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僕らはソラを謳う  作者: 千代里
一章
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一章・三話

 教会の掃除を終えて、夜の寒風に身を縮こませながら家に戻った兄弟を出迎えたのは、暖かな我が家の空気――ではなかった。

「うわ、寒っ! アナさん、なんで部屋を暖めてないんだろ」

「先に帰ると言っていましたが、部屋にいるのでしょうか?」

 廊下からもはっきりとわかる寒気に身を震わせるヨニを置いて、ヘイノは台所へと入る。すると、ちょうどアナがキッチンストーブに薪を入れようとしていたところだった。

 食卓の椅子に外套を引っかけている所からも、帰ってきてすぐに火をおこそうとしたところなのだろう。

「アナさん、今戻りました。どこかに出かけていたんですか?」

「ええ、そうなのよ。スラッカさんの家の暖房器具が動かなくなったから、薪を貸してほしいって頼まれていたの。あの家、聖石の暖房器具を取り入れたから、今年は防寒用の薪の準備が十分ではないんですって。今、ほうぼうに掛け合っているそうよ」

 スラッカさんとは誰だろうと思っていると、ヨニが「アウリの家だよ」と教えてくれた。あのおしゃまでお喋りな少女の家は、スラッカ家というらしい。

「スラッカさんの家は家族も多いし、この辺じゃ沢山土地を持ってる名士なんだよ。要するに、お金持ちってこと」

「ご近所の噂話が正しければ、少し前に聖都から色々と聖石の器具を取り寄せたのですって。まさか、冬支度までそれ任せにしているとは思わなかったけど」

 ヘイノの予想以上に、聖石を使った品々というものは一般に流通を始めているらしい。もっとも、便利なものに頼るあまり、本来するべき支度が不十分になったことにアナは呆れているようだった。

「困っている隣人を放っておくわけにもいかないから、スラッカさんの家に薪を運んできてちょうだい。ついでに、修理を頼みたいなら、私の方から教会に問い合わせると伝えておいてくれるかしら」

「任せて。ヘイノ、スラッカさんの家には俺が行くよ。ヘイノは家を知らないでしょ」

 てきぱきとそう言うと、ヨニは薪置き場に積まれていた薪をいくつか掴み、勝手口に掛けていた鞄に詰め込み始める。 

「ヘイノ、火おこしは私の方でしておくから、あなたは着替えて食事の準備をしておいてちょうだい。疲れているところ、二人とも悪いわね」

「気にしないでよ。これも俺たちの仕事なんだからさ」

 ヨニはさっさと荷造りを済ませると、勝手口から外に出ようと足を踏み出す。扉を開けると、夜を迎えてますます冷え込んだ外気が様子を見にきたヘイノ諸共、二人へと襲いかかった。

 たじろぐかのように数歩後ずさるヨニに、ヘイノは「大丈夫ですか」と声をかける。

「場所さえ教えてもらえれば、俺が行きますよ。ヨニも疲れているでしょう」

 すると、ヨニはなぜか驚いたような顔でヘイノを見つめ返した。瞳を一度ぱちくりとさせる姿に、ヘイノは何か変なことを言っただろうかとぎくりとする。

 夜の冷気を浴びるのは辛かろうと、自分が代りを申し出る。それ自体は、道徳的な行いで何も問題のない申し出のはずだが。それとも、ヨニの知る『ヘイノ』は、寒空の下に弟を放り出す薄情者なのだろうか。

「どうかしましたか?」

「ああ、いや。何でもないよ。気遣ってくれてありがと。でも、これは俺が任された仕事だから。あと、敬語。また出てるよ」

「……ごめん。癖になってて」

「ま、いいけどさ。じゃ、行ってくる」

 ヨニは軽く手を振ると、ヘイノの言葉を待たずに外へと走り出す。見送りの言葉を言う暇もなかった、などとヘイノが思っていると、

「あら、ヨニはもう行ってしまった?」

 台所から、アナが顔を見せた。微かに扉の向こうから熱気を感じるので、無事に火をおこせたのだろう。

「はい。すぐ戻ると思いますが。何か伝言が他にもあるようでしたら、俺が行きますよ」

「いいえ、そうではないの。ただ、あなたがいるのだから、あの子に行かせない方が良かったかしらと思ったのよ。でも、行ってしまったなら仕方ないわ」

「どうして、俺に?」

 ヨニの言うように、ヘイノはスラッカ家の場所を知らない。その家の住人とも会ったことはない。数ヶ月先に到着しているヨニの方が交流もしているだろうし、話が早いと判断するのも当然ではないだろうか。

