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しかし、俊介の、いや三人の願いはあっさりと破られる。
近隣の廃村に、盗賊の集団が棲みついたという噂が飛び込んできたのである。
それだけではない。その廃村を根城に、周りの村落を襲っているというのである。切迫した危機感はあっという間に村を覆い、その夜、村の主だった男達で集会が持たれた。
「一体、領主は何をやっているのだ!」
集会の場で、俊介は吐き捨てた。
俊介と蒼一郎も、若年ながらも戦場に既に立っているということで、この場に呼ばれたのであるが、それだけに、俊介としては激情を抑えかねるほどに腹立たしい。領主が命じられるがままに年貢を払い、命懸けの兵役に応じるのは、こういう時に領主が村を守ることを期待するからである。これでは何のための領主か分からないではないか。
「領主サマは、でしょ」
と、蒼一郎はやんわりと、俊介が領主を呼び捨てにした非礼をたしなめる。が、
「領主サマは、何もしていない、じゃなくて、何もできないんだろうねえ。その力も能もない御方だからねえ」
いっていることは、俊介よりもはるかに非礼で辛辣である。冷静に見えて、やはり蒼一郎もはらわたが煮えくりかえる思いなのに違いない。
集会は、二人の発言で火がつき、堰を切ったように激論となった。とはいえ、その中身は領主への罵詈雑いの応酬といっていい。本来は年少組の非礼をたしなめるべき大人達にも、領主への建前を保つだけの余裕はないようだった。
「皆の考えは分かった」
静かだがよく通る村長の声に、場が静まった。
「領主が頼りにならぬ、ということは、皆の考えは一致しておるようだ」
村長の細く鋭い視線が、場を見渡す。
「では、どうするか、をまず話し合おうではないか」
村長は、既に初老といっていい年齢でまた小柄の身でありながら、逞しい身体つきは力強く、常に眉間に皺を寄せたいかめしい顔つきは威厳に満ち、黙って座っているだけでもいつの間にか場の中心に居るような、静かな存在感がある。
「………どうする、とは?」
村の大人達の一人が、おずおずと口を開く。
「我らの村を賊が襲ってきた場合に、戦うのか。それとも、和を請うのか」
場が、ざわめく。誰もが戦は怖い。それを避ける方法があるのならば。切迫していた場の雰囲気に、目に見えて動揺が走った。
「馬鹿な!」
と声を上げたのは俊介である。
「盗賊に命乞いをするというのか! 戦わずして村を守れるわけもないだろう!」
「俊」
と、激昂して立ち上がりかける俊介を制したのは蒼一郎である。
「確かに、戦わずに村を守れる方法があるのなら、それも悪くないとは思うよ、僕は。戦は、避けられるのなら避けるべきだし」
「蒼!」
蒼一郎の思わぬ言葉に、俊介は再び激昂しかける。が、蒼一郎の穏やかな視線を受けて、口をつぐんだ。
「でも」
と、蒼一郎は、場の大人達に視線を転じる。
「盗賊の連中の振る舞いは、みんなも聞いていると思うけど?」
蒼一郎の言葉に、場は再びざわめいた。襲われた村の惨状は、虐殺と強奪、それに尽きる。生き残ったほうがむしろ少ない。だからこそ、この山中の村まで噂が伝わるのも遅かったのだ。
「話し合いで助かる道があるのなら、それもいいと思うけど、あの連中に通じるかどうか」
蒼一郎は、淡々と続ける。
「あの連中にしてみれば、僕達を殺してから、ゆっくりと奪えばいい。それができるだけの武力もあるようだし。僕達の命を助けるほうが、むしろ彼らにとっては邪魔でしょう」
「けど、勝てるのか!?」
その絶叫に近い声は、場の気持ちを代弁しているものであろう。実のところ、盗賊と話し合いなど期待できないことは、皆も分かっているはずなのだ。しかし、戦を恐れる余りに、儚すぎる希望にすがろうとしている。蒼一郎の話は理解できても、足が竦む。逃げたい。皆、百姓なのだから、むしろ当然のことといっていい。
