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 戦は、一方的な展開といってよかった。

 元々兵力でも村側が盗賊集団を上回っていたが、蒼一郎そういちろうの策が当たった。三対二で戦える状況でぶつかり、それが三対一となるのに時間はかからなかった。


「あっ」


 俊介しゅんすけは声を上げた。

 盗賊のうち数騎が、俊介の率いる手勢の中に強引に馬を飛び込ませたのである。そのまま村とは反対側に包囲網を抜ける。

 そのうちの一騎。


「あれは」


 盗賊の首領。

 突撃の号令をかけた男である。間違いない。

 そう思ったときには、俊介は、討ち取られた盗賊が残した空馬に飛び乗っていた。


「俊!」


 戦場の喧騒の中、蒼一郎の声が耳に飛び込む。

 しかし、俊介は構わず馬を走らせた。逃げた盗賊は三騎。視線の先に、その背中が見える。

 差はそれほどない。

 追いつける。いや、追いつく。

 俊介は馬を全力で駆けさせた。

 後で思えば。

 なぜ、三騎を一人で追う無茶をしたのか。村にも馬に乗れる者は他にもいた。盗賊が残した空馬もまだあった。数名を指名して馬に乗せ、彼らを率いて追うべきであった。数名が抜けても十分に戦闘を続けられるだけの余力もあったのだ。

 痛切な危機感はあった。

 盗賊の首領を逃がせば、また仲間を集め、復讐のため村を再び襲うかもしれない。そして次は、おそらく勝てない。だから、盗賊の首領を討ち果たすことは、今回の戦の大目的の一つでもあった。戦の前から俊介にはその切迫感があった。人を呼ぶ間に逃げられるかもしれないという焦りもあっただろう。

 驕りも、あったかもしれない。賊の三人程度なら一人でも討ち取れる。その自信。

 そして、それを成し遂げることで、自らの武勇を誇示したい。

 蒼一郎以上の武勇を示す。それは、半ば無意識に俊介が思い続けていたことだった。俊介の心中にあった蒼一郎への劣等感。そして、さつきへの想い。さつきは、蒼一郎に心を傾けているかもしれないという予感。

 愚かだったというしかない。さつきは、戦働きなどで人間を評価するような、器の小さな娘ではない。それは、俊介も分かりすぎるくらいに分かっていたはずだった。

 俊介は、死を望むほどの絶望感とともに、それを悔やむこととなる。




 しかし、今の俊介には、それを思うだけの余裕はない。

 俊介は追う。逃げる盗賊達との差は詰まっていた。追いつける。そう俊介が確信した時。

 突如、三人の盗賊は馬足をゆるめ、馬首を返した。

 俊介を返り討ちにすることにしたらしい。盗賊達も逃げ切れないと思ったのだろう。三対一であり、俊介を侮ったということもあるに違いない。

 しかし、それこそ俊介の望むところである。

 盗賊達が雄たけびを上げた。

 賊の首領は正面から、他の二人は左右から回り込む形で、俊介に向かって突撃して来る。

 半包囲の態勢だが、俊介は構わず、真っ直ぐに馬を走らせた。

 しかし。

 盗賊達との間合いが詰まる前に、俊介は槍を掲げ、正面の賊の首領に投げつけた。槍はうなりを上げて飛ぶ。が、賊の首領は身をよじり、紙一重で槍を交わした。

 その間に、俊介は馬足を逆に早め、左に急旋回した。腰から刀を抜き放つ。

 俊介の左手に回った盗賊を、正面から相手取る形になった。一瞬後には、その盗賊と俊介はすれ違う。すれ違い様、お互い刀を振るった。

 ぱっと盗賊の首から鮮血が飛んだ。

 俊介は無傷のまま、馬首を返す。

 正面から、賊の首領を含む残る二人が突っ込んで来た。

 賊の首領にも傷一つ見られない。不意をついた槍であったが、賊の首領に傷一つつけることはできなかったらしい。

 思いの外、やる。俊介は舌打ちした。賊の首領を見縊っていたのかもしれない。

 盗賊達との斬撃が、左右から俊介を襲う。馬の駆け違い様、俊介は賊の首領の斬撃を刀で受け、もう一方の盗賊の刀を身をひねってかわす。

 左腕に熱い痛みが走った。

 が、浅い。

 俊介は傷の状態を確認しつつ、盗賊達よりも早く馬を返した。今のように挟まれては、まずい。先手を取るべきだった。

 こちらに馬首を返す賊の首領に対し、今度は俊介から斬り込んだ。が、賊の首領は刀で受ける。

 鍔迫り合い。目の端に、もう一方の盗賊の姿が映る。とっさの判断で、俊介は馬体をぶつけた。賊の首領の身体が揺れる。鍔迫り合いのまま、俊介は賊の首領に体重を預け、もつれあうように二人とも馬から転落した。

 俊介は転落の衝撃で一瞬、息が詰まる。が、すぐに態勢を立て直し、賊の首領に斬りかかる。賊の首領も片膝をついて斬撃を放つ。刀と刀がぶつかる。俊介が次の斬撃を送るよりも早く、今度は逆に斬り込まれた。受け流す。お互いの体が入れ替わった。

 しまった…!