 すると、アナは珍しく細い眉を寄せて、

「ヨニが、小さい時はよく寒い日に体調を崩して寝込んでいたって話していたのを思い出したのよ。今はもう大丈夫とも言っていたけれどね」

「……そ、うでしたね。あの調子なので、そんな感じは全然しませんが」

 危うく、「そうだったんですか」と言いかけた言葉を、無理やり軌道修正する。

 子供の頃にヨニが寝込んだ記憶など、当然ながらヘイノにはない。たとえヨニの看病をしていた兄がいたとしても、それは記憶を無くす前の『ヘイノ』であり、今ここにいる自分ではない。

「まあいいわ。ヘイノ、食事の準備をよろしくね。簡単なものでいいから。私は、教会に修理の依頼の手紙を出す準備をしておくから。なるべく早く直すように依頼しないと、スラッカ家の方々が凍えてしまうわ」

「聖石の設備は、教会が修理の手配もしているのですか?」

「ええ、ヘイノにはまだ教えていなかったかしら。あれは、この国固有の資源であることぐらいは、学校でも習っているでしょう」

 アナの確認にヘイノも頷く。

 聖典にあるような奇跡の道具としての扱い以外にも、この不思議な力を持つ石が、薪や森の果実と同じように、生日々大地から採掘され、生活を支えるために利用されていることはヘイノも知っている。用途こそ違えど、その扱いは家を作る石材や建材と変わらない。

「国としても、聖典の教えを説く教会としても、迂闊に外に聖石にまつわる情報を漏らすわけにもいかない。だから、その全てを教会が管理しているの。たとえ、暖炉代わりにしかならないような、ちょっとした設備だとしてもね」

 普段は意識することは少ないが、この国を統治しているのは教会だ。アナの口ぶりでは、単なる設備の普及や点検以外も、聖石の流通そのものや交易にも教会は関与しているのだろう。

「無理に設備を動かす……ということも、無理なのでしょうか」

 ヘイノに焼き菓子の半分を渡してくれた、おしゃまな生徒ことアウリが凍えてしまうのは可哀想だと、ついヘイノはそんなことを口にしてしまう。

 予想していたことだが、アナはゆっくりと首を横に振った。

「聖石を用いた設備は、とても複雑だから、技術者ではないと修復できないわ。無理に動かして、暴走でもしたら一大事よ。粗悪品がもたらすような事故の比ではなくなるでしょうから」

「粗悪品が、出回っているんですか?」

「以前、そのような話を聞いたことがあるの。精度が低いうえに、出力もでたらめ。そんな粗悪品が出回りつつあるのですって。取り締まりをしている教会の者も、頭を抱えているそうよ」

 もっとも、今頭を抱えているのは設備が壊れた家の者たちだろう。早く直ってほしいと言うアナの言葉に頷くことだけが、今のヘイノにできる唯一のことだった。

 

 ***

 

 予定より少々遅くなった夕飯を食べ終えて、ヘイノは自室へと戻る。

 朝起きたら、朝食をとるのも早々に、教会の掃除や家の片付け。昼前には子供たちへのご褒美の準備をして、昼食を流し込むように片付ければ、教室で先生としての仕事が待っている。

 子供たちを見送れば、今度は、夕飯の準備が待ち構えており、就寝前にようやく一息をつくのがやっとだ。

 ヘイノのここ数日は、これらの予定を大きなミスをせずにこなすことに費やされていた。おかげで、自分自身について考える暇もなかったのは幸いとも言えた。

 ちょうど、週末を迎える直前として、少しばかり心に余裕ができたのか。それとも、明日に控えた外出という小さなイベントに、気持ちが落ち着かなかったのか。

 ヘイノは、何気なくのぞき込んだ鏡の前で、ふと呟いていた。

 「そんなに、似てるかな……」

 琥珀と青の色違いの瞳に、薄い金色の髪。色だけを見るなら、確かにヘイノはヨニと瓜二つなのだろう。双子なのだから、顔立ちが似ているのも当然だと理屈では納得している。

 けれども、だからと言って『もう一人の方のヨニ』扱いされると、胸の奥がざわついて仕方なくなる。たとえそれが、子供たちの無邪気な誤りであっても。

 間違えられるのが嫌だから、という単純な理由で片付けられるものではない。

(目を覚ましたときから、同じ顔をしているヨニのことが……苦手だったものな)

