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 しばらく馬を駆けさせていると、俊介しゅんすけは馬を止めた。


「俊介殿?」


 左近さこんは尋ねようとして、はっと前方に視線を向けた。

 前方から、軍勢の気配。

 先の襲撃もそうだったが、やはり俊介は、気配を読むのも抜きんでているらしい。この力は戦場で大きな差となる。


「さすがは、俊介殿です」


 左近の素直な称賛に、俊介は呆れたようにいう。


「そんな場合ではないだろう」

「いえ、大丈夫です。たぶん」


 そういっている間に、軍勢の姿が見えた。


「味方です」


 騎馬兵ばかりおよそ三十騎。黒井城下にある高坂こうさか勢の騎馬の大半を率いてきたらしい。


「平蔵!」


 左近は手を振った。軍勢の指揮官は、村田むらた平蔵へいぞう。黒井城下の高坂屋敷の留守を任されていたはずだが、自ら援軍に駆けつけたらしい。

 平蔵は、近づいてから軍勢を止め、単騎で歩み寄る。


「平蔵。その様子だと、師直もろなお様は無事屋敷に入ったのですね」

「そうだ」


 左近の問いに、平蔵の答えは短い。平蔵の不愛想はいつものことなので、左近は気にせずにいう。


「平蔵、こちらは柏原俊介殿。あなたもよく知っているでしょう。あの、柏原かしわら俊介しゅんすけ殿。あの、崎枝さきえだ夕維ゆい様の騎馬隊をつくったお方です」

「左近。落ち着け」


 平蔵は淡々といい、俊介に視線を移した。値踏みするような平蔵の視線に、俊介は静かに頭を下げた。


「柏原俊介です」

「村田平蔵です。御助勢かたじけない」


 平蔵もまた頭を下げる。


「俊介殿。不愛想なのが玉に瑕ですが、平蔵は師直様の信頼厚い、高坂軍の有力武将のひとりです」

「左近。不愛想は余計だ」


 平蔵はいい返してから、改めて俊介と左近を交互に見る。


「怪我はないのか。総勢五十の敵に襲われたと聞いたが」


 俊介と左近がほぼ無傷なことに、平蔵は驚きを隠せないらしい。普段は無表情の平蔵にしては珍しい。


「見てのとおりです。私は多少のかすり傷はありますが、俊介殿はさすがの無傷。しかも、敵は俊介殿お一人で壊滅させました」

「一人ではない。左近殿も共に戦ったであろう」


 俊介はいい返すが。


「そうですが、敵を斬ったのはほとんど俊介殿ではないですか」


 と左近は笑い、平蔵に目を向ける。


「信じられませんか、平蔵」

「しんがりは左近と聞いた。ならば信じざるをえまい」

「どういう意味ですか?」

「五十人を相手にほぼ無傷で斬り抜けるなど、お前にはまず無理だからな」

「そのとおりですが」


 左近は顔をしかめる。


「腹の立つ納得の仕方ですね、平蔵。あなただって無理でしょう」

「当たり前だ。人間業ではない」


 平蔵は俊介を見やりながら嘆息した。


「光栄だが、いうほど大袈裟なものではない」


 一方の俊介は困惑顔である。


「敵には多勢という驕りが最初からあった。そして包囲網が整う前に、機先を制することができた。そうでなければ、たやすく突破することはできなかっただろう」

「いやいや」


 左近は首を振った。あの状況を「たやすく」と言い切る俊介のほうが、どう考えてもおかしい。そう左近は反論しようとしたが。


「ところで」


 俊介が話を遮る。


「あの少年は、何者だろうか?」

「え?」


 俊介は、平蔵が率いてきた高坂勢の騎馬兵の一人を見ていた。その兵は、明らかに憎悪と殺意のこもった目つきで俊介を睨んでいた。

 俊介や左近の視線に気づいたのだろう。弾かれたようにその兵は馬腹を蹴って駆け寄ってくる。

 その騎馬兵を、平蔵は馬をぶつけるようにして止めた。


一之進いちのしん、やめよ!」

「離してください!」


 憎しみを宿すその表情には、あどけなさが残る。まだ十四歳のこの少年を、左近は知っている。そして、少年の父は戦死しており、その死に俊介が大きく関わっているということも。

 名を、涼宮すずみや一之進いちのしんという。涼宮は黒井家中の名門であり、嫡男であるこの一之進が次期当主になるはずだが、まだ年少であるため、父親の死後、元服まで師直が預かることとなり、今は高坂家にいるのだが。