 そこに、もう一方の盗賊が馬を寄せていた。刀が振り上げられる。

 が、次の瞬間、その盗賊の身体が馬から崩れ落ちる。その首に一本の矢が突き立っている。

 視界の先に、馬上、弓を構える蒼一郎の姿が映った。

 助かった。そう思った瞬間、蒼一郎の背後に迫る一人の盗賊に気づく。


「蒼っ!!!!」


 俊介の叫びに、その盗賊の斬撃が重なる。

 次の瞬間、俊介にも斬撃が来る。ほとんど無意識に俊介は身をよじっていた。が、肩口から鮮血が飛び散る。


「どけっ!!!!」


 俊介は横一文字に刀を薙いだ。

 そのまま俊介は身を翻し、手近な馬に飛び乗った。視界の端で、賊の首領の首が舞った。

 蒼一郎は馬上でこちらに背を向け、自らに斬りかかった盗賊に対し、至近距離から矢を放っていた。その矢は盗賊の額を貫く。

 そして、その蒼一郎の背は、真紅に染まっていた。

 さらに三騎の盗賊が、蒼一郎に近づいている。

 蒼一郎は立て続けに矢を放ち、二人を落馬させた。その間に俊介は蒼一郎の脇を馬で駆け抜け、その勢いのまま、一人を真っ向から斬り下ろした。その盗賊は頭頂部を断ち割られ、転落する。

 俊介は馬を棹立たせ、振り向いた。


「蒼…!!」

「やあ、俊。傷は大丈夫かい?」


 にこやかに笑う蒼一郎。しかしその顔は真っ青だった。


「馬鹿野郎。俺のことなどより、自分の心配をしろ!」


 俊介は馬を蒼一郎に寄せた。背がどす黒く濡れている。血がまるで止まっていない。

 半ば引きずりおろすように、俊介は蒼一郎を馬から降ろした。


「………!!」


 俊介は言葉を失った。蒼一郎の具足と服を脱がせ、その手が、止まる。露わになった背中の傷。深い。

 死。

 そんな言葉を必死に打ち消そうとする。


「………しくじっちゃったよ」


 まるで悪戯を咎められた子供が言い訳をするような、蒼一郎の口調だった。


「でも、俊の傷だって、浅くはないよ。早く、手当てしたほうがいい………」


 蒼一郎の指が、俊介の肩口の傷をなぞる。かすかに震えている。

 その手を、俊介は握った。


「すまん」


 ようやく、それだけを口にした。

 愚かだった。功にはやり、猪突し、ついに取り返しのつかないことをしてしまった。

 なぜ、俺は一人で賊を追った。軍勢を分け、追撃隊を組織すべきだったのに。あのとき、どうして冷静な判断ができなかったのだ。

 ああ、そうか。

 俊介は気づいてしまった。さつきに、良いところを見せたかったのだ。幼稚な己の恋心のために、親友を失おうとしているのだ。


「………俊」

「蒼、しゃべるな」


 俊介は怖かった。蒼一郎が一言話すたびに、生命の一欠片が失われていくようだった。


「俊。さつきが好きなのは、俊だよ」

「何を、いっているのだ」


 何も理解できる状態ではなかった。今は、そんなことより、蒼一郎の傷をどうにかしないと。それだけしか考えられなかった。


「だから、僕のことは気に病まないで………。さつきを、頼むよ」


 蒼一郎の浮かべた笑顔は、白く、澄み切っていた。

 遺言。そんな言葉が頭に浮かぶ。同時に、それを必死に否定する。そんなはずはない。蒼一郎は、これからも自分の傍にいるはずだった。


「さつきに………、幸せになってくれ、と………」


 俊介が握る蒼一郎の手が、重くなった。

 目が、光を失っていた。


「蒼………?」


 蒼一郎は、動かない。手を握っても、握り返してこなかった。




 戦は、大勝利だった。

 盗賊集団は、約五十人中、戦死者は首領を含む三十人以上。捕虜は十人余りでいずれも手傷で動けなくなった者ばかりだった。逃げのびたのはわずか五、六人にすぎない。

 盗賊達は、これまで多くの村で、無抵抗の女子供を含め、虐殺を繰り返してきた。その所業を省みて、降伏しても助けてもらえないと考えていたらしい。いずれも村側の包囲網を脱出しようと最後まで必死に抵抗したのだ。しかし、結局、脱出に成功したのはわずかで、再起は不可能であろう。

 村長や俊介、蒼一郎らの戦前の予想をはるかに上回る一方的な勝利といっていい。村側の被害は、軽傷が十数人。

 しかし。

 戦死者が一名。村は、蒼一郎を失った。

 俊介と蒼一郎が包囲戦を抜けて首領らを追ってまもなく、さらに五、六騎の盗賊が包囲網を抜け、村の軍勢の半数がこれを追った。この時点で包囲網の中にいた盗賊達は負傷してほとんど戦闘不能となっていたのである。