しかし。
今回、戦は不可避である。戦を避けようとすれば、余計に追い詰められ、ますます悲惨な状況に陥るであろう。恐怖に目が眩み、村が誤った方向に流されるならば、力づくでも押し止めなければならない。
俊介は、立ち上がった。
「勝てる!」
決然と言い放った。
「勝てる。相手はたかが賊。烏合の衆にすぎない。そして俺達も戦場に立ち、幾度も生き残ってきたのだ。まして、今回、相手は侍ですらなく、戦場は俺達がよく知る土地だ。勇を振るって戦えば、負けるはずはない!」
「俊介がいうと、万金の重みがあるな」
村長が穏やかに口を開いた。
「俊介と蒼一郎のおかげで、戦場を生きて帰れた。そう思っている者は多かろう。その俊介が断言するのだ。頼もしいな」
集まった大人達のほとんどが頷く。
俊介としては、わずかに驚いた。皆、意外に評価してくれている。
年少であっても、刀をとれば、俊介は、村の誰にも負けない。俊介と互角に渡り合えるのは、蒼一郎だけだ。領主に駆り出された戦場では、最近では、俊介と蒼一郎が村人達の中心になって戦っているという自負もある。
が、それも何より、蒼一郎がいるからだ。俊介は刀を振るうことしかできないが、蒼一郎は智勇を兼ね備えている。戦場で乱戦になったとき、蒼一郎の冷静な判断力に助けられたことは一再ではない。
その蒼一郎が口を開く。
「むしろいつもの兵役より楽だよね」
相変わらず蒼一郎はのんびりとしたものだ。
「盗賊なんて、ちょっと不利になれば逃げ出すような輩ばかりだからねえ。がっぷり四つに組んで戦い抜こうなんて意気地のある奴なんて、まずいないし。それに、策を用いれば、さらに楽に勝てると思うよ」
「ほう、策?」
村長が蒼一郎に視線を転じる。
「俊のいうとおり、ここは僕達の勝手知ったる場所。まあ、単に迎え撃つだけでもいいかもしれないけど、村の入り口の、山に挟まれた細い道なんて、色々利用できそうだよね。挟み撃ち、封じ込め、分断、やりたい放題だよ。まあ、もう少し盗賊集団の情報は集めたほうがいいかな。人数もはっきり分からないし」
まるで花見の段取りでも話すような、蒼一郎の物言いだった。
しかし、その気軽さが、間違いなく場の雰囲気を明るくしていた。蒼一郎の戦術眼は、皆、知悉している。その蒼一郎が簡単にいうのだから、それこそ心強いことはない。
集会が始まった当初にあった空気の重さは、今はほとんどない。俊介としては、この変化をもたらすことができる親友が、頼もしく、誇らしい。
そして、わずかに嫉ましい。
軍略では蒼一郎にはかなわない。ならばせめて、戦場では先頭に立ち、蒼一郎以上の武勇を示す。俊介は密かに拳を固めた。
蒼一郎に勝つ。
俊介の脳裏には、さつきの顔が思い浮かんでいた。
「では、我が村は、賊と断固戦う。それでよいな」
村長の声が聞こえた。
「俊介、蒼一郎。頼りにしているぞ」
賊が村を襲ったのは、それから一週間足らずのことだった。
賊を待ち受けていた、といっていい。村の空気は、それほどまでに一変していた。
村長の指導の下、俊介と蒼一郎が中心となって村は戦の準備を進め、やることはやり尽くし、士気は最高だった。賊と戦うのに、これ以上はないほどの理想的な状態であろう。
遠くから、馬蹄の響きが耳に飛び込んで来る。
それを俊介は森の茂みの中で聞いていた。
同時に、俊介の背後がざわめいた。村の大人達だ。恐怖ではない。槍を手に、今にも飛び出しそうなほどに気が逸っているのが分かる。
「ここに隠れているのがばれれば、蒼の策は破れる。息をつめ、静かに」
俊介の注意に、皆、口ぐちに答える。
「分かっているさ」
「俊介、お前の足は引っ張らねえよ」
「何いってやがる。今日は俊介にも負けんよ、俺は」
