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 俊介しゅんすけ夕維ゆいひめ十兵衛じゅうべえは、ひとまず手近な空き部屋に移った。


「半刻前で兵数は二千だが」


 と、俊介はいい、左右に座る夕維姫と十兵衛に視線を巡らせる。


「森に向かう部隊もいくつか見た。兵は、まだ増える。森の主将の旗印は、泉田いずみだ道寛どうかん

「やはりそうか」


 十兵衛はつぶやいた。夕維姫の城から至近となる森に兵を集結させるなど、泉田道寛の他に考えられない。

 夕維姫は、一瞬、目を伏せた。仇敵の名に、さすがに平静ではいられないらしい。


「狙いはこの城、ですよね、俊介様」

「恐らくは」


 俊介はいう。


「泉田軍は兵の集結を待ち、深夜あるいは早暁、この城を急襲する意図であろうと思う」


 十兵衛は頭をかいた。


「兵は二千以上、か。こちらはせいぜい三百。まあ、籠城の準備を急ぐしかないか。斥候も放ったほうがいいかな」


 十兵衛は手を叩き、兵を呼ぶ。

 俊介は軽く手を上げた。


「差しでがましいことだが」

「へ?」

「斥候は、隠密に。泉田軍の奇襲にこちらが気づいたことは、悟られないようにしたほうがよいかと思う」

「ふむ。そうか」


 十兵衛は頷き、やってきた兵に斥候を命じた。泉田軍には悟られないように探るように、とも付け加える。


「俊介様」


 と、夕維姫は、真っ直ぐな視線を俊介に向けた。


「ひょっとして、何か策がおありですか?」

「お。そうなのか?」


 十兵衛も身を乗り出してきた。


「つけいる隙はあろうかと思う」


 俊介はいう。


「泉田軍の陣に潜り込んでみたが」

「へ?」


 十兵衛は間の抜けた声を出した。

 その隣で、夕維姫は、まあ、と口に手を当てた。


「陣では、兵は私語多く、話すのは将への不平不満。その上、陣から軍馬を易々と盗ませ、監視の兵は盗人を前にして何の誰何もなかった」

「えーと。盗人って、ひょっとして俊介様のこと、ですか?」

「おいおい、危ないなあ」

「一刻も早くこの城に駆けつける必要があったからな。ともかくも」


 と、俊介は言葉を返す。


「泉田軍は大軍なれど、兵の士気低く、軍規は緩み、忠誠心も弱い。このような軍は、ひとたび危地に立てば、脆い」

「で。どうすれば?」


 十兵衛の問いに、俊介は口を開いた。


「籠城は避けるべきだ」

「けどよ」


 と、十兵衛はいう。


「相手は大軍だ。下手を打たんでも、城を出た途端にこちらが全滅しちまうよ」

「無論、賭けではある。が、籠城しても援軍は期待できるか?」

「そら、無理だろうなあ」


 十兵衛は頭をかいた。

 国内で中立を保っている者は、今、崎枝夕維と泉田道寛を両天秤にかけ、様子見を決め込んでいる。夕維姫が泉田勢に包囲されたと知れば、援軍を送るどころか、むしろ雪崩を打って泉田道寛の陣営に走るであろう。

 籠城は、援軍がなければ勝算はまずない。兵糧が尽きれば、降伏するか、全滅するしかない。ならば、城を出た方がいい。


「兵の動かし方次第だ」


 俊介はいう。


「大軍が陣を整え、腰を据えてしまえば、付け入る隙もなくなる。故に、敵が陣を整える前に、城を出て急戦し、潰乱させ、撤退に追い込む」


 城の前の地形は、敵の二千以上の兵が展開できるほど広くはない。そこで、兵を二手に分け、一手を城の外に伏せる。敵の先鋒が攻め寄せるのを待ち、不意を突いてこれを挟撃する。そして、このまま敵の陣に押し戻し、一気に乱戦に持ち込む。