 記憶という確かな前提を失ったヘイノにとって、唯一目で見る形で自分を認識できるもの。それは、自分の肉体そのものだった。

 自分が何者であろうと、ここにこうして手足を動かし、瞳を伏せ、口を動かしているのは自分だ。そう認識することで、辛うじて己自身の存在を掴んでいた。

 だが、ヨニの存在は、ヘイノが唯一よりどころとしている『自分自身』を曖昧にしてしまう。

 偽りを被って兄として振る舞わなければならないことを別として、ヘイノが最初彼に苦手意識を持っていた理由もそこにあった。

 自分の顔かたちすら漸く自分のものとして捉えたばかりなのに、その傍らで全く同じ顔の人間が、自分とはまるで異なる振る舞いをしている。

 それは、まるで姿見の向こうの自分が勝手に動き回っているかのような違和感をヘイノに毎分毎秒突きつけるようなものだった。

 それもあって、ヨニと会ったときの衝撃を今でもヘイノは忘れられない。

(――気持ち悪い、なんて。流石に今は、そんなふうには思っていないけれど)

 初対面のときから、すでに数ヶ月が過ぎている。もう最初の衝撃は乗り越えたと思っていた。

 実際、今はヨニが目の前にいても、彼にそこまで激しい嫌悪は抱かない。苦手意識はあるが、それも時間と共に慣れていけるだろうと思っていた。

 けれども、子供たちが何気ない調子で自分を「ヨニせんせー」と呼び間違えるたびに、あの時の気持ちが再び揺り起こされる。

 自分と弟の間の境界が曖昧になり、ぐちゃぐちゃに溶け合って、その末に自分自身が誰かが分からなくなるような感覚。そんな状態を長く続けるのは、ヘイノにとっては避けたいことだ。

 「いっそ、髪型だけでも変えてみるとか……」

 ヨニとの見分けがつかないと言われたとき、真っ先にヘイノが思いついた案だ。

 だが、こんな状況に晒されたとき、過去のヘイノだったらどうしただろうか――そう思ってしまったが故に、ヘイノは思い切った行動に出られずにいた。

 ヨニは、自分と兄が混同されても平気なのだろうか。

 昔、似たようなことがあったときはどうしたのだろうか。

 聞いてみたら解決策が導き出せるのではと思う一方で、やはり正解の振る舞いが分からないがために、ヘイノの思考はそこで止まってしまう。

「明日の市場で、いい目印が見つかるといいな」

 姿見をのぞき込み、ヘイノは顔を歪ませる。どこかに弟との違いが現われてくれないものかと思ったが、そんな都合のいい変化が見つかるはずもなかった。

 

 ***

 

 翌日。市場が開かれる『清めの日』は好天に恵まれた。

 雲間から差し込む日差しの温もりに感謝しながら、荷馬車で揺られること三十分と少し。荷台の上は決して快適とは言えなかったが、先生たちと市場に行くという非日常に喜ぶ子供たちにとっては、大した問題ではなかったようだ。

 子供たちがここまで楽しみにしている市場とはどんなものなのか、とヘイノが抱いた素朴な疑問の答えは、広場に近づくにつれてすぐに解消された。

 広場の少し手前にある厩に馬を預け、目的地に向かって歩くこと十数分。初めてティモの町を訪れたとき以上のざわめきがヘイノの耳を圧倒していた。

 程なくして、彼は賑わう声に負けないぐらいの多くの人々が行き交う光景を目にすることになる。

「すごい……。いったい、どこにこれだけの人がいたんでしょう」

「せんせーは市場に来るのは初めてなんだよな。はぐれて、迷子になるなよ?」

「大丈夫よ! せんせーが迷子になったら、わたくしが探し出しますわ!」

 やんちゃなテームがヘイノの腰のあたりを引っ張り、その反対側でアウリが声を張り上げていた。

 ヘイノたちの同行者は、この二人を筆頭に、年長組の一人でもあるニコと他二名の年中組の子供である。片手で足りる人数のおかげで、この課外授業も何とか乗り越えられるのではとヘイノは淡い期待を抱いていた。