「柏原、俊介…!!」


 一之進が叫んだ。その声がふるえている。刀の柄にかかる手を平蔵が押しとどめ、一之進はさらにもがいた。


「尋常に、勝負しろ…!!」


 普段の一之進に、このような聞き分けのなさはない。俊介を憎むあまり、周りが見えなくなっているのだろう。目に、尋常ではない光を宿している。

 これほどまでに俊介を憎んでいたのか。左近は驚きつつ、一方で感心もしている。一之進は、柏原俊介が自分にかなう相手ではないと分かっていて、恐怖に襲われながら、なお立ち向かおうとしている。


「少年」


 俊介が口を開いた。


「名は?」

「涼宮一之進だ!」

「では、涼宮一之進。勝負にはいつでも応じよう」


 俊介の視線を、一之進は身を震わせながらも睨み返す。


「しかし、お前の腕では、俺は斬れぬ。立ち合えば、お前は刀を抜くことすらできずに死ぬ」


 淡々とした俊介の声。脅しているのではない。ただ事実を述べている。それが一之進にもわかるのだろう。一之進は反論できず息をのむ。


「みじめな死を選ぶか、涼宮一之進」

「柏原俊介………柏原俊介………!!」


 呪詛のように一之進は繰り返す。


「一之進、控えよ!」


 左近は声を上げた。


「俊介殿は師直様の客人。客人への無礼は師直様への無礼と同義と心得よ!」


 一之進は、黙り込む。子供とはいえ、さすがに黒井家の武士として教育を叩き込まれている。


頼道よりみち!」


 平蔵は、副将の藤村ふじむら頼道よりみちを呼んだ。平蔵の手勢の副将として平蔵に長く仕える男である。


「襲撃は街道のこの先だ。後始末を頼む。一之進と、あと何人か連れていけ」

「承知」


 藤村頼道の返答は短い。平蔵の手勢は、最近、主将に似て皆が無口になったと噂になっているが、事実なのかもしれない。

 一之進は、はっと平蔵を睨むが、命令には逆らわない。頼道に従い、その後に続いて駆け去っていく。


「俊介殿、ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」

「いや、左近殿。巻き込んだのは俺のほうであろう」


 左近は頭を下げるが、俊介は首を振る。


「俺への恨みだ。身に覚えはありすぎるほどにあるが、かなり思い詰めているようだな」

「はい」


 左近は、目を伏せる。


「………一之進は、俊介殿を父親の仇と思っています」

「ずっとああなのか?」

「そうですね。頭のいい子で、命じられたこともきちんとこなしますが。一人になると、思い詰めた表情を見せることもありました。あそこまで感情的になったのは初めてですが」

「そうか」


 一瞬、俊介が辛そうな表情を見せた。


「戦場の習いです。俊介殿が気に病まれることではありません」


 俊介はそれには応えず、尋ねる。


「涼宮一之進の父親は、涼宮すずみや正孝まさたか殿か?」

「正孝殿をご存知でしたか」

「あの戦で俺が斬った武将であろう。名を後で知った」


 俊介は、冥福を祈るかのように目を閉じた。あの戦、というのが安井やすい村重むらしげと黒井家の戦であることはいうまでもない。涼宮正孝は、俊介の奇襲から主君である黒井くろい景隆かげたか公をかばい、俊介に斬られ、戦死している。


「良将であったと思う。完全に不意をついた奇襲であったにも関わらず、正孝殿一人が反応し、失敗させた」

「失敗?」


 思わず左近は問い返した。平蔵も眉をひそめている。

 あの戦で、俊介はわずか五十騎で黒井軍三千を撤退に追い込んだ。あの奇襲は、鮮やかすぎるほどの成功ではないのか。

 しかし。


「失敗だ。景隆公の首を取れなかった」

「は?」

「あのとき。崎枝領から黒井軍の侵攻を退けるには、景隆公を討つしかないはずだった。その千載一遇の機会が、あの戦だった。そして、それを逃したから戦況は膠着状態に陥ったのだ。あのまま消耗戦に入れば、崎枝勢が疲弊した頃に黒井軍の新手の援軍が本国から投入され、崎枝領は一挙に黒井軍に制圧されたであろう」


 俊介はいう。


「その俺の軍事的失敗を、夕維様が余人に真似できぬ外交手腕で挽回したのだ。夕維様がいなければ、俺の失敗は致命的になったはずだ」


 左近は、驚くしかない。

 武将として、視野が違い過ぎる。

 あの奇襲には、ここまで深い軍略があったのか。あのとき、左近も、平蔵も、単純に戦場の勝敗しか見ていなかった。

 黒井景隆公や師直がなぜ俊介を高く評価したのか。それが改めて分かった気がした。


ありがとうございます。

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