「まあ、たまにはカッコつけないとなあ、俺達も」
その声は明るい。皆、勝利への自信に満ちている。
「心強いのはいいが、静かにしてほしいな」
俊介は苦笑した。
確かに、勝利の態勢は既に整ったようなものではある。
蒼一郎の策の要は、ただ一点、いち早く賊の来襲を村に察知することにあった。そして、早馬と組み合わせた監視体制が見事に機能した結果、俊介が率いる村の男達三十名は、森に潜むことができたのである。この時点で策の八分は成ったといっていい。
それにしても、と俊介は今更ながらに思う。
この隊は俊介が率いており、蒼一郎も別行動の隊を指揮している。村長が指名したからではあるが、それを村の大人達は、最も年少である彼らの指揮下に入ることを、何のこだわりもなく受け入れている。
「当り前だよなあ」
と、露ほども反感を示さない。暢気といってしまえばそれまでだが、俊介と蒼一郎の軍事手腕を評価しているからこそであろう。俊介としては、嬉しくはあるが、期待に応えねば、と力が入らざるを得ない。
緊張する俊介の視線の先を、盗賊の騎馬群が通り過ぎた。
それからすぐに、盗賊達は停止した。その数は約五十騎。偵察通りである。
賊からさらに三十間ばかり前方には、村への道を塞ぐようにして小さな部隊が布陣している。村の男達からなる総勢三十名の隊である。
こちらを率いるのが蒼一郎である。が、どう贔屓目に見ても迫力に欠けている。蒼一郎の柔和な顔つきと細身の身体は威厳には程遠く、その上、いつも通りののんびりとした表情である。俊介と異なり、緊張の様子は欠片も見られない。
さらに、その率いる兵と来ては、武器や鎧はまちまちで、中には竹槍を手にし、鎧すらつけていない者も大勢いる。もっとも、それは俊介達の待ち伏せ勢も同様であるが。
案の定、盗賊達もなめきっているようである。嘲笑がこの森の中まで聞こえてくる。
「やっぱり俺達、なめられてるみたいだなあ」
「まあ、どう見たって強そうには見えんしなあ」
「でも、確かにみすぼらしいよな」
俊介の背後で、皆、いいたい放題である。
みすぼらしい軍勢は、無論、殊更それを装ったわけではない。むしろ村にとっては精一杯の武装なのである。
が、蒼一郎の策の真価は、その頼りない外見をも罠に利用したところにある。そしてそれは成功した。
相手にこちらを見くびらせる。そこで怒らせればどうなるか。
蒼一郎が、手にしていた長弓を引き絞るのが見えた。蒼一郎の矢は、徒歩でも騎乗でもまず狙いを外さない。俊介も弓術が不得手というわけではないが、その正確さは蒼一郎に遠く及ばない。
おもむろに矢が放たれた。
矢は、狙いをたがわず盗賊の一人の喉笛を貫いた。その盗賊はのけぞるように落馬し、盗賊達は一瞬黙り込んだ。
そして、激昂した。
「かかれーーーっ!!!!」
盗賊の首領らしき男の怒号に、盗賊の騎馬群が一斉に駆けだした。軍列も関係なく、誰もが頭に血を上らせていることは明らかだった。蒼一郎とその軍勢に向って、剣を振りかざし、ただ一目散に馬を走らせている。
これに対し、蒼一郎は舌を出して見せた。いかにも小馬鹿にした表情で。
盗賊達は、口々に何事かを叫び、剣を振りかざした。声が俊介のもとまで届かない、というわけではなく、怒りのあまり、言葉にならないらしい。
次の瞬間、大混乱が起きた。
盗賊の騎馬群のうちの先頭集団が、凄まじい土煙りと共に姿を消したのである。罠の存在を知っている俊介でさえ、そう見えてしまう程の衝撃であった。
落とし穴である。
村人を総動員して昼夜を徹して掘ったそれは、ほぼ道幅一杯に掘られ、深さも一間以上はある。そこに盗賊達は次々に飛び込んで行く。怒号と悲鳴が飛び交う中、馬を止めようしては、お互い衝突し、落馬し、あるいは落とし穴に転落する。
「突撃っ!!!!」
俊介は、槍を構え、森を飛び出した。村の男達も雄たけびを上げ、俊介に続く。