「ヘイノ、周りばっかり見ていて、はぐれないようにね。この日は、パユヴェシ村以外からもいっぱい人が来てるから、すっごく混雑するんだ。その分、行商の人が持ってくる珍しいものも見られると思うよ」

「それは、目を奪われるなと言われても目移りしそうですね。それで、ヨニ。この後はどうしますか?」

 子供たちは、既に市場の入り口に広げられた露店の品々に釘付けになっている。年長のニコは、少し離れた所にいる行商から早速何かを買っているようだった。

 彼女は今回の同行者の中では最年長なので、多少目を離していても問題ないだろうが、他の面々は流石に目を離すと見失ってしまいそうだ。

「あー、ヘイノ。悪いんだけど、ちょっとの間、子供たちの面倒を見るの任せていい? 俺、アナさんの用事を片付けてこないと」

「そういえば、出かける前に何か渡されていましたね。何を頼まれていたんですか?」

「スラッカさんの家の暖房設備を直すための手配書。流石に、人任せにするわけにはいかないってさ。今から、ティモの教会までひとっ走り行ってくるよ」

 当然ながら、この町の中にも教会はある。町の規模から察するに、ヘイノたちが赴任した教会よりは遙かに規模の大きいものだろうと予想できた。

「分かりました。では、ヨニが戻ってくるまでの間はこの辺りにいますね」

「ヨニせんせー、いってらっしゃいませ!」

「こっちのヨニせんせーと待ってるから、早く帰ってきてよー!」

「だーかーら、そっちはヘイノだってば! じゃ、ヘイノ。後はよろしくね」

 子供たちに見送られて、ヨニの背中が遠くなっていく。

 約束通り、しばらくは入り口の周りの露店を見て回るに留めておこうと、ヘイノは子供たちを呼び寄せる。買い物をしていたニコも、何かを握って戻ってきていた。

「あー、ニコが何か買ってる!」

「何を買いましたの、ニコ? 見せてほしいですわ」

 勝ち気なテームとアウリだけでなく、他の子供たちに詰め寄られて、たじたじになりながらもニコはそっと指を開き、握りしていたものを皆に見せる。

「そこで売っていた、持っているだけで暖かくなる石のお守りなんです。これなら外でも火にあたっているみたいにぽかぽかになるよって、お店の人が言っていました」

 ニコの言葉に、ヘイノも彼女が持っていたものを見せてもらう。

 それは、赤く光る石をブローチに加工したものだった。触れると、確かに微かに熱が籠もっている。寒い日にベッドに入れる湯たんぽぐらいの熱を常に放っているようだ。

 それを先ほどから握っていたおかげか、今日も防寒具を身につけずワンピースしか着ていないニコの血色も、荷馬車の中で見守ってきたときよりも良いように見える。

(熱を発するってことは、これも聖石を使ったものなんだろうか。こんな小さなものにも普及しているんだな)

 ヘイノのなけなしの知識によると、聖石は主に自然現象を意図的に発生させたり、あるいは自然物に対して作用する力を持つと言われている。

 聖典の中では、女神がもたらした聖石が毒気にまみれた大地を浄化したとあったが、恐らくは何らかの事象が原因で大気汚染が進んでいた状態を、聖石が持つ作用が改善したのだろう。

