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しゅんさま。明日、夏祭りに行きましょう」


 兵の調練から戻った俊介しゅんすけは、夕維ゆいひめに出会いがしらにそういわれた。

 夕維姫は満面の笑顔である。

 唐突だが、いつものことではある。夕維姫はしばしば俊介を待ち構えて、外に連れ出すのだ。

 無邪気な笑顔を前にしては、俊介も断り切れずに付き合うのだが、このところ、俊介も気付いている。どうやら夕維姫は、調練漬けの俊介に気晴らしをさせようとしているらしい。

 俊介は苦笑した。


「お供させてもらおう」


 そういうと、夕維姫の笑顔は花が咲いたようにさらに輝いた。

 そして翌日。

 俊介は夕維姫と連れ立って村への道を歩いていた。

 祭りは夕刻からだが、まだ日は高い。何かできることがあれば手伝いたい、と夕維姫がいうので、早めに出てきたのである。

 領主の手伝いなど、村人のほうが遠慮するはずだが。そう俊介は思ったが、まあ、夕維姫の励ましがあるだけでも村人も喜ぶだろう、と思い直し、夕維姫に従っている。

 それにしても。


十兵衛じゅうべえも一緒かと思っていたのだが」

「十兵衛は、朝早くから飛び出して行きましたよ」

「ああ。もう夏祭りの手伝いに行っているのか」


 十兵衛は普段から村人との交流を欠かさない。というより、遊び歩いているといったほうが正しいが。


「お邪魔してないといいんですけど」


 夕維姫は困ったように笑った。


「そうだな」

「そうですよね」


 準備そっちのけで飲んで騒いでいる十兵衛の姿が、ありありと想像できた。俊介は、夕維姫と目を合わせ、苦笑いせざるをえない。


「でも」


 と夕維姫はぽんっと手を合わせた。


「今年の夏祭りは、きっと盛り上がりますよ」

「というと?」

「だって、今年は俊さまがいますから」


 そういって夕維姫は笑った。


「俺は関係ないと思うが」


 俊介は眉をひそめて見せたが。


「知らないんですか? 俊さま、村で大人気なんですよ」

「家中でとんでもない誤解を受けていることは聞いたが」


 あはは、と夕維姫は笑った。


「俊さまと一度お話したいって、皆いってますから。きっと大喜びしますよ」


 俊介は首を振った。

 確かに、夕維姫もよく村を見て回っている。村人から話を聞く機会も多いのだろう。今更ながら、これほど領主と民が近いというのも珍しい。


「そう聞いたのなら、ついでに誤解も解いてくれ。虚像が独り歩きしているようでかなわん」

「大丈夫ですよ。みんな、見る目は確かです」

「そうは思えないが」


 俊介の言葉に夕維姫は足を止め、俊介の顔を覗き込んだ。


「俊さまの最大の欠点ですよね。自分自身を見る目、なさすぎです」


 そういうと、夕維姫は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「でも、困ったことに、そこが俊さまの良いところでもあるんですけどね」

「意味が分からん。矛盾しているではないか」


 俊介は、ため息をついた。

 ふと気が付いて、視線を村のほうに向けた。


「………なるほど。夕維姫のいう通り、盛り上がっているようだな。祭りが始まるにはまだ早いと思うが」

「え?」


 夕維姫が村のほうに視線を転じた。木立が邪魔をして村はまだ見えないが、聞こえる。

 大勢の人間が騒ぐ声。

 祭りはまだのはずだが、何かが起きているらしい。


「とりあえず、急ぎましょう」


 というや夕維姫はもう駆け出している。

 俊介は苦笑した。高貴な姫君としては、はしたない、というべきであろう。が、その真っ直ぐさが、夕維姫らしいといえば、らしい。

 まあ、殺気は微塵も感じないから、夕維姫が心配するようなことはないだろう。そう思いながら、俊介も夕維姫の後を追う。

 視界が開けた。

 丘の上に出た。村の広場を見下ろす形になっている。

 まず、櫓が目に飛び込んできた。

 そして。

 広場の中央の櫓。その周囲で行われているのは。


「………喧嘩?」

「大喧嘩だな」


 夕維姫の口からもれた言葉を、俊介は微妙に修正した。

 村の男達が、殴り合っている。三十名以上か。まさに大喧嘩としかいいようがない。


「ええ、なんで? 十兵衛はどうしたのでしょう。十兵衛がいてこんな騒ぎになるなんて」

「十兵衛がいるからではないのか?」

「え?」

「一番楽しそうに一番暴れている男がいるな」

「あ」


 夕維姫も気が付いたようである。十兵衛が村人の一人を殴り飛ばしたところだ。


「ああ、かなり手加減しているな。あれではすぐに立ち上がるぞ。うん、やはり。お、十兵衛め、蹴りをくらったか。油断しすぎだ。まあ、四人を同時に相手取っているのでは、無理もないかな」

