第百四十九話 決戦のさなか
「無事リッチキングの支配から解放されたようだ。礼を言う」
立ち上がったルドルフは何かを確かめるようにそう言った。
「師匠……本当によかった……」
そう言いながらルドルフの懐に入ってきたセラは、それきりルドルフのローブの胸のあたりを強く握り、黙ったまま肩を震わせて泣いている。ローブが伸びてしまうな、と思ったが、さすがのルドルフも今は思っただけにとどめた。
「ところでなぜここに俺がいるとわかったのだ?」
セラが静かに泣き続けている間、ルドルフはずっと気になっていたことをアリアナに尋ねた。
アリアナは先ほどセラが持っていた小さな鳥かごを持ち上げて、その中身をルドルフに見せた。中にいたのは伝書バトである。それは鳥かごの網にくちばしを付けてルドルフに顔を向けている。アリアナが鳥かごをくるりと半回転させると、金属製の鳥はパタタと羽ばたき、鳥かごの反対側に移動して再びルドルフに顔を向けた。
「あなたが受取主のセラちゃんに向けてこの子を飛ばしたでしょう。とすると返信先があなたになってる状態なの。その状態で放してすぐこうして閉じ込めておくと、常にあなたの方を向くというわけ」
なるほど、そんな使い方があったとは。先日の霧の中、ピンポイントでルドルフのところにやってきたのもこの鳥のおかげだったと言うことか。
伝書バトは扉や窓などの遮るものがあればずっとそこで待っている。その習性をうまく利用すれば個人を追跡する魔道具としても使えるというわけだった。
思わぬ用途に感心したルドルフがおもむろに鳥かごの扉を開けると
「あっ」
アリアナが素っ頓狂な声を上げた。
そんな声にもかまわず伝書バトはかごから飛び出し、ルドルフの肩に止まった。
ルドルフはアリアナが声を上げた理由を少し遅れて理解した。そしてニヤリと笑う。
「これで俺を追跡する手段はなくなったというわけだな」
その言葉を聞いたセラがピクリと反応し、ルドルフを見上げた。涙でぐずぐずのまま、唇をキュッと結んで何か不安を訴えかけるような顔だ。
「心配せんでもどこにも行かん」
セラのその表情を見たルドルフは慌ててそう言ってしまっていた。
「さて、再会に水を差すのもなんだけど、そんなにのんびりもしていられないわ。まずはベルタたちと合流しましょう」
アリアナがそう言うと、セラはうなずきローブの裾で涙を拭った。そして転移魔術を使って姿を消す。しばらくすると通路を塞いでいた岩がどいて、セラとともにベルタ、シャーロット、メアが姿を現した。不死の神子とその従士たちである。ついでにルドルフと同じ姿をしたマローダーも側にいる。
「旦那」
ニヤリと笑うベルタが拳を握って突き出す。ルドルフも応えるように拳を握って軽く打ち合わせた。シャーロットとメアも口々に帰還を歓迎する。
ベルタはついでに抱えていた黒銀の剣をルドルフに渡した。エゼルに首をねじ切られた時に取り落としたものだ。
その剣を次元収納にしまうついでに、無言で迎えるマローダーも同時にしまった。
セラの側にルドルフとマローダーが両方いるのは外面的にはちょっとおかしいことになるからだ。自分がいない間、影武者としての役割をよく務めてくれた。長のお役目ご苦労。
「時間がないから歩きながら説明するわね」
足早に地下墓地の通路を出口に向かいながら、アリアナはルドルフに現状を説明した。ルドルフにとっては寝耳に水の話だったが、ここウルムトの城塞都市を舞台にすでに決戦が始まっている。
「サイラスたちは先にリッチキングの玉座を目指している。絶対に負けるわけにはいかない戦いよ」
現在、聖剣の神子サイラスとその従士たち、それに剛力の神子バルドとその従士たちを中心に、冒険者、神殿騎士の精鋭で構成された合計三百名ほどの手勢が、市街地でアンデッドの兵たちと戦いながら進んでいるらしい。
セラたちもその一行に加わっていたが、伝書バトが反応を取り戻したのを見てルドルフの復活を知り、一時別行動をとってその身柄を確保しに来たということだった。
ルドルフは三百という人数を聞いて、それを聖剣を頼みにした特攻と理解した。膨大な軍勢のほとんどが外征に出ているとはいえ、まだ守備の兵隊が数千からいる。
だがアリアナはそこまで分の悪い賭けだとは思っていないようだ。少なくともいま尽くせるベストを尽くしている、と。あとは悩んでも仕方ないと言った。