 温度の変化も、聖石の持つ有名な現象の一つだ。さしずめ、ニコが持つそれは、礼拝堂にも用いられている暖房設備を小さくしたものといったところか。

 「ニコ、今日はもう寒くないですか?」

 他の子供たちが別の露店に釘付けになっているのを横目で見やりながら、同じく年下の子供たちを見守っているニコにそっと尋ねる。

「はい。これのおかげで、すごく暖かいんです」

「よかった。もし寒いと思うことがあったら、すぐに言ってくださいね」

「ありがとうございます、ヘイノ先生」

 何気なく口にされた名前に、ヘイノは一瞬間を作ってしまう。昨晩、自分の名前を取り違えられ続けていることに対して、色々と考え込んでしまったせいもあるだろう。

 その様子からニコも何かを察したのか、少しばかり慌てた様子を見せ、

「あ、あの。名前、間違えた方が良かった……ですか?」

「いえ、そういうわけではないんです。ただ、間違える子の方が多かったので、逆に新鮮に感じてしまいまして」

「そう、だったんですね。私、まだ……ヨニ先生ともあまり話せていないんです。だから、あまり間違えないんだと思います」

 ニコにとっては、ヨニもヘイノも等しく知り合ったばかりの先生だ。その分、他の子供たちのように、ヨニを基準にヘイノを見ることがなかったようだ。

「たしか、ニコは二週間前ぐらいに来たと言っていましたね。この辺りに引っ越してきたのも、その頃ですか?」

「は、はい。おじさんの所に着いたのは、それよりもうちょっと前でしたけども」

 彼女の口ぶりでは、ニコは両親と共に暮しているわけではないらしい。寒そうな身なりといい、ニコの状況については気になる部分もあるが、それを尋ねるよりも先にニコが会話を続けていた。

「ヘイノ先生は、この前も聖典を貸してくれましたし、ヨニ先生よりいっぱいお話してくれました。だから、むしろヘイノ先生の方が印象が強く残っているのかもしれません」

「その話を聞いていると、ヨニはニコとあまり話ができていなかったようですね」

 遊びたい盛りの子供たちを座らせ、授業をするだけでも一苦労だっただろう。

 それも仕方ないと思っての事実確認だったのだが、どうやらニコはヨニが非難されたと思ったらしい。

「あの、でも、仕方なかったんだと思います! 私よりも、うんと小さい子の相手もしないといけないし、アナ先生がずっといてくれるわけでもなかったので」

「勘違いさせるような言い方をしてすみません。別に、俺はヨニが仕事していないって思っているわけではありませんよ」

 まずは、ニコの誤解を正してから、ヘイノは続ける。

「たしかに、あの人数を一人で相手をするには難しかったと思います。その分、俺が役に立っているといいんですが」

 まだ、ヨニと共に子供たちの前に立ってから、数日しか経っていない。今の時点で自分が役立っているとまでは、流石にヘイノも自惚れられなかった。

「ヨニ先生、お兄さんのヘイノ先生が早く来てくれないかなって、時々話していたんです。ヘイノ先生が来てからは、いつもよりも嬉しそうでした。だから、ヘイノ先生は、ちゃんと役に立ってます」

 ヘイノが望む形とは少々違うものではあるが、ニコの励まそうという気持ちは確かに彼に届いていた。気遣わせてしまったと思う一方で、彼女の気遣いを純粋に嬉しいと思う気持ちを無視できるほど、ヘイノは薄情ではない。

「ありがとうございます、ニコ。ヨニが喜んでるなら、その意味でも俺がここにいる意味はあるんでしょう」

 実際、それこそが、ヘイノがわざわざ記憶喪失である事実を伏せてまで、彼と共にいる最大の理由なのだから。

「私には、兄弟がいないから、先生たちを見てると、なんだか……いいなって思います」

 ヘイノと話しながら微笑を浮かべていたニコの目に、羨望の影がちらつく。だが、それはヘイノには分からない感覚だった。

 ヘイノにとって、ヨニは『弟』という枠組みだけでは語りきれない相手だ。

 ヘイノという存在を繋ぎ止めるための錨であり、同時に自身の存在を揺るがすものでもあり、一方で傷つけてはならないと思う相手。その在り方は、一般的な『家族』とは呼べないだろう。

「……いいことばかりでもないですよ。似ていると、間違えられることもありますし」

 笑い話の一つとして、先日から続いている取り違いを話題にしてみせる。だが、ヘイノが見せた笑顔に、ニコはつられなかった。何故か彼女は、ほっそりとした眉をぎゅっと寄せて、ヘイノを見上げている。

「……あの、もし勘違いだったら……すみません。ヘイノ先生、ヨニ先生と間違えられた時、もしかして」

「お待たせー! まだ皆いるー?」

 ニコの言葉に被せるように、先ほど見送ったヨニの声が響く。どうやら無事にお使いを済ませて、帰ってきたようだ。思ったよりも早かったので、ティモの教会は広場の近くにあるのだろう。

「ヨニも戻ってきたことですし、行きましょうか」

「は、はい」

 ヘイノに促され、露店の前に座り込んでいた子供たちも立ち上がる。自分よりも年少の子供たちへと目を配るヘイノを、一歩引いた所で見つめながら、ニコは思う。

 

「……ヘイノ先生。本当はヨニ先生に間違えられるの、嫌なんじゃないですか」

 

 その質問とも確認とも取れない言葉は、人々のざわめきに押し流されて消えていった。

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