民となるか、死してウルムトの臣民となるか選べと。もし人々が後者を選んだ場合は、そうさな。マクベルンも死者の都とするほかはない。次は聖都を目指し、同じ問いを投げるとしようか」
リッチキングがその手を差し伸べる。
「さあ、余の手を取れ。ともにこの世界を新たな理へと導くのだ。我らがウルムトを真に永遠たらしめるために」
サイラスにはその骸骨の手が何かひどくおぞましいもののように感じられた。
「それはあってはならない理だ」
サイラスは毅然として言い放ち、聖剣を背から抜き放った。両手に構えるその刀身はアンデッドを滅ぼす聖なる光をたたえている。それに応じてイーリスがオースを押しのけて前に出て、他の従士たちも距離を取って戦いに備えた。
「オース、そなたは下がって見ていよ。どうせこの者たちに余は倒せぬ」
「はっ」
オースが剣の柄にかけていた手を放し、そのまま一礼をして下がると、リッチキングはため息をついて言った。
「すぐには納得できぬか、ならば一度頭を冷やすがよい。そなたは殺さぬ。大切な血ゆえな。ほかの者についても善処はするが、なに、死んでもすぐによみがえらせてやるから安心せよ。むしろその時こそ、余の言う言葉の意味がわかるやもしれぬ」
その言葉が終わるか終わらぬかといううちに、リッチキングはいくつかの呪文を同時に詠唱し始める。リッチならではの多重詠唱である。
「なっ!?」
それは誰かが発した一声だったが、声を発さなかった者も驚きは同じであった。その詠唱のひとつが完了するやいなや、黒い霧のようなものが渦を巻いて展望室に満ち、しばしそれぞれの体にまとわりついた。そして――
聖剣が輝きを失った。
一同がまごつく間にも続けざまに魔術が発動し、巨大な氷の刃が群れを成してエレノアを襲う。
「させないよ!」
イーリスがとっさにそれを防ごうとエレノアの前に飛び出した。イーリスの不壊の肉体はこれしきの魔術、易々と弾き返すと誰もが知っている。
ところがそうはならなかった。
次の瞬間、それらの刃はイーリスの体に深く食い込み、その身を無造作に切り分けていた。
「えっ……?」
そんな疑問の声とともにイーリスの首が落ち、鈍い音とともに床に転がった。残された体も無数の肉塊となって崩れ落ちる。
「イーリス様!」
信じられぬものを目の当たりにしてエレノアがその名を叫んだが、それきりイーリスは返事をしない。
「まさか神子の力が……」
使えなくなっている。
ゆえにサイラスは聖剣の力を引き出せなくなり、イーリスの体は無敵の体ではなくなってしまっていた。
「そなたと語らうためにわざわざ編んだ魔術だ。神子の力はもう使えぬぞ」
ざわめく者たちを前にリッチキングが言った。手立てはとっくに準備していたのだ。でなければ王がこうしてその刃の前に身をさらすわけもない。
その魔術による黒い霧はすぐに跡形もなく消えたが、相変わらずサイラスの手にする剣が光を取り戻す気配はない。
聖剣が封じられた。その事実にエレノアとリズ、それにルインが顔を歪めて立ち尽くす。
しかしサイラスは咆えた。
「うろたえるな! 聖剣がなくとも我々は……強い!」
その鼓舞により挫けかけた従士たちの士気は見事に持ち直した。
「そういうこった!」
従士の中でただ一人動じなかったザイオンが応じる。彼はすでに強化魔術を前衛にかけ終わっていた。
サイラスとエレノアが守りの法術を使い、リズとルインも気を取り直して戦闘態勢を取った。強大な力を持つ敵とは戦い慣れている。それが彼ら聖剣旅団というパーティだ。




