第百五十話 シンシアの望み
石造りの家々が並ぶ街中を走り続ける。城に近づくにつれ風に乗って戦いの音が耳に届くようになってきた。
町の中心部の一角で、合成スケルトンたちとアンデッドの兵士たちが激しい戦いを繰り広げている。巨人のような合成スケルトンが猛然と振り回す拳に吹き飛ばされたり、大きな足の下でぺしゃんこになったりしながらも、兵士たちは果敢にも群がり戦い続けていた。禍々しい骨の塊たちはすでにその半数が動かぬ残骸の山となって散らばっている。
しかしやがてその場所にたどり着いたルドルフが呪文を唱えると、崩れ去った合成スケルトンたちがまた形を成して立ち上がった。倒したと思った敵が何事もなかったかのように復活したのを目の当たりにした兵士たちに動揺が走る。そこにアリアナとベルタが飛び込み状況をかき回すと、兵士たちはすっかり総崩れとなった。
その近くでは十数人の冒険者らが兵士に取り囲まれていたが、彼らもその勢いに乗って意気を上げ、周囲にいるアンデッドたちを押し返していく。戦いが終わった跡には、動かなくなったアンデッドらにまざって、力尽きた冒険者たちの死体も数多く転がっていた。
「助かったぜ。あのとんでもないのが来た時にはもう終わりかと肝を冷やしたが、まさか味方とはな。不死の神子様々だ」
冒険者の一人があっけらかんとした笑顔でセラに礼を言ってきた。
彼らは聖剣の神子、剛力の神子らを先に行かせるための陽動を担当していたが、ここに至って敵に捕捉され取り囲まれてしまったらしい。
怪我をしていた者の治療を手早く終えると、冒険者らは当然のように不死の神子のあとをついてくることになった。
「神子様をお守りしてリッチキングのところまで届けるのが俺たちの仕事だからな。ま、そんなこと言いつつ助けられてちゃ世話ないが」
とのことである。
五十人近くいた彼らの数はすでに半数以下まで減っている。だがそれで意気が挫けるような柔な者はここにはいないようだった。彼らとて幾度も死線を潜り抜けてきた百戦錬磨の冒険者たちだ。何より、故郷や家族を守るため、自ら志願してこの戦いに参加している。
二十人強の集団となった一行は合成スケルトンの群れを先頭に立てて王宮の方へと進んでいく。
丘を登る山の手に向かう道の途中では、今度は神殿騎士たちがアンデッドの兵たちを押しとどめていた。死者たちは街中から続々と集まってきていて、見ている間にもどんどんその数を増していく。急ぎ王のいる王宮を守りに向かおうとしているのだ。
数の差は歴然。しかし狭い道に坂の上という地の利を取る神殿騎士たちは死力を尽くして持ちこたえている。対するアンデッド兵たちは数こそ多いがいまいち統率が取れていないようだった。これはどうやら奇襲が功を奏したことを物語っている。兵たちが統率を取り戻す前になるべく多く減らしておくべきだろう。
ルドルフが合成スケルトンを突撃させた。対するアンデッドの兵士たちは、まさか見るからにアンデッドである合成スケルトンが自分たちの敵であるとは思いもしない。
多くの兵たちが状況を理解する前に潰されて動かなくなる。乱入してきた巨大な骸骨たちに兵士たちは大きく足並みを乱した。さらにシャーロットが風の精霊に働きかけて突風を巻き起こし、乱れに拍車をかける。
その混乱した敵兵の密集している場所にルドルフとセラがエクスプロージョンの魔術を叩き込むと、冒険者らもそれに習って攻撃魔術や矢の雨を降らせる。アリアナとベルタを先頭に前衛たちも手近な敵兵に切り付け、相手の数を着実に減らしていった。
場を蹂躙する合成スケルトンを見て仲間割れかと様子を見ていた神殿騎士たちは、不死の神子や冒険者たちの姿を見て味方の救援が来たと悟る。そして今が好機と見るや、彼らも雄たけびを上げて坂を下りて突撃し、アンデッド兵たちを押し返した。
恐慌にかられた兵たちが散り散りに撤退していき、合成スケルトンたちがそれを追撃していく。その場には間もなく動かなくなった死屍累々のウルムト兵だけが残された。