 ひとたび大軍が混乱すれば、統制は難しい。敵は弱兵。大軍の一角の混乱は容易に全軍に波及し、遂には潰走するであろう。

 俊介はそう読んでいる。


「なるほどなあ」


 十兵衛は、腕を組んだ。


「十に一つの勝算かもしれんが、籠城なんかより、よほど面白いんじゃねえか」


 十兵衛は身を乗り出した。どうやら博打好きの性格らしい。

 が。


「あ。でも、難しいか」

「策が不安なのは分かる。しかし」

「ああ、違う、違う」


 と十兵衛は手を振った。


「策はいいけど、指揮できるのがいないんだよ」

「な」


 二手に分けた兵のうち、一手は十兵衛が率いるとして、もう一手の指揮官を任せられる者がいない、と十兵衛はいう。

 俊介は首を振った。この策は、二隊でしっかり連携を図ることが求められる。ろくに指揮をしたことがない者では、敵の大軍にたちまち殲滅されるかもしれない。

 俊介と十兵衛がため息をついた、そのとき。

 ぽんっと夕維姫が手を打った。


「いるじゃないですか、指揮ができる人」

「どこに?」


 十兵衛の言葉に、夕維姫は笑って視線を転じた。


「こちらに」


 と、夕維姫は俊介を見た。


「なるほど」


 と頷いたのは十兵衛である。


「それはいい。さすがは姫様。その手があったか」


 俊介は、呆れた。


「まさか。俺に兵を指揮しろ、と?」

「はい」


 と、夕維姫は笑った。

 俊介は首を振った。


「正気か、あんた達」


 正直すぎることを俊介はいった。


「俺は、会ったばかりの旅の者だ。たかが素浪人で、しかも、元は百姓だ」


 自らの素性を俊介は明かした。別に隠すつもりもなかった。

 しかし。


「はあ」


 と、俊介の告白に二人の反応は薄い。


「百姓に軍の指揮をさせる気か?」

「何か、おかしいですか?」


 夕維姫は不思議そうに小首を傾げた。


「どこの馬の骨とも知れぬ者に兵を預けるなど、愚挙の極みであろう」

柏原かしわら俊介しゅんすけさま、ですよね?」

「そう、だが?」

「ほら。馬の骨なんかじゃありませんよ」


 俊介は、開いた口が塞がらない。


「俊介様」


 夕維姫は真っ直ぐに俊介を見据えた。


「厚かましいお願いとは承知していますが、どうか、お引き受けくださいませんか」


 俊介はたじろいた。打算のない、澄み切った夕維姫の瞳。まっすぐな信頼を直接ぶつけてくる。

 しかし。

 厚かましいのも事実ではある。が、俊介を信頼しうるのか否か。問題とすべきはそこではないのか。そもそも、何故、夕維姫が俊介を信じる気になったのか。

 だが、夕維姫の目を見ていると、それもどうでもよくなってきた。


「まあ、いい」


 俊介はいった。元より、ここまで来た以上、夕維姫の陣営に助勢するつもりではあった。もっとも、刀一本、槍一本で陣借りするつもりであり、一隊を預かるなど、想像の外ではあったが。


「わあ。ということは、引き受けてくださるんですね」


 と、夕維姫は躍りあがらんばかりに喜んだ。


「いやあ、さすがは俺が見込んだ俊介殿だ」


 と、乱暴に肩を抱くのは十兵衛である。


「で。俊介殿は城の外と中、どちらがいい?」

「はあ?」


 話が早いのはいいが、戦の大事にも関わらず、子供に菓子を選ばせるような気軽さである。


「まずは離れてくれ。暑苦しい」

「俊介殿、つれないなあ」


 十兵衛は不満げであったが、俊介は構わず十兵衛を押し戻す。


「俺は外だ。十兵衛殿が城の外に出て、俺に兵を預けて城内に残しては、兵にも民にも無用の不安を与えることになろう」

「それこそ無用の心配と思うが」


 十兵衛は首をかしげる。


「ま。俊介殿が外がいいなら、それでいいさ。で、兵はいくら必要だ。城の外だからな。百五十、いや、二百か?」

「城の兵は、総勢三百といっていなかったか?」

「そうさ」


 さらりという十兵衛に、俊介はこめかみを押さえた。

 十兵衛は、兵の大半でさえも俊介に預ける気らしい。戦術的判断はさておき、もう少し余所者を疑うべきではないだろうか。


「………騎馬はどのくらいある?」

「五十騎あまり、だな」

「ならば、騎馬兵ばかり五十を預かってもいいだろうか」

「騎馬だけ? いや、それより五十は少なすぎないか」

「押し包まれれば、兵が百でも全滅に変わりはない。それよりも、押し包まれるのを避け、敵を潰乱するためには、騎馬の速さが必要だ」

「なるほど」

「むしろ、徒歩の兵が主力となる十兵衛殿のほうが、危ない。できるだけ兵数を集めておいたほうがいい」


 俊介は説いた。

 十兵衛の徒歩の隊は、敵陣に穿つ楔とならなければならない。常に密集隊形で動き、槍ぶすまを作って敵の圧力に耐え、戦場に間を作る。そうすれば、必ず俊介の率いる騎馬隊が敵陣の一角を崩す。そのとき十兵衛の隊は、猛進して崩れた敵陣を撃破すればいい。

 猛進を続けて敵の圧力が増してきたら、俊介の騎馬隊が敵陣を崩すのを待って耐える。それを繰り返していけば、いずれ敵の前衛は潰走する。潰走した敵兵は自らの陣になだれこみ、敵の混乱は加速度的に広がり、遂には全軍潰走に至るであろう。

 十兵衛は俊介の話に聞き入った。

 この間、夕維姫は、穏やかな表情で見守っている。




 この戦にあって、夕維姫は、一国一城の主としておよそ信じがたいことをやった。

 通りすがりの見も知らぬ旅人の建策を無条件に受け入れ、あげく、兵権をもこの旅人に預け切ってしまったのである。

 俊介が指揮したのは別働隊であるが、本隊の動きを含め、崎枝軍全軍の軍略、用兵の全てを俊介が考え、指示した。そして本隊の主将である十兵衛は全面的に俊介に従い、夕維姫もまた疑い一つ差し挟むことはなかった。

 いわば、夕維姫は、俊介に崎枝軍の軍令の全てを司ることを許した。行きずりの旅人に崎枝の家と民の命運を委ねたといっていい。

 しかし、この大胆すぎる夕維姫の決断が、崎枝家と夕維姫自身を救った。


「夕維姫は人を観るのさ」


 とは、後日、十兵衛が俊介に語ったことである。

 夕維姫は、人の能力、器量をよく見抜いた。人材を適所に配させれば、名人芸といっていいほどの手腕を示した。

 何より。

 人物のひととなりを見抜く。それこそ夕維姫の天性というしかない。


「俊介様は、良い人でした」


 昼間、夕維姫と十兵衛が城に戻った時、夕維姫はそういった。

 その言葉を聞き、城中の者全てがまだ見ぬ俊介を信頼した。夕維姫が「良い人」と言い切ったとき、そのひととなりに間違いがあったことはないのだ。

 十兵衛もまた信じた。だから、夕維姫が俊介に兵を預けると言ったときも、十兵衛に不安はなかった。

 確かに、俊介とは出会ったばかりである。しかし、並外れた驍勇であり、戦にも慣れているらしいことは察せられた。

 それに、夕維姫が俊介を「良い人」といい、信じて軍を任せたのだ。疑う必要はなかった。


ありがとうございます。

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