「俊さま。何を呑気なこといってるんですか」

「………ああ、すまない」


 俊介は素直に謝った。


「あまりにバカバカしい事態に、怒る気も驚く気もなくなってしまった」

「まあ、それはそうなんですけどね」


 夕維姫は苦笑するが。


「でも、そういうわけにもいかないので。ちょっと行ってきます!」


 と、表情をひきしめ、夕維姫は丘を駆け下りた。


「こらあっ!!!!」


 夕維姫の怒声が、広場に響き渡った。

 この人も怒鳴ることがあるのか。いつも穏やかな夕維姫にしては珍しい、と俊介が感心している一方で。


「あ、夕維姫様!?」

「姫様!!」


 たった一喝。それで大喧嘩はぴたりと収まった。このあたり、さすが夕維姫である。


「皆さん、お祭りの準備をほったらかしにして、何をしているのですか!」

「あ、いや」

「その………」


 夕維姫の剣幕に、村人達はしどろもどろである。


「十兵衛!!」

「はっ!」


 夕維姫の声に、十兵衛はぱっとその場に平伏した。

 村の男達も慌てて十兵衛の後ろに跪く。


「十兵衛、あなたが一緒にいて、これはどういうことですか!」

「………面目ない」


 すっかりしょげかえっている十兵衛を見て、俊介は思わず笑ってしまった。巷では、夕維姫は神輿にすぎず、実権を握っているのは十兵衛だ、などとささやかれているが、この光景を見れば、力関係は一目瞭然であろう。

 ひとつ、夕維姫はため息をついた。


「それで、一体、何があったのですか?」

「いや。それが」


 十兵衛は、上目づかいに夕維姫を見やりながらいう。


「今朝からかけて、この櫓を組み立てたんだけど………」

「ああ、とても立派ですよね。こんなに高いのは初めて見ました」

「だろう!?」


 と、十兵衛は跪きながら、身を乗り出した。


「え、あ、はい」


 思わず身を引く夕維姫に構わず、場の男衆は盛り上がった。


「姫様がほめてくれたぞ」

「立派っていってくれたぞ」

「どうだ、だからウケるっていったろ!?」


 立ち上がって胸を張るのは十兵衛である。

 どうもこの無駄に高い櫓の発案者は十兵衛らしい。

 確かに高い。普通の倍はある。が、これほど高いと、櫓の上に太鼓を引き上げるのはとんでもない労力になる。馬鹿と煙は、などという言葉が俊介の脳裏に浮かんだ。


「ところがだよ」


 と、十兵衛は夕維姫を振り返った。


「これの仕上げにかかろうとしたら、揉めちまったんだよ」

「仕上げ?」


 夕維姫は小首を傾げた。


「色だよ、柱の色。俺は柱を赤で塗ろうっていったんだけど、白がいい、なんていい出すやつがいてさ」


 どっちでもいいだろう。俊介は脱力した。バカバカしい事態だと思ったが、理由はさらにバカバカしい。

 俊介が呆れている間に、いつの間に男衆のいい合いが始まっている。赤は悪趣味だ、いや白は地味すぎる、云々。

 夕維姫のほうはと見ると、こちらは何やら真剣に考え込んでいる様子である。

 すると、ややあって。


「そうだ」


 と、夕維姫が手を打った。


「両方使ったらどうでしょうか」

「は?」

「赤と白。縞模様で櫓を彩ったら、綺麗だと思いませんか?」


 一瞬の沈黙。それから、大きな歓声。


「おお」

「いいんじゃねえか」

「さすが姫様」

「さすがだ、さすが」


 十兵衛も男衆も口々に感嘆の声を上げる。この場は、夕維姫の一言で決まりそうである。

 ………まあ、崎枝の国とはこういう土地柄なのだろう。俊介は頭をかいた。冷めた目で見ている自分自身が、ちょっと恥ずかしくなる。

 ふと、俊介は振り返った。

 また騒ぎの声。物の割れる音と、娘の短い悲鳴。

 少々、剣呑な雰囲気である。

 騒ぎの場に、俊介は足を向けた。


ありがとうございます。

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