「助かりました。アリアナ様。それに神子様」
神殿騎士を率いていた若き副隊長は、神殿に連なる者としては意外なことにセラに嫌悪感を示さず、素直に礼を言った。一息ついた神殿騎士たちは互いに癒しの法術で回復しあっている。神殿騎士の継戦能力の高さは厳しい鍛錬に耐えた屈強な肉体とこの回復力のおかげだ。この場に留まった百名余りの神殿騎士はそのほとんどが未だ健在である。
合成スケルトンとアンデッド兵の戦いの音はまだ聞こえてくる。音の発生源はそう遠い場所ではない。一時は退けたとはいえ、まだまだ数多くの敵兵がいるようだ。城へ続く道がここしかない以上、またすぐ集まって来るだろう。神殿騎士の副隊長は引き続き、ここで集まって来るアンデッドの兵たちを食い止めると言った。
ベルタを先頭にセラたちは先に進む。合成スケルトンたちは神殿騎士たちのサポートに残していくこととして、ルドルフはアリアナとともにセラを挟むようにすぐ隣りを固める。冒険者たちが率いられるように後に続いた。
やがて坂を上り切ると、ルドルフにとってはよく見覚えのある景色が見えてきた。半年間の間住んでいた邸宅街である。ここまで来ると王宮はもう目と鼻の先だ。
だがそこに軽装の鎧に細身の剣を構えた一人の女性が立ち塞がった。後ろで軽く一本にまとめた長い髪が風になびく。
シンシアである。
辺りには十名からの神殿騎士が死体となって転がっている。聖剣の神子らを先に行かせるために残って彼女と戦った者たちだ。その精鋭らを相手に無傷で立っていると言う事実がシンシアの実力を物語っていた。
今までの雑兵とは明らかに格の違う相手の佇まいにセラたちは思わず足を止めた。ルドルフ、そしてアリアナは思いがけず見知った顔が出てきたことにやはり足を止めた。
「お久しぶりです、アリアナ様。このような形での再会を残念に思います」
シンシアはアリアナに一礼した。二百八十年ぶりの再会である。アリアナはかつて面倒を見た神子の従士の意外な姿に言葉もない。彼女はシンシアがこうしてアンデッドになっているとは知らなかったのだ。
「それからお隣さん。そちらがいつか聞いた子ね。想像以上に可愛いお弟子さんじゃない」
それからルドルフの隣りにいるセラを見てくすりと笑うと、まるで世間話をするかのような調子で話しかけてきた。ルドルフが攻め手に加わっていることに驚いてはいないようだ。
「シンシアよ。この国はもう終わりだ。剣を収めて降参してくれないか」
「どうかしら。私はそうは思わない。エゼルですら倒せなかったあのリッチキングが滅びる未来が私には想像できないの」
「ならそれでかまわん。リッチキングの勝利を信じて家で夫の帰りを待つがいい」
「それはそれで無責任すぎやしない? 私はこうして戦える足を取り戻したって言うのに」
投降もしくは退避を促すルドルフの言葉にシンシアは屈託のない笑みを見せ、左足の裏で強く地面を叩いて見せた。かつてルドルフが直してしまった左足である。
「今回はリッチキングを滅ぼすためだけに鍛えた武器があるわ。必ず倒してあなたたちの悲願を遂げてみせる。だから道を開けてちょうだい」
アリアナが重ねて呼びかけた。
「悲願……ですか」
それを聞いたシンシアは伏し目がち寂しく笑い、言った。
「リッチキングがどうなろうと、実は私にとっては別にどうでもいいことなのです。ただ私はエゼルといっしょにいたかっただけ。それを想えば、むしろリッチキングには数百年もの間にわたって望みをかなえてくれた恩があります」
そしてアリアナに深く頭を下げた。
「ご期待に沿えず申し訳ございませんでした。使命を忘れて我々だけ幸せに暮らしてしまい」
その長い一礼のあと、シンシアは剣を握り直して一行を阻む姿勢を見せた。
「ですがエゼルの帰る場所を守るため、私は死力を尽くさせていただきます」
シンシアがそう言うや否や、アリアナが剣を手にして一歩前に出た。
「そう、ならもう語るべき言葉はないわね。さようなら、シンシア。もう一度話せてうれしかったわ」