盗賊の騎馬群の後方集団は、名状しがたい混乱の中、かろうじて馬を止めたところである。振り返り、蒼白な顔を向ける者がいる。そこに、俊介達は斬りこんだ。
「押し包めっ!!」
俊介は槍を繰り出し、盗賊の一人を馬から突き落とす。土埃の向こうで、蒼一郎達の軍勢も落とし穴を迂回し、斬り込むのが見えた。完全な挟撃といっていい。
盗賊達は、何が起きたのか理解できなかったであろう。態勢を立て直せず、ろくに反撃もできないまま、次々に討ち取られていく。
いや、俊介や蒼一郎達が、盗賊達の態勢を立て直させない。騎馬も、馬同士が揉み合うような大渋滞の状況では、ただの足手まといでしかない。俊介達は、騎馬を駆けさせる余裕を与えずに懐に飛び込み、槍や刀を突き出す。盗賊達は反撃しようとして、仲間同士でぶつかり合い、落馬し、仲間の馬に踏み潰される者もいて、混乱はさらに広がって行く。
「一人も逃すなっ!!」
俊介は槍を振るいながら叫んだ。
戦は圧倒的な優勢であるが、しかし、実のところ、村に余裕があるわけではない。
今回の戦は、負けられない事は勿論、勝つにしても、ただ撃退するだけでは、事実上、村にとっては敗北といっていいのである。
撃退された盗賊集団は、復讐のため、怒り狂って再び襲いかかって来ることは容易に想像できた。
しかし、今、俊介と蒼一郎が率いる男達で、村でまともに戦える男は、根こそぎ動員してしまっている。今、村に残るのは、女と幼い子供、老人、そして傷病者のみである。予備兵力はないのである。今回の戦で村に死傷者が出ても、補充はまず不可能なのだ。
一方、この時代、盗賊になる無頼の徒や喰いつめ牢人はいくらでもいる。盗賊集団が補充しうる戦力は無限に近い。今回の戦では、盗賊よりも多い兵力で臨むことができたが、次の戦では、おそらく、村と盗賊の戦力差は逆転する。
そして、村人達の士気を維持することも容易ではない。賊の襲撃に備え、日夜、警戒し続けるだけで精神をすり減らし、疲れ切って行く。村の守備力は消耗していく一方であるといっていい。今回のような戦闘態勢を再び整えることは、期待できないのである。
そうである以上、この一戦で盗賊を殲滅しなければならない。
一人でも多く討ち果たし、賊の首領も討つ。盗賊が集団となりうる核を討ち滅ぼす。これが、村長と俊介、蒼一郎だけの共通認識である。
この洞察は、他の村人達には話していない。盛り上がる士気に冷や水を浴びせるような真似は避けたかった。態勢を整え、無心で戦えば、おのずと結果はついて来るであろう。
しかし。
多分、さつきはそれを察している。
慌ただしい出陣前、さつきは、俊介と蒼一郎の手を固く握ってきた。
「絶対、生きて帰って来るんだよ。いざとなれば、村を棄てて逃げればいいんだから」
さつきは笑っていたが、瞳はひどく深刻な色を宿していた。
これまでも兵役に出るたびに見送ってもらったが、それとは明らかにさつきの様子が違う。戦での安否を気遣うだけではない何かを俊介は感じた。聡明で、勘が鋭く、しかし嘘をつくことが下手な娘なのだ。
さつきは「逃げればいい」という。
が、それだけは聞けない、と俊介は思う。さつき自身、真っ先に村を棄てて逃げ出すようなことは、決してしないであろうから。
森に潜む俊介からは見えなかったが、村を守る村長の傍に、さつきはいるに違いない。鉢巻を締め、薙刀を構え、仁王立ちしている少女の姿が、ありありと目に浮かぶ。賊が来てただ怯えているような娘ではないのだ。
村人が森に逃げなければならないような状況に陥った時、さつきは、誰に何といわれようと、武器を取る。そして最後まで村に残って皆を守ろうするだろう。
だから。
俊介は決心していた。さつきを守るためにも、今回の戦は完勝しなければならない。何が何でも。
ありがとうございます。