 村の男達は、盗賊達の所業を当然ながら知っており、憎んでもいた。しかしそれでもなお、抵抗できない盗賊達を前に、とどめをさすことはできなかった。彼らは盗賊達を縛り上げ、捕えた。戦国の世にあっては、甘いといってもいい。しかし、その甘さが、俊介や蒼一郎が村を愛してやまないところでもあった。

 そして、盗賊達を追った村の男達は、蒼一郎を抱き、座り込む俊介を見つけたのである。

 盗賊達は、俊介達に手を出す余裕もないままに走り過ぎ、必死に逃げた。

 村の男達も、ただならぬ二人の様子に足を止め、ついに盗賊達を見逃し、そして蒼一郎の戦死を知ったのである。

 村の誰もが、今回の戦の大勝利が俊介と蒼一郎の功であることを知っていた。その一人が、勝利と引き換えに、死んだ。

 村は、静けさの中に重く沈んだ。

 戦の前の活気が嘘のように消え去っていた。勝利を喜ぶ者はいない。それよりも、誰もが蒼一郎の死を悲しんだ。

 俊介を責める者は誰もいない。

 村の皆が、俊介の功を称えた。誰も、俊介が過ちを犯したとはいわない。

 俊介が首領を追ってくれたおかげで、村が救われた。村長はそうとさえいった。

 首領が村の包囲網を抜けたとき、それに気付いたのは村側では俊介一人だった。あのときは村の誰もが必死で、それに気付く余裕もなかったのである。

 しかし。

 俊介は気づいた。村の男達数名を呼び、共に追うこともできたはずだった。

 が、俊介の幼稚な感情が、それをせず、猪突させた。その過ちが、取り返しのつかない結果を招いてしまった。

 蒼一郎は、俺が死なせた。

 俊介は、一人、自分自身の過ちを悔いた。その過ちを取り返せるなら、死んで償えるなら、死にたかった。しかし、それでも蒼一郎は帰ってこない。

 親友を失った。親友を自分が殺した。その絶望感に俊介はあえぎ、泣いた。




「………俊!」


 俊介が呼びとめられたのは、村を出てしばらく街道を歩いてからだった。夜も更け、辺りの森は暗闇に閉ざされているが、街道上は月明かりの淡い光に包まれていて、歩くには支障はなかった。

 呼び止める声の主が誰かは、振り返るまでもなかった。俊介にとって誰よりも大切な人。

 そして、今、最も会いたくなかった人。

 俊介は、足を止めることも振り返ることもしなかった。できなかった。その顔を見ることが怖かった。己の愚かさのために彼女の幸せを奪っておいて、彼女の目を見ることなどできなかった。

 しかし、足音は駆け寄り、やがて俊介の肩をつかみ、強引に立ち止まらせた。


「俊!」


 少女の声は、怒っていた。


「蒼を放っておいて、どこに行くの?」


 俊介は、少女に背を向けたまま、答えなかった。

 村は、今、蒼一郎の通夜をしているはずだった。しかし、そこに自分がいる資格はないのだと俊介は思った。


「………村を、出るの?」


 少女の声がわずかに震えている。


「ひょっとして、私がいるから………?」

「違う!!」


 声を上げ、俊介は振り返った。

 まっすぐに、さつきの瞳が俊介をみつめている。俊介は目をそらした。


「違う。さつきは関係ない。俺が、俺が愚かだったから………」

「………そっか」


 消え入りそうな、小さな呟きだった。


「やっぱり、そうなんだ………」

「だから、違うと…!!」


 俊介は、口をつぐんだ。さつきは微笑んでいた。今までに見たことのない、悲しい微笑みだった。


「私ね、知ってたよ」


 そっと、さつきは話した。


「俊も、蒼も、私を好きでいてくれてたこと。でも………」


 一滴の涙が頬を伝う。


「でもね。私には選べなかった。三人でいるのがとても楽しかったから。三人でいる時間を壊したくなかったから」


 それは、俊介にとっても蒼一郎にとっても大切な時間だった。俊介は心の中でつぶやいた。それを自分自身が壊してしまった。


「私が、………私が選ばなかったから」


 さつきの声が、震えている。涙がこぼれ、あふれる。


「私がちゃんと選ばなかったから、こんなことになっちゃったんだね」

「違う。違う。そうじゃない。俺が、俺が馬鹿だったから………!」


 俊介は分かってしまった。

 さつきが好きなのは、俊だよ。

 蒼一郎の言葉が脳裏によぎった。だから、さつきをここまで傷つけてしまった。苦しませてしまった。

 俊介は、己の愚かさを呪った。悔やんでも悔やみきれなかった。蒼一郎だけでなく、さつきにまで取り返しのつかないことをしてしまった。

 俊介は踵を返した。

 この場にいるのが耐えられなかった。いたたまれなかった。自然、早足となる。さつきの泣き声が聞こえない場所まで、一刻も早く立ち去りたかった。

 それは、唐突だった。


「バカ俊!」


 さつきの声が深夜の静まりかえった森に響き渡った。


「蒼の一番の友達は俊、あんたなんだよ! だから、いつまでも蒼を一人ぼっちにしたら、絶対許さないからね! 覚えとけ!!」


ありがとうございます。

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