「あなたがこちらに戻ったのも幸先いいしね」
ルドルフはそのことについてはやや呆れざるを得なかった。
「そこはまた余計な賭けだったのではないか? 俺が復活する前に突入する方が手堅かっただろうに」
「それも考えたけど、どっちみちアクィラとイーリスの合流を待たなくてはいけなかった。そこはピースがうまくはまらなかったのよ」
グラナフォートの防衛についていたアクィラとイーリス、そしてルカはルガルダから寺院に転移し、そこから山野を一直線にここまで向かってきたらしい。
「でもよかったわね、私たち賭けに勝てて」
言いながらアリアナはニッコリと笑った。ルドルフはその笑みを見て渋い顔をする。その賭けに負けた場合、痛い目に合うのはどうせ自分だけだったと悟ったのだ。
やがて地下墓地を出たすぐのところでルドルフは立ち止まった。そして言った。
「少しいいか。先に進む前にこちらも追加の兵隊を用意しよう」
その言葉とともにルドルフが冥王の杖を振りひとつ呪文を唱えると、地下墓地の壁を埋める骸骨が土砂のように崩れ、渦を巻きながら洞窟の奥の方へと流れていった。先ほど合成スケルトンを作り出した時と似た光景だ。しばらくの静けさのあと、やがてその渦は勢いを増しながら戻ってきて、地下墓地の入り口から間欠泉のように高く噴き出した。
それからさらに呪文を唱えると十数体の巨大な合成スケルトンがその場に現れる。
「ここからあの王宮まで向かい、道中で戦っている人間たちがいれば助けろ。立ち塞がるアンデッドはすべて潰せ」
高台に見える王宮を指差してルドルフが命令する。その命令を聞いた合成スケルトンたちは体を揺らしながら進みだした。大股の速歩で進む異形の合成スケルトンたちの足はかなり速く、軽い駆け足で進むルドルフやセラたちよりもずっと先を進んでいく。
「師匠、私、ちゃんと神子になったんですよ。異能だって使えるようになったんです」
王宮に向かう道すがらセラがうれしそうに話しかけてきた。どんな異能だと聞くと、日に一度だけ、少しの時間、自分の魔力を使わずに無限の魔力を扱うことのできる能力らしい。なるほど。いつかアリアナがほのめかした通り、これはたしかに魔術師とすごく相性がいい。特にセラのような高度な魔術を使える魔術師ならばなおさらだ。
「セラちゃんはこの半年すごく頑張ってたんだから。あんたあとで死ぬほど褒めてあげなさいよね」
アリアナがそういうとセラはちょっと照れくさそうに笑い、元気に速度を上げて、先頭を行くベルタの横へと移動していった。
そのまま最後尾を走りながら、ルドルフはとなりにいるアリアナに聞いた。
「ところで俺がこのままどこかに逃げるという案はどうだ? そうすれば敵は占領地でアンデッドを増やすことはできない。いくらか脅威度は下がると思うのだが」
リッチキングと自分と言うリッチがセットになって大きな脅威とみなされたのだから、その片割れが欠ければ世界の敵のような扱いはなくなるのでは、という意見である。
「おすすめはしない。まだあなたは危険な存在として認識されているから。今こうしているのは不死の神子があなたを取り戻したらという条件での特別扱い。それも内々のね。そんな状況で逃げたら……どうなるかわかるわよね」
「ですよね」
ルドルフとしては一応聞いてみただけなので、その話に特に驚きも落胆もなかった。
「ちなみにこちらが負けるケースになったらあなた最悪だから。リッチキングからも含めて世界中から追われる存在になったまま過ごす羽目になる。そうなるのが嫌ならキリキリ働きなさい」
なお公にはリッチキングと組んだリッチはいずこからともなく現れた第三のリッチで、不死の神子が従えていたリッチとは別人とされているらしい。もし指名手配されるにしてもその別人のまま手配されるのだろう。
「リッチキングを倒せば俺は無罪放免なんだな?」
「もちろん。無事に倒せればね」
なるほど、それはシンプルに負けられない戦いだ。
街中を走る間、ルドルフは町の様子が平時と違うことに気がついた。
まだ昼間だというのに町は静寂に包まれている。外を歩いている者は誰もいない。ふと通りがかりにのぞいた家の中では、家族が寄り集まって静かに祈りをささげていた。過ぎ去る嵐を待とうというのか。それとも。




